118 『テキサスブロンコ花子ちゃんは、家族を傷つけるモノを許すことができない性分なんだよ!』
「あれが、『世界の崩壊』…」
先ほどリリスちゃんに振り下ろされた空からの黒い大槌こそが、この異世界ソプラノに終焉を齎すと語られていた『世界の崩壊』だ。
…思い返すだけで、嘔吐しそうなほどの畏怖が胃の腑を這い回る。
黒く、膨大な質量が、理屈も脈絡も何もなく虚空から無造作に降って来た。
あんな理不尽なモノが何度も振り下ろされれば、この世界はきっと終わる。蹂躙に蹂躙を重ね、素気無く終わる…。
「…みんな、仲良くぺちゃんこに潰されて」
ワタシも雪花さんも繭ちゃんもシロちゃんも、アルテナさまもシャルカさんも、そして、ティアちゃんや慎吾まで…。
誰一人として例外はなく、みんな平等にみんな均等にフレッシュな挽肉にされ、ワタシたちの物語はここで敢えなく閉幕する。
そこに加えられる手心など、あるはずもない。
…それを振り下ろすのが、今も虚空に御座すあの『黒いヒトビト』だから。
あのヒトビトの一人一人が、この異世界ソプラノで尋常ならざる未練や怨恨を抱えたままこの世を去った。
それら無辜の魂が太古の昔から堆く堆積し、集積し、あの『黒いヒトビト』と化した。
そして、彼ら、彼女らは永遠に近い時を延々と、滾々と叫び続けている。
…こんな世界は、滅んでしまえ、と。
その憎悪は、何一つ間違ってはいない。
正当性のある憎しみに、あのヒトビトは恒久的に囚われている。
「だから…」
あのヒトビトにだけは、与えられているのかもしれない。
…この世界を滅ぼす権利が。
そして、ワタシの隣りには、いた。
前回の『世界の崩壊』の時、その渦中にいたという生き証人が。
「あの『黒いヒトビト』を止める方法は、ありませんか…」
ワタシは、その生き証人に問いかける。
この場を穏便に済ませられる虫のいい方法はありませんか、と。
自分たちが助かりたい一心で、浅ましくも生き残りたいから問いかける。
でも、ワタシはもう、死ぬのは嫌なんだよ…。
…みんなにも、死んで欲しくないんだよ。
『私なんて、前回の崩壊の時はただの生け贄という無力な傍観者だった…そんな方法があったら、私が教えて欲しかったよ』
前回の崩壊から何百年も生き続けているタタン・ロンドさんは、やや拗ねるような口調でそう言った。これまでの丁寧口調は、どこかに行ってしまったようだ。
…けど、そうだよね。
この人は、これが二度目の『世界の崩壊』だ。
こんな理不尽に二度も直面すれば、素面でいられるはずはない。
「それじゃあ…ワタシたちはもう、お手上げなのでしょうか」
ワタシは、情けない声でロンドさんにそう言ってしまった。
『いや、弱いな…』
ロンドさんは、そこで軽く眉根を寄せていた。
「…弱い?」
『何百年も前の記憶だから朧気だけど、『世界の崩壊』にしては弱い気がする…』
「あれで、弱いんですか…?」
…ということは、さらに、激しくなるのか?
あの、黒い鉄槌が?
