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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』

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125 『きっと何者にもなれないワタシだから告げる!』

「大きなリリスちゃんと小さなりりすちゃんが、天秤に乗っている」


 聞こえない声で小さく呟きながら、呼気を整えた。

 深く吸い込んだ酸素が、全身に血を巡らせる。

 体中を回る血液が、教えてくれた。

 ワタシという存在の、その淡い輪郭(りんかく)を。


「リリすちゃんズはそれぞれ天秤の別の受け皿に乗っていて、二人の重さはどちらも同じ1とする」


 軽く瞳を閉じ、思考する。

 意識の底に、沈降する。

 ワタシの水底で、ワタシは触れる。

 その場所で息を(ひそ)めていた、幾つかの刻印に。


「ワタシは、その受け皿に重りを乗せることができる。重りの重さは、リリスちゃんたちと同じく1とする」


 ただし、リリすちゃんズが左右どちらの受け皿に乗っているのか、ワタシには分からないものとする。


「そして、反対側よりも二つ分、重りを多く乗せた受け皿は落下する」


 落下をして、そのまま命を失うものとする。

 ここまでは、理解ができた。ルールとしてはそこまで複雑でも煩雑(はんざつ)でもない。


「ただし、ワタシが乗せることのできる重りは、三つまでとなっている」


 …これが、()に落ちなかった。

 重り二つ分の差がついた時点で、リリすちゃんたちが乗っている受け皿は落を下する。


「なら、重りを三つも乗せる意味はない…」


 それなのに大きなリリスちゃんは、ワタシは三つの重りを乗せることができると言った。

 いや、それに加えてリリスちゃんは…。


「皿に乗せた重りを、隣りの受け皿に移動させることも可能だと説明した」


 ただし、移動ができるのは重りを三つ乗せた後に、だそうだ。

 …いや、シンプルにおかしいでしょ。

 重りを二つ乗せた時点で受け皿は落下する。それなのに、三つの重りを乗せた後で重りを移動させたところで意味はない。

 ああ、重りを移動させた後でさらに重りを追加してもいいとも言っていたね。


『『さて、そろそろ先生の『答え』が欲しいところですがねぇ』』


 リリスちゃんが、『念話』越しに回答を催促をする。

 そう、これはリリスちゃんが創作した架空の『問題』だ。

 そして、リリスちゃんはワタシに問いかけている。

 どちらのリリすちゃんを救うのか、と。

 けれど、これでどちらのリリスちゃんの命を救おうが奪おうが、現実のリリスちゃんたちには傷一つつかない。

 ワタシがどちらのリリスちゃんを見殺しにしたとしても、ワタシには何の非もない。これはただのお遊戯だ。

 しかし、お遊びだからといって、ただのお遊びだと蔑ろにはできない。

 …リリスちゃんが求めているのは、ワタシの解答の先にあるもの、だ。

 平たく言えば、試されているんだよ、ワタシは。

 でも、リリスちゃんがこの『問題』を出した意図はまだ見えていない。ただ、この『問題』のカラクリに関しては、朧気(おぼろげ)ながらワタシにも見えてきた。


「これは『トロッコ問題』じゃない…『オオカミと羊のパズル』だ」


 最初に大きなリリスちゃんからこの『問題』を出された時、ワタシはトロッコ問題を連想した。

 要するに、どちらのリリすちゃんを見殺しにするのが倫理的に正しいのかという問題だ。

 本来なら、悪魔と少女のどちらを助けるかと問われても、それは問題にすらならない。

 だからこそ、リリスちゃんはその二択をワタシに迫っている、と。

 …最初はそう考えていたけれど、違った。

 これはトロッコ問題ではなく、『オオカミと羊のパズル』だ。


『「それじゃあ…答えさせてもらうよ、リリスちゃん」』


 ワタシは、リリスちゃんに対して口火を切る。

 さっきまでの時間で、思考も大分まとまってきたよ。

 そろそろ始めようか。

