最終話 『うあああああああああああああああああああああああああああああぁん!!』
「ベイト神父には、リリスちゃんの封印を解いてもらわないといけないからね…そのために、過去のベイト神父に『念話』を飛ばす必要があったんだよ」
ワタシは、そう説明した。
ユニークスキルである『念話』には、『超越』というあらゆる障壁を超えて言葉を届ける力がある。その超える力で時間を超え、おばあちゃんには過去のベイト神父に『念話』を飛ばしてもらったんだ。いや、これから飛ばしてもらうことになるのか。
それが、『神託』と呼ばれる奇跡のカラクリだった。
「…その『神託』を受けて、ベイト神父はリリスさんの封印を解いたのですね」
小さなりりすちゃんが、虚空を見上げながら呟いた。
その場所に、大きなリリスちゃんはいないけれど。
ワタシは、小さなりりすちゃんに…もう大きいとか小さいとか、区別する必要はないのか。
…りりすちゃんは、一人になってしまったのだから。
ワタシは、りりすちゃんの傍に立つ。
「ベイト神父はリリスちゃんの封印場所は知らなかったみたいだから、『神託』を受けた後で他の『教会』の信徒たちから詳細を聞いて行動したんだけど…」
リリスちゃんを封印したのは、『教会』と呼ばれる宗教組織だ。だから、リリスちゃんの封印を解除するためには『教会』の関係者に『念話』を飛ばす必要があった。しかし、ワタシが知っている『教会』の関係者はベイト神父だけだったので、『念話』はベイト神父に送るしかなかった。
そして、ベイト神父はその『神託』を受けてリリスちゃんの封印を解除した。
つまり、リリスちゃんの封印が解かれた真相を紐解けば、その真犯人はワタシだったというよくあるオチになる。
…滑稽なのに笑えないよねぇ。
ワタシの中に、昏い靄が広がる。
『それなら、『念話』を飛ばす相手はその二人でいいんだね』
そこで、おばあちゃんが軽く手を叩いた。
その乾いた音が、ワタシの中の靄を少しだけ霧散してくれた。
「うん、ベイト神父とカルガさんだよ、おばあちゃん。カルガさんにはリリスちゃんに接触したり…ああ、リリスちゃんを誘拐する『神託』もあったね。それと、ジン・センザキさんを一時的に行動不能にする指示もして欲しいんだ」
ディーズ・カルガの奇行の数々…リリスちゃんの誘拐やジンさんの襲撃などは、『神託』によって引き起こされた。なら、それらも『神託』を送ったワタシの罪ということになる。
…ワタシがその罰を受けるのは、いつのことになるんだろうね。
『確かに承ったけどね』
おばあちゃんは、そこでワタシを真っ直ぐに見据えていた。
なんでもお見通しだった、おばあちゃんは。
『花子ちゃんは…それを、自分の罪だとか思っちゃいけないよ』
「…でも、おばあちゃん」
『この『念話』のどれか一つでも欠けれていば、世界が崩壊する切欠にもなりかねない。歯車が一つ違っただけで、今のこの結果はなかった可能性が高い。だから、わたしたちが経験した全てをできるだけトレースする必要があるんだ…けど、そこで起こった結果の全てを花子ちゃん一人の罪にしちゃいけない。そこに罪があるというのなら、この世界で生き残った全員でその罪を均等に背負わないといけないんだ。それが生き残った人間の責務だし、そうしないと、個人なんて簡単に潰れてしまうんだ。英雄だなんだと無責任に祀り上げるのは、体のいい人身御供と何ら変わらないよ』
「おばあちゃん…」
おばあちゃんは、ワタシの知っているおばあちゃんの声で滔々と語る。英雄と呼ばれたおばあちゃんだからこそ、知っているんだ。
英雄を一人にしてはいけない、と。
…けど、世界が救われるためだったとしても、ワタシの『声』で傷ついた人は確実に存在している。
たとえ、その人物が自分の意思だけで世界を捻じ曲げようとしていた『転生者』だったとしても。
「これ以上、一人で抱え込むなよ」
そこで、慎吾に軽く肩を叩かれた。軽いけれど、そこに込められた想いは軽くなかった。そして、慎吾は語る。
「それでも花子が一人で背負い込むって言うなら…オレが、その罪ごと花子を抱えてやるよ」
「けど、そんなことをしたら慎吾まで…」
「オレたちはそんなに頼りないか?」
慎吾の声は、低く、澄んでいた。
だから、それは慎吾の原液のような想いだった。
「確かに、オレは大して役に立たなかったかもしれない…世界が滅ぶとか、そこまで風呂敷を広げられたらお手上げでしかないかもしれない」
「そんなこと、ないよ…」
慎吾がいてくれたことで、みんながいてくれたことで、ワタシがどれだけ救われたか。この広い異世界に同郷の人間がいることが、ワタシを一人ぼっちという孤独から救ってくれていた。
「それでも、オレたちだって花子を支えられるんだ…よっと」
「慎吾…って、ええ!?」
そこで、ワタシは物理的に支えられていた…というか、抱っこされていた。体を水平に抱えられ、慎吾が広げた両手を支えにして。
…所謂、お姫さま抱っこだ。
いやこれ、女の子の憧れのヤツじゃん!?