もう、本当に、やめてよ…。
『過去の崩壊はもっと絶望的だった…まだ何らかの条件が揃っていないのか?』
空から降ってきた黒い大槌が開けた穴を眺めながら、ロンドさんは呟く。
そんなロンドさんに、ワタシは言った。
「条件…生け贄、ですか?」
それは、『世界の崩壊』を完成させるための最期のピース…。
それが捧げられた時、『世界の崩壊』はこの世界を崩壊させる…。
…それはきっと、この世界の最期の真実だ。
『おそらくそうだ。前回の崩壊の時、『魔女』は何か儀式のようなモノを行っていた…今度もまた、私を生け贄にしようとしているんだろうけれど』
ロンドさんの声は、ワタシなどでは汲み取れない幾つもの感情が綯い交ぜになっていた。
「あなたには、もはや生け贄の価値はありませんよ」
その簡素な声は、『魔女』だった。
この異世界ソプラノを崩壊に導く存在として語られていた、『魔女』がそこにいた。
『『魔女』…』
ロンドさんが、『魔女』であるドロシーさんを睨みつける。
しかし、ロンドさんに睨みつけられているドロシーさんは飄々としていた。
「あなたは既に人ではありませんからね、生け贄としての存在価値は皆無です」
『そうか、それは『不死者』になった甲斐があったというものだ』
前回の崩壊の後、ロンドさんは『不死者』となってしまい、それから何百年もの時を生きている。
けれど、ロンドさんはそれを、祝福とは思っていない。寧ろ、永劫という鎖につながれた囚人だとしか思っていない。
きっと、それだけの長い時間を仲間外れのまま過ごしてきたんだ、この人は…。
『なら、誰を生け贄に捧げようというんだ』
ロンドさんは、『魔女』に問いかける。
「何度も言いますが、『女神』であるあなたに私は何の要件もないのですよ。というか、女神という生き物には嫌悪しか抱いていません」
ドロシーさんは、ロンドさんを『女神』と呼ぶ。
ロンドさん本人は記憶が曖昧だったそうだが、生け贄にされかかったロンドさんが目を覚ますと別人の体になっていた。
その別人の体となったロンドさんを、『魔女』ドロシーさんは『女神』と呼んでいる。となると、現在のロンドさんの体は『女神さま』の体ということになる。
…だからこその『不死者』なのだろうけれど。
『お前の嫌悪より、私の憎悪の方が根深いぞ…お前に生け贄にされかけてから、私の人生はこてんぱんに狂わされた』
ロンドさんは世界を滅ぼす『魔女』を相手に、一歩も引かない。
対して、『魔女』はその表情を変えない。けど、そこでドロシーさんはロンドさんに問いかけた。
「本当に、あなたの中身は女神ではないのですか」
これまでは微塵も関心がなかったロンドさんに、ドロシーさんが初めて興味を示した。
『そうだよ、私はあの時、お前に生け贄にされかかった女の子だ。何があって女神の体になったかは知らないが、私は…』
唐突に、ロンドさんは片膝をついた。糸の切れたマリオネットのように、力なく倒れ込む。
「ロンド…さん?」
屈みこんで、ワタシはロンドさんに声をかけた。ロンドさんは、額から脂汗を滴らせている。何かしらの異常が発生していたことは明白だった。
「どうしたんですか、ロンドさん…どこか怪我でもしていたんですか?」
『いや、また頭に映像が浮かんだ…断片的にだけど、あの時の記憶が戻ってきている』
「ロンドさんの、失くした記憶…」
それは、前回の『世界の崩壊』の時の記憶…ロンドさんは、その時の記憶を失くしている。
「…何を、思い出したんですか?」
蹲るロンドさんに、ワタシは急かすように問いかけてしまった。けど、どうしても聞きたかった。
…ロンドさんが失ったそのミッシングリンクが、この現状を変えてくれるのではないか、と。
『生け贄にされかかったあの時、『邪神』と呼ばれていたあの神さまが、私を助けようとしてくれた…』
ロンドさんは、脂汗を浮かべながら話してくれた。頭痛がひどいのか、額を押さえながら。それでも、ロンドさんは続ける。
『でも、既に『世界の崩壊』は始まっていた…いくら神さまとはいえ、あの崩壊の中で私を助けることはできなかった』
先ほど、ロンドさんは今回の崩壊はまだ『弱い』と口にしていた。だとすれば、前回の崩壊はどれほどの規模だったのだろうか。
…そして、そこまでの窮状だったのなら、この世界はそこで終わっていたのではないだろうか。
『だから、私もそこで諦めてしまった…この世界の命運も、自分のちっぽけな運命も』
この世界でも、愛や勇気は尊いものだと謳われている。
けど、やっぱり人間なんて、か弱い生き物だ。
ロンドさんだって、その頃はただの女の子だった。
