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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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106 『今日は、ワタシと繭ちゃんでダブルヒロインだからね!』

 悪い予感ほどよく当たるとは、誰の言葉だっただろうか。

 いや、ハードボイルド小説やピカレスクな映画などでは既に使い古された常套句の一つか。だからこそ、胸騒ぎや虫の知らせといった類語にも枚挙にいとまがない。

 もはや、流行りも廃りも超えたところに定着している言葉だからこそ、誰も…。


「…………」


 逼迫(ひっぱく)したこの状況下で何を考えているんだ…ワタシは。

 ワタシの思考は、支離滅裂になっていた。集中しようとすればするほど、それらが脇道に逸れてしまう。現実逃避も(はなは)だしかった。


「おい、花子、大丈夫か?」


 前を走る慎吾が振り返り、心配そうにワタシに声をかけた。


「大丈夫…だよ」


 息を切らしながら、ワタシは答える。

 そう、ワタシ『は』大丈夫だ。

 多少の息切れはあるが、それは懸命に走っているからで、体に異常が発生しているというわけではない。運動による息切れは、寧ろ健全ともいえる。

 異常なら、別のところで起こっていた。


 …シロちゃんが、攫われてしまった。


 真っ白な犬耳に犬尻尾という、繭ちゃんと同じくうちのアイドルであるシロちゃんが、ナニモノかの手によって、攫われた。

 いや、見当ならば、実はついている。

 あの『教会』でその存在が噂されている、『裏側』という人たちだ。

 シロちゃんを誘拐したのは、十中八九、その連中だ。

 …けど、遅かった。

 ワタシがもっと早くに気付いていたら、対抗策くらい用意できたはずなんだ。


「それなのに、ワタシは…」

「花子が悪いわけじゃないだろ」


 聞こえないはずの小声で呟いていたワタシに、慎吾が言った。その表情は険しいけれど、それでもワタシに対してだけ、微笑んでくれているようにも見えた。


「でも、慎吾…」

「ほら、もうすぐ家に着くぞ」


 慎吾の言葉で、家のすぐ近くにまで戻ってきていることに、ワタシはようやく気付いた。必死で走っているうちに、もうここまで戻っていたようだ。ワタシたち以外のみんなは、既に家にいるはずだ。

 …けど、ワタシには、みんなに合わせる顔がなかった。

 あの連中がシロちゃんを狙うことは、ワタシなら予測できたというのに。


「それなのに、ワタシは…」


 あの人たちの目的は、『教会』に神を実在させることだった。

 そのために、『裏側』の人たちは『奇跡』を起こそうとしていた。

 その『奇跡』をもって、『神』さまの実在証明とするために。

 そして、その奇跡の苗床に選ばれたのは、リリスちゃんだった。

 完全な悪魔として復活したリリスちゃんを、『教会』のナニモノかが討ち取れば、そのナニモノかは英雄となる。

 それはそれは立派な『奇跡』の体現者として、その『英雄』は語り継がれる。


「そして、長い長い時の果てに、『英雄』は、『神』として崇められるんだ」


 最初から、その『英雄』が『神』として祀り上げられるわけではない。

 ただの人間を『神』と崇めても、周囲がそれを認めない。たとえ、『悪魔を討伐した英雄』という奇跡の実績があっても、だ。

 けど、それが百年後なら…千年後なら、どうだろうか。

 英雄の死後、長きに語り継がれることで、奇跡を起こした英雄が『神』に昇華されたとしても、誰も不審には思わない。死後の『英雄』が『神さま』扱いされることなど、ワタシたちがいた国ではいくらでも事例がある。


「…この場合は、とんだ出来レースだけどね」


 そもそも、奇跡の苗床として選ばれたリリスちゃんからしてインチキもいいところだ。

 連中は、リリスちゃんの封印に何らかの『仕掛け』を施していた。

 そして、その『仕掛け』のせいで、悪魔として完全に復活したリリスちゃんは毒の魔獣と同じ性質を付与されてしまった。


「けど…誤算ってどこにでもあるんだね」


 あとは、悪魔として復活したリリスちゃんを討伐すれば目論見は成就される、と『裏側』の人たちは思っていたんだろうけれど…そう単純な話にはならなかった。

 リリスちゃんの『毒』を浄化できる存在が、いたからだ。

 本来ならこの異世界ソプラノにはいないはずだったが、何の因果か、その子は、この異世界ソプラノに現れた。それも、忽然(こつぜん)と。


「迷子として、だったけどね…」


 けど、その迷子として現れたはずのその子は、魔獣の毒を退けるという『奇跡』の力を持っていた。あの水鏡神社で語り継がれていた神さまと同じ力を、あの子は持っていたんだ。

