138 『競うな、持ち味をイカすんだよ!』
「神さまが、渋滞している」
よく考えると、この場には神さまが三人もいた。一人目は『女神』のアルテナさまで、そこに、シロちゃんと同郷だと思われるオオカミ姿の『犬神さま』まで現れた。あと、『地母神さま』であるティアちゃんもいた…あんまり存在感はなかったけれど。
「…と、神さまが玉突き事故を起こしてるような状況なんだけど」
これだけ名のある神さまが揃い踏みしている状況にもかかわらず、ワタシはこの終焉の状況を引っ繰り返せる打開策を見つけることが、できていなかった。
打開策は浮かばないのに、不測の事態だけは立て続けに起こり続ける。
…今も、誰も触れていないのに、あの『祠』が独りでに開閉を繰り返していた。
ゆっくり開いて、ささっと閉じて。
ぱぱっと開いて、さっくり閉じる。
不気味なのに、小気味のいいリズムで。
それの、繰り返し。虚しさを、伴いながら。
そもそもあの『祠』は、ただの宗教的なアイコンではない。開いている昼の間は周囲の邪気を吸引し、閉じている夜の間は吸い込んだ邪気を浄化してくれるというありがたい存在だ。
「ただ、この世界が滅びるかどうかの瀬戸際で気にすることじゃないのかもしれないけど…」
それでも、不可思議に開閉を繰り返す『祠』にワタシの目を離せずにいた。自惚れかもしれないけれど、『祠』がワタシに何かを訴えかけているように感じていたんだ。
「…そういえばあの『祠』は『毒の魔獣』が『犬神さま』に退治された後に建てられたんだよね」
聞こえない声で、呟き続けていた。
大昔、この王都を襲った魔獣を退治した神さまが『祠』を残してくれたという逸話が、水鏡神社には残されていた。
「まあ、そもそもこの異世界に和風の神社っていうのも違和感があるけど…」
それでも、水鏡神社は長い時を経てあの場所に現存している。
そして、大昔からの時を超えた因果の糸が、この時代で交錯していた。
浄化の『祠』が現存していて。
別世界から『犬神さま』が顕現して。
さらには、『毒の魔獣』の因子を組み込まれた悪魔の少女までもが同じ時代に復活した。
「…偶然にしては出来過ぎだよ」
人生で一度も言わないと思っていた映画めいた台詞を、ワタシは自然と口にしていた。
いや、待てよ…。
ワタシは、そこでセシリアさんのことを思い出していた。この街で初めてできた、年配のお友達の名前を。
あの浄化の『祠』は、本来は誰でも開け閉めできるものではない。可能なのは、セシリアさんの一族だけだ。そして、『祠』による浄化を『お役目』として代々、受け継いできた。
ただし、セシリアさんの一族も最初からその『お役目』が可能だったわけではない。大昔、セシリアさんのご先祖さまにその方法を伝えた人物がいたんだ。
そして、その人物までもが、この場所にいる。
これを因果と言わずして、何を因果というのだろうか。
「ドロシーさん…」
ワタシは、『魔女』に声をかけた。
「なんですか?」
やや素っ気なく、この異世界を滅ぼす『魔女』は返事をした。
ただし、この世界を滅ぼす『魔女』とはいっても、ドロシーさんはあの『黒いヒトビト』によって別の世界から無理矢理に連れて来られた、時に囚われた迷子の女の子だ。
「ドロシーさんでしたよね…セシリアさんたちのご先祖さまに、あの『祠』の開き方を教えてくれたのは」
ワタシは、『祠』を指差しながら言った。
ドロシーさんは、前述したとおり『黒いヒトビト』によってこの異世界ソプラノに連れて来られた。それも、今からずっと大昔の異世界ソプラノに。
そして、その時からずっと、『魔女』としてこの世界の崩壊を義務付けられてきた。ただ、いきなり異世界などに連れて来られて『魔女』だのなんだのと言われても、ドロシーさんとしてもそれに付き合う義理はない。
しかし、ドロシーさんは『魔女』としての責務から逃げられなかった。彼女が世界の崩壊を放棄すると、また別の時代へと飛ばされた。何度も何度も『黒いヒトビト』が最大限に活性化する時代へと飛ばされ、自分の世界に帰ることができなかった。
そんなドロシーさんは、興味がなさそうにそっぽを向きながら返答する。
「…そんなこともあったかもしれませんね」
「どうして、祠を開く方法を教えてくれたんですか?」
あの『祠』により、この王都の邪気は浄化されてきた。
けど、それはこの世界を崩壊させたい『魔女』からすれば、本来は必要のないことのはずだ。
「別に、ただの気まぐれですよ」
「それは嘘ですよね」
根拠はないが、そう言った。
けど、ワタシが間違っているとは思っていない。ただの気まぐれで、ロンドさんが『祠』の開閉方法を教えたとは思えなかった。
だとすれば、そこには何がある?
「嘘などでは、ないよ。大昔、ちょっと親切にされただけだ。そして、そのお返しに『祠』の開け方を教えただけだよ」
ドロシーさんはさらに素っ気なく言ったが、やはり本当の言葉を口にしているとは思えなかった。いや、本当のことというか肝心なこと、か。
「『祠』と『魔女』…」
声に出さず、小さく呟いた。
今現在、これはワタシが思案するべきことではないかもしれない。
今も、シロちゃんと繭ちゃんは神楽を舞い続けている。あの『犬神さま』と心を通わせるために。だから、ワタシも自分の為すべきことをしなければならない。それが、『魔女』に『祠』について言及することかどうかは分からなかったけれど、何となく必要な気がしたんだ。
…こういう時のワタシの直感って、当てにしていいんだよね。
「祠の方が先でしたよ、あの毒臭い魔獣よりも」
思案していたワタシの耳に、素っ気ない言葉が聞こえてきた。その言葉を口にしたドロシーさんの声に熱はなく、淡々と口にした。だから、ワタシも最初はその違和感に気付かなかった。
…え、それはおかしくない?