そんな絶望を目の当たりにすれば、諦観以外の感情なんて浮かばない。ワタシならきっと、もっと早い段階でそうなる。
『けど、気を失う最後の瞬間、私は見ていたんだ…そこに現れた、一人の女性の姿を』
ロンドさんは、記憶の底から手繰り寄せる。それは、失われた過去との邂逅を果たす行為でもあった。
『記憶の中のそのカノジョは…私に似ていたよ』
ロンドさんは、断言した。
…ロンドさんに似ていたというのなら、それは、女神クリシュナさまだ。
そして、その時からずっと、ロンドさんはクリシュナさまの体となって生き続けている。何百年もの長い時を、女神さまの体として…。
「いや、おかしい、よ…?」
ふと、ワタシの脳裏を過った。
以前、アルテナさまがロンドさんのことでこんなことを口にしていた。『そんなに持つはずがない』と。
そして、その意味を、頓馬のワタシはここにきてようやく理解した。
そうだよ…『持つ』はずがないじゃないか。
たとえ、女神さまといえど…。
…いや、そもそも、それがありえないんだ。
「あの、ロンドさん…」
ワタシがロンドさんに呼びかけた、のだけれど…そこでまた、矢継ぎ早の異変が起こる。
…その異変は、黒い大渦として雄叫びを上げていた。
「『花子』…?」
先刻から『花子』が『邪神』の力である黒い大渦を発生されていたが、その『黒渦』が激しさを増していた。『花子』の周囲を旋回しながら、『黒渦』は地面を抉る。おじいちゃんを空に舞い上げたあの時よりもずっと、高密度の殺意に溢れていた。
…アレに巻き込まれたら、人間の体なんて一瞬で塵と化す。
「ちょっと落ち着いてよ、『花子』!」
ワタシは『花子』に呼びかけるが、当然『花子』は無反応だ。
その代わりに、アルテナさまがワタシの声に応じてくれた。
『『花子』さんの力が、暴走しています』
「『花子』まで暴走…?」
あの『黒いヒトビト』に続いて、『花子』まで…。
というか、今まで暴走してなくてアレだったのか。
『おそらく『花子』さんは『世界の崩壊』に反応したと思われます』
アルテナさまはそう解説してくれたけれど、ワタシの目は『花子』に釘付けになっていた。
「ちょ、と、『花子』…『花子』!?」
ワタシの声は『花子』には届かない。『念話』だって、同一人物扱いなので『花子』の心には届かない。それでも、ワタシは叫んでいた。
…だって、『花子』は、血を流していた。
激しさを増した『黒渦』の中心にいた『花子』は、弛緩していた腕から血を流していた。捲れたスカートから覗く太ももから出血していた。表情のないこめかみから血を滴らせていた。
それらは全て、『花子』の血だ…。
…あの子の体から、『花子』の命の証が、垂れ流されている。
『「『花子』、今すぐその黒い渦を止めて…じゃないと、『花子』の体がバラバラになっちゃうよお!」』
…暴走する『黒渦』の負荷に、『花子』の体が悲鳴を上げていた。
血管から、鮮血が噴き出すほどに…。
このままでは、『花子』の体が先に、弾け飛ぶ…。
だから、ワタシは『花子』に叫ぶ。届かない『念話』も使い、悲鳴に近い声で。
『「『花子』『花子』『花子』『花子』おおおおおお!!」』
何度も、叫ぶ。
声が届かなくても、『念話』での声が届かなくても。
叫び続けて、ワタシの喉が枯れる。
叫び続けて、酸欠で視界が狭まる。
それでも叫ぶ。
…その叫びの全てが、無為だとしても。
『『花子』さんの中の『邪神』を抑えられれば…助けられるとは思うのですが』
「アルテナさま…でも、『花子』の中には『邪神の魂』しかないんですよ」
ワタシは、アルテナさまに言った。一秒ごとに、ワタシの中で焦燥が加速する。
…『邪神』の力の暴走がどれだけ危険か、ワタシは身をもって知っている。
ただ、現状の『花子』の暴走が『ありえない』ことも、知っていた。
ワタシは、そのことをアルテナさまに伝える。
「『花子』の中には『邪神の亡骸』はないんです。『邪神』の本体がないのに『花子』は暴走している…これは絶対におかしいですよ」
そう、『邪神』の力が暴走するためには、魔力の塊である『邪神の魂』と同時に肉体である『邪神の亡骸』が欠片程度でも必要となるはずなんだ。
そして、『邪神の魂』そのものといえる『花子』に『邪神』の魔力が宿っているのは理解できる。
でも、この場には本体であるはずの『邪神の亡骸』は存在していない。
それなのに、『花子』は『邪神』の力を暴走させている…。
…これは、あまりに、ありえない。
「早く…早く、『花子』の暴走を止めないと」
…本当に、『花子』の体が持たない。
どこだ?『邪神の亡骸』は、どこにある?
