1 『この異世界には、愛されるという勝ち方もある』
「ああああぁー、やっぱり無理だってえええぇ!なんで引き受けちゃったかな、ワタシはあー!?軽はずみにしても軽すぎただろ!?ヘリウムかよぉ!!」
リビングのソファに寝そべったまま、ワタシは叫んだ。
いや、これだけでは足りず、さらに大声を張り上げる。
「そもそもワタシに頼むのが間違ってるんだよ!ワタシなんてただかわいいだけの小娘だよ!?いくらワタシが女神みたいだからって、みんなしてワタシに商店街の活性化を期待するとか、どうかしてるんじゃないの!?」
「そもそも安請け合いする花子が悪いだろ…あと、その自己評価の高さも何なんだよ」
寝転がったまま手足をバタつかせ、さらには大声を張り上げるワタシに、簡素な声で桟原慎吾がそう口にした。
「安請け合いじゃないよ!一カ月、全部の食べ物屋さんでご飯を食べさせてくれるって言うから秒で引き受けただけだよ」
「それが安請け合いじゃなくて何なんだよ…」
慎吾は、呆れた顔をしながらこちらに歩いて来て、テーブルにカップを二つ置いた。一つは慎吾ので、もう一つはワタシのコーヒーである。つまり、慎吾がワタシにもコーヒーを淹れてくれたというわけだ。そのカップに口をつける。うん、いい香りだ。慎吾って意外とコーヒー淹れるの上手いんだよね。
「それに、商店街の人たちにはいつもお世話になってるからね…ワタシでもお手伝いができるならしてあげたいじゃない」
「まあ、人助けは悪いことじゃないけど…花子にできるのかよ、商店街の活性化なんて」
「う、まあ…そうなんだけど」
慎吾の的を射た一言に、ワタシは口を閉ざした。
そう、ワタシは依頼された。そこそこ正式に。『この商店街を活気づけてくれ』と。しかも、提示された条件が破格だったため、ワタシとしても受けざるを得なかったのだ。タダほど美味い飯はないのだ。
「けど、異世界でも商店街が過疎化してるとか思わないじゃん…」
そう、頼まれたあの時はノリで受けてしまったけれど、時間が経つにつれてその重みがワタシの華奢な双肩を目がけて圧しかかってきた。
…だって、失敗したら、あの人たちの生活に直結するんだよ?
アヒル口で愚痴をこぼしながら、二口目のコーヒーを啜った…あ、今気付いたけどミルクも砂糖もいれてなかった。
慎吾も、どこか遠い目で呟く。その呟きには実感がこもっていた。
「そういうのは異世界とか関係なしに起こる問題なんだろ…うちの田舎もそうだったしなぁ」
「異世界に来てまでそういう世知辛い問題とか嫌だよね…」
「どっちかっていうと、こっちの世界の方が世知辛い問題は多いと思うぞ」
主に農家として働いている慎吾の方が、この異世界の世相に詳しかった。冒険者ギルドの職員であるワタシはよりも、慎吾の方が町の人たちとの接点が多い。
「そうなんだね…でも、商店街の活性化なんて最初は簡単だと思ったんだよ。繭ちゃんが客寄せをすれば、過疎化なんて一発で解決するって」
ワタシたちと同じ転生者である甲田繭ちゃんは、この異世界でアイドル稼業のようなことをやっている。最初は殆んど認知されなかったけれど、草の根活動ともいえる地道な活動で知名度を増していき、今ではこの王都の中でもかなりの人たちに知られる存在となった。ちなみに、女の子の格好をしているが男の子である。ソレ込みでこの人気だからね、とんでもないね、繭ちゃん。いや、ソレが込みだからだろうか?
