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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』

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135 『たかが石ころ一つ…アルテナさまは伊達じゃないんですよおぉ!』

 ワタシにとっては、この転生が人生で初めての異世界転生だった。

 まあ、そう頻繁に異世界に転生する人もいないのだろうけれど。

 兎に角、最初の人生を、ワタシはこの異世界ソプラノとは別の世界で終えた。

 それ自体は、どこにでもある小さな悲劇の一つとして、粛々と処理される程度の事柄でしかない。

 しかし、根の深い未練や強い怨嗟を抱えて息絶えたワタシは、そのままでは悪霊のような存在へと変貌したはずだった。それを回避するため、アルテナさまはワタシをこの異世界ソプラノへと転生させてくれた。

 

 病床の淵で何度も何度も夢想していた異世界への転生を、ワタシは果たした。


 この異世界ソプラノに降り立ってからこれまで、数え切れないほどファンタジーな光景に、ワタシは出くわした。

 軽快に空を舞う妖精や神秘的な魔法を扱うエルフ、そして、大きな荷物を鼻歌まじりで運搬する巨人族の人たち…異世界ならではの希少で魅惑なシーンの数々に、ワタシの目は奪われた。これぞ異世界の醍醐味(だいごみ)だと、鼻息を荒くした。

 ただ、転生の代償と言わんばかりに、家族とは、二度と会えなくなったけれど。

 それでも、ワタシと同じ境遇の『転生者』たちと出会えた。みんな、ワタシなんかと仲良くしてくれた。同じ時間を共に過ごして、毎日毎日、一緒にご飯を食べてくれた。

 ワタシの大切な存在に、なってくれた。

 ワタシの心の欠けた部分を、埋めてくれた。

 そして、これからもワタシと同じ時間を過ごしてくれると、本気で思っていた。

 …それ、なのに。


 昏い空の一部が、剥がれ落ちてきた。


 ワタシを、目がけて。

 慎吾や繭ちゃん、雪花さんたちを目がけて。

 …異世界ソプラノの、大地を目指して。

 それは、空に刻まれた昏い亀裂の一部だった。

 つまり、『黒いヒトビト』の一部が、剥離(はくり)した。

 つまり、彼らによるこの異世界への報復の一環でもある。

 それは、緩慢な動きで落下してくる。

 いや、ゆっくりに見えていただけか。


「走馬灯…」


 そんな呟きをしたけれど、当然、意味などない。

 空から剥がれた昏い亀裂は、重力加速度に従って速度を上げていた。

 …あんな出鱈目な質量が落ちてくれば、この異世界は終わる。

 世界が終わる、は言い過ぎだったかもしれないけれど、少なくとも、ここにいるワタシたちの命は終わる。

 あれが落ちてくれば、この世界には昏い津波が起こる。

 それは一瞬でワタシたちを呑み込み、枯れた木っ端を踏み躙るように、造作もなく四肢や五体を散り散りにする。


「せめて、苦しまずに終われたらいいなぁ…」


 思わず、そんな弱音が漏れた。

 …すぐそばに、みんながいたのに。


『勝手に諦めないでくださいね、花子さん』


 ワタシの頭の上から、声が聞こえてきた。

 しかも、それは女神さまの声だ。


「いつの間にいたんですか、アルテナさま…」

『最初からいましたよ。ただ喋っていなかっただけです』

「アルテナさまでも沈黙することがあるんですね」


 何かしら喋り続けるのが、この女神さまの日常だった。というか、無駄に喋り続けるから失言と炎上の無限ループを繰り返すんだよね、この人(?)は。


『ワタクシ、『黙れば芍薬(しゃくやく)、黙れば牡丹、黙っていれば百合の花』と褒めちぎられておりますので』

「とりあえず、アルテナさまがみんなから『黙れ』と言われていることだけは理解できました…」


 …そんな女神さま他にいるの?