そう気付いたのは、数秒が経ってからだ。
「祠の方が…先だった?」
「そうですよ」
「それ、どういうことなん…ですか?」
だって、『祠』の方が、先だった?
それだと、順序が逆になる。
先ずは、『毒の魔獣』が別世界からこの異世界ソプラノに現れ、悪さをした。
そこに『犬神さま』が現れ、魔獣を退治した。
その後、『犬神さま』が去った後にあの『祠』が残されていた…。
箇条書きにすると、こうなるはずだ。
なのに、『違う』とドロシーさんははっきりと口にした。
先にあったのは、『祠』の方だ、と。
そして、ダメ押しの台詞を『魔女』が口にした。
「だから、そのままの意味ですよ。魔獣やあのオオカミの前に『祠』があったのです」
「…『祠』が、先に?」
ドロシーさんが口にした台詞に、理解が追い付かなかった。
「でも、ドロシーさん…それだと、時系列がおかしくないですか?」
「だから、おかしくはないんですよ」
「だって、あの『祠』は…」
「あれは、私が作ったものですよ」
…『魔女』は、何を、言った?
あの『祠』を作ったのが、ドロシーさん?
「え、あの…それは、どうして?」
要点がまとまらないまま、あやふやな言葉でドロシーさんに問いかけた。
けど、そんなワタシの言葉を蹴り飛ばすように、横合いから鋭利な声が聞こえてくる。
『ここにいたのか…『魔女』」
その声には、敵意が滲んでいた。
振り返ったワタシの目の前にいたのは、タタン・ロンドさんだ。『源神教』の教祖さまと呼ばれている女性で、不老不死でもある。ややこしいプロフィールをお持ちのロンドさんだけれど、そのややこしいさの根っ子にあるのが、『魔女』ドロシーさんとの因縁だ。
「あなたには、今さら用などないのですけれど」
ドロシーさんは、憂鬱を隠そうともせずため息をつく。
当然、ロンドさんも怒気を隠そうともしない。普段とは違う乱暴な口調で彼女は言った。
『ふざけるな…お前が、私を生け贄にしたんだろうが』
「だから、私が生け贄に選んだのはあなたではなく…と、これは言っても仕方ないことでしたね」
ロンドさんは、ドロシーさんをねめつける。ロンドさんが不老不死となった経緯には、『魔女』であるドロシーさんがガッツリと関わっていた。
ドロシーさんが、この世界を崩壊させるために、ロンドさんを生け贄に捧げたからだ。
だが、すんでのところでアルテナさまの先代だった女神クリシュナさまがロンドさんと自身の体を入れ代え、ロンドさんは命を救われた…のだけれど、そこで女神の身体となってしまったロンドさんはその身体でもう何百年もの時を生きている。
…何百年も死ねずにいる、といった方が正鵠を射ているのかもしれないが。
そんな宿縁の二人が対峙する中、ワタシは口を開いた。自分が場違いだと知りながら。
というか、ワタシには出しゃばる程度のことしかできない。
異世界転生なんて垂涎物の裏技に救われておきながら、転生以後、ワタシは何の努力もしてこなかった。
テレパシーというチートスキルはもらったけれど、それで世界を救ったことなんて一度もない。寧ろ、その『念話』を無駄に浪費した回数の方が遥かに多い。当然、身体能力だってクソ雑魚だ。
でも、そんなワタシでもたった一つだけ、手を抜かなかったことがある。
「それは、死にたくないってことだよ」
元の世界で、それは叶わなかった。
どれだけ、死にたくないと願っても。
そして、ワタシが死んだせいで、きっと、ワタシの家族は絶望に包まれた。
今でも、ワタシの死を引きずっている。
「だからこそ、今度は死ねない」
たとえ、世界が崩壊したとしても。
だから、ワタシは口を挟む。それがどれだけ、分不相応だとしても。
「あの、ロンドさん」
ワタシは、ロンドさんに語りかけた。だって、これしかできないからね。でもいいんだ。競うな、持ち味をイカすんだよ!
しかし、ロンドさんはワタシの言葉に反応しなかった。それ自体は想定内だったけれど、ロンドさんは『魔女』であるドロシーさんにも反応していなかった。
ロンドさんは、どこか遠くを眺めるように…あの『祠』を、眺めていた。
…どうしたのだろうか?
先ほどまで鬼気迫る表情を見せていたロンドさんが、茫洋とした瞳で祠を見ていた。
そして、茫洋とした瞳のまま呟く。
『あれは、私を生け贄にした時に、見た…』
「生け贄にした…時に?」
そこで、ワタシもロンドさんと同じような茫洋とした瞳になった。
…いや、だって。
そういえば、少し、おかしくないか?
そこで、少し呼気を整えた。
そして、聞こえない声で呟く。
「世界を崩壊させるために、生け贄…?」
確かに、ドロシーさんはそう言っていた。
実際、過去に、その所業を行った。タタン・ロンドという少女を、『魔女』ドロシーは生け贄に捧げた。
そこで、ワタシは声に出して尋ねた。
この世界を崩壊させる、『魔女』である彼女に。
「ドロシーさん…この世界を崩壊させるのに、生け贄は必要だったのですか?」