 そして、その実証は既にあの水鏡神社で成されていた。リリスちゃんの魔毒を、シロちゃんは追い払ったんだ。


「アルテナさまは、シロちゃんのことを『オオカミ族』と呼んでいた…」


 おそらく、水鏡神社で語られていた『神さま』も、そのオオカミ族だったんだ。

 しかし、それは『裏』の人間たちからすれば、考えうる限り最悪の誤算だった。

 シロちゃんという存在がいては、自分たちの手で『英雄』を作ることも『奇跡』を起こすこともできない。

 …なら、どうするか。

 邪魔ならば、排除すればいいだけの話だ。

 そして、連中はこともあろうにそれを実行に移した。

 シロちゃんを、攫って。


「無事でいて、シロちゃん…」


 心中で呟きながら、ワタシたちは家の中に入った。見慣れたはずのリビングなのに、やけに落ち着かない雰囲気だった。


「花ちゃん…」


 ソファに座っていた繭ちゃんが、力なく立ち上がる。その瞳からは、今にも涙が溢れそうになっていた。


「大丈夫だよ…繭ちゃん」


 ワタシは繭ちゃんを落ち着かせようとしたが、大した効果はなかった。繭ちゃんは、ワタシの胸に顔をうずめた後、涙を溢れさせた。

 …シロちゃんが攫われた時、繭ちゃんも一緒にいたそうだ。


「ごめん、花ちゃん…ボク、何もできなかった」

「繭ちゃんの所為じゃないよ…ワタシの所為だ」


 もっと早くにワタシが『裏側』の意図に気付いていれば、今回の事態は避けられた。


「どっちの所為でもないだろ。悪いのは、シロちゃんを(かどわ)かした連中の方だ」


 ぴしゃりと言い切ったのは、慎吾だ。慎吾の声は静かだったけれど、その根底には怒気があった。シロちゃんを誘拐されて、温厚なはずの慎吾までここまで怒っている。


『とりあえず、今もシロは無事なんだろ』


 ギルドマスターであり、ワタシたちの保護者でもあるシャルカさんがそう言った。

 その声に反応した繭ちゃんが、ワタシに問いかける。


「あ、そうだよね…花ちゃんさっきシロちゃんは無事だって言ってたもんね!?」

「うん、『念話』が通じてたし、シロちゃんが無事なのは間違いないよ」


 ワタシの『念話』は遠く離れた相手とも話ができるという、かなり特異なスキルだった。簡単に言えば、テレパシーというやつだ。そして、その『念話』を発動してシロちゃんとも連絡を取っていた。


「ねえ、花ちゃん…今もシロちゃんは無事なんだよね!?」

「ちょっと待ってね、繭ちゃん…今、『念話』を使うから」


 繭ちゃんにせがまれるように、ワタシは『念話』を発動させた。


『シロちゃん…大丈夫!?』


 ワタシの『念話』は、ワタシと接触していれば対象者と話をすることができる。繭ちゃんは、これでもかというほどワタシに密着してシロちゃんに『念話』を飛ばしていた。


『…………』

『花ちゃん…シロちゃんからの、返事がない、よ?』


 繭ちゃんの表情は蒼白になっていた。指先が震え、呼気も荒くなる。

 けれど、ワタシはそんな繭ちゃんを落ち着かせる。


『落ち着いて、繭ちゃん…ほら、シロちゃんの寝息が聞こえてるよ』

「え…あ、ホントだ」


 一瞬、呆気にとられていた繭ちゃんだったが、さらにワタシに密着してよく音を拾おうとしていた。というか、ワタシにくっ付けばそれだけよく聞こえるというものでもないんだけどね、『念話』は。