「え、あの、その…慎吾!?」
「ほら、花子一人くらい…オレでも、支えられる、だろ?」
「慎吾…そういう台詞はふらふらしながら言わないでくれるかなぁ!?」
ちょいちょい慎吾の足元がふらついてるんだよ。実際ちょっと怖いからね!?
「いや、想像よりも花子が重…いや、太、じゃなくてちょっとオレの疲れがたまってただけだよ」
「今、重いとか太いって言いかけたよね!?」
絶対に言っちゃいけない言葉だろ、お姫さま抱っこの途中で!
そんなこと言われてるヒロイン見たことないよ!?
「まあ、兎に角…花子の傍にはオレたちがいるってことだよ」
そこで、慎吾はワタシをゆっくりと下ろした。
…ちょっとだけ、名残惜しかった。
「でも慎吾、ワタシを下ろす時にかなり鼻息を荒くしてたよね…重いの我慢してたよね」
「そこは気付いてても気付かないフリをしろよ」
「レディに気付かせないようにするのが男の子でしょ!?」
ワタシは、怒っていた。でも、笑ってもいた。
…うん、いつも通り、だ。
結局、ワタシは一人じゃ何もできない。それどころか、何も決められないことだって多々ある。慎吾や雪花さん、それに繭ちゃんがいてくれるから、ワタシはワタシを保っていられるんだ。
そんなワタシたちを…というか主に慎吾を、おじいちゃんが遠くから恨めしそうに眺めていた。おばあちゃんがいるからか、いつもみたいに慎吾に強く当たることもできないのか。
そして、おばあちゃんが口を開いた。その眉の凛々しさに、この人の強さと気高さを感じた。
『さて、それじゃあそろそろやってみようか…わたしも過去に『念話』を送った経験はないけど』
「よろしくお願いします、おばあちゃん…本当なら、ワタシがやらないといけないことなんだけど」
ワタシは既に、『念話』で時を超えることができない。現在のワタシの『念話』は、向こうの世界にいるおばあちゃんから譲り受けたレプリカだ。
『花子ちゃんがやらないといけないことだったなら、それはわたしがやっても問題ないはずだよね』
おばあちゃんは、そこでワタシの頭を撫でた。
違うはずなのに、同じだと感じていた。あの日、おばあちゃんに撫でられたあの手と。
『それじゃあ、さっそくやってみるかねえ』
おばあちゃんは両手を組み合わせ、少しだけ俯く。唇を閉じ、次に瞳を閉じる。
その姿勢は、敬虔な祈りそのものだった。
そして、おばあちゃんから、光の粒子が立ち昇る。
…気配で分かる。『念話』が、発動した。
けど、ただの『念話』ではない。
それは過去への入り口であり、今ここが、世界を整えるための特異点だ。
「…………」
全員が言葉を失っていた。おばあちゃんに見惚れているように。
おばあちゃんから立ち昇る粒子は、その数を増していく。
それらは、光の翼のようにも見えた。
やっぱりすごいなぁ、おばあちゃんは…。
…けど、これがおばあちゃんとのお別れの始まりだと、ワタシは知っていた。
『ちゃんと、届けたよ…花子ちゃんの言う通りに、ね』
どれだけの時間が経過しただろうか。おばあちゃんが、ワタシに微笑んだ。その微笑みは、疲労を隠すためのものだった。きっと、相当な負担がかかっていたはずだ。
「おばあちゃん…!」
咄嗟に、ワタシはおばあちゃんに駆け寄り、その背中を支えた。祈りの姿勢を解いたおばあちゃんは、ひどくふらついていた。
「ごめん、おばあちゃん…やっぱり、しんどかったよね」
時を超えた過去への『念話』が、おいそれと行えるはずがない。それが、この異世界ソプラノで英雄と呼ばれたおばあちゃんだったとしても。
『まあ、負担というか、魔力切れ…いや、電池切れ、かな』
