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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
幕間 『どっちの花×花ショー』

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最終話 『負け犬は正義を語れないのだ』

「ゲームはまだ終わっていませんよねえ、雪花さん」


 ワタシは、『月ヶ瀬雪花はクールに去るぜ』と退室しようとしていた雪花さんに声をかける。雪花さんはピクリと肩を震わせていて、繭ちゃんはそんな雪花さんを不思議そうに眺めていた。無理もない。『花の字に相応しい乙女』を決めるゲームは、既にワタシの勝利で終止符が打たれている。けど、ワタシは言った。『まだ終わっていない』と。

 …まあ、繭ちゃんは本気で興味がなさそうだったけれど。


「花子…殿」

「約束を忘れたわけじゃないですよね、雪花さん」

「…何の話をしてるの、二人とも?」


 繭ちゃんは、不服そうな表情を隠そうとはしなかった。これまでの茶番で随分と疲弊しているのにまだ付き合わされるのか、と。


「ぐぅ、分かったでござるよ…繭ちゃん殿、ちょっと待っていてくだされ」

「だから何が起こってるのさ…?」


 繭ちゃんの疑問には答えず、雪花さんはリビングから出て行った…が、すぐに戻って来る。その手に、赤色の布を持って。


「あの、その、繭ちゃん殿…」

「とりあえず、ボクに分かるように説明するべきだと思うんだけど…」


 戻って来た雪花さんは要領の得ない呟きをしていただけだったので、繭ちゃんとしても置いてけ堀にされている。ただ、ここで繭ちゃんはとあることに気付いた。


「ちょっと待って…雪花お姉ちゃんが持ってきたソレって」


 繭ちゃんは、そこで雪花さんが持ってきた赤い布を指差した。

 雪花さんは恐る恐るその布についての説明を始める。


「これは、その…繭ちゃん殿がこの間のライブイベントで着ていた衣装でござりまする」

「なんか見覚えのある赤色だと思ったよ…でも、それをどうして雪花お姉ちゃんが持ってきたの?」


 繭ちゃんの表情が、(にわ)かに険しくなった。きっと察している。この後、ろくでもない話を聞かされる、と。

 正解なんだけどね、それ。


「ええと、その…繭ちゃん殿のライブを、拙者も花子殿も観に行ったでござるよね?」

「…そうだね、二人ともというか、みんなで来てくれたよね」


 アメリカンジョークぐらい遠回しな雪花さんの物言いに、繭ちゃんの不信がさらに募る。雪花さんはワンクッション置いたつもりかもしれないけど、これ助走にしかなってないんだよねえ、次で落とすための。


「あのライブはとてもよかったでござったなぁ…繭ちゃん殿の躍動感が限界突破していたといいますか」

「ありがと…でも、ボクちょっと失敗しちゃったけどね、その派手で真っ赤な衣装を着てたから余計にミスが目立っちゃったよ」


 最近の繭ちゃんはスランプ気味だったので、この子としてもあの時のパフォーマンスに納得がいかなかったようだ。


「それで、あのライブを生で観ていた拙者としても、繭ちゃん殿に憧れたといいますか…」

「ボクに憧れて…で、何があったの?ううん、何をしたの?」


 繭ちゃんとしても、そろそろしびれを切らしそうだった。

 そんな空気を察したのか、雪花さんも『本題』を切り出し始めた。


「それで、ちょっとだけ、繭ちゃん殿のこの衣装を…拝借したといいますか」

「もしかして、まさか、ひょっとしてと思うんだけど…それを着たの、雪花お姉ちゃんが?サイズが合わないことなんて分かってたよね?」


 繭ちゃんの視線がそこで険しくなる。

 リビングの空気が、少し張りつめる。


「その、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけでござるけれども」


 しどろもどろになりながら、雪花さんは(たた)まれていた赤い衣装を広げた。

 それは、上下で分かれたセパレートタイプの衣装だった。上はセーラー服を模したもので、下はフリルと短めの白い前掛けの装飾が施されているスカートだ。かわいらしい繭ちゃんにお似合いのキュートなアイドル衣装だったけれど、確かにちょっと派手な色合いだったかもしれない。ただ、今は似合う似合わない、派手とか派手じゃないとか論じている場合ではないけれど。

