25 『絶対に認めたくないものだな…自分自身の、若さゆえの過ちというヤツを』
『絶対に認めたくないものだな…自分自身の、若さゆえの過ちというヤツを』
ギルドの応接室で深々とソファに座り込み、天の御使いであるシャルカさんが気怠そうに呟く。彼女は、軽く瞳を閉じ、神に祈るように両手を組んでいた。
そんなシャルカさんに、ワタシは告げる。
「そりゃ認めたくないでしょうよ…二日酔いで使い物にならない自分とか」
これで何度目よ?
ワタシがこっちに来てから軽く二桁は見たぞ、この光景。
そのたびに『もうお酒やめる!』とかシャルカさんは宣言していたが、吞兵衛のこの常套句と『全米が泣いた!』というキャッチフレーズだけは鵜呑みにしてはいけないと再確認をさせられただけだった。
…あと、シャルカさんそこまで若くないよね?
『私が悪いんじゃない…お酒が悪いんだ』
「お酒に責任転嫁するの止めた方がいいですよ」
アンダルシアさんとの邂逅の後、報告のためにギルドに寄ったのだが、そこにいたのは二日酔いで苦しむシャルカさんだった。慎吾たちは先に家に戻っていたが、その前にワタシをギルドまで送ってくれた。
『花子が作った、昨日のあのにんにく鍋が美味過ぎたのがいけないんだ…』
「それなら仕方ないですね」
にんにくの前では、大体の罪は赦されるのだ。
『で、結局…あの結界ってなんだったんだ?』
二日酔いの頭痛で顔を顰めながら、シャルカさんが問いかける。
「それは…」
ワタシは、報告を開始した。
あの場所で出逢った、アンダルシア・ドラグーンという人物について。
その妻である、アリア・アプリコットという名もなき魔女について。
そして、あの結界の中に安置されていた、邪神の亡骸について。
『邪神の亡骸、か…』
シャルカさんがまたも顔を顰めていたが、これは二日酔いの所為ではない。冒険者ギルドのマスターとして、彼女は頭を抱えている。それだけ、邪神の亡骸というのは深刻な遺物だ。
「すいません。すぐに『念話』で報告しておくべきでしたよね」
本来なら、真っ先にシャルカさんに話をしておくべきだった。ただ、ワタシはそれを躊躇ってしまった。
ワタシのユニークスキルである『念話』のオリジナルの持ち主は、名もなき魔女…アンダルシアさんの奥さんである、アリア・アプリコットさんだ。その『念話』を安易に使うのは、彼女に対してある種の後ろ暗さを抱かせた。当然、アンダルシアさんにも、ワタシが『念話』を扱えることは言い出せなかった。
あの二人が紡いだ物語に、無粋な横槍を入れる行為のように、感じられたからだ。
『いや、気にしなくていい』
「シャルカさん…」
シャルカさんは、ワタシを責めなかった。なんだかんだで、この人には姉御肌なところがある。だから、なんだかんだで、ワタシたちはこの人を頼りにしているのだ。
『さっきまで二日酔いがかなり酷かったからな…そんな時に邪神の亡骸の話とか聞かされたくない』
「…シャルカさん」
台無しにもほどがある…。
たまには素直に感心させてくれてもいいのよ?
『けど、まさか調査依頼のあった結界の先に邪神の亡骸なんてご大層なモノがあったとはな。これ、私の手に余るぞ…というか、普通にアルテナさま案件じゃないか』
「…そういえば、あの結界の調査ってどこから依頼されたものだったんですか?」
元々、ワタシたちはギルドの依頼で動いていた。
『ああ、あれは…』
シャルカさんが言いかけたところで、応接室の扉がノックされた。現在、ギルドは受付け業務を終えている。そんな時に訪ねてくるのは…誰だ?サリーちゃんは、今日は確実に帰っている。来客があるなんて、ワタシは聞いてないぞ。
『来たか、入れよ』
入室を促したのは、シャルカさんだ。
そして、扉が開かれ、鎧が入ってきた。鎧が、入ってきた?