 周囲からはアレ〇サの方がかしこいとか思われていそうだ。


「というか、ワタシの人生最後の台詞がさっきのツッコミとか()()ないにもほどがあるんですけれど」


 人生の締め括りが締まらないセリフとか嫌なのですが…。


『安心してください、ワタクシが最後にはさせませんよ…とりあえず、花子さんには泣きながらウエディングドレスを着て欲しいですから、ねぇ!』


 アルテナさまは、語尾に力を入れながらワタシの頭上で立ち上がる。両足に力を入れ、踏ん張っていることがダイレクトに伝わってくる。

 …その重さが、やけに心強かった。

 だからだろうか、あの塊が止まっ…た?

 空から剥離した昏い塊が、この王都の頭上で静止していた。


「アルテナ…さま?」


 この女神さまは、天界からの力の供給が途絶えてガス欠だったはずだ、けれど…。

 いや、天界とのパイプは回復して、力の供給は再開されたのだったか。


「アルテナさま…」


 しかし、あのバカげた質量を、アルテナさまだけで止められるか?

 最悪、アルテナさまの方が先に潰されてしまうのではないか?


『安心してください、と…言ったはずですよ』

「…アルテナさま」


 安心しろと言ったけれど、アルテナさまの声はところどころが擦れていた。限界を超えて無理をしているのが明白だった。


『たかが石ころ一つ…アルテナさまは伊達じゃないんですよおぉ!』


 女神さまは、空に向かって両手を掲げる。それこそ、あの昏い塊をその手で支えるように。

 けど、そこでアルテナさまは膝をつく。

 それと同時に、力を尽きたのか…再び昏い亀裂の欠片が落下を始める。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 それでも、アルテナさまは両手を掲げ続ける。


『ウオオオオオオオオゥ!』


 アルテナさまとは別の角度から別の咆哮が聞こえた。


「…シロちゃん!?」


 ワタシの視線の先には、空に向かって吼える犬耳に犬尻尾のシロちゃんがいた。シロちゃんは、かわいいお顔を真っ赤にして叫び続ける。


『ウオオオオオン…ウオオオオオン!』

 シロちゃんの遠吠えには、邪気を祓う力があった。

 けど、それでもあれだけの質量のモノを押し返せるほどの力は…。

 …いや、でもあの昏い塊が、ほんの少しだけ縮小していた?


「ウオオオオオオオオオォ!」


 そこで聞こえたのは、シロちゃんとは別の、けれど同じくらいかわいらしくて、同じくらい気高い咆哮だった。


「繭ちゃん…」


 繭ちゃんも、シロちゃんと一緒に空に吼えている。

 繭ちゃんの声には、あの昏い欠片を抑えられるような力はない。

 それでも、声を枯らして叫ぶ。

 大好きなシロちゃんのために。

 大好きなワタシたちのために。


「ドロシーさん!」


 そこで、ワタシは『魔女』に向かって叫ぶ。

 ワタシの声に鬼気迫るものを感じたのか、ドロシーさんも即座に反応した。


「だから、私は『魔女』ですよ…あのカタガタの味方なんです」


 ドロシーさんは、最初からの主張を繰り返す。この人はあの『黒いヒトビト』の身内であり、そのスタンスを崩していない。

 けど、ワタシは言った。状況なら、既に変わっている。


「ドロシーさんがあの黒いヒトたちの味方だというのなら、三割くらいはもうワタシたちの味方でもあるはずですよね。あのヒトたちの中には、ワタシとお友達になってくれたヒトたちもいるんですから」

「それ、は…」


 そこで、『魔女』は言葉に詰まっていた。でも、そんな悠長なやり取りをしていられる時間はない。アルテナさまだっていつまで持ちこたえられるか分からない。ワタシは、ドロシーさんに更なる催促をした。


「お願いしますよ、ドロシーさん!」

「三割だけ…ですよ」


 時間がないのはドロシーさんも理解している。ドロシーさんは、両手を掲げて魔法(?)のようなものを発動させていた。

 すると、空から落ちてきていた昏い破片が、その輪郭を薄くしていき…数秒後には消えていた。

 ワタシは、目を丸くしながら呟く。


「あの昏い破片を簡単に…すごい」

「物理的に消したというよりは、この異世界との因果を断ち切って消した…と思ってもらえばいいでしょうか」


 ドロシーさん自身も説明に困っていたようだが、ワタシはさらに問いかける。


「それって…あのヒトたちを縛る怨恨を消したってことですか?」


 強すぎる怨嗟の念に囚われているからこそ、あの『黒いヒトビト』はこの世界に縛られ続けている。ドロシーさんがその怨嗟を解消できるのなら、あのヒトは円満に成仏ができるはずだ。


