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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』

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18 『猫です。よろしく願いいたします』

『く、(しず)まれ…私の右腕』


 シャルカさんは、小刻みに震える右腕を左腕で懸命に押さえ込んでいた。

 だが、天使であるこの人が、この年になって中二病を|患《わずら》った、というわけではない。


『ダメだ…震えが、止まらない』


 そこで、シャルカさんは繭ちゃんを見た。ちらちらちらり、と。

 繭ちゃんは、すごく冷めた目で傍観(ぼうかん)しているだけだった。いや、これはもはや諦観(ていかん)の域に達していたか。


『このままだと…抑えが、効かなくなる』


 それっぽいことを言っているが、突如として覚醒した謎の異能にシャルカさんが翻弄(ほんろう)されている、というわけでもない。

 要するに、いつもの茶番だ。いや、シャルカさんにとっては割りとおふざけではないのかもしれないが、おふざけじゃない場合はさらに問題となるけれど。


「分かったよ…飲んでいいよ」

『サンキュー、まっゆ!』

「ボクの家で飼ってたレトリバーの方がまだ上手に『待て』ができたんだけど…」


 繭ちゃんのボヤきなんてどこ吹く風で、シャルカさんは飲み始めていた。お酒を。

 繭ちゃんから、スキル云々の件で禁酒を喰らったシャルカさんは真面目にお酒を断っていたのだが、三日と持たなかった。たったの三日も、持たなかった。

 その三日の禁酒で、腕が震えるほどの禁断症状が出ていたのだ、この人は。

 …中二病を発症していた方がよっぽどマシだったのではないだろうか。


『キンッキンに、冷えてやがる…』


 シャルカさんは、目に涙を溜めながら冷えたエールを(あお)っていた。とてもではないが、天使のあるべき姿ではない。ラファエロあたりが見たら卒倒そっとうするぞ。


『ありがとうなー、繭…お礼にアルテナさまの処女あげるから』

「うちの子(予定)に妙なモノあげようとするの止めてもらえます!?」


 もう酔ってんのかよ!?

 というか、またアルテナさまの秘密が暴露されてる…しかも、この情報は本っ当に知りたくもなかった。


「シャルカさん、ちょっと浮かれ過ぎじゃないですか…」


 温厚なワタシも、さすがに苦言を(てい)した。


『今日くらいはお目溢(めこぼ)ししてくれてもいいんじゃないか』

「確かに、捕まったとは聞きましたけどね…邪教徒、が」


 慎吾が襲われたあの日から、三日ほどが経過していた。

 そして、昨日、邪教徒を名乗っていたあの連中が、お縄についた。


「だけど、邪教徒の全員が捕まったわけじゃないんですよね」

『ああ、雪花が人相書きを描いた連中…雪花を直接、攫った誘拐犯たちはまだ捕まってないようだ。けど、すぐに捕まるよ。この国のギルドの人脈をフル活用して探してもらっているんだ。憲兵も、冒険者も、商人も教師も牧師も料理人も掃除人も家政婦も、この国の全ての人間に人相書きが渡っているんだ。この王都のどこにいても、顔を知られている以上、連中はじきに炙り出される』


 眉をきりりとさせながらシャルカさんは言い切ったが、エールの泡が白い髭になっていては格好がつかない。


『それに、残党が残っているとはいえ、あれだけの数が一度に捕縛されたとなれば、邪教徒たちも事実上は壊滅だ』


 白髭のまま、シャルカさんは語る。


「雪花さんが捕まっていた隠れ家に、本拠地の地図が残されていたんですよね」

『ああ、その地図を頼りに邪教徒たちを一網打尽にできたと言っていた。ただ…』


 シャルカさんはそこで言い淀む。

 代わりに、ワタシが口を開いた。


「捕まった邪教徒の人たちがみんな、感情を閉ざした…んですよね?」

 

 どういうことかと、転生する前のワタシなら理解ができなかったはずだ。

 けど、ここは非常識が闊歩(かっぽ)する異世界だ。


『そうなんだよ、邪教徒たちの十八番(おはこ)というかなんというか。連中は、自分たちの感情、意志、痛覚、記憶、反応…そういったものを全て断ち切り、生きる屍と化すスキルを獲得している』

「だから…捕まえた人たちからは、一切の情報が得られなかったんですよね」

『邪教徒連中を捕まえても、連中はそのスキルを使ってだんまりを決め込む。昔から、それがやつらの常套手段だった。お陰で、なぜ雪花を攫ったのか。なぜ慎吾を襲ったのか。まぜ繭の後をつけていたのか。結局は、分からずじまいだ』


 幕切れとしては、尻切れトンボとしか言えなかった。転生者を狙った理由も、邪神との関連も、何もかもが明らかにはならなかった。


『それでも、さっきも言ったが、あれだけの数の邪教徒が一度に捕縛されたんだ。連中も終わりだよ。というか、元々、連中に邪神を復活させることなんてできやしない。アレは、どう考えても人の手に余る』


 シャルカさんの話では、この異世界ソプラノに現れる邪神というその存在は、神というよりは災害に近いモノだった。人の願いや意志など、邪神は律儀に汲み取ったりはしない。そんなモノを崇拝する人たちのことも、ワタシには理解できなかった。