おばあちゃんから放たれていた粒子は、まだ、消えていなかった。
寧ろ、滾々と立ち昇り続けている。
けど、これはおばあちゃんの凄さを示したものではなかった。
…この粒子は、おばあちゃんの限界を示していたんだ。
『ちょっと年甲斐もなくはしゃぎ過ぎてしまったかな…いや、そんなに年でもないんだけどね!?』
「おばあちゃん…」
おばあちゃんは笑っていたが、ワタシは何を言えばいいのか分からなかった。おばあちゃんとはいえ、この人は『邪神』の魔力の塊が人の姿をとった存在だ。
いつか、そのお別れが来ることも分かっていた。
…それが、ここで訪れた。
「おばあちゃん…」
ワタシは、おばあちゃんの手を掴んだ。
元の世界のおばあちゃんとは違い、張りのある若い手だった。
…でも、おばあちゃんの手と、同じ匂いがした。
「おばあちゃんは…どっちの世界のおばあちゃんでも、ワタシにとっては大切なおばあちゃんだよ」
あ、涙が溢れそうになってくる…駄目だ、耐えろ。ほんのついさっき、小さなりりすちゃんに『泣かないで』と言ったばかりじゃないか。
おばあちゃんは、ワタシの手を握り返した。
その手は温かい。血の通ったホンモノの熱を持っていた。
…それなのに、ワタシを置いて、消えちゃうの?
『正確には、わたしは花子ちゃんの記憶から再現されただけの、架空の『おばあちゃん』だけどね』
おばあちゃんは、言葉を選ぶ。少しでも、ワタシが傷つかない方を。
…でもね、そういうところが、ワタシのおばあちゃんなんだよ。
「おばあちゃんは、架空の存在なんかじゃ…ないよ」
ワタシは、おばあちゃんに抱き着いた。おばあちゃんからは、どんどん粒子が漏れていく。
おばあちゃんが光に包まれるほどに、おばあちゃんが消えていく。それを堰き止めることは、ワタシにはできない。
…おばあちゃんの感触も温もりも、薄れていく。
それでも、おばちゃんは変わらない声で囁いた。
『これは仕方のないことだったんだよ、最初から…わたしという存在は、この世界が気まぐれで起こした奇跡の一つだったんだ』
「それでも、せっかくおばあちゃんに会えたのに、もうお別れなんて、いやだよ…早すぎるよ」
『花子ちゃん…』
「この異世界でも会えなくなったら、ワタシ、もう二度とおばあちゃんには会えないんだよ…元の世界にも帰れないから、おばちゃんとはここでしか会えない、んだよぉ」
子供の時のように、剥き出しの我が儘を口にした。
けど、その我が儘さえ、このままでは言えなくなる。
…おばあちゃんが、いなくなってしまった後では。
おばあちゃんは、ワタシの頭を抱えるように抱きしめた。
『花子ちゃん…一つ、約束をしようか』
「やく…そく?」
おばあちゃんの胸に顔を埋めながら、ワタシは問いかける。
『この先、もし花子ちゃんに危ないことが起こった時は…わたしは、どこからでも駆けつけるよ』
「…おばあちゃん」
それが本当なら、これほど心強いことはない。おばあちゃんが傍にいてくれるなら、それだけでワタシの世界は大きく変わる。
…でも、その約束が果たされることは、ない。
果たされることはないはずなのに、矛盾した確信をワタシは持っていた。
おばあちゃんは、その約束をきっと、守ってくれる、と。
そして、おばあちゃんはワタシの名を呼んだ…?
『花子…さん』
「おばあちゃ…じゃなくて、『花子』!?」
そこで、おばあちゃんの胸に埋めていた顔を上げた。だって、聞こえてきたのはおばあちゃんの声ではなく、『花子』だった。
「本当に…『花子』なの?」
『はい、『花子』です…』
…本物の、『花子』だった。
けど、どうして?