「いくら繭ちゃんでもできることとできないことがあるだろ…というか、別の仕事が入ってるから手伝えないって繭ちゃん言ってたじゃないか」
「んん、繭ちゃん抜きで人集めか…正直、厳しいなぁ」
慎吾に正論を言われ、ワタシはまた途方に暮れる。カップの中のコーヒーは、白い湯気をくゆらせていた。
そんなワタシを見かねたのか、慎吾は一つの提案をする
「街の活性化なら…お祭りはどうだ?」
「お祭りか…ありと言えばありなんだけど、問題はそのお祭りをどういうものにするかなんだよね。普通のお祭りとかなら、この異世界にも普通にあるからね」
人が集まれば集落ができ、さらに集まれば集落が国になる。それは異世界もワタシたちの世界も同じで、当然、国ができればそこではお祭りも開催される。世界を跨いだとしても、そこの真理は変わらない。人はお祭りを求めるのだ。
「普通のお祭りじゃあダメ、か…」
「普通のお祭りがダメというか、それだと裾野が広がらない感じがするんだよ…ただ人を集めたとしても、その活気は一過性のものにしかならないから」
定着しなければ意味がないのだ。
「意外と考えてるんだな、花子のくせに」
「花子のくせに、は余計だよ!?」
「タダ飯に釣られて商店街の活性化とか見切り発車で引き受けたヤツなんだからそんなもんだろ」
「慎吾、もしかして何か怒ってる…?」
「…怒ってない」
とは言いつつ、妙な反応を見せる慎吾だった。
…え、ホントに何なの、このリアクションは?
知り合ってからそこそこ経つけど、見たことないよ、こんな慎吾?
ワタシが訝しんでいると、慎吾もそれに気づいたのか口を開いた。なんだか、何かを誤魔化すように。
「普通のお祭りがダメなら…ハロウィンでもやったらどうだ?」
「ハロウィンか…」
「意外だな、花子なら喰い付くかと思ったんだが」
「確かに面白そうだよ…何より、ハロウィンだとお菓子がもらえるからね」
「…だから喰い付くと思ったんだよ、花子なら」
慎吾は、そこでソファにもたれながら天井を眺めていた。何となく、慎吾にしてはだらしない仕草に見えた。意外に、礼儀とか作法とか姿勢なんかにうるさいんだよね、慎吾は。おじいちゃんに仕込まれた、とか言ってたけど。
ワタシも、天井を眺めてみた。それほど高い天井ではないが、ワタシがジャンプしても届かない程度には高い。けど、それだけで何の意味もなかった。当然、ワタシが唐突に天啓を得るということもない。
「うーん、ワタシとしては個人的にハロウィンって興味はあるんだけど…」
「本当に乗り気じゃないみたいだな」
「あれって、ご先祖さまを迎える儀式なんだよね?」
「まあ、日本でいうお盆だな」
慎吾と交互に、ハロウィンについての認識を語り合う。
「ワタシのご先祖さま、この異世界にいないんだよね」
「いや、オレや繭ちゃんたちにはいないけど、花子のご先祖さまならこの世界にいるはずだろ…」
慎吾にツッコまれて「そういえばそうだったね…」と素で忘れていたワタシは呟く。
実は、ワタシのおばあちゃんはこの『異世界ソプラノ』の出身だ。おばあちゃんは、とある事情でワタシが生まれたあの世界へと『転生』を果たした。その時に身籠っていた子供が、ワタシのお母さんだ。なので、ワタシはこの異世界ソプラノとあの世界のクォーターということになる。まあ、クォーターとなるだけで異世界っぽい特技の一つも持ってないんだけどね、ワタシは。
と、いつまでも横道にそれていても仕方ないので、軌道修正を図る。ただ、軌道を修正しても前に進めるわけではないのだけれど。
「一過性のブームじゃなくて、持続的に商店街が盛り上がる方法は…」
口に出してはみたが、何の解決策も浮かばなかった。それでも、ワタシは独り言を続ける。喋り続けないと何の変化すら起こらない。
「うーん、雪花さんなら何かアイデアとかを出してくれるかもしれないけど…」
月ヶ瀬雪花さんは、この異世界に転生してくる以前は生粋のお嬢さまだった。ただ、生粋の腐女子でもあった。お嬢さまなのに腐っていたのだ。しかも、どぎついBL漫画を自作するという重傷者でもある。きっと、親御さんの心労は大変なものだったと思われるのだ。
「雪花さんも忙しいって花子が言っていたんじゃないか」
「そうなんだけど、こうなると猫の手も借りたくなるんだよ…」
漫画が描けるというのは、けっこうなアドバンテージなのだ。イラストって、それだけで人を引き付けるしね。
「…人を引き付ける、か」
自分で言った言葉を、小さく反芻した。
結局のところそれなんだよね。人を引き付けることさえできれば過疎化の問題は解決するし、ワタシはタダ飯に舌鼓を打つことができるのだ。
ただ、やはりその方法が浮かばない…。
「あー、やっぱり商店街全体の活性化なんて無理だよー…それをワタシにやらせるなんて無謀だよー」
「だから安請け合いなんかするからだろ…」
結局、堂々巡りとなってしまった。
「うーむ、やっぱり慎吾と二人じゃ駄目だね」
「オレじゃ役に立たない…てのかよ」
「あ、そういう意味じゃなくて…」
慎吾の声色が変わっていて、ワタシは驚いた。
慎吾は普段からそれほど口数が多い方ではないし、口調もそれほど変わらない。ワタシが何かやらかしても『しかたないな』くらいの小言で終わらせてくれるんだよね。ただ、ここでの声は、違っていた。
…少し、怖かった。
「あのね、慎吾…」
すぐ謝ろうとしたワタシの声を、呼び鈴の音が遮った。それほど大きな音ではなかったけれど、ワタシは驚いて心臓を抑えていた。いや、だって急に聞こえる音って異様にビックリするよね?
