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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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103 『悪魔と相乗りする覚悟…ありますから』

 心の引き出しに覚悟を仕舞い、ワタシはこの場所を訪れていた。

 ここは『教会』と呼ばれる宗教組織の根城の一つであり、その『教会』はリリスちゃんの討滅を決定していたからだ。

 …そんな過激な組織からの呼び出しが、ただのお茶会で済むはずはない。

 ワタシを呼び出したその理由に、リリスちゃんが絡んでいることくらいは、容易に想像できていた。

 だからこそ必要だった、この覚悟が。


「…………」


 そして、『教会』の教皇さまがリリスちゃんの名を口にした時、引き出しの中に隠していた覚悟をワタシはそっと取り出した。

 これから、『教会』と敵対することになる、と。

 しかし、教皇さまの口から出てきたのは「共同戦線を張りましょう」という仲良しこよしの提案だった。

 ワタシたちで、リリスちゃんを助けるための。


「…でも、『教会』はリリスちゃんを滅しようとしているのですよね?」


 共同戦線という言葉の意味を脳内で咀嚼(そしゃく)してから、ワタシは教皇さまにそう尋ねる。それが、『教会』の決定と矛盾する言葉だったからだ。


「そうですね。『教会』内にそうした動きがあることは確かです」


 少しだけ困ったような表情を見せながら、教皇さまはそう口にした。

 そんな教皇さまに、ワタシは再び問いかける。


「それなのに、リリスちゃんを助けてもいいんですか…?」

「今のままならば、花子さんの懸念通り間違いなく問題になりますね」


 確かに、教皇さまたちからすれば、今のリリスちゃんを助けることは背信以外の何物でもない。


「今のリリスさんは、完全に悪魔として覚醒してしまいました。そして、あの魔力を帯びた『毒』を発生させ、その現場を目撃されています」

「…でも、それは『教会』の人たちがリリスちゃんをそこまで追い込んだからですよ」


 ワタシは、反論を試みる。実際、リリスちゃんはあの段階になるまで誰かに危害を加えようとはしていなかった(とある一人を除いて)。

 

「それはその通りですが、『教会』内のリリスさん討滅派に口実を与えてしまったのも事実です。実際、花子さんは危ない状態に陥ったのですよね」

「それ、は…」


 そこで、ワタシはぐうの音も出なくなる。確かに、あれでリリスちゃんは人に危害を与える危険性がある悪魔だと、その討滅派なる人たちが主張できるようになってしまった。

 そんなワタシの代わりに、教皇さまが言葉を発した。


「私たちとしても今度こそリリスさんをお助けしたいと思っておりますが、教皇とはいえ、人に仇をなす悪魔を(かば)い立てることはできません。なので、花子さんのお知恵を拝借したいとこちらにお越しいただいたのです」

「…本当に、リリスちゃんを助けて、くれるんですか?」


 ワタシの目の前にいるのは、この『教会』の最高責任者である教皇さまだ。

 しかし、『教会』内の意見としてはリリスちゃん討滅派が多い、ということだろうか。

 だから、教皇さまはワタシをこの場に呼んだ。

 …しかし、『教会』の責任者である教皇さまを完全に信じてしまってもいいのだろうか。

 いや、今のワタシたちに味方を()り好みしていられるだけの余裕はないのだけれど。

 そんなワタシの逡巡(しゅんじゅん)を察したのか、教皇さまは言った。


「先ほども言いましたが、私とクレアさんのご先祖さまはあの方のお友達でした。なので、助けて差し上げたいのですよ。今度こそは、リリスさんを…いえ、ルイファさんを」

「…教皇さまは、リリスちゃんの本名も知っていたんですか?」


 その『ルイファ』という名は、あの廃教会にリリスちゃんへの謝罪と共に刻まれていた。その名を、教皇さまも知っていた。

 いや、きっと、ワタシよりも先に知っていたんだろうね、この人は。


「昔から、私の家にその名は伝わっていましたから…ご先祖さまは昔、やさしい悪魔と友達だった、と」

「やさしい悪魔…ですか」


 少し、嬉しくなった。

 リリスちゃんのことを、そんな風に伝えてくれていた人たちがいたことに。


「なので、今度こそ、あの方を助けたいと思ったのです…まあ、助けるというのも烏滸(おこ)がましいことかもしれませんが」

 

