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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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97 『お返し申します!!』

「以前にも言ったはずですよ、花子さん。この場所は危険だから(みだ)りに立ち入ってはいけませんよ、と」


 修道服を着た妙齢のお姉さんが、ワタシ、慎吾、『花子』の三人を順繰(じゅんぐ)りに眺めながら叱る。聞き分けのない小さな子供たちにそうするように。


「それは、そうなんですが…」


 ワタシは、ちょっと不服そうに唇を軽く尖らせる。といっても、本気で不満に思っているわけではない。ただ、心の中に『百合を見守るおじさん』を飼っているいるこの人に正論を言われるのが腑に落ちなかった部分はあるけれど。


「いいですか。この教会は、いつ倒壊してもおかしくはないのですからね」


 修道服のシスターとワタシたちは、今は教会の外に出ていた。教会の外は、やけに爽快な気がした。たまに掃除されていたとはいえ、基本的には埃っぽくて陰鬱な感じだったからね、あの中は。


「でも、ワタシたちにも事情があるといいますか…」


 一応、ワタシたちにも言い分はある。ただ、それをこの人にそのまま伝えるわけにはいかない。悪魔として覚醒したリリスちゃんを元に戻す方法を探しているなどと、この人からすれば意味不明もいいところだからだ。


「それはもしかして、あの悪魔の少女に関係することですか?」


 …え?

 今、このシスターは…クレア・コートリアさんは、何と言った?


「クレアさん…リリスちゃんが悪魔だって、知ってたんですか?」


 …しまった。

 思わず、ワタシは口を滑らせてしまった。

 リリスちゃんの正体が、悪魔だった、と。


「そうですね。これでもシスターの端くれですから」


 狼狽(ろうばい)するワタシとは違い、クレアさんは、小さく嘆息をするだけだった。どうやら、本当にリリスちゃんの正体に気付いていたようだ、この人は。

 隠しても無駄だと悟ったワタシは、クレアさんに問いかける。


「…クレアさんは、いつからそのことを知っていたんですか?」

「最初からですよ。初めて見た時から、気付いていました。ああ、この子は悪魔だな、と」

「マジですか…」


 まさか、初対面でリリスちゃんの正体に気付いている人がいたなんて…。

 でも、それならそれで、どうしてこの人はリリスちゃんを『排除』しなかったのだろうか。この人も『教会』に所属しているシスターだ。むざむざ悪魔を見過ごす理由はないと思うのだけれど。

 …何らかの理由があってリリスちゃんを泳がせていたのか?

 ワタシが次の言葉を探している間に、クレアさんは口にした。ワタシの心を見透かしたような言葉を。


「私たちは、すべての悪魔を危険視しているわけではありませんよ」

「…そうなんですか?」


 だから、リリスちゃんのことを見逃してくれていたのか?確かに、リリスちゃんが誰かに危害を加えたことはない…悪魔として覚醒する前の話だけれど。


「というか、私の中にいる『百合を見守るおじさん』がこの少女は無害だと声高に主張しておりましたので」

「まさか『百合を見守るおじさん』に感謝する日がくるとは思いませんでした…」


 さっさと放逐(ほうちく)しろとか言ってごめんなさい、『百合を見守るおじさん』。


「でも、クレアさんが見逃してくれていたのに…今は『教会』に狙われてるんですよね、リリスちゃんは」


 そう、『教会』の排除対象として指定されてしまった。それだけ、悪魔として覚醒したリリスちゃんは危険視されているということか。


「…私は、その討伐には参加していませんけれどね」


 クレアさんは、そこで瞳を逸らした。どことなく、後ろ暗い何かがあるかのように。


「どうして…ですか?」


 ワタシは、クレアさんに問いかける。

 クレアさんの反応が露骨に物語っていた。この人は、リリスちゃんに関するナニカを隠している、と。


「ここから先は独り言なのですが…私のご先祖さまは、昔、この周辺に居を構えていたそうです」


 クレアさんは、誰とも瞳を合わせなかった。合わせないままに、虚空を見上げていた。ワタシたちは、その声に耳を傾ける。木の葉を舞い散らせながら通り抜けていく風の音と、クレアさんの独白だけがこの場の音の全てだった。


