20 『拙者に乱暴するつもりでござるな!?えっちぃ同人みたいに!えっちぃ同人みたいにぃ!』
「拙者に乱暴するつもりでござるな!?えっちぃ同人みたいに!えっちぃ同人みたいにぃ!」
…雪花さんが人聞きも外聞も悪過ぎる台詞を叫んでいた。
それだけならいつものことだし、あまり取り沙汰すことでもない。
「けど…」
傍で見ていたワタシも頭を抱えそうになっていた。絵面と字面が最悪の状況だった。
「花子殿…花子殿ぉ!?」
雪花さんがワタシに助けを求める。
そんな雪花さんには、ペット用の首輪がはめられていた。
そして、その首輪から伸びるリードを握っていたのは、繭ちゃんだ。
…絵面と字面が、過去一で最っ悪だった。
「何なのでござるか?花子殿、これ何なのでござるかー!?」
「…貴女に分からないことは、ワタシにも分かりません」
英語の教科書や自動翻訳みたいな四角四面の返答になってしまったが、本当に分からないのだから仕方がない。
…何この状況。
この世界にPTAがあったら卒倒してるよ?
「だって、雪花お姉ちゃん勝手にあのお家から出て行っちゃったでしょ」
リードを握りながら、繭ちゃんが微笑む。ただ、その声は微塵も笑っていない。
「あれは、その…拙者がまた誘拐とかされるようなことがあれば、みんなにも危険が及ぶかもしれないと思いまして」
「でも、ボクが寝てる間に出て行ったよね?ボクに一言もなく行ったよね?」
…あ、これ繭ちゃんまだ怒ってるな。
確かに、雪花さんは繭ちゃんには相談なしに出て行ったからなぁ。
「あのね、繭ちゃん。雪花さんも、ワタシや繭ちゃんのことを考えて、ね」
一応、助け舟を出そうとはしたが。
「花ちゃんはボクの味方だよね?」
「ソダネー」
ダメだ。今の繭ちゃんには逆らわないのが吉だ。
「花子殿!?そこで諦めたら試合終了だと思われるのですがー!?」
「ワタシ、失敗したくないので」
心に白衣をまとい、ワタシは言い切る。
火中の栗を拾う趣味はないのだ。
「繭ちゃん殿、勝手に出て行ったことは謝るでござるから…というか、拙者は何度も謝ったでございますよね?」
雪花さんがあの家を出たとはいっても、完全に音信不通だったというわけでもない。ワタシの『念話』で、毎日のように連絡を取っていた。
「なので、この首輪は外してもらえないでしょうか…?」
「ダメだよ、雪花お姉ちゃんがまた勝手にどっかに行っちゃたら困るでしょ」
繭ちゃんは笑顔で聞く耳を持たない。
相当、根に持ってるな、繭ちゃん。
…いや?
そこで、繭ちゃんの口角が微妙に上がっていた。
「ああ、そうか…」
久しぶりに会えたお姉ちゃんに甘えているんだ、繭ちゃんは。
…甘え方に多少の問題はあるけれど。
まあ、ここは街中ではないし、少しぐらいは大目に見てもいいか。
『ぬぅ…あれはさすがに倫理的にヤバいのではないか?』
首輪をはめられた雪花さんを見て、ティアちゃんは至極真っ当な感想を抱いていた。ただ、慎吾の背中に負ぶさっているティアちゃんの今のその状況もけっこうヤバいということを、彼女は自覚しなければならない。
そして、そんなティアちゃんは、アレが『ぬるぬるイワシ兵士長』だということをまだ知らない。ワタシ的には極めてどうでもいいことだが。
けど、久しぶりだった。
こうして全員が揃うのは。
うん、やっぱりみんな一緒がいいよね。ワタシは、しみじみとそう思った。雪花さんの首輪からは、目を反らしながら。
「ほら、雪花お姉ちゃん、早く行こうよ」
「ちょっと待ってくだされ、拙者もう恥ずか死しそうなのですがぁ!?」
繭ちゃんは右手でリードを、左手で雪花さんの手を握って先を歩く。その後ろを、雪花さんがついて歩く。
そんな繭ちゃんは、いつもの繭ちゃんスマイルを浮かべていた。
その透き通った笑みを眺めながら、ワタシは、アルテナさまから聞いた、あの忌わしい言葉を思い返していた。
『あの子は…繭さんは、元の世界で、殺害、されてしまったのです』
女神アルテナさまは、そう言った。
…確かに、それはワタシたちとは違う現実だ。
ワタシたちは病気や事故で命を失った。
だけど、繭ちゃんは、ナニモノかに命を奪われた。
失ったのではなく、奪われた。
運命などという模糊としたものにではなく、確固とした、第三者の悪意によって。
「…………」
ただ、本人は、その時の記憶をショックで失っている、という話だった。
だから、アルテナさまは転落事故で死んでしまったと、繭ちゃんに嘘をついた。
その選択は、たぶん、間違いではない。
繭ちゃんを手にかけた犯人は、いまだに捕まっていないそうだ。
もし、繭ちゃんが、自身が殺害されたことを憶えていれば、あの子は、この異世界には来なかったのではないだろうか。
純粋なあの子は、人の悪意には、たぶん、耐えられない。
「…………」
そしたら、ワタシたちは出会えなかった。
こうしてみんなで、森の中を歩くということも、なかった。
ワタシたちが出会えたのは、掛け値なしの奇跡だ。ワタシたちの誰が欠けても、今の生活は成立していない。もちろん、繭ちゃんは気の毒だけれど、ワタシはこの奇跡に本当に感謝をしていた。
「…………」
だから、ワタシは、繭ちゃんを守る。ワタシに今の生活をくれた繭ちゃんを守る義務がある。そのための対価を支払う覚悟も、ワタシにはある。
「そういえば、拙者まだどこに行くのかも聞いていないのでござるが…」
繭ちゃんに連れられた雪花さんが問いかける。そういえば、雪花さんにはまだ言ってなかったな。会って早々に首輪とかつけられてたし。
「ええと、実は調査の依頼があったんですよね、冒険者ギルドに」
「ギルドの依頼…でござるか?」
ワタシの返答に、雪花さんは首輪の付いた小首を傾げる。
まあ、無理もない。
「そういうのは、冒険者でなければ解決できないのでは?」
言外に、なぜ自分たちが?というニュアンスが雪花さんの言葉には含まれていた。それも無理はない。
「雪花さんの言う通りなんですけどね…だけど、調査できなかったんですよね、他の冒険者さんたちでは」
「冒険者に調査できなかったのなら、なおさら拙者たちに出る幕があるとも思えないのでござるが…」
珍しく正論を語る雪花さんだが、今回だけは特殊な事情があった。
…でなければ、ワタシとしてもみんなをギルドの依頼になど、巻き込みたくはなかった。
邪教徒の件が一段落していなければ、絶対に断っていたところだ。
「いえ、必要なんですよ。主に雪花さんの力が」
「拙者の…?」
「通せんぼをすり抜ける力が、必要なんです」
そのための雪花さんだ。
さあ、働いてもらうよ。