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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
201/267

100 『タフって言葉はワタシのためにあるのだ』

この世界におけるワタシは、しがない『転生者』の一人でしかない。

 元の世界で望まぬ死を迎えたワタシは、アルテナさまという女神にこの異世界ソプラノに転生をさせてもらった。


『…………』


 それから、数カ月ほどが経過している。

 この異世界ソプラノは、ワタシがいたあの世界とは常識の根幹から違っていた。漫画や映画で異世界のことは履修済みだったけれど、やはり、本物の異世界は衝撃的で、最初は戸惑とまどうことも多かった。

 それでも、人間というのは慣れる生き物だったらしい。いつしか、ワタシも異世界の当然をそこそこ平然と受け入れていた。しがない『転生者』であるワタシにも、異世界に対する抗体のようなものが構築されていたようだ。

 ただ、悪い意味でも、ワタシはこの異世界に対して『なあなあ』になってしまっていたのかもしれない。


「…………」


 現在、ワタシたちの足元には赤錆めいた色をした靄が、浅い雲海のように広がっていた。

 けど、このような色をした靄が、()してや異世界におけるこのような異質が、マトモなはずがない。

 この靄に触れている足が、静かに麻痺を始めていた。体と脳が、ほぼ同時に警鐘を鳴らす。この靄は危険だ、と。

 それでも、ワタシは躊躇(ちゅうちょ)していた。それは、異世界に対する慣れが引き起こした弊害へいがいだったのかもしれない。

 …一刻も早く、ワタシたちはこの場から離れなければならなかったはずなのに。


「…………」


 そして、得体の知れないこの靄に触れているのは、ワタシだけではなかった。

 慎吾や繭ちゃん、雪花さんにシャルカさん…ワタシが護衛を頼んだナナさんだってこの場にいた。

 そして、みんなもこの場から離れられなかった。

 …ワタシがここに、残っていたからだ。

 頭では分かっていた。

 即座にこの場から退散しなければ、この靄がどんな影響を与えるか知れたものではない、と。

 今も、靄の侵食は続いている。ワタシたちを、捕食でもするかのように。

 それでも、ワタシがここにいる限り、みんなもこの場からは動けない。


「…………」


 猶予(ゆうよ)なんて、もはやない。立ち去るのならば、今しかない。

 けど、それはリリスちゃんを置き去りにすることと同義だった。

 だから、ワタシは二の足を踏んでいた。

 …みんなを、じわじわと危険に晒しながら。

 時間だけが、無慈悲に経過していく。それは、浪費だった。命の、砂時計の。

 赤黒い靄は、その(かさ)を増していく。愚鈍(ぐどん)なワタシを嘲笑(あざわら)うように。


『ウオォン!』


 靄が、膝丈を覆い隠すほどに増加したところで、シロちゃんが、吼えた。

 乾いた咆哮(ほうこう)が、シロちゃんを中心に放射状に広がる。

 その咆哮は気高く、清浄だった。

 初めて聞く、シロちゃんの叫び声だった。

 …そして、『異変』が、起こった。

 いや、シロちゃんの異変が、赤黒い異変を駆逐した。

 ワタシたちを、慎吾や繭ちゃんたちを包囲していた赤錆の靄が、そこで退いた。

 

「なに…が?」


 ワタシは、驚きと共に周囲を見渡す。

 先ほどまでワタシたちを無遠慮に取り囲んでいた赤黒い靄は、ワタシたちから距離を取っていた。

 …これ、シロちゃんが?

 明らかに、靄は警戒していた。シロちゃんの咆哮を。

 赤黒の靄の包囲は変わらなかったが、直接ワタシたちに触れる距離にまでは近づいてこない。


「ただの靄のフリをしてたみたいだけど、やっぱり、意思を持っているようだね」


 意思を持つ靄など、ワタシたちが元いた世界には存在しなかった。異世界特有の怪現象といったところか。

 けど、裏を返せばその意思がこの靄の思惑を教えてくれるということでもある。

 つまり、この靄は自白したようなものだ。シロちゃんの声が苦手である、と。


「人間さまのすごいところはね、狡賢(ずるがしこ)いところなんだよ」


 その狡賢さを積み重ねて、ワタシたちは未来を作ってきたんだ。

 ワタシは、シロちゃんに声をかける。


「シロちゃん…もう一回、さっきのできる?」

「よく分からないけど…やってみるね!」


 どうやら、シロちゃんにとっても先ほどの咆哮は無意識に出たもののようだ。

 それでも、再びシロちゃんは吼えた。気高く、そして清らかに。

 