「すみません、田島花子さんはいらっしゃいますか?」
インターホン越しに、そんな声が聞こえてきた。まあ、正確にはインターホンではないけれど、似たような機能は持っている。この異世界では電気が発見されていないが…されているのかもしれないが、ワタシは知らない。兎に角、実用化はされていない。しかし、この世界には魔石と呼ばれる魔力を帯びた不思議な石が存在していて、その石を利用して家電製品と同じようなことができる製品が発明されていた。
と、今は魔石について語っている場合ではないね。
ワタシは、インターホン越しに聞こえるその声に聞き覚えがあった。
玄関の扉を開けながら、ワタシは彼女の姿を確認した。
「ええと、どうしたんですか…ジェシカさん?」
「ええと、とりあえず中に入れてもらってもよろしいでしょうか…?」
正確な年齢は知らないが、ジェシカさんはワタシや雪花さんより少し上といったところだろうか。ノースリーブの赤紫のワンピースの中に、インナーとして白いシャツを着ている。ワンピースの胸元は紐で窄められていたのだが、その紐が淡い青色をしていた。
そんなジェシカさんは、やや緊張した面持ちだった。
…なんだろう、こっちまで緊張してきたぞ?
というのも、彼女は商店街の会長さんの娘さんなのだ。あの時の『決起集会』の時にも彼女はあの場にいた。ワタシは、そんなジェシカさんに「どうぞ」と我が家に招き入れた。
「なんだよ花子、もう何かやらかしたのか?」
後ろで見ていた慎吾が人聞きの悪いことを口走る。
「まだ何もしてないよ…この間、揚げ物屋さんの屋台でフライドポテトを特盛にしてって強請ったことはあるけど」
「ちゃんとやらかしてるじゃねえか…」
というやり取りをしていたワタシたちを眺めていたジェシカさんが口を開いた。
「あの、商店街の活性化の話なんですけれど…」
「あー、きっと大丈夫ですよ、かなり大丈夫ですよ!既にいくつかの画期的なアイデアはありますし、頼りになる助っ人もいます(予定)から!」
饒舌…というか後ろめたさからワタシはペラペラと喋り続けた。慎吾の『この二枚舌野郎め』という冷え切った視線は無視しながら。
「あの、花子さん…」
「そうですねぇ、まだ計画は具体的に動いてはいませんけれどそこはかとなくおそらく大丈夫ですよ!ええと…ほら、よく言うじゃないですか『この異世界には、愛されるという勝ち方もある』んですよ!」
人は、どうして大丈夫ではない時に限って『大丈夫』を連呼してしまうのだろうか。体中の色々な個所から冷や汗を流しながら喋り続けていたワタシに、ジェシカさんは言った。
「いえ、違うのです…」
「違う…?」
何が違うのだろうか?
違うというのなら、ワタシを選んだという人選そのものが間違っているのだけれど。
「…あの、花子さんに一つ、お願いがありまして」
ジェシカさんは、そこで俯いた。
本来なら、俯くべきは口八丁で調子のいい言葉を繰り返しているワタシなのだけれど。
「ジェシカさん…お願いって、何ですか?」
ワタシは、彼女に問いかけた。
…なーんか、嫌な予感がするんだよね。
「花子さんに…あの商店街を、ぶっ壊して欲しいんです」
あー、きたよ…。
いつもそうだよ、嫌な予感だけやたらと当たるんだよね…。
嫌な予感だけ当たる占い師とかやってみようかな?




