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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』

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24 『つまらん、花子のヤツを戦場に出したら、一方的に勝つに決まっている…』

『もう一つの世界に、消えた…だと?』


 小さな柳眉(りゅうび)を小さくひそめ、ティアちゃんが低く呟く。不機嫌な面持ちを、微塵も隠そうとはしないままに。


「すいません、説明不足でしたな。妻を失ったあの日のことを誰かに話すのは、初めてでして…気持ちの整理も、まだついていなかったようです」


 老齢の紳士は、乾いた声でそう言った。

 そして、瞳を閉じて深く息を吸う。

 おそらく、それは儀式だ。

 呼気を整え、最愛の妻を失ったという古傷と、折り合いをつけるための。

 …そんなこと、誰にもできないことだけれど。


「…………」


 失った人の記憶を、後生大事に抱えて生きる?

 失った人との時間を、きれいさっぱり忘れて生きる?

 ワタシには、そのどちらもできない。

 そのどちらも、できてはいない。

 ワタシにできるのは、もう会えなくなった人たちとの思い出を引き摺ったまま、騙し騙し歩いていくことだけだ。

 それは、ここにいる慎吾たちも、同じだ。

 そういう意味では、ワタシたちは共犯者だ。

 弱くてズルい、卑怯者だ。

 それでも、たぶん、ワタシたちは(ゆる)されている。

 …うちの、女神さまには。


「邪神の復活が秒読み段階にまで差し迫ったところで、邪神の魂を…邪神の魔力の塊を、彼女は己の内に取り込みました」


 順序立てて、老紳士は(つぶさ)に語る。

 名もなき魔女の、最期の献身を。

 この人にとってそれは、己の妻の死を解体し、再構築する行為に他ならない。


「さきほど地母神さまも(おっしゃ)られましたように、魂だけであろうと、邪神の魔力など人間には耐えられるものではありません。ですが、妻も、そしてワシも、星の一族の生まれでした。幸か、不幸か…その両方か」


 老紳士は、低音の声で口にした。

 星の一族、と。

 その言葉に、ワタシの心臓が、小さく脈を打つ。

 知らないはずの知っていた言葉が、ワタシの芯を穿(うが)つ。


『星の一族か…』

「…ティアちゃんは知ってるの?」


 ワタシは、ティアちゃんに問いかける。

 戸惑(とまど)いやら驚きなどが、胸中で()い交ぜになったまま。


『当たり前じゃ、わらわ様は地母神じゃぞ。そんじょそこらの女神ではないぞ?今からでも崇め(たてまつ)ってもよいのじゃぞ?ティアちゃんかわいいやったーと言ってもよいのじゃぞ?』

「そうだね…」

『ふん、面白くもない腑抜けた反応じゃな』


 本当に面白くなさそうに軽く鼻を鳴らしてから、ティアちゃんは続ける。


『平たく言えば、星の一族というのは、本来なら人間が持ち得ないはずのスキルが扱える連中のことじゃな』


 椅子の上でふんぞり返り、ティアちゃんは語る。


「普通の人が、持てないスキル…?」


 繭ちゃんが、驚きと共に呟いた。さらさらの前髪を、小さく揺らして。


『まあ、細かいことろまではわらわ様も知らんが…奴らだけが扱えるスキルで、有名なものが一つある』


 ティアちゃんは、そこで一拍の間を置いた。

 やけに長い、一拍だった。


『それは、こことは異なる世界へと対象を送り出す…転生スキルと、呼ばれるものじゃ』


 不遜な態度のまま、ティアちゃんは語った。


「転…生」


 馴染みのあるはずの言葉を、ぎこちなく発音することしか、できなかった。


「簡単に言えば、転生というスキルは、その人間を別の世界に送り、そこで新しく生まれ変わらせる、というスキルだよ」


 老紳士は…アンダルシア・ドラグーンは、嚙み砕くように丁寧に、転生という言葉を口にした。

 そして、ワタシたちを…ワタシを?見ていたその瞳には、生暖かい感情が、灯っていた?