「やっぱり、効果ありだね」


 靄は、さらにワタシたちから距離を取った。それを見て、ワタシはほくそ笑む。だって、コイツらがリリスちゃんを苦しめているんだ。そんなヤツらには、遠慮も配慮も不必要だ。


「リリスちゃん…大丈夫?」


 ワタシは、そこでリリスちゃんに視線を戻した。リリスちゃんはまだ息苦しそうではあったけれど、先刻までとは違い顔色も戻ってきている。ワタシは、ハンカチを取り出してリリスちゃんの額を拭いた。額にはまだ脂汗が残っていたからだ。


「少しは楽になったかな?」


 リリスちゃんからの返答はなかったけれど、それでもワタシは声をかけ続ける。リリスちゃんは何も言ってくれなかったが、ワタシを拒絶したりもしなかった。それだけでも前進だよね。


「さて、正直、分からないことだらけだけど…とりあえず、危険はなくなったと判断してもいいのかな」


 それが早計だということも分かっていたが、ワタシはそう言った。ほんの少しでも、この張りつめた空気を緩和したかったからだ。


「ねえ、リリスちゃん…この靄って何なの?」


 リリスちゃんの体を支えながら問いかけた。返事がないことも分かっていたのだけれ…ど?


『これ…は、いけませ』

「リリスちゃん!?」


 喋った、よね!?

 今、リリスちゃんが喋ったんだよね!?しかも、ワタシに言ったんだよね!?

 ワタシが、リリスちゃんの声を聴き間違えるはずはないのだ。


「リリスちゃん…」


 ワタシは、リリスちゃんの表情を覗き込む。

 ぐったりとしたリリスちゃんは俯き加減で、その瞳も茫洋(ぼうよう)としていた。


「あのね、リリスちゃ…」

「何事ですか、これは!?」


 ワタシがリリスちゃんに呼びかけたところで、悲鳴に近い声が聞こえてきた。

 そして、駆け足がワタシたちの元に近寄って来る。


「あ、シャンファさん…」


 ワタシは、この水鏡神社の巫女であるシャンファさんの姿を見てそう呟いた。


「花子さん…これは一体、何が起こっているんですか」


 シャンファさんは、息を切らしてワタシたちの傍にやってきた。巫女装束のシャンファさんは、どこか不自然な走り方をしていたけれど、この人は足を怪我していたのだとすぐに思い出した。


「シャンファさん、気を付けて下さ…」

「どうして、『魔毒(まどく)』が()き散らされているのですか!?」


 シャンファさんが、今、耳慣れない言葉を叫んでいた。

 それも、ひどく切迫した声音で。

 

「まど…く?」


 シャンファさんの言葉を反芻(はんすう)してみたが、ワタシはその言葉の意味を完全には把握できなかった。(おおよ)その予想くらいならば、できたけれど。


「魔毒に触れてはいけませんよ!」


 シャンファさんは、ワタシたち全員に注意を促す。悲痛ともいえるその声が、この状況がどれだけ逼迫(ひっぱく)しているかを告げていた。


「シャンファさん…この靄が何か知っているんですか?」


 近くまで来てくれたシャンファさんに、ワタシは問いかけた。


「そうですね…私も目にしたのは初めてですが、これは文献にある『魔毒』とよく似ています」

「さっきも言っていましたね、魔毒って…」

「花子さんには以前、お話したことがあると思います…この一帯を、毒の海に沈めた魔獣の話を」

「毒の魔獣…本当にいたんですか、その毒の魔獣って」

「そりゃいますよ。いたからこそ、この水鏡神社は建立(こんりゅう)されたのです」


 確かに、ワタシはシャンファさんからその毒の魔獣に纏わる物語を聞いていた。

 大昔、毒の魔獣がこのあたりで暴れたことがあったのだそうだ。毒の魔獣の力は強く、この一帯は地獄に変えられた。しかし、そこに炎熱神ソルディヴァンガさまが…いや、神さまが現れ、魔獣の毒を浄化してくれた。

