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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
22/264

21 『ナズェミテルンデェスカ!?』

「拙者の力なんて精々、緻密なBLを描く能力と木目きめ細かい美貌とこの巨乳くらいのものですぞ?」


 たわ言を並べる雪花さんを尻目に、ワタシは地図で現在地を確認した。どうやら間違いはないようだ。この先に、三叉路が見えてくるはずだ。ギルドで渡された地図の通りに歩くワタシたちの眼前に、三叉路が現れる。


「次は、この道を左に行けば…」


 川が、見えてくるはずだ。さらに、その小川沿いに進めば、左手の崖の上に獣の頭に似た大岩が現れる。


「あ、川があったでござるよ…あの、ちょっと、お花を摘みに行ってきていいでござるか?」


 雪花さんがもじもじしながら言った。この人は本当、どこに行っても雪花さんだ。


「いいですけど…たぶん繭ちゃんもついて行きますよ?」

「あはは、そんなまさかー…」


 そのまさかだった。

 雪花さんはワタシたちから距離を取ろうと離れて行ったのだが、繭ちゃんは何事もないようについて行く。

 そして、雪花さんたちが消えた方角からは「繭ちゃん殿!?さすがにちょっと離れていただけませんかというか首輪を外して欲しいのですがぁ!?」とか、「外してもらえないならせめて、後生ですからせめて後ろを向いて欲しいのでござるがぁ!?」とか、「繭ちゃんどの!?ナズェミテルンデェスカ!?」とかいう雪花さんの叫び声が聞こえてきた気がしたが、ワタシは、サ◯ダ記念日って何日だったっけ?などということをつらつらと考えていた。

 うん、今日も空は青いなぁ。あ、トンビだぁ。


「ただいまー」


 スッキリした声で言ったのは繭ちゃんで、雪花さんは瞳からハイライトが消えていた。「もう二度と野ションなんてしません」とか呟いてきた気がしたが、ワタシは何も聞かなかった。ことにした。世はすべからくこともなし、だ。

 そして、再出発したワタシたちは、次の目印を目指す。


「次は、獣の頭の大岩…」


 なんとなく、呟いた。

 なんとなく、胸中がさざめくのを、感じた気がした。

 さらに歩くと、目印の大岩が現れる。


「あった、獣の顔に見える大岩…」


 そこで、ワタシはなぜか、その大岩に既視感を感じていた。

 …いや、それはありえない。

 ワタシは、こんな場所に来たことはない。

 あんな岩も、見たことがない。


「はずなんだけどなぁ…なんで覚えがあるんだろ」


 もしや、転生する前に似た景色でも見たのか?

 いや、それもない。

 生前、ワタシは、ほとんど旅行などできなかった。

 なら、テレビかネットで見た?