ワタシの脳裏が、ぐちゃぐちゃにシェイクされる。驚きと、歓喜によって。
「よかった、『花子』も消えてなかったんだね…」
もしかすると、おばあちゃんが出てきたことで『花子』はそのまま消滅してしまったのかと不安になっていた。けど、『花子』もここにいる。ちゃんといる。
…ああ、もう、こんなに花子ちゃんを喜ばせてどうする気なんだろうね。
『どうやら『花子』ちゃんの方も目を覚ましたみたいだね』
「あ、今度はおばあちゃんだね…」
おばあちゃんと『花子』がシームレスに入れ替わるのでやや混乱はしたけれど、それでも二人がそこにいたことにワタシは安堵していた。というか一粒で二度おいしいだね。いや、自分でも何を言っているのか分からないけど(笑)。
そして、また『花子』が口を開いた。
『わたしも、花子さんとお別れの挨拶がしたかったので…おばあさんとのお別れの時間を奪うつもりはなかったのですが』
「『花子』…そんな、こと」
気にしなくていいんだよ、という言葉を口にできなかった。
…そうだ、消えてしまうんだ。おばあちゃんも、『花子』も。
駄目だ、何かを言おうとしても、言葉ではなく嗚咽が出そうになる。
『では、花子さん…わたしの挨拶は終わりましたし、残された時間は、おばあさんとのお別れを惜しんでください』
「待って、よ…『花子』」
辛うじて、涙をこらえた。
声を出す前に、涙が出そうになる。
それでも、ワタシは叫ぶ。
「待って…『花子』も、そこにいてよ!」
『しかし、花子さんは…』
「あなたも『花子』でしょ…だから分かるんだよ、『花子』の痛みも!」
無表情がデフォルトだった。
おすまし顔で、器用においしいところだけを搔っ攫っていくのが『花子』クオリティだった。
…それでも、『花子』もずっと一緒にいてくれたじゃないか。
「お願いだから、最後まで一緒にいてよ…『花子』だって、ワタシの家族でしょ」
『…はい』
…『花子』はそこで、涙をこぼしていた。
この子が泣くところなんて、想像もできなかった。
なんだ、この子もちゃんと女の子じゃないか。『邪神の魂』がワタシの姿を模した存在が『花子』だったけれど、そんなこと関係なかったんだ。
けど、『花子』の体からは、さらに粒子が漏れていく。
粒子が溢れていくほどに、おばあちゃんと『花子』の体が希薄になっていく。
…ああ、もう、本当に辛いよ。
どれだけお別れしないといけないんだよ、今日だけで。
ワタシ、強くないって何度も言ったよね!?
それでも、ワタシは言った。言わなければ、ならないから。
「今までずっと、ありがとうね、『花子』…そして、おばあちゃんも」
そこで、ワタシはまたおばあちゃんの胸に顔を埋めた。
おばあちゃんという存在を、少しでもワタシに刻み付けるために。
もしくは、その逆の為に。
『花子ちゃん…』
それまで聞こえていたおばあちゃんの心臓の音が、少しずつ小さくなる。
温もりも、その声も、か細くなっていく。
…ワタシの大切な二人が、揃って遠くへ行ってしまう。
「それと、さっきの約束だけど…」
『ああ、花子ちゃんが危ない時は、わたしが…いや、わたしたちが助けるよ』
おばあちゃんは、ワタシの頭を抱え込むように抱きしめてくれた。
そんなおばあちゃんに、ワタシは言った。
「その約束は、しなくていいよ…」
『どうし、て…だい?』
さすがのおばあちゃんも困惑していた。いや、自分が必要とされていないと思ったかもしれない。その声には、落胆が浮かんでいた。
けど、当然だけどそんなことがあるはずもない。
「もし、また何か起こったとしても、それはワタシが…ワタシたちが、みんなで解決するよ」
『花子ちゃん…』
「ワタシにはね、そのための友達がたくさんいるんだよ…すっごいでしょ?」
足が、小刻みに震えていた。涙はまだ、こらえている。
…おばあちゃんとも、『花子』とも、離れたくない。
でも、ここで口にすべき言葉は、それじゃない。
『そうだね…花子ちゃんには、もうわたしたちの存在は必要ないのかも、しれないね』
おばあちゃんは、薄く笑っていた。
…その微笑みが痛みを伴っていることは、明白だった。