 教皇さまは、少しだけ寂しそうに微笑んでいた。

 だから、ワタシは言った。


「リリスちゃんなら、気にしないんじゃないですか」

「気にしない…ですか?」

「ええ、リリスちゃんはなんだかんだでやさしくて甘ちゃんで、人間のことが大好きなんですよ…だから、あんまり気にしないと思います」

「そう…でしょうか」

「はい、リリスちゃんの『先生』であるワタシが保証します」


 ワタシはちょっとだけ胸を張った。というか、教皇さまに対してリリスちゃんマウントを取ってしまった。でも、これくらいなら許されるよね。


「では、問題は…やはり『教会』内のリリスさん討滅派となりますか」


 教皇さまはそこで軽く俯いた。それだけで、その問題の深刻さが伝わってくる。


「一応の確認なんですけど…その討滅派を教皇さまが抑えることはできないんですよね」

「そうですね…教皇といえど、所詮は『教会』内の歯車の一つでしかありません。それに、実際に被害が出たとなれば討滅派が動き出すことを止められません」

「んー、それなんですけど…リリスちゃんって、昔からあんな『毒』を発生させていたんですか?」

「いえ、私どものご先祖さまはそんなことは言い残しておりませんでしたし、『教会』内の資料にもリリスさんが『毒』を操ったという記述は残されておりませんでした」


 教皇さまは、軽く中空を眺めながらそう呟いた。どうやら、教皇さまの中でもリリスちゃんと毒の魔獣はしっくりきていないようだ。


「ですよね…もし、リリスちゃんにそんな特性があったらワタシにも話してくれたと思うんですよね」


 ちょっとした自惚(うぬぼ)れのように聞こえるかもしれないが、あのリリスちゃんがそんな大事なことをワタシに隠すとは思えない。あの子は、自分から悪魔であることをワタシに告白してくれたんだ。『毒』のことだけを秘密にする理由があるとは思えなかった。

 なので、ワタシは続ける。


「それに、あの『毒』…あれは、どちらかといえばあの神社に関係していそうなんですよね」

「え…神社、ですか?」


 教皇さまは軽くキョトンとしていた。リリスちゃんという悪魔と神社という言葉が結びつかなかったようだ。


「ワタシたちがリリスちゃんと対峙したあの水鏡神社ですよ。あの水鏡神社には、言い伝えがあったんです。大昔、『毒』の魔獣によってあの一帯が滅ぼされかけた、という古い言い伝えが」


 ワタシは、教皇さまとクレアさんたちに語り始めた。まあ、その殆んどはあの神社のウサ耳巫女であるシャンファさんからの受け売りだったけれど。


「魔獣…ですか」

「教皇さまは、その魔獣について何かご存じですか?」


 小さく呟いていた教皇さまに、ワタシはそう問いかけた。


「すみませんが、おそらく『教会』にはそうした記録はありませんね…悪魔専門の組織が『教会』ですので」

「そうですか…」


 となると、シャンファさんから聞いた以上の話はここでは聞けなさそうだ。


「その魔獣というのは、どうやって退治したのですか?」


 そこで尋ねてきたのは、クレアさんだった。


「ええと、あの一帯が魔獣によって滅ぼされそうになる直前に、空の彼方から神さまが下りてきて毒の魔獣を浄化したそうなんですよ…また聞きなので、ワタシも詳しくは知らないんですけれど」

「神さま、ですか…」


 クレアさんは、人差し指で顎の辺りをさすりながら考え込んでいた。

 そんなクレアさんを見て、ワタシはふと思いついた疑問を投げかける。


「…そういえば、『教会』にも神さまっているんですか?」

「神さま…ですか」


 そこで、クレアさんは…いや、クレアさんだけでなく教皇さまもワタシを見た。その瞳は、真っ直ぐで澄んでいた。だからこそ、ガラス玉のようにも、見えてしまった…。

 …ちょっとデリケートな部分に踏み込んじゃったかな?

