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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』

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130 『誰だってそーする、ワタシだってそーする』

「電源を入れて起動させれば、このガラスみたいなディスプレイが光るはず…よかった、ちゃんと光った」


 正確にいえば、動力は魔石による魔力なので電源という呼称は間違っているのだけれど、今は細かいことを気にしていられる余裕などない。

 ここが、世界が滅びるかどうかの分水嶺(ぶんすいれい)だ。


「それが『洗脳装置』でござるか…」


 ワタシの肩越しに、月ヶ瀬雪花さんが覗き込む。こんな時に言うことじゃないけど、雪花さんの方が頭一つ分くらい大きいんだよね、ワタシよりも。


「そうだよ、慎吾とナナさんが運んで来てくれた、ワタシたちの切り札だよ」


 ワタシは洗脳装置に視線を落とした。それは、ちょっとした教卓ほどの大きさがあり、外側は鉄板で覆われている。内部はワタシには理解できない部品などで埋め尽くされていて、重量も相当なものだ。これを運んで来てくれた慎吾たちには感謝しかないね。


「人類の切り札とか知ったことではありませんが、本当にこのような『箱』でこの異世界の人間を全て洗脳などできるのですか?」


 半信半疑どころか三信七疑くらいの物言いをしていたのは、『魔女』であるドロシーさんだ。


「ドロシーさんが信じられないのも無理はないですけど、突飛(とっぴ)さでいえば『魔女』の存在だって大概ですからね」


 魔法でコーティングされているガラスのディスプレイから目を離さず、ワタシは言った。それと、ディスプレイに似ているのは形状だけではない。起動すると同時に、そこには文字やら記号やらが浮かび始める。このへんの立ち上げはパソコンやタブレットと同じだった。


「正直、ワタシもパソコンとかには詳しくないんですけど…」


 恐る恐る、ワタシは疑似ディスプレイに触れる。魔導の技術が使われているとはいえ、製作者(正確には改良した人)は、現代日本からの『転生者』だ。この洗脳装置もタッチパネルと同じ感覚で操作できるようになっている。


「拙者も、それほどパソコンには詳しくないでござるなぁ。PCで漫画を描いていない時は、花子殿と同じようにほぼほぼクソみたいなサイトでクソみたいな人たちとクソみたいなレスバトルを繰り返していただけでしたので」

「その言い方だと、ワタシ『も』そのクソみたいなサイトでクソみたいなレスバトルに明け暮れてた人みたいになるのですが…」


 もう少し有意義な時間の使い方はなかったのですか?

 などと、無駄話をしながらもワタシはたどたどしい手つきでディスプレイを操作していた。

 隣りにいたドロシーさんが、ワタシの手元を覗き込みながら不思議そうに問いかける。なんだかんだと言いながら、異世界のテクノロジーに興味津々のご様子だ。恐る恐る指先で洗脳装置に触れていた。


「これは、花子さんしか扱えないんですよね」

「正確には、ワタシの『念話』がなければ数分程度の不完全な洗脳しか行えないと言った方が正しいでしょうか。『完全な洗脳』を施すには相手の心の深奥に『声』を届けなければならないらしくて、それが可能なのが『念話』だけなんですよ」

「なるほど…ですが、そんな物騒なものをどうして王家は今も残していたのでしょうか。下手をすれば今の王権がそっくりそのまま引っ繰り返るでしょうに」


 ドロシーさんは小さく頷きながら、ワタシの手元を覗き込む…というか、仕事中にネコハラを仕掛けてくる猫さんくらい顔を押し付けてくるのでワタシもディスプレイが見え辛いのですが。


「それに関してはワタシもドロシーさんと同意見ですね。でも、王家の人たちがこの洗脳装置を残してくれていたお陰で、ワタシたちは『黒いヒトビト』と対話することができるんですから」