 さあ、ぞんぶんにイチャイチャしようよ。今までできなかった分まで、ね。


『『どうぞどうぞ』』


 リリスちゃんはいつも通りの小憎たらしい声でワタシに手招きをする。いや、リリスちゃんは未だに動けないので、声からワタシがその姿を勝手に想像しただけだけど。


『『では、先生はどちらの受け皿を落下させますかねぇ』』


 リリスちゃんは、そう問いかける。

 リリスちゃんが投げたボールをワタシが受け、それをまたリリスちゃんに投げ返す。ルーティンになるほど繰り返した、これは、ワタシたちだけのとっておきの秘密の儀式だ。


『「その前に…ワタシは、『念話』を発動させようかな」』

『『…先生の『念話』なら、既に発動させているではないですかねぇ』』


 そこで、リリスちゃんの声のトーンが、一つ下がった。

 やっぱり、ここでガッカリしたね、リリスちゃん。

 その反応がワタシに教えてくれたよ。

 だから、ワタシは嬉々として続ける。


『「現実に発動させるんじゃなくて、『問題』の中にいるワタシが、だよ」』

『『なんのために…ですかねぇ』』

『「天秤のどっちのお皿にリリスちゃんが乗っているのか、『問題』の中のワタシは分からないんだよね」』

『『そうですねぇ、『問題』の中の先生は目隠しをされている状態ですので』』

『「あ、そういう設定なんだね…」』


 ホントに、こういうところは凝るんだよね、リリスちゃんは。


『「じゃあ、目隠しをされたワタシにはどちらの受け皿にどっちのりりすちゃんが乗っているのか、分かりません。だから、『念話』を発動させてお皿の上のリリスちゃんに直接、聞いてみることにするんだよ。それで、どっちのお皿に小さなりりすちゃんがいるのか判明するからね」』

『『そうですか、それは不可能ではないですがねぇ…』』


 不可能ではないそうだが、大きなリリスちゃんの声はトーンが下がっていた。

 だけど、ワタシが見たかったのはそのリアクションなんだよね。


『「やっぱり、そういうことだったんだね」』

『『…そういうこととは何ですかねぇ、先生』』

『「リリスちゃんが、ワタシを信じてくれてるってことだよ」』


 ワタシの頬は、自然と緩む。

 久しぶりに会ったお友達が、口も態度も悪いけれどワタシのことを変わらず信じてくれていた。これが嬉しくないはずはないのだ。


『『さっきから先生は何を言って…』』

『「ワタシは、右の受け皿に重りを一つ乗せるよ」』


 リリスちゃんの言葉を遮って、ワタシは宣言した。

 プレイボールだよ、リリスちゃん。


『『…『念話』を使うのではなかったのですかねぇ』』

『「必要ないでしょ」』

『『必要ない…?』』


 疑問形でそう口にしてはいたが、リリスちゃんはそこまで意表を突かれたという風ではなかった。リリスちゃんも想定していたからだ。いや、想定ではなく期待かな。ワタシが、この選択をすることを。

 本来なら、この『問題』において『念話』は必要ない。

 それなのに、ワタシがその必要のない『念話』を発動すると言った。

 だから、リリスちゃんはガッカリしていたんだ。

 けどね、その反応をワタシに見せちゃいけなかったんだよ。お陰で確信できちゃったからね。

 さて、ここからはペースアップといきますか。


『「次は、左のお皿に重りを一つ乗せるよ」』


 ワタシは、二つ目の重りを乗せると宣言した。

 その言葉にも、リリスちゃんは反応する。


『『先生は、最初に右に重りを乗せたはずでしたがねぇ…それで次に左の皿にも重りを乗せたりすれば、意味がないはずですよ?』』

『「そうだよね。重り二つ分の差がついたところで、その受け皿は天秤から落下する。けど、どちらの受け皿にも重りを一つずつ乗せれば、天秤は吊り合ったままで傾かない」』


 この問題におけるリリすちゃんズの重さは、どちらも均一に1とされている。そして、天秤に乗せる重りの重さも、リリすちゃんたちと同じ1と設定されている。そうしなければならない理由があるからだ。


『『確かに、どちらの受け皿にも重りを一つずつ乗せれば天秤は吊り合ったままです。どちらの受け皿も落下しません。ですが、吊り合ったままでは意味がないのではないですかねぇ』』

