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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
202/267

101 『ボクは厳しいけど平等だよ!『魔女』も『悪魔』も『転生者』も差別しない!全て!平等に!価値がない!』

「はい、復唱だ、花子二等兵!」

「あの、繭ちゃん…さん?」

「繭ちゃんさんではない!繭軍曹と呼べっ!それと、最初と最後に『サー』を付けろ!」


 そこにいたのは、普段の可愛らしい繭ちゃんではなかった。目を三角に吊り上げ、ワタシを叱責(しっせき)する鬼軍曹だ。しかも、ご丁寧に軍服のようなお召し物を身に纏っている…というかどこで買ってきたの、それ?


「でもね、繭…軍曹?」

「ボクは厳しいけど平等だよ!『魔女』も『悪魔』も『転生者』も差別しない!全て!平等に!価値がない!」

「あ、はい…」


 これは駄目だ。完全に繭ちゃんマン軍曹になっちゃってるよ。口答えなんかしても藪蛇(やぶへび)にしかならないね。

 …まあ、そこまで繭ちゃんを怒らせた元凶はワタシなのですけれど。


「というわけで『お約束』を復唱だ、花子二等兵!」

「はい…ワタシは、もう一人で危険なマネはいたしません」


 現在、ワタシは自室のベッドの上で上体だけを起こしている状態だった。説教をされる人間の姿勢ではないけれど、ワタシがマトモに動けないので仕方がない。

 …まだあの『毒』が、完全に抜け切ってないんだよね。

 水鏡神社で出会ったリリスちゃんから発生したあの赤錆色の靄…『魔毒』というヤツに、ワタシは触れてしまった。それも、割りとガッツリと。慎吾が助けてくれたけれど、一時はあの靄の中に沈み込んでしまったワタシは、そこそこ深刻な影響を受けていた。最初は、ほんの少し麻痺を感じた程度だったけれど、あの赤黒い靄はじわりじわりとワタシから体力を奪っていた。ワタシに気付かれないように、きわめて狡猾(こうかつ)に。


「…捕食っていうのはあながち間違ってなかったかもね」


 気付かれないように獲物から抵抗する力を奪い、しとめる。生粋の捕食者のやり口だよ、これは。


「だから、花ちゃんに発言を許可した覚えはないよ!」

「サー、繭ちゃん軍曹!サー!」


 ワタシの独り言を、繭ちゃんは見逃さなかった。というように、無茶をしたワタシがこうしてこっ酷く繭ちゃんに叱られている、という構図だ。いや、怒っているのは繭ちゃんだけではない。声に出していないけれど、慎吾や雪花さんもけっこう怒ってるよね、これ。それに、どことなく『花子』もお(かんむり)っぽいんだよね…後でちゃんと謝って回らないと大変なことになりそうだ。


「まったく、アルテナさまが解毒できたからよかったものの…あのままだったら花ちゃん死んでたかもしれないんだからね!」

「はい、アルテナさまには感謝しております…あとシロちゃんにも」


 アルテナさまは、魔法でワタシの中の毒素を抜き出してくれた。そんなアルテナさまは、ワタシの頭の上でぐったりしている。ワタシの解毒に相当の魔力を必要としたようで、疲労困憊(ひろうこんぱい)だった。それならそれで別の場所で休めばいいのにとは思ったけれど、口にはしなかった。命の恩人に野暮は言いたくないからだ。

 いや、実はアルテナさまの解毒魔法だけでは不十分だった。

 あの毒は、想像以上に強力だった。

 アルテナさまの魔法だけでは、ワタシは命を落としていた。

 それを助けてくれたのは、シロちゃんだ。

 先刻と同様に、シロちゃんが咆哮でワタシの中から毒を追い払ってくれたんだ。

 …でなければ、ワタシは既に、この世にいない。


「ホントに、ボク…花ちゃんが死んじゃうかもしれないって、思ったんだからね」


 繭ちゃんが、そこでワタシに抱き着いてきた。弱々しく、寄りかかるようにそっと。


「ごめんね、繭ちゃん…」


 そっと、繭ちゃんの頭を撫でる。繭ちゃんの髪の毛はふわふわなので、とても触り心地がいい。

 …でも、死んじゃったらもうこのふわふわも味わえないんだよね。


「勿論、ワタシだって死にたくないよ。もっともっと、美味しい物だってたくさん食べたいしね」

「なんか、花ちゃんの死にたくない理由が軽いんだけど…」

「軽くないよ!?ワタシからしたらけっこう切実だからね?」


 この王都の中だけでも、どれだけの美味しいものがあることか。それに、そろそろ秋の実りが市場に出回る頃なんだよ。野菜は勿論、果物だって色々と出荷される。その中には、ワタシたちの世界にはなかったものもたくさんある。その全てを味わう前に、こんなところで落っことせるほどワタシの命は軽くないのだ。