「つまり、それだけ花子さんが王族から信頼されているということですか」

「王家からの信頼なんて、ワタシにはありませんよ。ただ、時々あそこの第二王子さまと『念話』でお話をさせてもらっているくらいです」

「ちょっと待てそんなの聞いてないぞ!?」

「いきなり耳元で大声を出さないでよ、慎吾…」


 というか、なんで慎吾がそこまで驚いてるの。

 一応、ワタシは説明をしておいた。


「アイギスさんとは、別に大したお話はしてないよ。ちょっとした情報交換とかをしてるだけだしね」

「…そうか」

「後は時々、お城で出されてるようなガトーショコラとかキャロットケーキなんかを食べさせてもらってるくらいかな」

「しっかり餌付けされてるじゃねえか…」

「だって、お城で出されるようなちょっとお高いガトーショコラだよ?誰だってそーする、ワタシだってそーする」

「いや、しないだろ…」

「花ちゃんも慎吾お兄ちゃんももう少し真面目にやって欲しいんだけど…」


 そこで繭ちゃんから叱られたワタシと慎吾は、二人してごめんなさいをした。


「さて、完全に起動したみたいだね…」


 魔力コーティングを施されたガラスのディスプレイには画面の半分ほどの大きさの『円』が表示されていた。


「あとは、この円に手を添えて洗脳を施したい相手に脳波を飛ばすイメージでいいって話だったけど…」


 ワタシはそこで、躊躇っていた。

 …これは、必要な『洗脳』だ。

 自分に言い聞かせたけれど、それでもワタシは二の足を踏む。

 これは洗脳だけれど、あの『黒いヒトビト』の自我を奪うことはしない。ただ、彼ら、彼女らの中に渦巻く怨嗟を少し軽くするだけだ。そうすれば、『黒いヒトビト』との対話だって可能となる…。

 しかし、ワタシの指先は震えるだけで洗脳装置に触れることができない。


「あとは、この円に手を添えて洗脳する相手をイメージするだけ…」


 ゲームのNPCのキャラのように、同じセリフを繰り返すだけのワタシに、ドロシーさんが声をかける。


「やっぱり怖いのでしょう、花子さん」

「怖くなんてないですよ…ただ、ほんの二、三分前の自分にタイムリープをしていただけですよ」

「『魔女』でも不安になるレベルの返答は止めて欲しいのですが…」


 ため息をつきながら、ドロシーさんはワタシの手に自分の手を添える。そして、ワタシに言った。


「とりあえず、あの黒いカタガタから負の念が逆流すれば私が抑えます。なので、花子さんは対話にだけ集中してください」

「ドロシーさん…」


 後ろを振り返ると、慎吾や繭ちゃんたちもワタシに力強い視線をくれていた。

 ああ、やはりワタシは弱い…。

 威勢のいい言葉を口にしていても、いざとなると腰が引ける。足が(すく)む。

 …でも、ワタシが前に進めなくなっても、みんなが一緒に隣りを歩いてくれる。

 なら、怖い物なんて何もない…わけじゃないけど、少なくとも立ち止まったままのワタシじゃないよ。


「よし、いきますか…」


 ワタシは、ディスプレイに表示される白い円に触れた。

 そして、洗脳装置を起動させる。

 それと同時に、『念話』を発動した。

 


             世界が、シャットダウンした。



 …あれ?

 ワタシ、世界、見えない?

 一瞬で、世界が夜になった。

 いや、まだ夜になる時間ではない。

 それなのに、世界が閉じ、真っ暗になった。

 いや、違う…。


「これ…夜ですら?ない」


 夜だとしても、微かな月明かりや星明りはある。

 ここは王都だ。何かしらの光源なら、どこかにあるはずだ。

 けれど、ここには、一切の光がない。

 漆黒しか、そこには存在しない。

 そこを、揺蕩(たゆた)って?いた。

 …ワタシ、何をしてたんだっけ?

 右手を見る…左手を見る。

 何も、見えなかった。


「ワタシ…手、まだ?あるの、これ?」


 見えないだけじゃなかった…。

 手のひらの感覚すら、そこには何もない。

 …というか、ワタシって?


「落ち着け…ワタシは、一人ぼっちなんかじゃない」


 ワタシの周りには、ワタシと一緒にいてくれる人たちが、たっくさんいるんだよ!

 …いる   よね?

 

「こんな暗闇なんて、ヘッチャラ?だからね!?」


 ワタシだって、これまで何度も修羅場やら死線を超えてきたんだ?よ!

 しかし、ワタシの声は、情けなく上擦(うわず)る。

 …というか、これ、こえ出て?る?

