19 『やめなされ、やめなされ…ワタクシのアカウントを炎上させるのはやめなされ』
『やめなされ、やめなされ…ワタクシのアカウントを炎上させるのはやめなされ』
…久方ぶりに会ったアルテナさまが、女神にあるまじき頓痴気な言葉を呟いていた。
のっけからフルスロットルだな、この人(?)。
もしかして緩急のつけ方とか知らないのかな?
『それから、ワタクシよりも濃い新キャラを出すのもやめなされ…』
「…アルテナさま以上に濃い人なんてそうはいませんから」
奇行、愚行のオンパレードで、他の追随を許していない。
「それと、炎上したのは完全にアルテナさまの自業自得じゃないですか…『バカとブスこそ異世界に行け!』とかネットで呟いたんですよね?」
そんなことをSNSで呟けば炎上するに決まってるだろ。
…そもそもSNSやってる女神ってなに?
『その後で、『女神のことは嫌いでも、ワタクシのことだけは嫌いにならないでください!』と呟いたらさらに燃え盛りました…』
「…誰か火消しのスキルとか持ってる人いなかったんですか?」
『あと、裏垢で自分を擁護したのがバレてしまいまして…』
「やめたら?この仕事…」
誰かリコールとかしないの?
とまあ、いつものノリでアルテナさまと話をしているワタシだった。ここは冒険者ギルドで、このギルドに設置されている魔法の鏡越しに、天界にいるアルテナさまに近況報告をしていた。
…近況報告?を、していた?
『あれだけ叩かれたのは、エルフの森を焼いた時以来でしょうか…』
「…そういえば焼いたそうですね」
この人(?)の送ったオーブという魔法の秘宝の所為で、エルフちゃんたちの故郷が灰燼に帰したと聞いた。
…たぶん、エルフの森を焼いた女神なんてあなたぐらいですよ?
「エルフといえば…」
そこでワタシは、エルフちゃんたちがアルテナさまについて語っていたことを思い出していた。その大半は恨み言だったが、少し気になることも彼女た…彼らは話していた。
「アルテナさまは、ワタシたちをこの世界に転生させてくれましたけど…」
その点にだけは、本気で感謝をしている。
この世界で、ワタシは『仲間』に会えた。
「転生って、他の人たちも扱えるって聞きましたけど…本当ですか?」
というか、元々アルテナさまたちのオリジナルではなかったという説明を受けていた。
『ええ、そうですよ』
アルテナさまはあっさりと認めた。
そして、語り始める。
『本来、テンセイ=ジツとは…』
「…話に集中できなくなるから、普通にやってもらえますか?」
そういうとこやぞ。
『簡単に言いますと、『転生』もスキルの一種なんですよ』
「転生が、スキル…」
ずっと、女神さま特有の奇跡か何かだと思っていた。いや、スキルだって十分に奇跡みたいなものだけれど。
『ええ、転生のスキルを持つ一族がいるのですよ。そちらのソプラノには』
「一族、ということは…転生は、ユニークスキルではない、のですね」
ユニークスキルは、世界に多大な負担を強いる。そのため、使い手はその世界に一人しか存在できない。複数いる場合は、世界に負荷がかかりすぎるため、スキルの発動そのものが不可能となる、とのことだ。
そして、その転生がユニークスキルではないということは、このソプラノに転生のスキルを持っている人物が複数いる、ということでもある。
…それが、ワタシたちにどう影響するかは、分からないけれど。
『そうですね。ユニークスキルではないので、ワタクシたちも、安心して転生を扱うことができます。ユニークスキルだった場合は、少し面倒なことに、なりますから』
そこにいたのは、普段の陽気なアルテナさまではなかった。
そこにあったのは、冷淡な微笑みを浮かべる、女神の姿だった。
…初めて、アルテナさまを怖いと、感じていた。
「アルテナさまたちは、スキルについて…詳しいんですよね?」
少し気圧されていたワタシは、漠然とした疑問を口にしていた。
『はい。ソプラノにどのようなスキルが存在しているのか、ワタクシたちはそれらを全て把握しております。そして、既に存在しているスキルなら、ワタクシたちはその全てを模倣することが可能です』
だから、転生者にユニークスキルを授けることができるのです。
アルテナさまは、そう付け加えた。