「ああ、『花子』ぉ…」
また、『花子』の体から血が滴り落ちていた。
…今度は、『花子』が吐血をしていた。
「だめ、だめぇ…『花子』が、死んじゃうよぉ」
ワタシは、『花子』に向かって一歩を踏み出した。
その足は重く、泥濘の中を歩くようにぎこちない。
…けど、そんなワタシを止める人がいた。
「行っちゃ駄目に決まってるでしょ、花子ちゃん!」
「放してよ雪花さん…このままだったら『花子』が死んじゃうんだよ!?」
月ヶ瀬雪花さんは、背後からワタシを羽交い締めにしていた。非力なワタシは、それだけで一歩も動けなくなる。
そんなワタシに、雪花さんは言った。
「行けば…近づいただけで花子ちゃんなんて簡単に死んじゃうんだよ!」
「でも、『花子』はワタシの…」
…この異世界でできた、ワタシの妹なんだ。
「ワタシには、弟も妹も、いなかった…」
雪花さんに羽交い締めにされながら、ワタシは呟く。
「それはきっと…ワタシがあの家に生まれたからだ」
「花子ちゃん…?」
「ワタシという難病の子供が生まれてしまったから、お母さんたちは二人目を作ることを躊躇ったんだ」
「…何を、言っているの?」
「また、ワタシのように呪われた子供が生まれてしまったらって…お父さんもお母さんも、それを恐れたんだ。だから、あの家には、ワタシの妹も弟もいなかった」
ワタシの言葉は、毒そのもので、呪詛そのもので、ワタシそのものだった。
「ワタシさえいなければ…生まれてきたのがワタシでなければ、きっと、あの家では弟も妹も生まれていた。大家族じゃなくても、それなりに賑やかな家庭が作られたはずなんだ」
何度も思った。角度を変えて、何度も考えた。
…あの家に生まれたのが、ワタシでなければ、と。
「けど、この異世界に来て、ワタシにも『妹』ができた。『花子』は、ワタシの妹なんだ。だから、せめて、妹くらいは助けないといけないんだ…そのためなら、ワタシの命の一つや二つはくれてやる!どうせ、最初から呪われた安い命だ!無価値だとか言って返品したって受け付けないからな!」
天に向かって、叫ぶ。
これまでの鬱憤を、ここで、まとめて。
「バカなこと言ってんじゃないよ!!」
そこで、頭を引っ叩かれた。
…けっこう、本気で痛かった。
「何をするんですか、雪花さん…」
「花子ちゃんとは今まで何度も何度もバカな話をしてきたけどさ…そんな笑えないバカ話は二度としないで!」
「雪花…さん?」
…雪花さんは、泣いていた?