 そして、その神さまに感謝をするためにこの水鏡神社が建立された、とシャンファさんが教えてくれた。


「…でも、本当にこれはその毒の魔獣の毒なんですか?」


 ワタシは、シャンファさんに問いかける。

 そうではないことを、願いながら。


「確かに、私にも断言はできません。しかし、この色は伝承にあった魔獣の毒と同じ色をしています」


 シャンファさんは、先ほどと同じような答えを口にした。

 けど、ワタシの問いかけとシャンファさんの答えには温度差があった。

 シャンファさんからすれば、ワタシの問いかけはただの問いかけでしかない。けど、ワタシからすればこの質問はただの質問ではない。

 …なぜ、これが毒の魔獣の毒なのか。

 この毒の発生源にいたのは、リリスちゃんだ。

 

「関係ない…はずなんだ」


 ワタシは、声にならない声で呟く。この声は、誰にも聞かせられなかったから。

 そうだよ、無関係のはずだ。

 リリスちゃんは、毒の魔獣などとは無関係でなければならないんだ。

 …なら、どうしてリリスちゃんの体から魔獣と同じ毒が発生されていた?

 いや、ワタシがもっと早くにリリスちゃんを助けられれば、リリスちゃんはこんなに苦しまなくてよかったのではないか?

 ワタシの中で、疑問と悔恨(かいこん)(せめ)ぎ合う。


「花子さん、早くこの場から離れてください!」

 

 周囲の警戒を怠らないまま、シャンファさんがワタシに避難を促す。


「でも、リリスちゃんが…」

「もしかして、この毒はあの少女が…?」


 そこで、シャンファさんが気付いた。この靄の発生源が、どこなのか。

 そんなシャンファさんに、ワタシは苦し紛れの言葉を口にした。


「あ、いえ、その…リリスちゃんは関係ないんです」

「しかし、どう見ても…」


 シャンファさんは、ワタシの言葉などに惑わされたりはしない。ワタシのように、躊躇などしない。なすべきことを即座に決断した。


「仕方ありません。助けを呼びましょう」

「でも、リリスちゃんが…」


 このままでは、リリスちゃんが悪者にされてしまう。

 (いわ)れなき悪役のレッテルを張られてしまう。

 …リリスちゃんが封印された、あの過去と、同じように。


「ご無事ですか」


 そこに、声がかけられた。

 そこにいたのは、神社という神域にはそぐわない一団だった。

 彼ら、彼女らが纏っていたのは、宮司や巫女の装束ではなく修道服だったからだ。


「まさか…『教会』?」


 おそらく、このワタシの想像は当たっている。

 彼らは、リリスちゃんという悪魔を討伐する指令を受けていた。

 そして、リリスちゃんを十重二十重(とえはたえ)に取り囲む。その表情には、一片の慈悲もない。

 …ここで、しとめるつもりだ。


「待ってください、この子は、苦しんでるんです…ちょっと、放してください!」


 屈強な神父たちがワタシの腕を強引に掴み、そこで、ワタシとリリスちゃんは引き離された。


「あの悪魔は危険だ。離れてください」


 神父の一人が、そう口にした。丁重な口調ではあるが、きわめて事務的で体温すら感じさせない。


「駄目です!リリスちゃんは…リリスちゃんはぁ!」


 ワタシは叫ぶ。声の限りに。

 …しかし、その声は届かなかった。誰の、心にも。

 ワタシのことなど、誰の視界にも入っていない。完全にワタシを無視して、今この世界は回っていた。

 修道服の神父やシスターたちはリリスちゃんを取り囲み、各々が武器を構えていた。

 それらは剣のように鋭利な刃物ではなかった。

 彼らが握っていたのは、人を殴るためだけに制作された、鉄の塊でできた無慈悲な棍棒だ。誰にとっても扱いやすそうな形状をしていた。ただし、サイズは一回りほど太く、無骨(ぶこつ)だった。