 でも、それもしっくりこなかった。


「その次は、この先の吊り橋を渡って…」


 しばらく歩けば、二本の巨木に守られるように、洞窟がある…地図には、そう書かれていた。


「…三本じゃ、なかったかな?」


 二本ではなく、三本だという確信が、あった。

 見覚えは、ないのだけれど。

 …聞き覚えは、あった。気がした。


「どうし、て…?」


 自分で自分に問いかけるが、返答はない。

 そして、進んだ先に、洞窟はあった。

 洞穴(ほらあな)と言った方が、正しかったかもしれない。その洞穴を守るように、三本の、巨木がそびえ立っていた。

 その場所に立ったワタシに、聞こえてきた。

 記憶の中の声が、聞こえてきた。


 獣の頭の大岩…。

 三本の巨木…。

 洞窟…。

 祠…。

 アリア・アプリコット…。

 アンダルシア・ドラグーン…。

 星の一族…

 転生…。

 封印…。


「なんで…なに、これ?」


 これは音だ。これは声だ。

 聞いたことのある声が、ワタシの記憶の中から掘り起こされていた。


「…けど、誰?誰の声?」


 不意によみがえった声に狼狽したワタシだったが、不思議と、嫌な声ではなかった。

 寧ろ、大好きな声…の、はずだ。

 絶対に忘れたくなかった、声のはずだ。

 その声が語りかける。子守唄のように、小さな抑揚をつけて。


「大丈夫か、花子?」


 いつの間にか傍にいた慎吾が、問いかける。それほど、今のワタシは憔悴(しょうすい)しているように見えているのか。


「うん…大丈夫だよ」

「あんまり大丈夫って感じじゃないよ。もう戻った方がいいんじゃあ…」


 雪花さんも、ワタシを心配して覗き込む。


「ううん、行こう…ワタシ、行きたい、この先に」


 そして、その先に進むためには雪花さんの力がいる。この洞穴には、結界が張られている。それも、強固で堅牢な魔法の結界が。 

 だから、熟練の冒険者たちですら、この中には入れなかった。


「お願い、雪花さん…」


 ワタシは雪花さんに頼んだ。悲痛ともいえる声で。唯一、その結界を抜けられるとすれば、それは雪花さんの『隠形』だけだ。

 雪花さんの『隠形』は最高レベルにまで到達していた。そして、それを使えば、雪花さんはこの世界から切り離され、全ての存在を素通りできるようになる。

 その結界とやらも、雪花さんならば抜けられるはずだ。

 それだけの奇跡を起こせるのが、ユニークスキル…この世界で、雪花さんだけが扱える究極のスキルだ。


「分かった、よ…でも、ちょっとでも花子ちゃんの具合が悪くなったらすぐに帰るからね」


 しぶしぶ、雪花さんは、『隠形』を発動してくれた。

 ワタシや繭ちゃん、慎吾たちはその前に雪花さんと手をつなぐ。みんなで手をつなぐことで、ワタシたちも雪花さんの『隠形』の効果を受けられる。

 普段なら、慎吾と手をつなごうとするティアちゃんとワタシが喧嘩になるところだが、今のワタシにそんな余裕はなかった。


「行くよ、気を付けてね」


 雪花さんの顔にも、緊張が浮かぶ。

 ワタシの緊張が、雪花さんにも感染しているようだ。

 そして、ワタシたちは、洞窟に足を踏み入れる。

 結界らしきものは、無事に抜けられた。

 けど、ワタシたちは手をつないだままだった。

 何があるか、分からないからだ。

 

「…………」 


 ただ、ワタシは知っていた。

 この先には、祠が、あるはずだ、と。

 地図には、ここまでの道順しか書かれていない。

 中に祠があることなど、書かれてはいない。

 それでも、祠は、あった。

 木組みで作られた、祠があった。


 …そして、先客がいた。


 結界で守られていたはずの洞窟の先に、ワタシたち以外の人間が、いた。


「大丈夫…私とつながっている限り、向こうはこっちを認識できないから」


 雪花さんが言ったように、向こうはこちらのことなど、まるで見えていなかった。

 そんな、先客は、手を合わせていた。

 祠に、手を合わせていた。

 目を閉じ、口を閉じ、祈りを捧げるその姿は堅物そのものだった。

 老齢ともいえる年齢で、口元に蓄えられた髭も、この人が堅物だと物語っている。

 それでも、なぜかその険しい面持ちが、ワタシには柔和に見えた。

 そこで、おじいさんが、口を開いた。


「アリア…」


 …と。

 ワタシは、思わず雪花さんの手を離してしまった。

 名を呼ばれたと、驚いてしまった。


「…………」

「…………」


 ワタシとおじいさんは、お互いに目を丸くする。

 当然だ。向こうからすれば、いきなりワタシという存在が降って湧いたのだか…ら?


「アリア…か?」


 もう一度、おじいさんはその名を呟いた。

 ワタシの目を見て、おじいさんはワタシの名を呟いた。


「アリア・アプリコット…なのか?」


 フルネームで、おじいさんはワタシの名を呼んだ。

 小刻みに、口元を震わせながら。

 ワタシの手も、唇も、小刻みに震える。


「帰って…来てくれた、のか?」


 …帰って、来て、くれた?

 おじいさんの言葉は、ワタシの混乱に拍車をかける。


「ワシだよ…アンダルシア・ドラグーンだ」


 そして、名乗った。

 ワタシにとって、既知の名を。

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