そんなおばあちゃんに、ワタシは告げる。
「だからね、おばあちゃん…来るなら、何もない時に遊びに来てよ」
『…え?』
「問題なんて何もない時に、すっごい暇なときに来て欲しいんだ…そしたら、ゆっくりとお喋りができるし、一緒にご飯を食べることもできるよ。あ、一緒にお風呂もいいよね」
『花子…ちゃん?』
おばあちゃんは、ワタシの言葉に小首を傾げていた。おそらく、『花子』も同じようにシンクロしていたはずだ。
「だからね、絶対に遊びに来てよ、おばあちゃん…ワタシ、おばあちゃんと元の世界でできなかったこと、この世界でたっくさんやりたいよ」
『花子、ちゃん…』
「おばあちゃんとピクニックに行きたいし、バーベキューもしたい…あと、おばあちゃんと一緒に、海が見たいよ」
…ワタシはまだ、自分の目で『海』を見たことがない。
だから、一緒がいい…おばあちゃんと一緒に、海が見たい。
『そうだね、今度は時間のある時に、遊びに来るよ』
おばあちゃんは、頷きながらワタシを抱きしめた。
その両手には、もう力も入っていない。それでも、おばあちゃんはワタシを離さない。
ワタシの中に、おばあちゃんの気持ちが流れ込む。
…まだ消えたくない、と。
だから、ワタシは言葉を続ける。
言葉を続けている間は、おばあちゃんが消えないような気がして。
「その時は、『花子』も一緒だからね…」
『わたしも、いいのですか…?』
「『花子』もいないと意味ないでしょ…」
…そう、意味がないんだよ。
おばあちゃんも『花子』も、もうワタシの宝物だ。
『その時は、『花子』ちゃんと一緒に遊びに来るね…』
「約束だよ…おばあちゃん」
おばあちゃんの声は、ノイズが入っているように擦れていた。
まだ、だ…まだ、泣けない。
『…それまで、わたしのことを忘れないでくださいね』
「『花子』くらいキャラの図太い子を忘れるわけないでしょ…」
涙が、溢れる…。
でも、耐えろ。
…最後のシーンが、涙で染まっちゃうから。
『じゃあ、元気でね…花子ちゃん』
「おばあちゃん、こそ…元気で、ね」
最後に、おばあちゃんを強く抱きしめようとし…ワタシの腕は、すり抜けた。
…おばあちゃんが、消えていく。
「おばあちゃんおばあちゃんおばあちゃん、おばあちゃんおばあちゃんおばあちゃんおばあちゃん!」
もう我慢なんかできるかああぁ!
いい子のフリなんて、慣れないことはするものじゃない!
…ワタシは、大泣きしていた。
そんないい子じゃないワタシを、おばあちゃんと『花子』は、抱き締める。すり抜けるけれど、抱き締める。
『愛しているよ、花子ちゃん…ずっと、これからもずっとね』
「ワタシの方が愛してるよ…おばあちゃああああぁん!」
おばあちゃんの姿は、そこで完全に消えた…。
いや、ワタシの中に、入って…戻ってきた。
…ああ、そうか。
おばあちゃんも『花子』も、最初から、ワタシの中にいたんだ。
「…!?」
そこで、ワタシは膝をついた。砂利だらけの地面は痛かったけれど、それどころではなかった。
「そうだ、戻って…きたんだ」
「…花子?」
膝立ちのワタシに、慎吾が不安そうに声をかけてくる。雪花さんや繭ちゃんも心配そうにワタシを覗き込むでも、ワタシは慎吾たちの呼びかけに応えることができなかった。
…ワタシの中を奔流が駆け巡っていた。
これは、おばあちゃんの記憶だ。
失われていたはずのおばあちゃんの記憶が、ワタシの中に戻ってきた。おばあちゃんと、一緒に。
「おばあちゃん、おばあちゃん…」
記憶の奔流は、苛烈だった。けど、苦痛ではなかったよ。
だって、おばあちゃんだ。ワタシの中に、たくさんのおばあちゃんが思い出と一緒に戻ってきた。
…これからも、一緒だね、おばあちゃん。
だから、もう我慢なんてできなかった。
「うあぁ…うあああああああああああああああああああああああああああああぁん!!」
決壊したワタシの嗚咽は、異世界ソプラノの空を渡っていく。
どこまでも、ずっと遠くどこまでも。
どうせなら、そのまま世界を超えておばあちゃんのところまで、届いちゃえ!