 だからこそ、そこに殺意が浮き彫りになる。

 人を殺すという意思が、より鮮明になっている。

 それが、リリスちゃんに向けられようとしている。


「駄目だよ…そんなので叩かれたら、痛いに決まってるよぉ」


 ワタシには、斬るよりも、そちらの方が残酷に思えた。

 そして、思わず吐き気を催してしまった。

 …あの鉄の塊が、リリスちゃんの頭に振り下ろされたその後を、想像してしまったから。


「今は…縁起でもない想像に振り回されてる場合じゃない」


 ワタシはその吐き気を呑み込み、涙目になりながら叫んだ。

 あんな不吉なイメージを、現実にさせてたまるものか。


「リリスちゃん…お願い、元に戻ってよぉ!」


 今ここで戻れば、『教会』との戦闘も避けられるかもしれない。

 …そんなに甘いものではないかもしれないが。

 それでも、ワタシにはこの声しかない。

 だから、叫ぶ。

 しかし、リリスちゃんはワタシの声には無反応だった。


『…!』


 いや、リリスちゃんに反応があった。

 けれど、それはワタシの声に対する反応、ではなかった。

 リリスちゃんを取り囲む修道服の一団の、その生半(なまなか)ならぬ殺意に反応したんだ。


「これ、は…」


 リリスちゃんの足元から、再びあの赤黒の靄が発生した。それらは、リリスちゃんを守るようにゆっくりと広がる。

 さすがの神父たちもあの赤黒の靄を警戒し、不用意に距離を詰めたりはしなかった。

 …けど、これで大義名分も発生してしまった。

 リリスちゃんを、討ち取るための。


『「リリスちゃん、リリスちゃん、リリスちゃん…」』


 声と『念話』の重ね掛けで、ワタシはリリスちゃんに呼びかける。しかし、リリスちゃんからすればそれは雑音でしかなかったのかもしれない。リリスちゃんの瞳に、ワタシは完全に映っていない。リリスちゃんの世界に、ワタシはいない。

 当然だ。リリスちゃんの周囲にいる神父たちは、今にもリリスちゃんに襲いかかろうと舌なめずりをしている状態だ。


『「リリスちゃん、逃げて…ルイファちゃああああああぁん!!」』


 ワタシは、叫ぶ。頭の血管が何本かまとめて切れたのではないかと思うほどの、大音声で。

 その声は、届いた。

 慎吾や繭ちゃんたちだけではなく、シャンファさんや臨戦態勢だった神父たちですら、ワタシに視線を向けた。

 そして…リリスちゃんも、こちらを向いた。

 久しぶりに、リリスちゃんと、目が合った気がした。

 …いや、この子はやっぱり、ルイファちゃんだったんだね。

 リリスちゃんという名は、元々はあっちの小さなりりすちゃんのものだ。リリスちゃんにも本来の名前があるはずだとは思っていたけれど、結局、ワタシはその名を聞けなかった。ワタシに、踏み込む勇気がなかったからだ。ごめんね、待たせちゃったね、リリスちゃん。

 

「でも、やっと…ワタシを見てくれたね」


 リリスちゃんと久しぶりに目が合ったはずなのに、ワタシの視界は(にじ)んでいた。溢れる涙が、止められなかった。

 …だって、ワタシを見るリリスちゃんの瞳の色が、同じだったんだ。

 ワタシと一緒に、バカな話をしながら町を散歩していたあの時と、同じ瞳の色をしていたんだよ。


「リリスちゃん…」


 ワタシは、リリスちゃんに近づいていく。

 赤錆めいた靄など、お構いなしに。そんなもので、ワタシたちの友情を止められるものか。

 

「ねえ、一緒に帰ろう、リリスちゃん…そろそろ本気でワタシ、泣いちゃうよ?」


 既に頬は涙でぐちゃぐちゃだったけれど、いつものノリでそう言った。


「また、一緒に散歩しようよ…あ、お花見とかもいいよね、お弁当を持ってさ。リリスちゃんが行きたいなら本屋さんでもいいし、ちょっと面倒だけど、リリスちゃんと一緒だったらマラソン大会とかに出てもいいよ」