「そして、そんな彼女には、一人の友人がいました…それはちょっと風変わりなお友達で、悪魔の少女だったそうです」

「悪魔の…ともだちぃ!?」


 ワタシは、思わず頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。

 でも、無理はない。この辺りにいた悪魔の少女なんて、あの子しかいない。


「ええ、悪魔の少女の友達だったそうです。私も伝え聞いただけなのですけどね。ご先祖さまと悪魔の少女は、とても仲が良かったそうです。それこそ、『百合を見守るおじさん』がご満悦になるほどに」

「…大事な話の途中に『百合を見守るおじさん』を登場させるのやめてもらっていいですか?」


 話に集中できなくなるんですよ。


「そして、悪魔の少女は、私のご先祖さまに約束をしてくれました。『この場所に教会を建てる』と」

「え、その教会って…まさか?」

「そう、この廃教会です」


 クレアさんは、右手を廃れた教会にかざした。雲間から、一筋の光が教会の頭上に降り注ぐ。

 リリスちゃんが、この教会を建てたことは何度も聞いていた。けど、それはこの地の人たちと仲良くなるためと聞いていた。いや、友達のために建てたのだから間違いではないのか。


「リリスちゃんが…友達のために」


 でも、リリスちゃんは一言もそんなことを言わなかった。あの子のことだから照れ臭かったんだろうけど。

 …ワタシには話してくれてもよかったんじゃないかな。ちょっとさみしくなっちゃうじゃないか。


「私のご先祖さまは、教会で結婚式を挙げるのが夢だったそうですよ。絵本で読んだお姫さまの結婚式に憧れたらしくて。しかし、当時はこの辺りに教会なんてありませんでした。それどころか、人が集まれるような場所そのものがなかったのです。この土地に住んでいた人たちは貧しく、余裕がなかったのですね」

「だから、リリスちゃんは…」

 

 小さな友達の、ささやかな願いを叶えるためにこの教会を建てた。教会ができれば、そこに人も集まることができる。人が集まれれば、その場所では笑顔が生まれる。だから、リリスちゃんは教会を建てた。

 何年もかけて、えっちらおっちらと。


「しかし、完成したこの教会が使われることは、ありませんでした」

「…『教会』が、リリスちゃんを封印したからですね」


 引き裂いたんだ。『教会』が、リリスちゃんとその少女を。


「そうですね。『教会』側としては、貧困に(あえ)いでいたこの土地の人々を助けるために、この地に強い影響力を持つ必要があったのですけれど…」

「その張りぼての『実績』のためにリリスちゃんを封印した、と…」


 ワタシの言葉に、棘が混じり始めた。


「一応、この地の人々は『教会』の援助によって随分と助けられたそうです…」


 自身が所属する『教会』の『実績』を掲げるクレアさんだったけれど、少しだけ辛そうに見えた。

 それがこの人の本心ではないと判断したワタシは、クレアさんの気持ちを勝手に代弁する。


「でも、クレアさんのご先祖さまの女の子は、大切な友達を一人、失ったじゃないですか」

「ええ、自分のせいで友達は封印をされてしまった、と彼女は深い後悔に苛まれたそうです…自分が軽率にそんなお願いをしてしまったから、カノジョが『教会』に目をつけられてしまった、と」


 クレアさんは、虚空を眺めていた。その瞳には、何も映ってはいない。


「随分とリリスちゃんのことに詳しいんですね、クレアさん…」

「私の家では、この話がずっと語り継がれてきましたから」

「…それなのに、クレアさんは『教会』に所属しているんですね」


 リリスちゃんを封印したいけ好かない組織だというのに。

 責めるつもりはなかったのに、責めるような口調になってしまっていた。

 

「私たちの家族も、その『教会』に救われているのですよ…私が幼いころに、ですけれど」

「そう、なんですね…すみませんでした」


 ワタシは、反省の言葉を口にした。

 ダレカにとっての敵が、他のダレカにとっても敵だとは限らない。寧ろ、敵どころか心強い味方だということだってありえる。それを失念していた。『教会』に救われた人たちだって、たくさんいるんだ。


「なので、私は知りたいと思いました…ご先祖さまがお友達だったというその悪魔の少女のことを。そして、『教会』のことを」

「何か、分かったのでしょうか」

「どうやら、悪魔の少女は、特別な悪魔だったようです」


 特別というのなら悪魔というだけでリリスちゃんは十分に特別なのだが、まだ何かがあるのだろうか。当然、ワタシはクレアさんに問いかける。


「リリスちゃんは…どう特別だったんですか?」


 それが、リリスちゃんが封印された理由だったのか?


