1 『素敵なお仲間が増えますよ~♪』
『素敵なお仲間が増えますよ~♪』
金色の長髪を棚引かせ、女神さまはひどく颯爽と登場した。気分が高揚しているようで、頬まで紅潮している。
けれど、ワタシは女神さまのこの台詞に一抹の不安を覚えていた。
…ガチャで大爆死をする幻覚が具体的に見えたからだ。
「ええと…今日は、新しい転生者の人が来るんですよね?」
ワタシと同じように夭折してしまった若人が、ワタシと同じようにこの異世界ソプラノに転生してくるという話だった。そして、その『お出迎え』は、ワタシにとっては初めてのことだ。なので、今日のワタシはちょっと緊張気味なのだ。
『はい、新しい転生者さんとも仲良くしてあげてくださいね、花子さん』
「この世界でのワタシの名前は『アリア・アプリコット』です」
『田島花子さんもいいお名前だと思いますよ』
「ですよね、おばあちゃんが付けてくれたんです!」
大好きだよ、おばあちゃん。
とはいえ、それはそれ、これはこれなのだ。
「でも、良い悪いじゃなくて、TPOが大事なんですよ」
折角の幻想世界なのだから、この世界観は守りたい。なので、ワタシこと田島花子は、この世界ではアリア・アプリコットと(勝手に)名乗っている。
というか、『アルテナ』という瀟洒な名前の女神さまに花子という名前を褒められても「うーん…」となってしまう。いや、本人(?)は本気で褒めてくれているのだろうけれど。
『ですが、本当に助かりますよ。花子さんがギルドの職員さんになってくださって』
「ワタシは『アリア』ですけど…アルテナさまがそう言ってくれると、ワタシとしてもこの仕事を選んだ甲斐がありました」
この世界に転生したワタシは、冒険者用のギルド職員として働いていた。まだ一月ほどのド新人だが、仕事はそれなりに卒なくこなせているはずだ。失敗といっても、大事な書類に二、三度ほどお茶をぶちまけたりしたぐらいだ。
『ですが、よかったのですか?花子さんが望めば、冒険者さんや魔法使いさんにもなれましたのに』
「そういう花形はワタシには似合いませんから」
表舞台よりも、舞台袖の方が落ち着く人間もいるのだ。
というか、血生臭いのは嫌だ。一週間以上もダンジョンに潜ったりするのも、衛生的に中々に耐え難い。現代っ子だと笑いたければ笑えばいい。
しかし、折角の異世界なのだから、蚊帳の外にもいたくなかった。ワタシからすれば、この異世界は毎日がお祭り騒ぎだ。なので、ワタシはギルドの職員という道を選んだ。ここにいれば、冒険者たちの冒険譚にライブ感覚で触れることができる。
『意外と似合いそうな気もしますけどね、花子さんが重そうな鎧とかを着込んでいる姿も』
「馬子にも衣裳とはならないですよ…」
さすがにゲームとは違うはずだ。細腕の女の子がぶっとい剣とかを振り回すなど。
『まあ、ワタクシたちとしては本当に助かりますけれどね。転生者である花子さんが、新しい転生者さんの面倒を見てくださるのは』
新しい転生者さんも、きっとこの世界に早く馴染めると思いますよ、とアルテナさまは柔和な微笑みを浮かべながら付け加えた。
『これから送る転生者さんですけれど、体力はかなりありそうです。力仕事ならなんでもこなせそうですよ』
「はい、ギルドとしてもできる限り…サポートさせていただきます」
そのための準備も万端だ。
とはいえ、初めてだ。
ワタシ以外の転生者と出会うのは。
だから、実はけっこう緊張しているのだ。
「…………」
ここはギルドの事務所で、ワタシは鏡と喋っていた。
いや、これだとただのヤバイ人だが、実はヤバイ人ではないのだ。
鏡の中に映っていたのが、女神さまだったからだ。
この魔法の鏡を通じて、天界にいるアルテナさまとコンタクトをとることができた。そのための通信用の魔法が、この鏡にはかけられている。
そして、この鏡を通じて転生者も送られてくる。ワタシも、そうやって鏡からこの異世界ソプラノに転生してきた。
『では、そろそろ送らせていただきますね』
アルテナさまの表情が、引き締まる。
ワタシの鼓動も、一つ高鳴る。
「はい…」
ワタシも、褌を締め直した。
きっと、不安なはずだ。
これから来る、新しい転生者も。
「…………」
ワタシも、そうだった。
転生、と言葉にするのは簡単だ。
けど、頭ごなしにそれを歓喜することも享受することも、できなかった。
少なくとも、ワタシには。
新しい命がもらえるということは、その新しい命を、再び失うということでもある。
「……………」
死という影法師からは、何人たりとも逃げも隠れも、できはしない。
そして、天寿が全うできる保障が、与えられているわけでもない。
況してや、ここは異世界だ。
ワタシのいた日本のように、社会という後ろ盾があるわけでもない。
最悪、一度目の死よりも悲惨な末路を迎える可能性も、ないとは言い切れない。
だから、怖い。
死という終焉を経験をしたワタシだからこそ、死という終わりを誰よりも恐れている。
生という蠟燭が蹂躙されていくあの感覚は、体験した人間でなければ分からない。
ワタシがギルドの職員という裏方を選んだのも、本当は、死ぬのが怖かったから、だったのかもしれない。冒険者など、ボタンを一つ掛け違えただけで命を落とす存在だ。
「…………」