『シロちゃん…起きて、シロちゃん!』


 シロちゃんの寝息に安堵した繭ちゃんだったが、一息ついた後はまたシロちゃんに呼びかけていた。そして、その声はシロちゃんの意識を微睡(まどろみ)から呼び戻す。


『え…誰?』

『ボクだよ…繭だよ!』

『あ、これ花子お姉さんの『念話』かあ、ビックリしたよ…おはよう、繭ちゃん』


 …シロちゃんは、やけに安穏とした声だった。

 というかこれ、シロちゃん『念話』の向こうで欠伸してるね。


『ええと、誘拐されたはずだよね…なんか、シロちゃん余裕あるみたいだけど?』

『え、そ…そんなことないよ、繭ちゃん』


 そこでシロちゃんは焦っていたが、それは繭ちゃんにそう言われたからではないだろうか。

 繭ちゃんたちには言ってなかったけど、ワタシがさっき『念話』を飛ばした時から、シロちゃんには妙な余裕が感じられてたんだよね。あの時はワタシの気のせいかと思っていたんだけど…。

 …どうなってんの、これ?


「シロちゃんが誘拐されたのは、間違いないんだよね?」


 ワタシは、『念話』なしで繭ちゃんに問いかける。


「そうだよ。ボクと一緒に歩いているときに、覆面の人たちが急に現れてシロちゃんが連れていかれたんだよ…シロちゃんだって、すっごく怖がってたんだから!」


 その焦り具合から、繭ちゃんの言葉に嘘がないことはすぐに分かった。なら、連れ去られたシロちゃんが怖がっていたというのも本当なのだろうけれど…それなのに、現在のシロちゃんはこんなにも落ち着いているんだ?

 あの『裏側』の人たちがこれまで誰にも尻尾を掴ませなかったのは、その正体を知られなかったからだ。

 もし、知られそうになった時は、その人物を秘密裏に始末してきた…可能性だってある。

 つまり、いつまでもシロちゃんを放置しているとは、思えない。


『シロちゃん…他に誰かいるのか?』


 慎吾も…というか、この場にいた全員がワタシに触れていた。それだけシロちゃんが心配なのは分かるんだけど、慎吾が触れてたのはワタシの腰の辺りだった。

 …というかコイツ、他に接触できる場所はなかったのか?


『ええとね、今はね…いないよ?』


 シロちゃんの返答には、若干のタイムラグがあった。

 やっぱり、シロちゃんちょっとおかしいかった…ナニカを隠しているみたいだ。

 …けど、この切迫した状況下でワタシたちに隠し事ってどういうこと?


『ねえ、シロちゃん…そこがどこか分かる?場所が分かれば、すぐにでも助けに行けるんだけど』


 シロちゃんの隠し事は分からないが、ここで優先すべきはシロちゃんの救出だ。

 本当に、シロちゃんが生きていてくれて、よかった。

 だって、あの『裏側』の連中には、シロちゃんを生かしておく理由がないんだ。

 リリスちゃんの毒を浄化できる可能性のあるシロちゃんがいては、リリスちゃんを討伐して『奇跡』を成すという計画に狂いが生じる。

 だから、『教会』の『裏』の連中はシロちゃんを攫った。躊躇など微塵もなく。

 そして、シロちゃんも『裏側』のそうした躊躇のなさを感じていたのではないだろうか。だから、連れ去られた時には恐怖を感じていた。

 ここまでは、理解ができる。理解が追い付く。

 …けれど、この先は理解の範疇を超えていた。

 どうして、シロちゃんはあそこまで安穏としていた?

 今だって、シロちゃんからは余裕のようなものまで感じられる…それはなぜだ?

 脳内で疑問符が居並ぶワタシに、シロちゃんは答えた。


『ええとね、ここはね、よく分からないよ…ぼく、目隠しされてたから』

『そうなんだ、ね…』


 ワタシは、そこで小さく唇をかんだ。

 いや、今はシロちゃんの『余裕』について考えている場合ではない。

 生かしておく理由がないシロちゃんがこうして生きているのは、連中の気まぐれかもしれない。

 リリスちゃんを討滅するまでの間、シロちゃんを隔離しているだけかもしれない。

 …コトが終われば、シロちゃんを始末してしまうかもしれない。

 ワタシの脳裏に、その最悪の光景が浮かぶ。

 なら、一刻も早くシロちゃんを助けだす必要が、ある。

 と、そこでシロちゃんが唐突に言った。


『え…みんなに言っても、いいの?』

『…シロ、ちゃん?』


 シロちゃんは、今、何を言った?

 言ってもいいって…何を?

 というか、どうしてここでそんな台詞が出てきた?

 誰に対しての言葉なの?