「そして、ワシはその転生のスキルを、使った」


 そこで、老紳士の声調(せいちょう)が、変わった。

 (にご)る、ように。


「邪神の魂を抱えたままのアリア・アプリコットを、異なる世界へと、転生させたんだ」


 さらに、濁る。

 粘性(ねんせい)を、帯びる、


「転生といえば聞こえはいいかもしれないが、それは、ワシが妻を殺した、ということだ」


 さらにさらに、濁る。

 濁った声は、そのまま、この人を削る。

 この人の大事な部分を、がりがりと、念入りに削る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ワタシ、慎吾、雪花さん、繭ちゃん、全員が言葉を失っていた。

 ワタシたちは、転生によって救われた人間だ。

 失われるはずだった時間を、この世界で新たに与えられた。

 …けれど、この人は、違う。

 転生によって自分よりも大切な存在を、この人は失った。


「…………」


 小屋の中は、排他的なまでの沈黙に圧迫されていた。

 暖炉や丸太のテーブルといった牧歌(ぼっか)的な光景が、やけに空々しく感じられた。


『貴様らは世界を救ったのであろうが』


 その沈黙を足蹴にするように、ティアちゃんが乱暴に口を開いた。


「確かに、妻は…彼女は、アリアは、この世界を、救いました」

『なら誇れ』

「確かに、邪神の脅威は…このソプラノという世界から、消え去りました」


 (うめ)くように、アンダルシアさんは言葉を発していた。

 それは、世界を救った英雄、と呼ぶには痛々しい姿だった。


「アリアと共に魂が消失した邪神は、組成途中だった体が崩壊しました。残ったのは、亡骸(なきがら)だけです」

『邪神の亡骸…?』


 ティアちゃんの表情が変わる。


「しかし、亡骸といっても無害なものです。何の力も感じられません。()しもの邪神と言えど、体と魂を別の世界に分けられてしまえば、復活もできないのでしょう」

『…邪神が復活の兆しすら見せなかったのは、そういうことか』


 得心がいった様子で、ティアちゃんは呟く。


『じゃが、邪神の亡骸など、見たことも聞いたこともないぞ?邪神ならこれまでにも何度か討ち取っておるが、アヤツは滅ぶ同時に霧散しておったからな』

「ワシは逆に、邪神が討ち取られた瞬間を見ておりませんので何とも言えませんが…魂と肉体が世界を(へだ)てて分離し、無力化されたから亡骸が残った、ということでしょうか」

『無力化か…その亡骸というのは、どうした?』

「一つは、先ほど地母神さまたちと出会いましたあの洞窟に隠してあります」

『一つは…?』


 ティアちゃんでなくとも疑問は浮かぶ。

 老紳士の言葉は、それらが複数あることを示唆(しさ)していた。


「邪神の肉体が崩壊する最期の瞬間、二つの亡骸が飛び散ったのです。ワシは、そのうちの一つしか確保できませんでした。そして、噂なので定かではありませんが…もう一つの亡骸は、邪神に崇める邪教徒たちが手に入れた、ということです」 

『あの馬鹿どもか…いや、邪神の亡骸なんぞを手に入れたから、馬鹿を(こじ)らせたのか』


 吐き捨てるように、ティアちゃんはそう口にした。


「ですが、先ほども言いましたが、亡骸は所詮(しょせん)、亡骸です。何の力も感じられません」

『まあ、魂が異世界に飛ばされたのなら、亡骸だけあってもどうにもならんか…じゃが、お主が持っておるというその亡骸を、邪教徒の連中は狙ってきたりはせぬか?』

「何度か来ているようですが…結界で(はば)んでおりますので、問題ありません」

『それがあの結界か』


 雪花さんの『隠形』でなければ、あの強固な結界はすり抜けられなかった。

 ギルドの冒険者たちですら、(さじ)を投げた。

 それだけの力を、この老紳士は有している、ということだ。

 そういえば…ワタシたちがあの洞窟を出る時、アンダルシアさんは結界を解除してくれたが、その後、また閉じていただろうか?自動ドアのように勝手に閉じるのかもしれないが。


『さすがは、世界を救った英雄の片割れといったところか』

「世界を救ったのは妻です。それに比べればワシは…(いや)しい、人間です」

 

 自分を卑下(ひげ)するために、老紳士は語り続ける。


「どうしても、考えてしまうのです…あの日、あの場所にアリアがいなければ、彼女はずっとこの世界にいられた、と…その代償として、どれだけの命が失われてしまったとしても、と」

『思い上がるな。人間なんぞ、元々が卑しい存在であろうが』


 ぶっきらぼうに言い切るが、突き放してはいない。ティアちゃんなりの励ましだ。


「しかし、ワシは…」


 アンダルシアさんがさらに続けようとしたところで、繭ちゃんが割って入った。


「ええと、転生ということは…アリアさんは死んでないんですよね?別の世界に行っちゃったけど、そこで生まれ変わったって、ことなんですよね?」


 繭ちゃんが、言葉を探しながら言葉を組み立てる。それが、少しでもこの老紳士の痛みを緩和できれば、と。

 家族を失くしたのは、この子も同じなんだ。


「そうですよ、きっと元気で生きてますよ!」


 ワタシも、普段より大きめの声を上げる。

 ワタシの言葉に根拠などなく、それは、無責任で無節操な言葉でしかなかった。

 それでも、ワタシはこの人に言葉を届けたかった。


「アリアさんはきっと、その異世界で元気に暮しています!それなりに楽しく暮らしています!時々、アンダルシアさんのことを思い出して寂しくなったりはしますけど、それでも、元気に生きているはずなんです!」