 

「ねえ、雪花さん!?繭ちゃん?ワタシ、今までいっぱい頑張ったよね!?」


 ワタシの呼びかけに、誰も?応えてくれない。

 …この世界に、ワタシしか、いない?


「そんなこと、あるわけ…ないよ?ね」


 …ここ、本当に、異世界ソプラノなの?

 ワタシが知っているあの世界なのか?


「というか、異世界ソプラノなんて   本当にあった?の?」


 世界のどこを見ても、何もない。

 漆黒だと思っていた世界も。

 …その存在?が信じられなく?なってきた?


「これ…本当に、クロ?なの?」


 その色が、黒色であることすら、認識が怪しくなる。

 …というか、この感覚には、覚えがあった。

 二度と、味わいたくはなかった、あの?感覚?


「ワタシが死んだ時と…同じだ」


 あれは、死の間際…。

 …それと同じ、虚無。虚空。

 ワタシの意識が、途切れる最後の刹那。

 刹那のはずが、永遠にも思えた時間。

 全てが消えていき、何も残らない。


「…いや、だ」


 もう、いやだ。


「死にたくなんて、ない…よ」


 それなのに、ワタシの意識は、感覚は、ずぶずぶと、沈んでいく。消えていく。

 …崩れて?いく?


「いや、いやいやいや…みんなぁ!!どこにいるの!!?慎吾おお!雪花さぁん!繭ちゃん!?」

 

 返事は、ない。

 当たり前のように。


「ねえ、慎吾ぉ!?」


 あれ、そういえば…。

 …慎吾って、誰だっけ?

 ワタシ?が、消えていく?

 し考が。意しきが。とけて?いく?


「ワタシ、死ぬ…?また、しぬの?」


 もう?死ぬの?

 転生のボーナスステージ?もう、終わりなの?

 …それとも?


「ワタシ 最初から 転生なんて していなかった?」


 今までの楽しかった日々は、騒がしかった日常は、ワタシが見ていた?今の際の?ゆめ?ただの?走馬灯?

 その夢が、覚めた?だけ?


「じゃあ、<ワタシ>は…?」


 ただの、意識の、残滓(ざんし)…?

 …花子?の残りカス?


『花子さん!』


 …声が、聞こえた?

 でも、誰の声…?

 というか、本当に、声?

 …もう、どうでも?いいや?

 ワタシ?なんかがいても、世界?なんて変わらな…


『しっかりしてください、花子さん!』


 今度は、聞こえた。

 その『声』は、そこにいた。

 …そういえば、ワタシが死んだ?時にもこの声を聞いたような?

 だから、ワタシは口を開いた。


「アルテナ?さま?」

『そうですよ、みんなのカリスマ女神の、アルテナです!』

「カリスマ女神なら、ワタシの知っている女神さまとは別人ですね…」

『それだけ冗談が言えるなら大丈夫ですね』

「…そうですね」


 まだ意識は朦朧(もうろう)としていたけれど、冗談は言ったつもりなかったのだが…。

 でも、本調子じゃなくても…戻ってきたよ!