 流れにそぐわない言葉を口にしたシロちゃんに、ワタシは困惑する。

 そんなワタシの困惑にはお構いなしに、シロちゃんは続けた。


『ええとね…花子お姉さんなら分かるかな?』

『なに…どうしたの、シロちゃん?』

『ギルドの先の方に、今は使われてない工場の跡地があるよね?』

『え、ああ…そうだね』


 確かに、その場所には古い工場があった。以前は服飾工場として稼働していたらしいが、新しい魔石技術が確立されたことと老朽化により別の場所に工場が移転され、今現在は使われなくなってしまった場所だ。再開発の計画もあるようだが、それもなかなか進んでいないそうだが…。


『ぼく、多分そこにいるみたい』

『え…そうな、の?』


 だって、シロちゃんさっきは…どこにいるか、分からないって言ったはずだよね?

 それなのに、どうして…その場所だって言い切れるの?

 いや、言い切ってはいないか。シロちゃんはあくまでも『みたい』としか言っていない。

 けど、シロちゃん自身はそれが間違いだとは思っていないようだった。

 …ナニカが、明白にちぐはぐだった。


『ねえ、シロちゃん…』


 ワタシはシロちゃんにそのことを尋ねようとしたが、それよりも先に繭ちゃんが叫ぶ。


『分かった、あの工場跡地だね!?』

『うん、そうみたいだよ、繭ちゃん』


 焦燥する繭ちゃんと呑気なシロちゃんの対比が、少しだけ痛々しく見えた…。

 シロちゃんは素直ないい子だけれど、だからこそ裏表がない。裏しかないから裏表が存在しないディーズ・カルガのような酷薄な人間もこの世界には存在しているが、シロちゃんはそうではない。怖い時には犬耳をペタンとさせているし、悲しい時には尻尾がしゅんとしている。

 …そのシロちゃんに焦りがないのは、どう考えても異様としか言いようがない。


『よし、すぐに助けに行くからね!』


 繭ちゃんはそれだけを言って家から飛び出そうとする。

 ワタシは、そんな繭ちゃんを引き止めようとした。ワタシの中で肥大する違和感が、そうさせた。


「待って、繭ちゃん…」

「ほら、早く行くよ。花ちゃん!あ、やっぱり花ちゃんはナナお姉ちゃんとかに『念話』を飛ばしてよ!もしかしたら近くにいるかもしれないし、シロちゃんを見張ってる悪者とかいるかもしれないからね!」

「…そう、だね」


 確かに、今は不鮮明な違和感に拘泥(こうでい)している場合ではないか。最優先にすべきはうちのかわいいシロちゃんだ!


「分かった…ナナさんにも『念話』を飛ばしてみるよ。騎士団も動いてくれるかもしれないからね」


 ナナさんと同時に騎士団も動いてくれれば、この王都に敵はいない。

 あとは、どれだけ迅速にシロちゃんのところに辿り着けるか、だ。


「絶対、ボクたちが助けるからね!」

「そうだね、繭ちゃん…きっと助けられるよ。今日は、ワタシと繭ちゃんでダブルヒロインだからね!」

「花ちゃんがヒロインっていうのはちょっと烏滸(おこ)がましい気が…」

「ワタシがヒロインとして役不足ってことかな!?」


 しかし、繭ちゃんとワタシは、勇ましく駆け出した。

 大切な大切な、シロちゃんを助けるために。

 …そして、結論から言えば。

 シロちゃんを助け出すことはできた。拍子抜けするほど、あっさりと。

 だって、見張りも何もいなかったんだ。

 たったの一人ぼっちで、シロちゃんはポツンと廃工場の一室で所在なさそうに椅子に座っていた。

 これは、肩透かしもいいところだった。


「…………」


 事前にベイト神父などから聞いていた話では、『教会』の転覆を企むという『裏側』の人たちは、潜伏のプロフェッショナルという話だった。

 その通り名の通り、徹底的に『裏側』に潜む存在で、徹頭徹尾これまで決して尻尾を見せることはなかった。

 そして、『裏側』の人たちはこの王都のどこにでもいて、パン屋さんにも本屋さんにも、騎士団にも憲兵にも、そして、『教会』ではない他の宗教組織にまで潜伏していて、それでも尻尾を見せないプロフェッショナルだと、語っていた。

 …それなのに、殺陣(たて)の一つもなくこうもあっさりとシロちゃんを助け出せて、よかったのだろうか?

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