 雪花さんは、そこでそっと赤い衣装の前後を反転させた。赤い衣装の背面が、繭ちゃんの視界に映る。


「ええと、その…申し訳ございませんでしたぁ!!」


 雪花さんは衣装をソファの上に置いた後、機敏な動きで床に土下座る。

 赤い色の衣装は、上下ともに異変があったからだ。


「…………」


 繭ちゃんは無言のままスカートに手を伸ばした。それは、ウエストのサイドが破れていた。その次は、上のセーラー服の方をまじまじと眺める。そちらは、背中が縦に破れていた。

 つまりは、セパレートの上下どちらも破損しているということである。うむ、平たく言わなくても全滅だね。


「…………」


 繭ちゃんは、無言のままだった。

 …あ、これマジで怒ってる時の繭ちゃんでは?


「あの、その…イベントで繭ちゃん殿が歌ったり踊っているところを見て、我慢できなくて、拙者もかわいい衣装を着てみたいと思いましてぇ!魔が差してしまいましてぇ!」


 雪花さんは土下座で謝罪していた。顔を上げられないので、繭ちゃんがどんな表情をしているのかは分からないはずだ。まあ、ワタシも怖いので繭ちゃんの横顔すらまともに見られないのだけれども…。


「………この衣装、ボクがデザインしたんだ」


 繭ちゃんの声に熱はなかった。だが、熱がないからといって『熱源』がないわけではない。寧ろ、ワタシたちの見えないところで煮え(たぎ)っている可能性すらある。


「イベント衣装のアイデアは前から考えていたんだけど…今回が初めてだったんだよね、自分でデザインした服を着て歌ったのって」


 繭ちゃんの声がリビングに染み込む。その声は床に溶け、その都度、部屋が繭ちゃんの色に染まる。この空間は、既に繭ちゃんの支配下にあった。ワタシたちのホームでもあるはずなのに、完全にアウェイと化している。

 …ワタシと雪花さんは、この場において罪人と化していた。

 

「申し訳ございません…でしたぁ!!」


 雪花さんはもう一度、頭を下げて謝罪していた。

 そんな雪花さんに繭ちゃんは近づいて、背後に回って…。


「わひゃっ!?」


 雪花さんの腰に触れていた。割りと無遠慮にペタペタと。

 雪花さんも、思わず妙ちくりんな声を出してしまう。


「あの、なに…を???」


 衣装を破ったという負い目があるからか、雪花さんは困惑しながらも無抵抗だった。

 一頻(ひとしき)り雪花さんの腰回りに触れた後、繭ちゃんは考え込み…今度はワタシの方に来た。

 …え、こっちに来た?


「あの、繭ちゃん…?」

「…………」


 繭ちゃんは無言で無表情のまま、ワタシの腰に触れた。


「ちょ、ちょっと、繭ちゃん…くすぐったいんだけど!?」


 繭ちゃんが、ワタシのウエストを触る。無表情のまま、無感情のまま。乙女のデリケートな部位に触れている自覚など、まるでない。

 …というか、何なのこの状況!?

 

「あの、ホントに、ワタシ、そこ弱いんだけど!?」


 くすぐったくて、ワタシの声は裏返る。そこで、ようやく繭ちゃんの魔の手は止まった。

 まったく、繭ちゃんじゃなかったらセクハラで前科一犯だよ?