「すいません、私ではそこまでは分かりませんでした…ただ、以前の彼女は討伐されたわけではなく、封印をされました。もしかすると、そこに何らかの関係があるかもしれません」

「討伐ではなく、封印…」


 確かに、封印をするよりも討伐の方が手っ取り早いのではないだろうか。封印ということは、その封印が解けることだってある。実際、リリスちゃんはこうしてこの世界に舞い戻った。

 …いや、それだけで判断するのは早計かもしれないけれど。


「立場上、私は花子さんのお手伝いをすることはできませんが、陰ながら応援しております」


 クレアさんは、そこで薄く微笑んだ。それは、ワタシも何度か見た、クレアさんそのままの笑みだった。なら、ワタシはそのエールに応えたい。


「そうですね、ワタシ、頑張ります…リリスちゃんのためじゃなくて、ワタシのためにも」


 ワタシの数少ない友達を、こんなところで失くしたくないんだ。


「花子さんのこれからに、祝福がありますように」


 クレアさんは、両手でワタシの手を包み込んだ。その手は、やわらかいだけでなくて、温かかった。

 人の手って、どうしてこんなに温かいんだろうね。

 ワタシは、この温もりが好きだった。だから、リリスちゃんの温もりも、失くしたくないんだ。


「ありがとうございます。クレアさんからの祝福を受け取ったんですからね、きっと、リリスちゃんを元に戻せますよ」

「祝福のついでに、種火もおすそ分けしておきましたよ」

「種火…?」


 種火って、何の?


「私の中の『百合を見守るおじさん』の種火を、花子さんにもおすそ分けしておきました」

「お返し申します!!」


 妙なもの押し付けないで欲しいんですけど!?

 ワタシは即座にクーリングオフをした。


「ですが、花子さんがあの少女を助けたいのでしたら必要になるかと思いまして」

「『百合を見守るおじさん』が必要になる状況なんてありませんよ!?」


 あってたまるか、なのだ…。


「では、ワタシたちはこれで…」


 これ以上ここにいると『百合を見守るおじさん』に汚染されそうだったので、ワタシはそこで(きびす)を返そうと振り返る。


「はい、お気をつけて…そちらの、花子さんによく似たお嬢さんにも祝福があらんことを」


 クレアさんは、『花子』のことも気遣ってくれた。それは随分と、(いつく)しみに満ちた瞳をしていた。

 …ああ、これは気付かれてるかもしれないね。

 うちの『花子』もちょっと普通じゃないってことに。


「…………」


 そして、ワタシたちは廃教会を後にした。

 鬱蒼とした木立ちの中を歩いている。同じ道を辿っているはずなのに、行きと帰りでは、空気が違っていた。帰りの方が、空気が澄んでいる気がしたんだ。だからだろうか。ワタシは『花子』の手を握って歩くことにした。きっと、そういう気分だったんだ。


『…花子サン?』

「よし、行くよ『花子』」


 ワタシは、そこで少しだけ足早になった。リリスちゃんを助ける。その決意は決してニセモノではないし、その決意が(にぶ)ることもない。

 そして、それができれば、あの黒いヒトビトも助けられる…気がした。

 実際には別の問題なんだろうけれど、なぜかそう思えたんだ。

 クレアさんから『祝福』を受け取ったことで、この時のワタシは少し楽観的になっていたのかもしれない。けど、悲観的になるよりはきっといいよね。ワタシの場合、落ち込みだすと際限がないからね…。