 リリスちゃんの味方ではあっても、ご先祖さまがリリスちゃんのお友達だったとしても、この人たちは神さまの信奉者なんだ。以前、クレアさんは『教会』に助けられたと言っていたし、迂闊(うかつ)に振っていい話題ではなかったか。

 そして、教皇さまが口を開いた。


「そうですね、この『教会』で神さまに出会ったという方は、おそらく一人もいません」

「いないのですか…」


 この異世界には本物の神さまがいる。そして、実際にお目にかかることもある。ティアちゃんは『地母神』さまだし、アルテナさまだって現在はこっちに出張中だ。さらには、この世界を何度も滅ぼしかけた『邪神』という神さまもいる。多分、ワタシの知らない神さまだってまだまだこの異世界には実在しているはずだ。

 …それなのに、『教会』には神さまが、いない?


「神さまと出会ったという方や、神さまの『声』を聞いたと自己申告をした方たちならば、過去にはいたようですが…おそらく、幻覚や幻聴の類でしょうね。あ、これはオフレコでお願いしますね」


 それまでとは違ったお茶目な微笑みを浮かべる教皇さまに、ワタシは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 …自業自得とはいえ、これ、ワタシはどう受け取ればいいのだろうか。

 神さまの『姿』は幻影で、神さまの『声』は幻聴…それで、この『教会』はどうやって産声(うぶごえ)を上げたのだろうか。宗教の始まりにアイコンは不可欠だとは思うのだけれど。まあ、何かしらの切欠はあったのかもしれないが、それはここで触れる話題ではないか。


「そういえば『教会』の人たちで神さまの『神託』を聞いたって人と会ったことがあります」


 触れる話題ではないと考えた矢先に、ワタシはそんなことを呟いてしまった。

 教皇さまも、ワタシの呟きに反応していた。


「花子さんは、クレアさん以外の『教会』の人間とも面識がおありなのですね」

「ええと、ワタシ…そこまでその人たちと交流があるわけじゃあないんですけど」


 言ってから失言だったと気付いたワタシは、慌ててそう言った。

 けど、ホントにあんまり話したくないんだよね、あの人たちのことは…ディーズ・カルガのことは人間的に嫌いだし、ベイト神父もちょっと真面目が過ぎるから苦手だし。


「ところで、先ほど言っていた魔獣の件なんですけど…」


 そこで、クレアさんが話題を変えてくれた。

 渡りに船とばかりに、ワタシは、そちらの話題に乗る。


「魔獣がどうかしたのですか、クレアさん?」

「その魔獣と同じ毒を、リリスさんが発生させていたんですよね?」

「全く同じかどうかは分かりませんが、あの神社で語られていた昔話と似ていたとは聞きました」


 巫女であるシャンファさんから。


「その毒を、花子さんのお仲間が退けた…とも聞いているのですが」

「ああ、そのことですか…」


 シロちゃんの咆哮が、あの『毒』を退けた。お陰で、ワタシたち(主にワタシ)は助かったのだけれど。


「でも、あれはシロちゃん本人もよく分かってないみたいなんです。ただ、めが…知り合いの物知りの人が言うには、シロちゃんはオオカミ族ではないかと言っていました」

「オオカミ族…?」


 クレアさんは小首を傾げていたが、無理もない。『オオカミ族』などという種族は、この異世界ソプラノには存在しないのだから。そして、そのことを教えてくれたのは女神であるアルテナさまなのだけれど、ここで女神さまの名を出すと面倒なことになりそうなので、そのあたりはボカして説明した。


「ええと、オオカミ族っていうのは、ちょっとレアの種族らしいんです…だから、クレアさんたちが知らなくても無理はないですよ」

「確かに、私は百合以外のことにはあまり詳しくはありませんけれど」

「百合に詳しいシスターっていうのも問題だとは思いますけどね…」

 