『「意味ならあるでしょ。というか、リリスちゃんなら分かってるはずだよね」』


 どちらのリリすちゃんを救うのかというだけの話なら、そもそも『問題』なんて回り道は必要ないんだよ。


『『では、どういう意味があるというのですかねぇ。というか、先生が乗せられる重りは三つまでと説明したはずですよ。乗せられる重りは残り一つです。それなのに、二つの重りを左右別々の天秤に乗せたりしたら、重り二つ分の差がつかなくてどちらの受け皿も落とせませんよ』』


 リリスちゃんの言うように、この『問題』を終わらせるためには、どちらかのお皿を落下させなければならない。

 けど、この手順は必要なんだ。

 まあでも、そろそろいいか。

 これ以上は引き延ばす必要もないし、名残惜しいけどリリスちゃんとのイチャイチャも終わりにしようかな。


『「けど、リリスちゃんは言ったよね。重りを三つ乗せた後なら隣りの皿に移動させてもいいって」』

『『言いましたし、そこで重りを移動させれば受け皿を落下させることは可能ですがねぇ…』』


 その手間は無駄ではないですか、と言いかけたリリスちゃんを遮ってワタシは続ける。


『「じゃあ、ワタシは三つ目の重りを左の皿に乗せるよ」』


 これで、左の受け皿にはリリスちゃんorりりすちゃん(どちらも重さ1)に加えて重りが二つ乗った状態になるので、重さは3になる。

 そして、右の皿はリリスちゃんorりりすちゃん(重さ1)で、そこに重りが一つだから、重さは2となっている。

 左、重さ3。右、重さ2。


『「その後で、ワタシは左の受け皿から右の受け皿に移動をさせます」』

『『では、右の受け皿を落下させるということですねぇ…その結果、右側のリリスちゃんを見殺しにする、と』』

『「ううん、どっちの受け皿も落下なんてさせないよ…まだ、ね」』


 下っ腹に力を入れて、ワタシは宣言した。

 どちらのリリすちゃんも見殺しになんてしないよ、と。

 …だから、安心してよ、と。


『『しかし、どちらかの受け皿が落下しなければこの『問題』は終わりませんけれどねぇ』』

『「ワタシは見殺しにしないと言っただけで、受け皿を落下させないとは言っていないよ」』


 両足を肩幅と同じだけ開き、大きく息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと吐き出しながら言った。お目目をキラッキラにさせながら。


『「ワタシが左の受け皿から右の受け皿に移動させるのは…重りじゃなくて、りりすちゃんだよ」』


 ワタシの声は、静かに染み入る。

 いや、感染するといった方が正しいかもしれない。

 

『『重りの代わりにりりすちゃんを移動、ですかねぇ…しかし、それは』』

『「リリすちゃんズが移動できないとは言ってないよね、リリスちゃんは」』

『『確かに言っていませんでしたが…けれどねぇ』』

『「なら、リリすちゃんズを移動させても問題はいないよね」』


 周囲からは、息を呑む音が聞こえてくる。

 多分、繭ちゃんシロちゃんの最かわコンビだ。


『『…………』』


 そして、リリスちゃんはそこで沈黙を選択していた。

 だから、ワタシは続きを口にする。

 この流れは、もはや既定路線に乗っているのだ。

 リリスちゃんだって、こうなると分かっていたはずでしょ。

 …いや、望んでいたでしょ。

 

『「というわけで、左の受け皿から右の受け皿にどちらかのリリすちゃんを移動させるよ…これで左のお皿には重りが2つだけが乗っていることになる。そして、右のお皿はリリすちゃんズの二人と重りが1つ乗っていることになり、合計で重さは3になる」』