「何か期待しているようですけれど、私にもできませんよ。あのカタガタの全ての呪詛を解消することなんて」


 そこで、ドロシーさんは両方の手の平を見せた。

 …焼け爛れていた、右も左も、どちらも。

 この人は、簡単にあの欠片を防いだわけではなかった。


「ドロシーさん…」

「先ほどのアレは、氷山の一角ですらありません。あのカタガタの負の感情の全てを解消することなど、『魔女』だろうが女神だろうが、誰にもできませんよ」


 ドロシーさんの深刻な声から、その言葉が誇張でも何でもないことが伝わってくる。


「さて、花子さん…次は、どうするのですか」

「それは…」


 ドロシーさんの問いかけにワタシは口籠(くちごも)り、周囲を見渡した。慎吾や繭ちゃんにシロちゃん、そして雪花さんとワタシ…それにナナさんを加えた転生者たちでは、これ以上、あの『黒いヒトビト』たちに対して何もできないそうにない。アルテナさまやドロシーさんにティアちゃんという神さまや『魔女』もいるけれど、さすがに規模が大き過ぎる。相手は、この異世界ソプラノの負の遺産がそのまま形になったものだ。

 …なら、この世界の歴史そのものを相手に、ワタシに何ができる?

 思考を走らせるが、アイデアは浮かばない。

 

『何をうだうだと悩んでいるのですかねぇ?』

「え…」


 その声を、ワタシは随分と久しぶりに聞いた気がした。

 いや、そんなことはないのだけれど、その悪態は、やけにワタシに安心を与えてくれた。


『先生なんて、どうせ小賢しいことしか考えられないんですから、小賢しいことだけを考えておけばいいんですよねぇ』

「リリスちゃん…」


 そこにいたのは、悪魔であるリリスちゃんだ…『悪魔』であり、ワタシの友達でもあるリリスちゃんだ。


『ほら、いつもみたいに猪口才(ちょこざい)なアイデアで何とかしてくださいよ』

「…さっきからワタシに対する評価がおかしくない?」


 普段からそんな風にワタシのこと見てたの?

 …うん、そういえばそんな風に見てたわ、この子(?)。


「で、ワタシに期待してくれてるのはありがたいんだけど…」


 今のところ、打つ手なしと言わざるをえない。あの黒い少女たちとは友人になれたけれど、あの『子』たち以外のヒトは、ワタシのことを認めてくれてはいない。なら、あのヒトたちとの信頼を築くことができれば…しかし、その信頼が、今は遠い。当然だ。あのヒトたちを裏切ったのは、この世界そのものなのだから。