いや、雪花さんも、泣いていた。ワタシだって、泣いていた。
そこで、雪花さんの不意に温もりを感じた。不意に、じゃないか。さっきからワタシは雪花さんの体温を感じていたはずなのに、それに気付かなかった。そんな余裕が、なかったから。
そして、泣きながら雪花さんは叫ぶ。
「自分が呪われた子供なんて言われたら…花子ちゃんのお母さんたちがどんな気持ちになるか、分かるでしょ!?それが分からない花子ちゃんじゃないでしょ!」
「雪花さん…」
「私たちだって嫌だよ…花子ちゃんには、いつも笑っていて欲しいんだよ」
そこで、雪花さんとは別の温もりを、ワタシは感じた。
「ボクだって、花ちゃんにはいっつも笑顔でいて欲しいんだからね…花ちゃんの悲しい顔なんて、誰も見たくないんだよ」
「繭ちゃん…それに、シロちゃんも」
いつの間にか、繭ちゃんまでワタシに抱き着いていた。いや、その傍らにはシロちゃんもいた。
…その温もりが、ワタシをつなぎとめてくれていた。
みんなで一緒に、この世界にいようよ、と。
「ありがとう…それと、ごめんね」
その言葉を口にした瞬間、ワタシの中で煮凝りのように固まっていたナニカが、消え失せた。
だから、素直に言えた。
「でも、ワタシ、『花子』も助けたい…欲張りかもしれないけど、ここに『花子』もいて欲しいんだ」
「それはボクたちだって一緒だよ!『花ちゃん』がいなくなるなんて、ボク絶対に嫌だからね!」
ワタシに抱き着いたまま、繭ちゃんが叫ぶ。
「しかし、先ほどはああ言ったでござるが…申し訳ない。拙者にもどうすれば『花子殿』を助けられるのか、分かりませぬ」
「雪花さん…でも、みんなに抱き着かれて、ワタシ、ちょっとだけどうすればいいか、分かったかもしれません」
みんなの温もりが、ワタシに冷静さをくれた。
…やっぱりワタシは、みんながいないとダメなんだね。
でも、そのダメさが、ワタシは嫌いではなかった。
「本当なの、花ちゃん…」
「確証はないけど…要は、この場にある『邪神の亡骸』を何とかすれば『花子』の暴走も止まるはずなんだ」
と、ワタシがそこまで言ったところで。
そこで、『魔女』が口を開いた。独り言のように。
「ああ、やけに崩壊の勢いが弱いと思っていましたが」
「何があったというんですか、ドロシーさん…」
ワタシは、そこで『魔女』ドロシーさんに問いかけた。こちらとしては、一刻も早く『花子』を助けたいのだけれど。
「いえ、どうやら崩壊…花子さんの言うところの『黒いヒトビト』ですけれど」
「『黒いヒトビト』が、この期に及んでどうしたんですか…?」
というか、『黒いヒトビト』は既にどうかしている状態ではないか。
とっくに、この異世界を壊そうとしているではないか。
「どうも、崩壊しかけているようですね」
「?…だから、あの『黒いヒトビト』は『世界の崩壊』なんですよね?」
ワタシには、『魔女』の言葉が理解できなかった。
「いえ、その崩壊ではなく、存在自体が崩壊しかけていますね」
「存在自体の崩壊…?」
あの『黒いヒトビト』の存在そのものの、『崩壊』?
小首を傾げるワタシに、『魔女』は告げた。
「このままでは空にいるあのカタガタの存在が崩壊し、落下してきますね」
「そんなことになったら…どうなるんですか」
…ちょっと、待ってよ?
さっき振り下ろされた黒い大槌は、あの『黒いヒトビト』の、ほんの一部だ。いや、一部にすら満たなかったはずだ。
今、『黒いヒトビト』はこの空を埋め尽くしている。
それなのに、今度は、その全部が落ちてくる…?
…何万年もの怨嗟が、憎悪が、まとめて落ちてくる?
ワタシの問いかけに、『魔女』は答えた。あくまでも他人事のように。
「そうなれば、この異世界ソプラノは『崩壊』しますね。間違いなく」
「この世界の、『崩壊』…」
「まあ、予定よりも『崩壊』が少し早まったという程度の誤差ですよ」
「誤差で済ませていい範囲じゃないんですよ…」
…本当に次から次へと、絶望のわんこそばなんて誰も求めてはいないのですが。
「花ちゃん…」『花子お姉ちゃん』「…花子殿」
繭ちゃん、シロちゃん、雪花さんが、ほぼ同時にワタシの名を呼んだ。
みんな、不安に圧し潰されそうになっていた…。
だから、ワタシは叫ぶ。空元気を振り絞って。
「大丈夫…テキサスブロンコ花子ちゃんは、家族を傷つけるモノを許すことができない性分なんだよ!」
荒馬どころか、生まれたての小鹿のようにワタシの足は震えていたけれど。
そして、もう一度、ワタシは叫ぶ。
「だから、あの『黒いヒトビト』を助けますよ!」