 …けど、当然、それだけじゃないよ。


「それにね、もっとみんなとお出かけもしたいよ。まだまだ行ってみたい場所もたくさんあるからね。来年の夏は海にも行ってみたいし…あ、ワタシね、キャンプってやったことなくてさ、みんなで行きたいな。それでさ、バーベキューしようよ、バーベキュー」


 ワタシは、そこで周囲を見渡した。

 そこには、みんながいた。

 繭ちゃんがいて、慎吾がいて、雪花さんもティアちゃんもシャルカさんもいる。頭の上にも女神さまもいる。

 …あれ?

 もしかして、ワタシってすっごい幸せ者なんじゃないの?


「他にもね、繭ちゃんの歌だってもっと聞きたいし、慎吾の野菜作りだってもっと手伝いたいし、雪花さんの新作漫画は…別にそこまでじゃないけど、一回くらいなら読んでみたいよ」

「拙者の新作漫画だけ熱量が低くないでござるか…?」

「忍者と河童のボーイズラブは新機軸過ぎるんですよ…」


 読者の想像を超えることは、読者を置き去りにするということではないのだ。


「だったら尚更、花子はこれ以上の無茶なんてするなよ」


 そこで、慎吾がワタシの頭に軽くチョップを入れてきた。

 当然、ワタシは抗議の声を上げる。


「あ、痛い!花子虐待だよ」

「そんなに強く叩いてないだろ…というか、本来ならもっと強くぶっ叩かれても文句なんて言えないからな、花子は」

「はい…その通りでございます」


 慎吾の声は真剣で、おふざけを許してくれる様子ではなかった。

 …まあ、そうだよね。

 ワタシ、普通に危なかったもんね。そんなワタシを、慎吾は自分の危険も(かえり)みずに助けてくれた。


「花子がリリスちゃんを助けたいって気持ちは痛いくらい伝わったよ…でもな、だからって、身の丈に合わない無茶をしていいわけじゃない」

「うん…そうだ、よね」


 反論の余地のないワタシは、慎吾の言葉に頷くしかない。

 ただ、さっきの繭ちゃんの時もそうだったんだけど…ワタシ、みんなに叱られるの嫌いじゃないかも。 

 …いや、叱られて喜ぶとかいう特殊な性癖があるわけじゃないよ?

 でも、よくよく考えると、ワタシってそんなに怒られた経験がないんだよね。


「…………」


 まあ、それはそうか。

 ワタシは、幼いころから患っていた難病のせいで正直、家族からは甘やかされていたんだと思う。というか強く叱れなかったんだろうね、お母さんもお父さんも。

 それに、ワタシの事情を知っている他の大人たちは、ワタシを()れ物のようにしか扱わなかった。そりゃそうだよね、ワタシみたいな病人に深入りしても面倒なことにしかならないからだ。

 …叱ってくれるっていうのは、ある意味では対等で健全な関係なんだ。


「おい、なんでニヤニヤしてるんだよ、花子…」

「なんでって、愛してるからだよ」

「なんでそこで愛…?」

「だって、みんながワタシのことを叱ってくれるんだよ?これって愛がなければできないことだよね?」


 ワタシに対して微塵も愛情がなければ、無視をするだけだもんね。


「そうだよ、ボク、花ちゃんのこと愛してるよ!」

「ワタシも繭ちゃんのこと愛してるよー」


 ワタシは、再び繭ちゃんの頭を撫でた。さっきよりも深く想いを込めて。

 そんなワタシたちを慎吾は神妙な表情で眺めていた。


「…なんかズルいぞ、繭ちゃん」

「じゃあ慎吾もギュってする?」


 ワタシは、軽く両手を広げてウエルカムのポーズを示す。


「あ、いや、その…ところで花子、あの時、リリスちゃんのことをルイファちゃんって呼んでたけど」

 

 慎吾は、そこで軽くそっぽを向きながら問いかけてきた。

 …むう、逃げたね?