 ワタシは、さらにリリスちゃんに近づく。もう少し、もう少しだった。リリスちゃんは、ワタシからは逃げない。このままなら、リリスちゃんを捕まえられる。

 そしたら、一緒に帰るからね。


「ああ、そうだ。今日はうちに泊まればいいよ。一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って、夜は一緒の布団で寝ようよ。その前に、夜更かししながらおしゃべりだね。特別に、オヤツも用意してさ」


 …きっと、明日の朝になったら今までのは悪い夢だったねって、笑い合えるよ。

 

「うん、そうだ…それが、いいよ。これ以上、わけの分からない異世界の(しがらみ)に振り回されることなんてないんだよ」


 ワタシは、赤黒い靄の中を歩く。聞こえない声で、呟きながら。

 リリスちゃんは、もうワタシの手が届くところにいる。

 リリスちゃんは、逃げない。

 それは、ワタシを受け入れてくれている、ということだ。

 …受け入れてもらえることって、すっごく安心できるんだよ?


「ね、リリスちゃんも、それがいい…よね?」

 

 そこで、ワタシの視界が滑落した。

 いや、世界が傾いた?


「ちが…う?」


 傾いたのは、ワタシだ?

 さっきまで普通に立っていたのに…?


「どう…して?」


 そこで、気付いた。

 ワタシと赤錆色をした靄の距離が、近づいていることに。

 …もしかして、この靄の影響か?

 そういえば、足に力が入らなくなっている気がする。今は辛うじて地面に手をついて体を支えているけれど、その手にも力が入らなくなってきた。

 ワタシは今、この靄に、捕食されかけている。


「あ、いや、違うよ…リリスちゃん?」


 ほぼ四つん這いの姿勢でいるワタシを、リリスちゃんが見下ろしていた。

 …リリスちゃんは、涙をこらえていた?

 今にも涙が零れそうなまま、リリスちゃんはワタシを見ていた。


「ま…待って、ちょっと待っててね、リリスちゃん。すぐに立ち上がるからね?」


 言葉とは裏腹に、ワタシは立ち上がることができない。

 …くそ、何やってるんだよ、こんな時にぃ!

 ここでワタシが立てなかったら…リリスちゃんが辛い思いをしちゃうだろお!


「違うよ?リリスちゃんのせいじゃないからね…?ほら、最近ワタシちょっと、オヤツを食べすぎちゃって体重が増えちゃったからかな?さっきも慎吾にそれで怒られたんだよ」


 おどけた口調で言ったけれど、表情が笑えていなかったことは分かっていた。それでも、ワタシは笑わないといけない。

 リリスちゃんは今、自分のせいでワタシが苦しんでいると思っている。

 

「だから…ね、リリスちゃ、ん?」


 そこで、ワタシは完全に突っ伏した。

 赤錆色の靄の中に、沈んだ。

 その靄の中は、この世のものとは思えない色をしていた。

 そして、何も見えない。不吉を具現化した、この色以外の何もかもが。

 …きっと、この靄の中で生きていける生き物は、いない。

 

「あんま無茶するんじゃねえよ、花子!」

「…慎吾?」


 赤黒の靄の中からワタシを救い上げたのは、慎吾だった。

 慎吾も、来てくれたんだ。この赤錆色の靄の中を。


「あ…リリスちゃん、は?」


 慎吾へのお礼は後回しにして、ワタシはリリスちゃんの姿を探した。周囲を、何度も見渡した。軽い目眩(めまい)を感じながら。

 …もう、その姿はなかった。

 慎吾が、ワタシに肩を貸してくれながら、教えてくれた。


「あの子なら…逃げたよ」

「そう…」

「でも、申し訳なさそうな顔をしてた…花子に対して」

「そう…だよね」


 やっぱり、あれはリリスちゃんだ。

 悪い悪魔として覚醒しようが、毒の魔獣だろうが、その中にいるのは、ワタシの友達のリリスちゃんだ。


「だったら、絶対に諦めてなんか、あげないから…ね」


 慎吾に肩を借りながら、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

 意固地(いこじ)になったワタシはしつこいんだよ。

 タフって言葉はワタシのためにあるのだ。

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