 そんな神さまを崇めるくらいなら、アルテナさまにお饅頭でもお供え物でもする方がまだご利益がありそうだ。あるわけないんだけどね。


『というわけで、今は英気を養う方が健全というわけだ』

「そうですね…」


 その意見には(おおむ)ね賛成だが、だからといって、今度は冷酒を呷っているこの人もどうなのだろうか。

 …ここ、冒険者ギルドなんだけど。

 今日の業務は終わったとはいえ。

 いや、今日の集まりは慰労もかねているんだけれども。


「そろそろ慎吾お兄ちゃんも来る時間だよね?」


 繭ちゃんが応接室の柱時計を眺めながら言った。


「そうだね。慎吾が来てくれないと始められな…」

「お邪魔します」


 言いかけたワタシの言葉を遮り、慎吾と…ティアちゃんが姿を見せた。


「慎吾お兄ちゃん!」

「お、繭ちゃんは今日も元気だな」


 繭ちゃんは慎吾に駆け寄り、抱き着く。慎吾も繭ちゃんに笑いかけ、頭を撫でた。仲のいい兄妹のようで微笑ましい。いや、兄弟だったわ。いや、もうどうでもいい気もするけれど。


『来てやったぞ、わらわ様が』


 不遜な態度で、ティアちゃんはふんぞり返る。まあ、地母神という女神さまなんだけどね、この子。


「よしよし、よく迷子にならずに来られたねー。アメ食べる?」

『だから子供扱いするでないわ!』


 そう言いながら、ティアちゃんはワタシから受け取ったキャンディをぺろぺろと舐めていた。


『ふん、お呼ばれしてやったぞ、ないチチ』

「ちゃんと自己紹介できてえらいねー、ティアちゃん」


 そこで、ワタシとティアちゃんのロックアップが始まった。もはや、ワタシたちにゴングは必要ないのだ。


「また喧嘩してる…花ちゃんたち毎日、一緒に寝てるんだし、そろそろ仲良くなってくれてもいいんじゃないの?」


 繭ちゃんは呆れ顔だった。

 確かに、ワタシとティアちゃんはワタシのベッドで一緒に寝ている。けど、それにはやんごとなき理由があるのだ。


『好きでこの女と一緒に寝ておるわけではないのじゃ…というか、わらわ様はダーリンと一緒に寝るのじゃ!』

「風紀が乱れるからダメに決まってるでしょ!っていうか、好きで一緒に寝てるわけじゃないのはワタシの方なんだからね!?ティアちゃんイビキすごいんだからね!?」

『可憐なわらわ様はイビキなんてかかないのじゃー!それより、お主こそ寝相がひっどいではないか!わらわ様は何度もベッドから蹴落とされておるのだぞ!?』


 慎吾のお陰で永い眠りから目覚めたこの地母神さまは、慎吾の傍を離れられない。とはいえ、少女の姿をしたこの子を慎吾と一緒のベッドで寝かせるわけにはいかない。慎吾が変態という名の紳士になってしまったら大変だからだ。投獄されるのは雪花さんだけで十分なのだ。