 まあ、ワタシにもそんな度胸はないけどさ。


「ああ、あれはリリスちゃんの本名だよ」


 ワタシは、軽く伸びをしながら答えた。ずっと同じ姿勢だと草臥(くたび)れるよね。


「本名…?」

「だって、リリスちゃんって名前は、あの子の宿主…っていうか、本体の方のりりすちゃんの名前だからね」

「そうか、リリスって名前は元々はあっちの小さいりりすちゃんのものか」


 慎吾は、軽く顎をさすりながら呟く。


「そうだよ。生まれた時から悪魔のリリスちゃんと子供のりりすちゃんは一心同体だったからね、名前も一緒くたになったままそれが定着しちゃってたんだよ。だけど、悪魔の方のリリスちゃんには、悪魔だった頃の名前があったんだ。考えてみれば当たり前なんだけどさ」


 それが、『ルイファ』という名だった。

 そして、慎吾はさらにワタシに尋ねてくる。


「でも、花子はどこであの子の名前を知ったんだ?」

「あの廃教会だよ。あの教会の祭壇に彫られてたんだ、『ごめんね、ルイファ』って」


 そう、あの場所には刻まれていた。

 リリスちゃ…ルイファちゃんに対する贖罪の言葉が。


「けど、それがリリスちゃんの本名とは限らないんじゃないか?」

「まあね、ワタシとしても百パーセントの確信があったわけじゃないよ。というか苦し紛れとも言えるけどね。でも、リリスちゃんが建てたあの廃教会は、誰からも使用されることはなかったってシスターのクレアさんが言ってたんだ。そもそも、『教会』がリリスちゃんを封印した場所でもあるからね、近づく人すらいなかったんじゃないかな」


 だから、あの廃教会は誰からも(かえり)みられなかった。

 ずっとずっとあの場所で、一人ぼっちだった。

 最近は、クレアさんのような変わり者が掃除とかをしていたようだけれど。

 …それで、あの廃教会は(わず)かでも孤独を癒すことができたのだろうか。

 あの場所にはたくさんの人たちが集まり、色々な催し物が開かれるはずだった。そうなることを、あの廃教会自身も待ち望んでいたのではないだろうか。

 ただ、そんな未来はこないまま、あの教会は今現在もあの場所で、朽ちかけている。


「そんな場所に入り込むとしたら、よっぽどリリスちゃんと縁のある人だと思ったんだ。具体的には、リリスちゃんと仲が良かったっていう女の子かな」


 リリスちゃんがあの場所に教会を建てようとしたのは、その少女の願いを叶えるためだ。


「でも、きっとその女の子は後悔したと思うんだ…自分がリリスちゃんに『教会で結婚式を挙げたい』なんて願いを口にしてしまったから、リリスちゃんが教会を建てる切欠になった。そして、それが原因で『教会』に目を付けられたリリスちゃんは『封印』をされてしまった、と」

「だから、その女の子はあの教会に言葉を残したのか…」


 そう口にした慎吾の呟きを、ワタシは補足した。


「そう、祭壇に懺悔の言葉を口にしたんだ、リリスちゃんに対する…ううん、ルイファちゃんに対する『ごめんね』を」


 そして、それこそがリリスちゃんの本当の名前だった。

 誰も知らなかった、リリスちゃんの本当の名だ。


「なるほど、それで花子殿は「ルイファちゃん」と呼びかけたのでござるな」


 雪花さんが納得したように軽く頷いていた。

 そんな雪花さんに、ワタシは続きを話す。


「まあ、さっきも言ったけど賭けみたいなものでした…でも、あの『ごめんね』と彫られたあの文字は、随分と古いものでした。そして、そこから寂しさみたいなものを感じたんです」