「繭…ちゃん?」


 ワタシだけでなく、雪花さんも呆然と繭ちゃんを眺めていた。

 そして、ようやく繭ちゃんは口を開いた。


「とりあえず、雪花お姉ちゃんは正座ね」

「…あい、でござりまする」


 気の抜けた返事の後、雪花さんは正座を始める。土下座よりは人としての尊厳が保たれているけれど、床はフローリングなのでお膝が痛くなりそうだ。けど、仕方ないよね。負け犬は正義を語れないのだ。ここはそういう異世界なのだ。と他人事のように眺めていたワタシに繭ちゃんが言った。


「花ちゃんも正座ね」

「ホワイ!?」


 ワタシも、繭ちゃんから正座を要求された。

 当然、その理由を問いかける。


「なぜでございますか、繭ちゃん!」

「それをボクに言わせる気なの、花ちゃんは?」


 繭ちゃんは、かつてないほどのジト目でワタシを眺めていた。それだけで、ワタシの体温が二、三度は下がる。

 …あ、これマズいね。

 それでも、ワタシは逃げ道を探す。どこかに抜け道はないかと手当たり次第に。それが泥沼に()まる行為だと気付かないまま。


「ええと、あの…何かの間違いか手違いか勘違いがあるのではないでしょうか繭ちゃん?」

「はい、花ちゃんは正座と晩ご飯抜きね」

「それは無慈悲が過ぎるのでは!?」

「だって、こっちのスカートを破ったの花ちゃんでしょ?」


 繭ちゃんは、そこで微笑んでいた。しかも、やけに乾いた微笑みだった。

 というか、干乾びそうなのはワタシの方だった。繭ちゃんの冷えたスマイルに緊張して、一気にのどがカラカラになったのだ。蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなのだろうか…。


「にゃ…にゃんのことかなぁ、繭ちゃん?」

「花ちゃんがこれ以上とぼけるんだったら慎吾お兄ちゃんにも叱ってもらうよ」

「それはご無体にもほどがあるんだよ!?」


 これはもう観念するしかない。こんなことを慎吾に知られたら、めたくそに怒られるのだ。


「でも、なんで分かったの繭ちゃん…セーラー服を破ったのが雪花さんでスカートを破ったのがワタシだって」


 …そう、実はそういうことなのだ。

 この赤い衣装はセパレートタイプで、上はセーラー服、下はスカートという構造になっている。

 そして、セーラー服が破れていたのは雪花さんが着たからで、スカートが破れていたのはワタシが穿いたからだった。

 その事実を看破した繭ちゃんは、溜め息混じりに言った。


「そんなの、すぐに分かるよ…雪花お姉ちゃんが着たらセーラー服は破れちゃうだろうけど、下のスカートは破れないんだよ。逆に、花ちゃんがセーラー服を着ても胸がスカスカだからそっちは破れない。でも、下のスカートは破れるだろうね。お尻がデカデカだからね」

「その言い方は悪意があるのではございませんでしょうか…」

「被告に発言権はないんだよ」

「魔女裁判でももう少しぐらい発言は許可されてたんじゃないかなぁ…」

「というわけで、上のセーラー服は雪花お姉ちゃんが…そして、下のスカートは花ちゃんが穿いたから破れたっていうことは明白なんだよ。さっき触って確かめたからね」


 確かに、先ほど繭ちゃんはワタシと雪花さんのウエストを触っていた。かなり無遠慮に。

 そんな繭ちゃんは、それ以上は何も言わせないという剣幕だった。

 実際、ワタシも雪花さんもこれ以上は何も言うべきではないと目配せで合図を送る。下手に反論をしても火に油を注ぐだけなのだ。


「ボクは怒っています」


 年上のお姉さん二人を前に、繭ちゃんは言ってのけた。その二人の年上は、(こぞ)ってこの子の親権を主張しているというのに。いや、よくよく考えたらそこそこヤバいな、その年上の女子二人は。弟みたいな年の子の親権を主張してるとか。