「…………」
その鎧は、深い赤色だった。そして、深い赤色の兜をかぶっていた。
けれど、その兜の隙間から除く瞳は、女性特有の丸みを帯びていた。
重厚な鎧に引きずられたように、場の空気も重くなる。
威圧感の塊のような人だった。
…もしかして、この人は。
『久しぶりだな。ナナ』
鎧の女性に対し、シャルカさんは『ナナ』と呼んだ。
やっぱりだ…。
ただのギルドの看板娘であるワタシでも知っている…この人、『深紅のナナ』だ。
全ての騎士たちの上に立つ、この王都の騎士団長だ。
…けど、そんな武人が、なぜ、このタイミングで現れた?
『そんな堅苦しい鎧とかで来るなよなー。っていうか、もう少しオーラを抑えろって、うちの大事な職員がビビっちゃってるだろ』
そんな最上位の騎士に、シャルカさんはフランク過ぎる言葉を投げかける。
…どんな関係なんだ、この二人?
「…………」
深紅の鎧のナナさんは、無言のままワタシを一瞥した。
兜の隙間から、射竦めるような、視線で。
「あ、の…アリア・アプリコットです。よろしくお願い、します」
ナナさんの威圧感に後ずさりしそうになりながら、ワタシは自己紹介をした。
それを聞いても、ナナさんは、一言も発さなかった。真一文字に口を閉じたまま、ワタシをずっと眺めている。
…怖いんですけど、本気で怖いんですけどぉ。
そして、ナナさんはシャルカさんの方に体を向け、歩み寄る。
『おいおい、挨拶くらい返してやれよ』
というシャルカさんの傍に寄り、深紅の騎士団長は何かをぶつぶつと呟いて…いた?
まさか、ワタシの態度に落ち度でもあったのでしょうか?
『あー…いや、お前いつも言ってるだろ。挨拶は基本だって』
シャルカさんは、変わらず軽い口調でナナさんに話す。
それに対し、ナナさんは聞こえない小声で呟いていた。
「…………」
『え、そんなわけないだろ。そんなんだからお前は…』
「…………」
『あのな、ナナ…』
聞いている分にはシャルカさんの独り相撲のようにも聞こえるが、どうやら意思疎通はできているらしい。しばらく話し込んでから、シャルカさんはワタシに言った。
『すまないな、花子…コイツ、人見知りなんだよ』
「ひとみ、しり…?」
意外過ぎる言葉が、聞こえてきた。
王都の騎士団長が?人見知り?
『んで、怖いんだってさ。花子が』
…怖い?この、ワタシが?
こんなにプリティーなのに!?
というか、騎士団長がワタシなんかを怖がるなよ。
『なんか、花子に噛みつかれそうで怖かったって言ってる』
「ワタシが噛みつくのはティアちゃんだけですよ…」
『いや、お前それはそれで怖いんだが…』
そして、シャルカさんはナナさんと私を交互に見てから言った。
『兎に角…この人見知りの騎士団長だよ。あの結界の調査を依頼してきたのは』
「え、それじゃあ…」
あの結界の調査に、王都の騎士団が関わっていた、ということか?
「…………」
また、深紅のナナさんはシャルカさんにだけ聞こえる声で話しかけていた。
『ん?どうやってあの結界を抜けたかって?ああ、うちに『隠形』っていうユニークスキル持ちがいるんだ。そいつの力だよ』
「ちょ…と、シャルカさん!?」
シャルカさんが、唐突に語った。
ワタシたちの秘密を。
それは、ギルドの最高機密でもあるはずだ。
二日酔いで頭がおかしくなったのか!?
しかし、シャルカさんはけろっとしている。けろっとしたまま、笑って言った。
『ああ、心配しなくていい。コイツも転生者だ』
そう言って、シャルカさんは紅い鎧の騎士団長を指差していた。