 意外と伝わるものなんだよ。文字から溢れる、その人の感情が。だから、手紙って完全になくならないんだろうね。


「だからあれは、リリスちゃんに向けた、伝わるはずのない伝言だったんじゃないかって思ったんですよ」


 人と悪魔では、生きている時間が違う。いや、そもそも生きている時間軸が違うんだ。悪魔からすれば、人間が生きていられる時間なんてあっという間でしかないんだろうね。

 だから、あの少女の『ごめんね』は悪魔であるリリスちゃんには伝わらなかった…二人が生きている、時間軸が違うから。

 そこまで考えて気が付いた。

 …リリスちゃんと生きる時間軸が違うのは、ワタシも同じではないか、と。


「だったら、花子が伝えてやればいいじゃないか」

「え…何を?」


 ワタシは本気で分からなかった。慎吾が何を言い出したのか。


「その『ごめんね』の伝言だよ」

「あ、そっか…ワタシが代わりに、リリスちゃんに伝えてあげればいいんだ」


 確かに、人と悪魔では生きる時間軸が違う。何もかもが違い過ぎる。

 人の命の灯なんて、悪魔からすればとてもか細く感じられるかもしれない。

 …でも、想いの全てまで消え去るわけじゃない。

 人は、想いを残す生き物だ。

 そうやって、人は世界をつないできた。

 

 …ワタシがあの世界に『残して』きた想いは、伝わっていただろうか。

 それだけが、ワタシの心残りと言えた。


「となると、次はどうやってリリスちゃんを捕まえるかだよね」

『『念話』で伝えることは…できませんか?』


 頭の上から、疲弊した声が聞こえてきた。うつ伏せにつっ伏しているアルテナさまだ。どうでもいいことだけど、よく落っこちないな、アルテナさま。というか、徐々にバランスをとるのが上手くなってきている気がする。


「ただの『念話』では届きません。直接、リリスちゃんと会って、リリスちゃんの目を見ながら伝えないとダメですね」

「そうしたら、また危険な目に遭うのではないですか」


 ワタシを咎めるような声が、部屋の入り口から聞こえてきた。

 けど、ついさっきまでそこには誰もいなかった。

 その声を発したのは、新しくこの部屋に入ってきたあの人だ。


「シャンファ…さん?」


 ワタシは、巫女装束姿のシャンファさんの登場に驚く。

 しかし、それだけではなかった。シャンファさんの背後には、もう一人の登場人物がいた。


「私もいますよ」

「クレア…さん?」


 シャンファさんの後ろから、修道服姿のクレアさんが顔を出した。


「え、どうしたんですか…二人とも?」


 まさか、巫女さんとシスターが二人揃って登場してくるとは思いもしなかった。なんだろう、盆と正月がいっぺんに来たという感じだろうか?


「どうしたもこうしたもありませんよ。うちの神社であれだけのことをやらかしてくれたのですから」


 シャンファさんは目を三角にしてワタシに詰め寄ってくるが、そんなシャンファさんはどうして今もウサギ耳をつけているのだろうか…。


「いえ、その…でも、あの騒ぎはワタシが起こしたわけではないと言いますか」


 とりあえず、ワタシは弁明を試みる。ここまで目くじらを立てたシャンファさんにどこまで通用するかは未知数だったけれど。


「ある程度の事情はシロちゃんさんから聞きました」


 そう言ったシャンファさんの後ろからシロちゃんのもふもふ尻尾が見えていた。そういえば、シロちゃんは水鏡神社に残ってシャンファさんに話をすると言っていた。というか、ワタシの部屋の人口密度が増してきたな、ぎっちぎちじゃないか。

 そんな中、シャンファさんはお小言を口にする。


「でもですね…それならそれで、私たちには事前にきちんと説明をするべきだったのではないですか?」

「あ、はい…おっしゃる通りです」


 確かにシャンファさんに話を通しておかなかったのはマズかったかもしれない。本当にリリスちゃんが来るかどうかは分からなかったとはいえ。


「あと、『教会』側としても花子さんには色々と言いたいことはありますよ」


 間髪入れず、次はシスターのクレアさんがそう言った。

 というか、マズいと言えばこっちの方がヤバいかもしれない。

 悪魔であるリリスちゃんとワタシの関係が、明るみに出てしまった。

 下手をすると、『教会』に敵対していると認識されてしまった可能性がある。

 …これは、かなり面倒なことになってしまったかもしれない。

 そして、クレアさんは告げた。


「花子さん」

「はい…」

「あなたを詐欺罪と器物損壊罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?覚悟の準備をしておいてください!」

「…ええぇ?」


 これは、思っていたよりも別のベクトルで面倒なことになってしまったのかも…しれない?

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