「…………」


 そんな風に『花子』と手をつなぎながら、ワタシたちは街中に戻ってきた。王都の街中は、今日もそこそこに賑わっていた。何人もの人たちが忙しそうに往来を行きかっている。

 その人たちの一人一人にも、物語がある。

 それぞれに大小の起伏はあるだろうけれど、それでも、その人たちは自身の物語を懸命に生きている。

 …だって、みんな、死にたくなんてないはずだからね。

 だから、ワタシたちは止めなければならない。あの、黒いヒトビトのことも。


「よし、次はあの『祠』を見に行くよ」


 ワタシは、『花子』と慎吾に声をかけた。

 ワタシと『花子』の後ろを歩いていた慎吾が、その声に反応する。


「祠っていうと…邪気を払ってくれるって花子が言ってたあれか」

「そう、リリスちゃんの足跡(そくせき)を追うためにも、ちゃんと見ておかないといけないと思ってね」


 あの祠があれば、黒いヒトビトにアプローチができたかもしれない。しかし、その祠がリリスちゃんに破壊されてしまった。その時点でワタシは思考停止をしてしまっていたけれど、祠について、水鏡神社の巫女であるシャンファさんにちゃんと尋ねておくべきだった。もしかすると、祠とリリスちゃんの関係について情報が得られたかもしれなかったからだ。

 でも、まだ遅くない。まだ何も終わっていない。

 だから、ワタシたちはあの祠の場所を目指した。

 けれど、そこで意外な人と出くわした。

 いや、意外でもないのか、この人がここにいることは。


「あ、お久しぶりです…セシリアさん」


 ワタシは、祠があったあの場所に(たたず)んでいたセシリア・トットさんに声をかけた。


「あら、花子さん。こんにちは」


 セシリアさんは、やわらかい微笑みで返してくれた。とある縁があって、ワタシはこの人と知り合った。年の差はあるけれど、セシリアさんの物腰が柔らかいのでワタシとしても接しやすい。けれど、今だけは違っていた。


「あの、セシリアさん…その、祠なんですけれど」


 ワタシは、セシリアさんの名を呼んだ。恐る恐るだったのは、セシリアさんが破壊された祠があった場所に立っていたからだ。

 あの祠は、開いている日中の間は邪気や毒素を浄化してくれるのだが、その祠を開くことができるのはこのセシリアさんの一族だけだ。そして、この人は、そのお役目に誇りを持っていた。

 けれど、今現在、その祠が破壊されてしまっていた。その痕跡も、片付けが終わった今となっては何も残っていない。

 …ワタシとしては、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 祠を壊したのは、ワタシの大切な友達だったから。


「ええ、壊れてしまったそうですね」


 セシリアさんの声には、力がないように感じられた。

 …それはそうだよね。

 代々この人たちが守ってきた祠が、壊されちゃったんだから。

 けれど、セシリアさんは…。


「まあ、タイミング的にはちょうどよかったかもですね」

「タイミングが…よかった?」

 

 そんなタイミングとか、あるの?

 驚くワタシに、セシリアさんは続ける。


「今年のお祭りで、祠は新しくする予定だったのですよ」

「え…あの祠って、また作れるんですか!?」

「それはそうですよ。いつまでも同じ祠を使い続けられるわけではありませんから」

「言われてみればその通りですけれど…」


 え、でも…そう、なの?

 また、あの祠が…ここに設置されるの?


「今年のお祭りで巫女が神楽を奉納することで、祠は浄化の力を得るのです」


 セシリアさんは、ワタシにそう説明してくれた。やわらかい口調で。


「巫女が神楽…ということは、シャンファさんが踊るのですか?」

 

 ワタシは、セシリアさんに問いかける。

 というか、ワタシはここで思い出した。

 そういえば、白ちゃんが言っていたではないか。今年のお祭りでシャンファさんと一緒に巫女として神楽を奉納する、と。

 …いや、白ちゃん男の子なんだけどね?

 しかし、セシリアさんは言った。


「いえ、今年は白ちゃんさんと繭ちゃんさんが神楽を奉納するそうですよ」

「ワタシそれ聞いてないんですけど!?」


 なんでそんな突拍子(とっぴょうし)もないことになってるの!?

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