冷ややかで、艶のある声で。
『元々、転生のスキルも先ほど言った一族から模倣したものです。その一族も、スキルの扱いには長けています。転生というスキルが使えるのも、彼らの一族だけですしね。それでも、彼らはワタクシたちほどスキルについて熟知しているわけでは、ありません』
…それだけの差があるのだと、女神さまは暗に語っていた。
『ワタクシたちと違い、彼らはスキルの把握や模倣は行えません。精々、奪うことや譲渡することしかできません。奪うといっても、ソプラノで獲得できるスキルは、そのほとんどが経験を積むことで誰でも獲得できるものですからね。危険を犯してまで他者から奪う必要も、誰かに譲渡する必要もありません』
女神さまの声に、熱はなかった。
ただただ、事実と現実を滔々と語っていただけだ。
ヒトとメガミは違うのだ、と。
ワタシは何も言えず、ただ黙っていた。
『そして、繭さんの件に関しては、本当に申し訳なく思っております』
アルテナさまは、そこで頭を下げた。
頭を下げたので表情は窺えなかったが、その声には、いつもの熱が戻っていた。気がした。
『あの子が邪神と同じユニークスキルを持っていれば、仮に邪神が復活を果たしたとしても、邪神はその力を十全に揮うことはできません…とはいえ、その負担を繭さんだけに背負わせるのは、やはり、正しい選択ではなかったと思いますが』
「それは…」
繭ちゃんの件に関しては、ワタシもこの女神さまには言いたいことはあった。けれど、当の繭ちゃんが許している以上、ワタシが口を挟むのは野暮でしかないのかもしれない。
「確かに、その選択は正しくはなかったのでしょうけど…完全に間違った選択、というわけでもなかったんじゃないですか」
なによりも、この件で争うことを、繭ちゃんが望まない。
あの子は、誰よりも純粋なんだ。
『そう、でしょうか。ワタクシは、今も後悔しております…繭さんには、やはり犬耳を生やすことのできるスキルを授けるべきだったのでは?と』
「…ちょっと待ってください」
いや、マジで待て。
何の話?
『なんでしょうか。猫耳の方が似合うという意見ならば聞きませんよ』
「どっちも大差ないじゃないですか…」
『それは犬派の人、猫派の人たちを同時に敵に回す発言ですよ』
「いや、そうじゃなくて…どこで後悔してるんですか」
『だって、あのかわいさに犬耳がついたら最強だと思いませんか?』
急に会話の偏差値が落ちた。
その乱高下に混乱して目が回りそうになる。
「思わなくはないですけど、既に猫耳がいるんですよね…繭ちゃんにキャラ被りはさせられませんよ」
しかも、あの猫耳は繭ちゃんを性的な意味で狙っている。昨日も…ギルドで集まってみんなでお鍋を食べたあの時も、あの泥棒猫はきつねダンスで繭ちゃんにあざとアピールをしていた。猫なのに。失敗だったかな、あのダンスを教えたの。
「ていうか、それなら繭ちゃんが女の子になれるスキルをあげればよかったんじゃないですか?」
『ついてる方がお得じゃないですか!』
女神さまにキレられた。
意味不明、かつ理不尽にキレられた。
その後、繭ちゃんは男の子だからこそいいのだという説教をされた。女神さまから。
そういう話は雪花さんとでもやってくれ。きっと、盛り上がるはずだ。
…いや、この二人だったら途中で解釈違いとかで喧嘩になりそうだな。
『兎に角、花子さんには繭さんのことを気にかけてあげて欲しいのです』
「ワタシの名前はアリア・アプリコットですけど、そんなの当たり前じゃないですか」
なにせ、あの子はうちの子(予定)なのだ。
『スキルのこともあるのですが…繭さんは少し、花子さんたちとは事情が違うといいますか』
「…事情が違う?」
ワタシたちと、繭ちゃんが?
『あの子は…繭さん、は』
アルテナさまの口調もそこで、変わった。
陽気でも、冷淡でも、ない。
慈愛?
いや、それも少し、違う。
…悲しみ?
うん、これかもしれない。
『繭さん、は…』
「繭ちゃんが、どうしたんですか…」
言い淀むアルテナさまに、ワタシは不安を掻き立てられた。
この女神さまは、ひどく不吉なことを口にしようとしている、と。
そして、それは的中した。
『あの子は…繭さんは、元の世界で、殺害、されてしまったのです』