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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』

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121 『温厚なワタシもさすがにキレますよ』

「なあに、ちょっと『神託』に呼び出されただけの色男だよ」


 飄々(ひょうひょう)虫唾(むしず)の走ることを口走っていたのは、リリスちゃんのフィアンセを詐称していたディーズ・カルガだった。ワタシとしても、このナルシストには辟易(へきえき)とするしかない。

 …ホントに空気とか読まないよね、この人は。

 この終末セカイの中、ワタシのちっぽけなキャパシティなんてとっくにオーバーフローしている。

 なのに、ワタシが知る限りもっとも胡散臭いおっさんの相手なんてしていられる余裕はない。こんな心ない台詞だって自然と出てくるのだ。


「そうですか、では回れ右をしてお引き取りくださいますか」

「さすがに塩対応が過ぎるんじゃないかな…花子くん」

「こっちはあなたなんかにかまっていられる状況じゃないんですよ!」


 温厚なワタシもさすがにキレますよ。

 このワタシをキレさせたら大したものですよ。


「ごめんなさい、花子さん…」


 そこで、あの面倒くさいおっさん以外の声が聞こえてくる。

 鈴の鳴るような声を控えめに発していたのは、小さな体の子供りりすちゃんだ。

 …いや、こちらのりりすちゃんが本来のりりすちゃんなのだけれど。


「どうしてりりすちゃんまでここに…というかダメだよ、あんな胡散臭いおじさんについて来たりしたらね。ここはすっごく危ない場所なんだから」


 今現在、この場は世界の終わりが三つ巴で()んず(ほぐ)れつ をやっている。

 そんな危険地帯に、こんな幼気(いたいけ)な女の子がいていいはずがない。


「でも、あそこにいるのはリリスさんなんですよ…」


 小さなりりすちゃんは、大きな姿のリリスちゃんを指差した。その指先は、小刻みに震えている。

 …怖くて当たり前だよね。

 この子は、この世に生まれてからまだ十年くらいしか経っていない。特別な力だって、何も持っていない。

 それなのに、震える足でこの場所までやってきた。

 生まれた時から一緒の体にいた、小生意気な同居人があそこにいるから、だ。

 しかし、ワタシはあえて底意地の悪い言い方をした。


「そうだよ…あそこにいるのは、悪い『悪魔』として復活してしまったリリスちゃんだよ」


 一刻も早く、この子をこの場所から遠ざけなければならない。多分、それが大人の責任というヤツだ。そのためなら悪者になる覚悟だってあるよ、ワタシには。


「そうみたいですね…なら、早くリリスさんを元に戻してあげないといけませんよね」


 小さなりりすちゃんは、大きなリリスちゃんを見据える。

 大きなリリスちゃんのその瞳に、小さなりりすちゃんがこれっぽっちも映っていなくても。


「何を言ってるの、りりすちゃん…子供がこんな場所にいちゃダメなんだよ」

「私が子供なら、花子さんだって子供ですよね」


 りりすちゃんは、一歩も引かない。

 その真摯な瞳が、物語る。

 絶対にリリスちゃんを取り戻すんだ、と。

 そこで、ようやく理解できた。

 ワタシにとっての『花子』と同じなんだ、と。

 小さなりりすちゃんにとっての、大きなリリスちゃんは。

 …いや、その想いはワタシよりもずっと重いかもしれない。

 勿論、ワタシの『花子』に対する想いだって軽くはない。けど、生まれた時から一緒の体にいた大きなリリスちゃんは、小さなりりすちゃんにとっては半身どころじゃない。掛け値なしにもう一人の自分なんだ。