 ワタシは力説した。

 小娘の安い言葉などでは、この人の痛みが軽減されることすらないと、知っていながら。


「…そうか、アリアは時々、ワシを思い出して寂しさを感じてくれているのか」


 老齢の紳士は、薄く薄く、微笑んだ。

 その表情はとても寂しそうで、少しだけ、寂しそうではなかった。


「そういえば、すまない…まだ、君たちの名前を聞いていなかった」


 確かに、なんだかんだで、ワタシたちはまだ名乗ってすらいなかった。

 …ワタシの体は、強張る。


「ボク、甲田繭っていいます」

「拙者は月ヶ瀬雪花と申しますぞ」

「オレは桟原慎吾です」


 みんなは、名乗った。

 ワタシも、そうしなければならない。

 だから、ワタシは。


「ワタシは、田島花子です」


 本当の名を、名乗った。

 この人の前で、アリア・アプリコットとは、名乗れなかったから。


「そうか…教えてくれて、ありがとう」


 アンダルシアさんは、そこで微笑んだ。さっきよりも明るい表情のはずが、ほんの少しだけ、悲しそうにも、見えてしまった。


「あの、もしよければ、なんですけれど…お二人の冒険の話とか、聞かせてもらっても、いいですか?」


 慎吾が、緊張した様子でそう尋ねる。

 普段の慎吾なら、あまりファンタジーな話題に食指(しょくし)を動かされたりはしないのだが。

 ああ、そうか。

 それは、慎吾にとってこの人を理解するために必要なことだからか。


「少し長くなるが…かまわんかね?」

「もちろんです」

「では、始めよう…」


 そして、老齢の紳士は、語り始めた。

 名もなき魔女と、星の一族の若者の物語を。


 それは、英雄譚と呼ぶには、少しだけ、刺激が足りないものだったかも、しれない。

 二人は人助けの旅を続けていたが、それらは意外と地味なものだった。

 悪党やモンスターたちとの闘いの話などは少なく、とある村を守るためにドラゴンと対峙した時も、うまくやり過ごすだけでドラゴンを退治したりはしなかった。

 それでも、ワタシは年甲斐もなくその物語に興奮いていた。

 きっと、それはこの二人の冒険が、血肉を持ったものだからだ。


「そして、アリアと結婚の式を挙げようと生まれ故郷に戻ろうとしていた途中で…妻に妊娠の兆候が表れたんだ」

『挙式を挙げる前に妊娠…妙だな?』

「妙じゃないから地母神さまは黙っててもらえます!?」


 さっきまで、この子は繭ちゃんのコーヒーにまで砂糖とミルクをぶち込んでくぴくぴ呷っていたと思ったらこれだ。油断も隙もあったものではない。

 …まあ、今の空気ならまだ許されるか。


 そして、その隣では雪花さんがこくりこくりと舟をこいでいた。

 雪花さんの『隠形』は、使用すればかなり疲弊(ひへい)するとは聞いていたが…もう少し我慢して欲しかったところだ。

 …まあ、今の空気ならまだギリで許されるか?


 いや、そんな雪花さんは鼻ちょうちんを膨らませていた。しかも、両方の穴から。

 こんな時に無駄なミラクルとか発動するのやめてもらえます?

 本当に残念美人だな、この人。

 しかも、なんか寝言とか呟いてるし。


「つまらん、花子のヤツを戦場に出したら、一方的に勝つに決まっている…」

「人のこと一方的に戦場に出すのやめてもらえませんかねぇ!?」


 どんな夢を見てんのこの人?

 ワタシ、気になります!

 そこで、雪花さんは目を覚ました。


「ん、おや、花子殿…すみませんでした」

「まあ、雪花さんも疲れ…」

「何の成果も…挙げられませんでしたぁ!」

「起き抜けにボケるのもやめていただけます!?」


 寝てても起きてても寝言しか言わないな、この人…。

 そんな感じで、ワタシたちとアンダルシアさんとの交流は、暖かい雰囲気に包まれたまま続いていった。


 ただし、ワタシは…ワタシたちは、失念していた。

 見落とし、という行為は墓穴を掘ることと同義だ、と。

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