 最初は、リリすちゃんズの二人が天秤の左右にそれぞれ乗っていた。

 その左右の受け皿に、重りを一つずつ乗せる。これで、どちらの受け皿も重さは2となった。

 次に、左の受け皿に三つ目の重りを乗せたので左の受け皿の重さは3になり、ワタシは重りを三つ乗せたことになる。

 受け皿は、ここではまだ落下はしない。重り2つ分の差がついていないからだ。

 そして、ワタシは左の受け皿の上にいたどちらかのリリすちゃんを、右側の受け皿に移動させる。


『「そうすると、右側の受け皿には二人のリリすちゃんが揃ったことになるね」』


 人差し指を立てて、ワタシは、可能な限りお茶目に言った。

 ワタシは看板娘だからね、チャーミングな仕草を挟むことも忘れてはいけないのだ。


『「あとは、右側のお皿に乗っていた重りを、左側のお皿に移動させると…ああ、重りを移動させた後なら追加で重りを乗せてもよかったんだよね」』


 ワタシは、あえて忘れていたフリを装った。


『「そうすると、どうなるか…」』

『『そうすると、2つ分以上の重りの差がついた左側の受け皿が落下してしまいますねぇ…』』


 相槌のようにそう呟いたリリスちゃんに、ワタシは言った。

 さあ、これがラストだ。


『「けど、左の受け皿にはどちらのリリすちゃんズも乗っていない。大きなリリスちゃんも小さなりりすちゃんも命を落とすことはないはずだよ」』


 ワタシはドヤ顔で締め括る。

 けれど、リリスちゃんはため息交じりだった。


『『ですが…リリスちゃんは、先生に選んで欲しかったのですけれどねぇ』』

『「何を?」』


 ワタシはそう聞き返したけれど、リリスちゃんの言いたいことは、本当はワタシにも分かっていた。


『『先生だって理解しているはずですねぇ。ここで先生がしなければならない選択は、悪魔のリリスちゃんを切り捨てることだ、と…そのために、あんな『問題』なんて出したのですよ』』


 リリスちゃんは静かな声だった。

 けど、ワタシはそれに反論する。


『「リリスちゃんがさっきの『問題』を出したのは、ワタシに諦めさせないためでしょ」』

『『…………』』


 リリスちゃんは、再び沈黙を選択した。

 だから、ワタシが代わりに言った。リリスちゃんの心を、代弁する。

 

『「だって、あれはトロッコ問題みたいにどちちのリリスちゃんを見殺しにするのか、という犠牲者を選別する問題じゃない。オオカミと羊のパズルみたいに、解答の抜け道を探す問題だったんでしょ」』


 そして、ワタシは続ける。

 これは、まごうことなき聖戦だ。

 ワタシとリリスちゃんと、この世界をつなぎとめるための。


『「そうじゃなかったら、色々とおかしいところだらけだったよ。大きなリリスちゃんの重さと小さなりりすちゃんの重さが同じだとか、重りが三つまでしか乗せられない、とか…あの不自然さは、どっちのリリすちゃんも助かるための抜け道を作ろうとしたから生まれたんでしょ。正直、『問題』としてはけっこう強引だったからね」』

『『むぅ…寝起きに即興で思いついたにしてはよくできていたと褒めて欲しいところですがねぇ』』


 リリスちゃんは問題にダメ出しされてアヒル口でぼやしていた。いや、これもワタシのイメージ上のリリスちゃんだけど、リリスちゃんに対するワタシの解像度は非常に高いので間違いはないのだ。


『「()にも角にも…」』


 よし、ここからは、ワタシの我儘(わがまま)に付き合ってもらうよ。

 リリスちゃんの問題に付き合ったんだから、次はワタシの番だよね。

 そして、ワタシは叫ぶ。

 リリスちゃんとワタシと、このくそったれな世界をつなぐために。


『「きっと何者にもなれないワタシだから告げる!!」』


 突然の大音声(だいおんじょう)に、全員が沈黙を余儀なくされていた。

 世界から音が消え、見えない舞台の幕が上がる。

 しばしの沈黙の後、リリスちゃんが呆然と呟いた。


『『何者にもなれない…ワタシだから?』』

『「そうだよ。ワタシにはね、そんなご大層なことはできないんだよ。魔法で人の傷を治したりできないし、スキルで大岩を斬ったりもできない。それどころか、受付嬢の仕事でも失敗ばっかりだよ」』

『『最後のは自業自得なのでは…?』』

『「そんなワタシでも生きていていいんだよ!」』


 ワタシの声は、空気を媒介に周囲に伝播する。

 ワタシの意思が、場に溶け込む。


『「不器用でも自堕落でも、何者にもなれないワタシだけど…ここにいることを認めてくれるみんなが、この世界にはいるんだよ!」』


 思いの丈を、ぶちかました。

 けど、まだまだいくよっ!