それほどまでに死の恐怖を感じていたワタシだが、それでもこの世界に来た。
今際の際に、ワタシは、母と父の涙を見た。
幼い頃のワタシに微笑んでくれていた両親の笑みは、そこには欠片もなかった。
自分の命をくれてやるから、娘を助けてやってくれ、お父さんは鬼の形相でお医者さんにそう詰め寄っていた。
お母さんは、声にならない声で、泣きながら祈り続けていた。
…だから、ワタシはこの世界に来た。
生んでくれてありがとう、と。
アナタたちの娘は、不器用なりに胸を張って生きている、と。
もう届かない声を、届けるために。
「…………」
そして、新しく来るという転生者も、ワタシと同様に…もしかすると、ワタシ以上の恐怖を感じているかもしれない。
ワタシでは、大した支えにはなれないかもしれない。それでも、不安な気持ちを共有することくらいは、できるはずだ。それが傷の舐め合いだとしても、それもきっと、その人の手助けの一環くらいにはなるはずだ。
『では、行きます』
鏡の向こうで、アルテナさまは手を組んだ。
その組んだ手が、少しずつ、光る。
暖色系の癒しの光だ。
けれど。
『きぃえ…』
「…きえ?」
『きょいやああああああああああああああああああああああ!』
「女神さま…アルテナさま!?」
思わず、声をかけてしまった。
『なん、ですか…』
「いえ、なんだか奇声を発していたようでしたので…」
あれは、気勢というには斬新過ぎた。
『これは、きちんとした、天界の儀式なのです…かなり体力を消耗しますので、あまり声をかけたりはしないでくださいね」
確かに、アルテナさまは肩で息をしていた。ドレスの肩紐がずれてかなりセクシーなビジュアルになっている。
…というか、ワタシが転生してきた時にもこんな怪鳥音みたいな掛け声をかけていたのだろうか。ワタシにその時の記憶はないが。
『では、もう一度、いきますね…ちょわああああああああああああああああああああああああああああ!』
…かけ声がさっきと違っていた。
細かい規定とかは、ないようだ。
だが。
鏡の中で光っていたアルテナさまの光が本流となり、鏡を通してこちらに流れ込んできた。
そして、光が床に円を描き…さらには人の形をとる。
「これが…転生」
ワタシは今、掛け値なしの奇跡を目撃していた。
『少し、力を使い過ぎました…』
肩紐がずれたまま肩で息をしていたアルテナさまは、ここで言うことではないかもしれないが、あまりに煽情的だった。
『すみませんが、後はお願いしますね…花子さん』
息も絶え絶えだったアルテナさまは、そこで鏡から姿を消した。どうやら、体力の限界だったようだ。
「いや、それはそうか…」
女神さまとはいえ、転生などという出鱈目な奇跡が、ロハで行えるはずもない。
ワタシは、未だに床で光る円に視線を落とした。
光は、徐々に薄れてきた。
そして、人の形がはっきりと視認できるようになる。
「男の人…ですか」
まあ、確率的には二分の一か。
というか、今になってドキドキしてきた!
ワタシはうまく、できるだろうか。この新しい転生者の、新しい門出の手助けを。
ゆっくりと、その男の人が起き上がる。
彼は、ジャージ姿だった。
「…大丈夫ですか!」
ワタシは声を荒げてしまった。
その人は、鼻血を出していた。
「鼻血が出てますよ…どこか、痛みとかありますか?意識ははっきりしていますか?」
もしかすると、転生の際に不具合などがあったのかもしれない。不具合などではなくとも、なにかしらの負荷が体にがかかっていた可能性もある。
「いや、大丈夫だよ…」
彼は、近寄ろうとしたワタシを右手で制した。
年は、ワタシと同年代くらいのその青年…少年だろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ですが…」
「ああ、この鼻血はあの女神さまのせいだから」
「女神さま…の?」
アルテナさまが、何をしたというのだろうか。
「だって、反則だろ…あのオッパイは」
「…は?」
…は?
「ただ大きいだけじゃなくて、ハリもすごかった…しかも、なんかぴっちりしたドレスとか着てるから形がくっきりと分かるし」
身振り手振りで下世話に形を再現しようとしていた。なんだ、コイツは。
「…女神さまに興奮して鼻血を出していただけってことですか」
よし、死ね。
オッパイに欲情するヤツは死ね。
「ふう…アンタを見てたら落ち着いてきた」
少年は、ワタシを見ていた。
いや、ワタシの胸を見ていた。
…少ぉーしだけ人より小さい、この胸を見ていた。
「アンタの、その平たい胸が鎮静剤の代わりになってくれたお陰で助かったよ。危うく、オッパイのオーバードーズで死ぬところだった」
「…おい、お前の血は何色だ」
キサマはワタシとセンソウがしたいのだな?
よろしい、ならばセンソウだ。
「いや、貧乳はステータスだよ。希少価値なんだ」
「よし、分かった…貴様には、明日を生きる資格はない」
コイツは生きていちゃいけないやつだ。
「転生者だとか冒険者だとかもう知るか…もっかい転生させてやるから覚悟しやがれ!」
ワタシの胸をコケにするヤツに、遠慮も配慮も必要はないのだ。
「あ、それなんだけど…」
軽く手を挙げ、ヤツは言った。
「俺、冒険者とかやらないから」
「…は?」
…は?