 真っ先に懺悔をするべきなのはこの人ではないだろうか。

 …けど、シロちゃんって本当に異世界の存在だったんだね。

 でも、それを言ったらワタシや繭ちゃんだって異世界の存在だけど。

 ただ、アルテナさまもシロちゃんの世界のことは管轄外らしく、詳細は知らなかったんだよね。

 もし、アルテナさまが、シロちゃんの世界への帰り方を知っていたら。

 そうしたら、シロちゃんは帰れたのにね。

 きっと、その世界ではシロちゃんの家族が、シロちゃんのことを待っている。

 帰れる世界と待っていてくれる人たちがいることを、ワタシは少しだけうらやましく思った。

 …いや、シロちゃんをうらやましく思うのはまだ先だ。

 あの子が元の世界に帰った後で、ワタシたちはシロちゃんをうらやましく思えばいいんだ。「これでよかったんだよ」って涙を流しながら。


「オオカミ族が、毒の魔獣を退けた…そして、リリスさんが魔獣と同じ毒を発していた」


 クレアさんが独り言のように呟く。


「過去にリリスちゃんが封印された時には、リリスちゃんは毒を発生させたりはしていなかったんですよね」


 ワタシは、先ほども確認したことを再び尋ねる。

 その問いに答えてくれたのは、教皇さまだ。


「そうですね。『教会』の文献にもそのような記述はありませんでした…リリスさんが封印されたのは、『教会』に目を付けられたからです」

「目を付けられたから、ですか…」

「ええ、この地に根付くために、そのための影響力を得るために、『教会』はリリスさんという悪魔を封印しました。そして、その目論見は上手くいき、『教会』はこの土地での影響力を得たのです」


 淡々と語っていた教皇さまだったけれど、その声にはどこか自嘲が混じっていた。

 ワタシは、その自嘲に付けこむように言った。


「しかし、そのリリスちゃんの封印を解いたのも、『教会』の人ですよね」


 身勝手な理由でリリスちゃんを封印し、あまつさえその封印を解いた。

 封印を解いたのは、ベイト神父という『教会』の人間だ。

 ただ、それは当人の意思ではない…というか、ベイト神父は下された『神託』に従ったようだった。神さまが実在するこの異世界ならば、『神託』という奇跡もあるのかとワタシは勝手に納得していたけれど…いや、今はそれは気にしなくていいか。


「そうですね、悪魔であるリリスさんを封印できたのは『教会』だけでしょうし、その封印を解くことができたのも『教会』だけでしょう」


 教皇さまは、静かな声で断言した。

 なので、ワタシも教皇さまに(なら)って断言した。 


「そして、その封印が解除された時に、リリスちゃんに『不純物』が混じったのでしょうね」

「不純物…?」


 教皇さまは、そこで小首を傾げていた。高齢ではあるけれど、意外とかわいらしい仕草の似合う人だった、教皇さまは。


「今のリリスちゃんは、過剰な魔力が注がれている暴走状態らしくて…だから、リリスちゃんは自分の意識も失っているんです」


 リリスちゃんの封印を解いたベイト神父が、そう語っていた。


「そして、おそらくですけれど…リリスちゃんに注がれているのは、(くだん)の毒の魔獣の魔力です」


 教皇さまたちと話をしていて、ワタシはその可能性に思い至った。

 それなら、辻褄も合うはずだ。

 リリスちゃんが、無関係なはずの魔獣と同じ毒を発生させていたことと。


「つまり、リリスさんの封印を解くときにその魔獣の魔力が彼女に注がれていた、と…そういうことですか?」

「可能性は…あると思います」


 というか、他の可能性が見つからないとも言えるけれど。


「その推察が当たっていた場合、危険度は跳ね上がることになりますが…それでも花子さんはリリスさんを助けるというのですか?」


 教皇さまは、真っ直ぐに問う。

 ワタシに、その覚悟があるのか、と。


「当然ですよ。ワタシには悪魔と相乗りする覚悟…ありますから」


 ワタシは、真っ直ぐに教皇さまを見返す。ワタシの視線と教皇さまの視線が中空で絡まり、綱引きを始める。ワタシはそこで一歩も、退かなかった。

 教皇さまは、根負けしたように小さくため息をついた。


「そうなると、リリスさんの封印を解いた方から詳しい事情を聞かなければなりませんね」

「そうですね、あの人から…」


 ベイト神父から、もう一度、きちんと話を聞く必要がある…というか、ベイト神父もどうしてあの時に話してくれなかったのだろうか。妹さんがあの『黒いヒトビト』として囚われているベイト神父とは、協定を結んだはずだというのに。


「ええ、話を聞かなければなりませんね。カノジョから」


 教皇さまは、不意にそう言った。

 封印を解いたのは、ベイトという名の神父だったというのに。

 当然、カレはカノジョなどでは、ない…。

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