『「みんなが認めてくれるから、ワタシはこの異世界に居座るんだよ…意地悪な運命がどんな難癖をつけてきたとしてもね!」』

『『それは、他者が認めてくれるから…ですよね』』


 リリスちゃんの声は、小さくか弱かった。

 けど、これは『念話』だ。

 どれだけ小さくてもか弱くても、ワタシには、ちゃんとその『声』は届いているよ。


『『先生を認めてくれる存在がいるから、そんなことが言えるのですよ。リリスちゃんには…悪魔である私には、そんな存在は一人もいないんです』』

『「ワタシがいるでしょうが!」』


 ワタシは、リリスちゃんに近づく。できる限りの大股で。

 そして、近づいて、抱き締めた。

 リリスちゃんの小さな温もりが、ワタシの温もりと音のない共鳴を起こす。


『「ワタシがここにいるんだから、誰もいないなんて言わないでよ…」』

『『でもね、先生…私はね』』

『「リリスちゃんがさっきの『問題』を出したのは、本当は、どっちのリリスちゃんも助けて欲しかったからだよね。だから、どっちのリリスちゃんも助けられる抜け道を用意したんでしょ」』

『『そんなことは…ありませんよ』』

『「あるよ。そうじゃなかったらあれだけ設定に不備のある問題を出したりしないでしょ、普段のリリスちゃんなら」』


 リリスちゃんは、『問題』に対しては凝り性なのだ。半端な出題はしない主義なんだよね。


『「あれは、リリスちゃんが『問題』の出来よりもリリスちゃんの『助けて』って気持ちを優先したからでしょ」』

『『それ、は…』』

 

 ワタシの声に、リリスちゃんの体は小さく反応していた。


『「いいじゃない…誰だって、この世界から消えたくなんてないんだよ」』

『『先生…でも、私は』』


 言いかけたリリスちゃんを、ワタシは意図的に遮った。

 今は少しでも、聞いてもらうことが大切だと思ったからだ。


『「ここだけの話なんだけど…実はワタシもね、リリスちゃんと同じヤツから陰湿なイジメを受けてたんだよ」』

『『リリスちゃんをイジメていたのと同じヤツ…?』』


 リリスちゃんの声は、キョトンとしていた。

 そんなリリスちゃんに、ワタシは言った。


『「ワタシをイジメていたそいつはね…運命っていう名前の、すっごい悪いヤツなんだよ」』

『『…なるほど、リリスちゃんもそいつからイジメを受けていましたね』』


 ワタシは病気に蝕まれていた。リリスちゃんは悪魔として迫害されていた。

 どちらも、運命という賽子(サイコロ)に好き勝手に翻弄されてきた。


『「だからね、同じ負け犬同士、ワタシとリリスちゃんで傷のなめ合いをしようよ」』

『『じゃあ…リリスちゃんは、まだこの世界にいても、いいんですか?』』

『「いいに決まってるでしょ。というか、リリスちゃんが今までに受けた仕打ちの分だけ…ワタシたちと楽しい思い出を作ろうよ』』

『『思い出を…先生と?』』

『「自慢じゃないけど、思い出の少なさならワタシだって負けてないからね」』

『『悪魔より思い出が少ないとか泣けてくるのでやめてくださいよ…』』


 ぼやくように呟いたリリスちゃんは、また動いた。ワタシの胸に、顔を埋める。

 …そして、顔を埋めたまま、リリスちゃんは泣いていた。

 大昔からずっとずっと、このへそ曲がりの悪魔は泣くことができなかった。どれだけ悲しくても、だ。

 その涙を受け止めるダレカが、リリスちゃんの傍にはいなかったから。

 だから、ワタシが立候補した。

 その涙ごと、リリスちゃんを抱きしめるために。

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