「ありがとうございます、アルテナさま…ちょっとトリップしておりました」


 アルテナさまにお礼を言いながら、ワタシは周囲を見渡した。 

 …周りは、『黒』のままだった。

 自分の形すら、目視することができないほどの黒に埋もれていた。

 でも、頭の上にはアルテナさまがいた。それだけは、理解できた。

 そして、アルテナさまだけじゃなかった。


「お帰りなさい、花子さん」

「ドロシーさん…?」


 ドロシーさんの声が、聞こえてきた。その姿は見えないけれど、その声は、確かにそこにいた。

 …『魔女』であるはずのドロシーさんの声に、ワタシは安堵していた。

 やっぱり、ワタシは怖がり屋のさびしんぼうだ。


「あの、ドロシーさ…」

「これが、あのカタガタが抱えている怨嗟ですよ。いえ、ここはその入り口に過ぎません」


 言いかけたワタシを遮り、ドロシーさんは言った。

 そして、問いかける。その声は、ひどくフラットだった。


「さあ、どうしますか…その扉を開きますか?今ならば、まだ、洗脳のレベルを上げられるのではないですか」

「それ、は…」


 可能かも、しれない。

 とりあえず、洗脳装置を起動しなおして…。

 そして、あの『黒いヒトビト』に対する洗脳を強化する。最大限にまで、出力を上げて。

 そうすれば、ワタシたちの安全も確保される。この、『死』と同じ匂いがする空間からは、抜け出せる。


「いえ、これ以上の洗脳は行いません」


 ワタシは、言い切った。

 足が震えていても、指先が震えていても。

 それすら、認識できない虚無に放り出されていても。

 その空間に、『魔女』の声が響く。


「強がりもほどほどにしておかないと、しっぺ返しじゃすまないんですよ」

「そうですね、ワタシのこれはただの強がりかもしれません」

「寧ろ、この異世界を安全に救うためにも、花子さんは洗脳であのカタガタの意識を分解するくらいのことをしなければならないはずです、でなければ…」

「ワタシが怖がりなら、ドロシーさんはお人よしですよ」


 ワタシは、そこで笑っていた。

 そんなワタシに、ドロシーさんは最後通告をした。


「本当に、あのカタガタと直接の対面を望むのですか」


 ワタシは、答える。

 …もう少しでちびりそうなくらい、ビビっていたけれど。


「この『暗闇』に放り出されて分かりました。あのヒトたちが抱えている負の感情がどれだけ大きいか…やっぱり、それを無視していいはずは、ないですよ」

「『魔女』の私をして言わせてもらいますよ…花子さんはイカレている、と」

「『魔女』のお墨付きがもらえるなんて、ワタシも出世したものですよ」


 本日、何度目の虚勢だろうか。

 そんなワタシに、ドロシーさんも何度目かのため息をつく。この暗闇でも、それくらいは分かったよ。


「よく知りませんが、普通、『転生者』ってもっと効率よく世界を救うものじゃないんですか?」

「よその『転生者』のことなんて知りませんよ。というか、ワタシはそんなに器用じゃないし、そもそも世界を救うなんて器じゃないんです」

「その割りにはあのカタガタを見捨てないのですね、花子さんは」

「だから、ドロシーさんも手を貸してくれるんですよね」


 ドロシーさんは「そうですね」とまたもため息交じりだ。

 けど、『魔女』とのイチャイチャはここまでだった。


「じゃあ、『入り口』を開きますよ…ここから先は、地獄です」

「そうですね…でも、みんなが一緒ですから」


 慎吾たちの声は、まだ、聞こえていなかった。それでも、分かる。

 見えないだけで、みんな、ワタシの傍にいてくれている、と。


「分かりました…いきます」

「はい、お願…!?」


 そこから先は、まさに『地獄』だった。

 ここらが、まだ地獄の入り口に過ぎなかったと、実証された。

 昏い世界を、奔流(ほんりゅう)が襲う。

 唐突に、助走も前兆も何もなく、体が吹き飛ばされそうになる。

 いや、風か…波か?何が襲ってきているのか、まるで分らない。

 上下が逆さまに?

 左右?が逆に?

 というか、ワタシの足元?ってどこ?


 これで、ワタシ、どうやって『黒いヒトビト』と対話?なんてするの?

 

「ちょ、と…あ、の、その?」


 何も、できない。

 何も、分からない。

 ワタシ、こんな体たらくのくせに『黒いヒトビト』を救いたいなどと口にしていたのか?

 木端(こっぱ)のように、ワタシの体が舞う…というか、動いているのかどうかすら、分からない?

 これが、『黒いヒトビト』が抱えている、呪詛…。

 …世界の全てを、このヒトたちは憎悪している。


「くぅ、おおぉ…」


 なんとか、態勢を立て直して『念話』で話しかけ、ないと…。

 けれど、態勢を立て直すも何もない。

 ワタシはただ、不可視の奔流に振り回されているだけだ。

 洗脳装置で、このヒトたちの


「それ、でも…ワタシ、はぁああ!」


 みんなと一緒に…帰るんだよぉ!

 そのために『黒いヒトビト』と、『念話』をするんだ!


『お願いします…ワタシと話をしてくださあああい!!』


 もう姿勢なんてどうでもいい。

 逆さまだろうがなんだろうが、見栄えを気にしている場合ではない。

 ワタシは、叫んだ。

 当然『念話』で。


『ワタシたちは…あなたたちの敵ではないんです!』


 尚も、叫んだ。

 …不意に、奔流が、止んだ。

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