 その無傷な絆を他人が否定することなんて、できやしない。


「でも、りりすちゃん…りりすちゃんにあのリリスちゃんが救えるの?」


 自分のことを棚に上げて、ワタシはさらに意地悪を言った。

 この場において何もできないのは、ワタシだって同じなのに。

 でも、こんな小さな子が、この場にいていいはずがないのも事実なんだ。

 ほんのちょっとボタンを掛け違えただけで、この場では人が死ぬ。

 もし、この子にナニカがあった場合、ワタシはあっちのリリスちゃんに対して顔向けができなくなる。


「私以外に、リリスさんを救える人がこの世界にいるんですか?」


 小さな少女は断固として決意を語る。

 年上のはずのワタシが、その小さな眼光にたじろいでしまった。


「けど、何か具体的な方法がないと…」


 …それに、りりすちゃんには言いにくいのだけれど、『花子』の方がリミットが近そうだった。

 アルテナさまが抑えてくれているとはいえ、『花子』は既に臨界に達している。

 …醜いな、ワタシは。

 リリスちゃんを助けると約束しておきながら、ここで心配しているのは『花子』だった。


「とんだ二枚舌だよね…」


 聞こえない声で小さく自嘲した。

 けど、リリスちゃんを助けたいというのも、嘘じゃないんだよ。

 ワタシにとっても、リリスちゃんは初めてできた対等な友達なんだ。あの子を見捨てたりできるものか。

 ただ、今はちょっと『花子』の方が限界が近いんだ。


「言っただろう、『神託』に導かれた、と」


 そこで、場違いに鷹揚(おうよう)な声が聞こえてくる。

 しかも、それを口にしていたのがあのディーズ・カルガだ。思わず、舌打ちをしてしまいそうになった。


「…だから、その『神託』とやらが何の役に立つと言うんですか」


 ワタシは、不機嫌を隠さなかった。この土壇場における時間というものが、どれほど貴重か分かっているのだろうか。その貴重な時間を、こんな人のために削られたくはないんだよ。

 というかそもそも、『神託』ってなんだよ。

 これまでにも何度かその言葉は出てきたけれど、結局その『神託』に信憑性があるとは思えなかった。

 アルテナさまにも二回くらい聞いたんだ。「『神託』を下す神さまがいるんですか?」と。

 アルテナさまからの返答は『『神託』というものは聞いたことがありません』だった。

 女神であるアルテナさまですら『神託』については何も知らなかった。


『神さまであろうと、未来なんて見えませんよ』


 本職の神さまであるアルテナさまが、そんな太鼓判を押してくれた。

 なら、この世界に『神託』を下せる神さまはいないということになる。

 …にもかかわらず、この男はどこから『神託』などという世迷言を受信している?

 言葉として存在しているということは、『神託』という概念はあるのだろうけれど、それはきっと、この人みたいに『幻聴』を『神託』と勘違いをした人間たちがいたからだ。『神託』の存在を肯定する理由は、ワタシにはない。

 無遠慮に懐疑的な視線を向けるワタシに、ディーズ・カルガはそれでも洋々と言ってのけた。


「『神託』に従えば、花子くんはリリスを助けられるよ」


 ディーズ・カルガの台詞は空々しく、場に溶けた。

 場には溶けたけれど、馴染まなかった。

 ただの異物としてこの場に沈殿し、誰からも見向きされなかった。


「…いい年をして、みんなを混乱させて、何が楽しいんですか」


 もはや、ワタシは軽蔑を隠そうとはしなかった。

 世迷言としか思っていなかったからだ、その『神託』とやらを。


「いやいや、嘘じゃないよ。『神託』を受け取ったのは本当だ」

「受け取ったとか受け取っていないの話じゃないんです…あなたの虚言癖には付き合っていられないと言っているんですよ」

「虚言でも妄言でもないよ。『神託』はホンモノだ」

「だから…」


 いい加減、本気で激昂しそうになった。


「『神託』に従えば、リリスだけでなく、あちらの『花子』くんも助けられる」


 ディーズ・カルガは、薄ら笑いを浮かべていた。

 …けど、それは聞き捨てならない台詞でもあった。

 