 そして、あのヒトたちは現在、その報復のために異世界ソプラノの空を牛耳っている。

 今か今かと、この世界を崩壊させるために。


『ウオオオオオオオオン!』


 その空に向かって、吼えた。

 真っ白で潔白な、シロちゃんが。


「シロちゃん、気持ちはありがたいんだけど…」


 おそらく、あの昏いヒトたちには、届いていない。


『ぼく、頑張るよ、花子おねえさん…もっともっと、頑張るよ』

「シロちゃん…でもね」


 朦朧(もうろう)とした意識の中、シロちゃんは呟いていた。あの『咆哮』は、シロちゃんの体力をガッツリと削る。それでも、シロちゃんは吼え続ける。

 シロちゃんは、この異世界の住人ではないのに。

 …そして、あの『黒いヒトビト』に、シロちゃんの『咆哮』は、効果が薄そうだったのに。


「シロちゃん、あんまり無理しないで…」


 疲弊したシロちゃんに、ワタシはそう言った。勿論、ワタシは本気でシロちゃんのことを心配していたし、シロちゃんのことが大切だ。だって、この子には…。


「シロちゃんには、帰る世界があるんだよ…そこでは、シロちゃんのことを待ってくれる家族がいるんだよ」


 ワタシたちには、既に遠くなり過ぎてしまった、家族という存在…。

 …でも、シロちゃんには帰る家があるんだ。


「だから、この異世界とは無縁のシロちゃんが、そこまで無理をする必要はないんだよ…」

『でも、花子お姉さん…なんだか『声』がするんだよ』

「…………『声』?」


 シロちゃんの言葉は、想定外だった。


「『声』って…誰の?」


 ワタシには、何も聞こえない。そういえば、シロちゃんはワタシたちよりもずっと耳がよかったけれど。


『それは分からないの…でもね、ぼくと同じような『声』が、お空から聞こえるの』

「シロちゃんと同じ『声』…?」


 しかも、空から?

 ワタシには何も聞こえない。しかし、シロちゃんが嘘をついているとも思えない。何を言えばいいか分からなくなっていたワタシに、シロちゃんは言った。

 

『あ、今も聞こえたよ。お空の向こうから、こっちに向かって吠えてるよ』

「空の向こうから…?」


 ワタシは、異世界ソプラノの空を凝視するけれど、そこには何も異変は存在しない。この世界を分断しようとする、昏い亀裂を除いてだけれど。

 

「シロちゃんと…同じ声が」


 それが、空の向こうから聞こえている…?

 呟きながら、思考した。そんな現象があるのか、と。だって、ここは異世界ソプラノだ。シロちゃんたちがいた世界とは、別の世界だ。

 …それなのに、シロちゃんと似た『声』が届くものだろうか?

 そこで、ふと思い至った。


「オオカミ族の…神さま?」

 

 ワタシの呟きに反応したのはリリスちゃんだ。


『オオカミ族の神さまってなんなんですかねぇ?』

「ええとね、大昔…この王都で暴れ回った『毒の魔獣』を、この世界とは別の世界から来たオオカミの神さまが対峙してくれたことがあったらしいんだよ」

『毒の…魔獣』


 リリスちゃんは小さく呟いていたが、ワタシにはその呟きは聞こえなかった。そして、リリスちゃんは今度は聞こえる声でシロちゃんに尋ねていた。


『つまり、その神さまがこの世界の近くまで来ているということですかねぇ』

『でも、その『声』は、ぼくたちを見つけられてはいないみたい…近くにいるんだけど、こっちに気付いていないっていうのかな』


 シロちゃんは、少し口惜しそうだった。

 

「もしかして、シロちゃんはその『声』の主にこの場所を知らせるために叫んでたの?」


 勿論、あの『黒いヒトビト』の怨嗟を少しでも減少させるためではあったのだろうけれど。

 ワタシがそう尋ねると、シロちゃんは『うん』と返事をしながら頷いた。それと同時に、シロちゃんの真っ白な尻尾も揺れる。そして、尻尾を小さく揺らしながらシロちゃんは続けた。


『あの『声』のヒトが来てくれたら…ぼくたちのことを助けてくれると、思ったの』

「そうだね、もし、シロちゃんの言う『声』のヒトが、昔話で語られてたオオカミ族の神さまだとすると…この現状を打破してくれるかも、しれないね」


 溺れる者は神をも掴むものだ。


『でも、ぼくの『声』…届かないみたい』


 シロちゃんは悔しそうに伏し目がちになる。シロちゃんが責任を感じることなど、何もないというのに。

 そして、黙り込んだシロちゃんに代わり、リリスちゃんが口を開いた。


『要するに、『毒の魔獣』とかいうのを退治した神さまを呼べばいいというわけですねぇ』

「でも、それが簡単じゃないんだよ…」


 近くまで来ているとはいえ、その神さまはまだ、この世界には立ち入っていない。なら、『念話』の射程圏外だ。ワタシの『念話』では、届かせることは不可能だ。

 シロちゃんに続き、ワタシも項垂れそうになったところで、リリスちゃんが口を開いた。


『だったら、頼りない先生の代わりにリリスちゃんがその『神さま』とやらを呼んであげますかねぇ』


 リリスちゃんは、頼もしい台詞と共に小悪魔チックな笑みを浮かべていた。

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