「でも、ボクが怒っているのは二人がライブの衣装を台無しにしたからではありません」


 そこで、繭ちゃんの瞳がさらに険しくなる。異端審問官もかくや、というほど。


「二人が、嘘をついてまで自分だけは助かろうとしたことです…だって、そのために『花の字に相応しい乙女』を決めるとか言い出したんでしょ。で、負けた方に衣装を破った罪を全部、押し付けるって罰ゲームだったんでしょ、さっきの茶番は」


 断罪者である繭ちゃんの言葉に、ワタシたちは何も言えず沈黙するだけだった。

 実際その通りだったからだ。


「全く…最初から普通に謝ってたらよかったのに」

「そうだよね、ワタシたちが間違ってたよ…繭ちゃんはいい子だから、素直に謝ってたら赦してくれたよね」

「そうだよ。花ちゃんは一カ月オヤツ抜きくらいで無罪放免だったんだよ」

「それ無罪でも放免でもないよね!?きちんと実刑を喰らってるよね!?」

「でも、花ちゃんのお尻が太すぎたからこんなことになったんでしょ」

「せめてもう少しオブラートな表現でお願いいたします…」

「これでもオブラートに包んでるんだよ、ボクは」


 繭ちゃんの目を見るに、おそらくそれは事実だった。本気で罵倒されてたら卒倒していただろうね、ワタシは。

 その後、ワタシと雪花さんは正座のまま繭ちゃんの説教を受け続けた。足は痺れたけれど、なんとか限界を迎える前に解放された。


「やれやれ…酷い目にあったよ」

「そもそも、花子殿が『花の字に相応しい乙女』を決めようなどと言い出さなければこんなことにならなかったのでは?」


 ぼやくワタシに雪花さんがそんなことを言い出したので、ワタシとしても反論する。


「それなら、雪花さんが最初に『拙者なら繭ちゃん殿の衣装も着こなせるでござるよ』とか言い出したからでしょ」

「いや、花子殿が『ワタシが繭ちゃんの衣装を着たらサイカワになっちゃうよね』とか言ったからでござるよね」

「いやいや、雪花さんが…」

「いやいや、花子殿が…」

「二人とも、まだ反省が足りてないみたいだね」


 繭ちゃんの鶴の一声に一喝され、ワタシたちは二人でまた『ごめんなさい』をした。どうあっても、この力関係は覆らないのだ。


「ただ、まあ…さっきの茶番も、少しは気晴らしになったかな」

「繭ちゃん…」

「花ちゃんたちだって、本当はそのために『花の字に相応しい乙女』を決めるとか言い出したんでしょ」


 繭ちゃんは、ワタシたちから瞳を逸らしたまま呟いた。この子にしては珍しく、少しだけ照れくさそうだった。


「シロちゃんがいなくなってから、ボク…ずっと、本調子じゃなかったから」


 繭ちゃんの傍には、シロちゃんという大切なお友達がいた。

 …でも、その子もこの異世界の住人ではなかった。

 だから、シロちゃんは自分の世界に戻らなければならなかった。その帰還の手伝いをしたのは、ワタシたちだ。

 けど、繭ちゃんが寂しくないはずはなかった。シロちゃんがいなくなって、繭ちゃんはずっと元気がなかった。


「というわけで、ボクが本調子に戻るためにも花ちゃんをダイエットさせることにしました」

「文脈に脈絡がないと思われますが!?」

「みゃくとみゃくが重なってミャクミャクさまだね」

「上手いこと言ったつもりなのかな!?」


 …まあ、ほんの少しでも繭ちゃんが本調子に戻ってくれるならなんでもいいか。

 だって、これがワタシたちの日常だ。くだらないことでケンカをしながら、取るに足らないことで怒られながら、大したことのない話で笑い合う。それを、何度も何度も繰り返す。飽きることなんて、絶対にない。

 そうやって、ワタシたちは当たり障りのない日常に埋没していく。

 居心地のいいぬるま湯こそが、ワタシたちが望む居場所なんだよ。

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