「リリスちゃんだけじゃなくて、『花子』まで…?」


 ワタシが出会った中で、最も信頼できないのがこの人物だ。当然、その口から語られている『神託』も、ワタシは信用していない。

 しかし、ディーズ・カルガという人物の根幹を支えているのは、『神託』だ。その奇跡に対してだけは、この人は誠実だった。過信やら妄信やらをしているので、『神託』に従い過激な行動に出ることも間々あったけれど。


「ああ、『神託』はそう告げている」


 ディーズ・カルガは、曇りなき狂人の瞳で微笑んでいた。


「リリスちゃんも、『花子』も、助けられる…」


 ワタシは、小さく呟く。

 先ほど、この男は確かにそう言っていた。その言葉は、ワタシからすれば甘露(かんろ)以外の何物でもない。

 …そこに信憑性など、微塵もないというのに。


「嘘じゃないんですよね、それ…」

「『神託』の通りならね」


 ディーズ・カルガは、『神託』という胡乱(うろん)な言葉を繰り返す。

 …『神託』か。

 アルテナさまはその存在を知らないと口にしていたけれど、これまでに、ワタシもその『神託』に導かれたことはあった。まあ、巻き込まれたとか振り回されたという方が正しかったけれど。


「『神託』は…どうすればリリスちゃんを助けられると言っていたんですか」


 その『神託』におとなしく従えば、リリスちゃんと『花子』のどちらも助けられるというのか…?

 …いや、この人の言葉を鵜呑みにするのも危険だが。


「それが、私にはよく分からないんだよね」

「口にする言葉はよく選んだ方がいいですよ…それがあなたの最期の言葉になるかもしれませんからね」

「スラムのマフィアだってもう少し温厚な凄み方をするよ、花子くん…」

 

 ディーズ・カルガはそこで軽く咳払いをしてから続けた。


「なんでも『神託』によると…『オオカミ族の『声』を届けろ』ということだよ」

「オオカミ族…?」


 その言葉は、ワタシを驚かせた。

 どうして、ディーズ・カルガがその名を口にした…?

 だって、この世界の人たちは、その名を知らないはずだ。

 …『オオカミ族』というのは、この世界とは別の世界の存在なのだから。

 そして、そこでシロちゃんに視線を向けた。

 真っ白な犬耳と真っ白な犬尻尾を持った、この世界とは別の世界から流されてきた漂流者…それが、『オオカミ族』のシロちゃんだ。


「オオカミ族の『声』を届けろって、どういうことですか…」


 ワタシは、ディーズ・カルガに問いかける。


「いや、それは私も知らないよ。そもそもオオカミ族って何なんだろうね」


 やはり、この世界の人間であるディーズ・カルガはオオカミ族の存在を知らなかった。

 …それなのに、どこの神さまが『オオカミ族の声を届けろ』なんて『神託』を下したというのだ?


「シロちゃんの『声』を届けろ…リリスちゃんに?」


 シロちゃんの『咆哮』は、リリスちゃんの『魔毒』を退けていた。シロちゃんの『声』に魔除けの力があることは間違いない。それに、過去にこの異世界に現れたという毒の魔獣を退けたのはオオカミ族だった。そのことは、水鏡神社の巫女であるシャンファさんが語ってくれた伝承から判明した。


「…でも、シロちゃんの『声』ならもうリリスちゃんに届けてるんだよ」


 あの『魔毒』に対する一定の浄化の効果があることは、既に実証されている。

 …しかし、それだけだったとも、言える。

 暴走するリリスちゃんの意識を戻すことは、できなかった。


「もう一度シロちゃんの『声』を聞かせても、リリスちゃんには、多分…」


 ワタシの『念話』だって、リリスちゃんには届かなかった。

 …ただ、ワタシはまだ、『超える力』を使っていなかったけれど。

 ワタシたちに与えられたユニークスキルは、限界まで鍛え上げれば『越権』が付与される。それは、それまでのスキルに更なる特異な効果を与えてくれるというものだ。

 雪花さんの『隠形』ならばこの世界と自分を完全に切り離して身を隠すことができるようになるし、ワタシの『念話』ならすべての『壁』を越え、どれだけ離れた世界にいる相手にも『声』を届けられるようになる。それが、ワタシの『越権』である『超越』だ。

 ただ、ワタシがその『超越』を使った場合、二度と『念話』が使えなくなるという重い制約が課されていた。


「実際、ワタシはその『超越』を使い、一度は『念話』を失った」


 天界にいたアルテナさまに世界の『壁』を超えてワタシの『声』を届けたからだ。

 しかし、そこで『念話』を失ったワタシだったけれど、おばあちゃんの『念話』を譲り受けることができた。

 再びその『超越』を使えば、リリスちゃんの心にも『声』を届けられるかもしれない。

 …おばあちゃんから受け取った『念話』を、再び失うことにはなるけれど。


「そもそも、拒絶されてるかもしれないんだよね、リリスちゃんには…」


 …リリスちゃんが全ての人間を憎んでいても、仕方がない。

 何百年もの昔、あの子はとある場所に教会を建てた。

 それは、その場所に住んでいた人たちと約束をしたからだ。

 ここに教会を建てれば、『私たちの仲間になれるよ』、と。

 

「当たり前のように、その約束は反故(ほご)にされてしまった」


 それどころか、リリスちゃんは『教会』と呼ばれる宗教組織に『封印』されてしまった。

 リリスちゃんの存在そのものが、『教会』にとって不都合だったからだ。

 そして、長い時が経過した現在、その『教会』の一部の過激派によってリリスちゃんはこの世界に舞い戻らされた。

 …『神さま』というアイコンが実在しない『教会』に、新たな『神さま』を誕生させるための人柱として。

 リリスちゃんという悪魔を討ち、その英雄を『神』格化させるために。


「新しい『神さま』だかなんだか知らないけど、そんなことのためにリリスちゃんを祓ったりさせるものか」


 これ以上、リリスちゃんを人間のエゴの犠牲者にはしたくない。

 そのためなら、何でもやってやる…と覚悟はしていたけれど、そのための手段が最も胡散臭い人が持ってきた最も胡散臭い『神託』だ。


「リリスちゃんは、絶対に助けるよ…」


 …しかし、その為に必要なのが、『念話』の『越える力』なのだろうか。

 リリスちゃんを助けるためならば、何でもやるつもりだった。

 けど、『越える力』を発動してリリスちゃんの心にワタシの『声』を届けられたとして、それでもリリスちゃんの心を戻せなかったとしたら…ワタシは、無駄に『念話』を失うことになる。


「大体、『神託』なんて本当に未来が見えていないと下せないじゃな…」


 そこで、ふと気付いた。

 …未来が、見えている?

 アルテナさまでも、未来は見えないのに…?


「未来が見えているということは、未来から過去に口出ししているのと同じじゃないのか…?」


 過去から未来へ。

 未来から過去へ。

 本来は、不可逆のはずなのに。

 それを、『神託』は可能にしている。

 ワタシの中で、不意にピースが組み合わされていく。

 未来と過去という二つの事象を柱にして。

 それらはゆっくりとしていたけれど、無駄のない動きで形作られていく。


「まさか、『神託』の正体って…」


 ワタシの中で、『神託』の全体像が形成されていく。


「…どうしたんですか、花子さん」

 

 不意にぶつぶつと独り言を呟き始めたワタシに、心配そうにりりすちゃんが声をかけてきた。

 そんなりりすちゃんに抱き着いたワタシは、そのまま頬ずりをする。


「な、なんですか花子さん!?」

「助けられるかもしれないよ…リリスちゃんも『花子』も、二人まとめて!」

「本当ですか!?」

「ワタシたち二人で…ううん、ワタシたち三人でぶっ飛ばしちゃおうよ、こんな意地の悪い運命なんてさ!!」


 ワタシは、覚悟と決意をマシマシで台詞にトッピングした。

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