 そして、ティアちゃんを繭ちゃんの部屋で寝かせるにもいかなかった。繭ちゃんが相手では、この地母神でも妙な気を起こすかもしれないという不安があった。

 シャルカさんの部屋で寝るという案もあったのだが、キス魔のシャルカさんと一緒に寝るというのも、それはそれで問題がありそうだったので却下された。

 消去法で、ワタシの部屋でこの子は寝ることになっていたのだが。


「ワタシの寝相も悪くなんてないですー。ていうか、そんなに不満があるなら雪花さんの部屋が空いてるんだから、あそこで寝ればいいでしょ」


 そう、現在、部屋は一つ空いていた。

 天使さんたちに匿われている、雪花さんの部屋が。


『あの部屋で寝ろとか、お主は鬼畜か?』

「鬼畜じゃありませんー。看板娘ですー」

『じゃあ、お主があの部屋で寝ればよいではないか!』

「あんな部屋で寝られるわけないでしょ!?」

『そんな部屋で神に寝ろとか、罰当たりにもほどがあるからな!?』

「なんで二人ともそんなに嫌がってるの?じゃあ、ボクが雪花お姉ちゃんの部屋で寝ようか?そうすれば…」


 ワタシたちを見かねた繭ちゃんがそう提案したのだが。


「ダメだよ!」『ダメなのじゃ!』


 ワタシたちの声と心はユニゾンしていた。


「なん、で…?」


 ワタシたちの迫力に気圧されながら、繭ちゃんは問いかける。


「臭いんだよ!」『臭いのじゃ!』


 さらにユニゾンは加速した。


『何なのじゃ、あの部屋…千年くらい生きた魔獣でも住んでおったのか?すえた獣臭が染み付いておったぞ!?』

「どれだけ換気しても臭いが消えないって何なのあの部屋!?この世界にファブ〇ーズはないんだよ!?」


 ティアちゃんもワタシも、ある意味ではあの部屋の被害者だ。本当に、いてもいなくても騒がしいな、あの人は。


「繭ちゃんも、絶対に雪花さんの部屋には近づいたらダメだからね」


 ワタシは、繭ちゃんに釘を刺す。

 そこに、慎吾が声をかけてきた。


「そろそろいいか?頼まれてたもの、ちゃんと持ってきたぞ」

「ああ、ありがとー、慎吾」


 ワタシは、慎吾から袋を受け取る。中に入っていたのは、食材だ。これで夕飯の支度ができる。今日は、このギルドでお食事会となっていた。ちなみに、雪花さんがいないのは罰を受けているからだ。天使さんたちのところでやらかし過ぎた雪花さんは、ブチ切れた天使さんたちに掃除や炊事などの労働に従事させられている。自業自得なので、ワタシたちも何も言わなかった。しばらくすれば解放されるだろうしね。


「知り合いの猟師さんからジビエ肉がもらえたから、それも持ってきた。あと、花子に頼まれてたあれも多めに持ってきたぞ」

「ホント!?ありがとね、じゃあ、さっそく腕を振るわせてもらいますかー」


 ワタシは、応接室から出てキッチンへ向かう。一応このギルドには、調理場もあるのだ。そこで、そそくさと料理を始める。料理を覚えたのはこのソプラノに来てからだが、それなりに上達したはずだ。下手の横好きとは言わせないぞー。

 

「いざ進むぞ、キッチンー♫」


 で、鼻歌を交えながらワタシはさくさくと料理を完成させた。といっても味噌ちゃんこ鍋だけどね。でも、ちゃんとお出汁はとったんだよ。お鍋いいよね。美味しいし簡単だし栄養満点だし。みんなで、食べられる。


「おっと、これを忘れたらいけないね」


 せっかく、慎吾が多めに持ってきてくれたのだ。ワタシは、それらを鍋にぶち込んだ。ぶち込めるだけ。ぶち込んだ。

 そして、完成した鍋を持って応接室に戻る。


「お待たせー」


 お鍋と共に登場したワタシを、繭ちゃんが怪訝そうに見ていた。

 なぜだろうか?


「さあ、たくさんあるからたくさん食べてねー」


 うむ、こういうセリフも看板娘っぽい。


「いや、あのね、花ちゃん…」

「どうしたの、繭ちゃん?」


 先ほどから、繭ちゃんが何かを言いたそうにこちらを見ている。


「異臭がするー!?」


 そこで、唐突に応接室の扉が開けられた。

 今日はもうギルドは店じまいのはずで、冒険者は来ないはずなのだが…。


「なんかヤバイ臭いがしてるんですけどー!?なんで?なんで?」


 そこに現れたのは、ワタシと同じくこのギルドで職員をしている、サリーちゃんだった。

 …というか、サリーちゃんいたの?

 今日はもう帰ったはずじゃなかったの?

 だから、今日はここで集まろうってことになったのに。

 いないと思って完全に油断してた。


「あ、繭ちゃんだー」


 そこで、繭ちゃんを見つけたサリーちゃんは、いきなり猫()で声になる。この切り替えの早さよ。


「あ、サリーちゃんだ。久しぶりー」

「久しぶりー、繭ちゃん!猫です。よろしくお願いいたします」


 サリーちゃんは繭ちゃんにすり寄り、わざとらしく二股のしっぽをふりふりしたり猫耳をぴこぴこ動かしたりしている。初手からあざとい猫ムーブ全開だ。

 …この子、繭ちゃんガチ勢だからなぁ。悪い意味で。

 しかも繭ちゃん猫派だし。

 守護(まも)らねば…ワタシが守護らねば。


「会いたかったよー…いや、会いたかったにゃん。繭ちゃんあんまりここに来てくれないからさみしかったにゃん」

「サリーちゃん普段は語尾に『にゃん』とか付けてないよね!?」


 あまりのあざとさに、ワタシも口を挟む。


「そんなことないにゃん、いつもと同じにゃんよ」


 …くそ、繭ちゃんへのアピールが露骨になってきたな、この子。だから繭ちゃんと会わせたくなかったんだよ。


「あのね、繭ちゃ…んって、何なのこの部屋!?さっきから何の臭いがしてるの!?」


 繭ちゃんへのアピールを中断し、サリーちゃんが騒ぎ出した。騒ぐようなことは何もないのに、どうしたのだろうか。


「花ちゃんがやらかしちゃったんだよ…」


 繭ちゃんがなんか物悲しい顔でワタシを見ていたが、ワタシとしては何も心当たりがない。おかしいな。


「え、ワタシ何にもしてないよ?」

「花ちゃん、お鍋ににんにく入れたでしょ…それも、あり得ないくらい山盛りで」

「この臭いの元はそれかー!」


 サリーちゃんは、美味しそうな湯気をくゆらせるお鍋を指差して騒いでいた。なぜここまで騒いでいたのか、これが分からない。


「あのね、おばあちゃんが言っていたんだよ。『にんにくは入れれば入れただけ幸せになります』って」


 慎吾が持ってきてくれたにんにくを、ワタシはぶち込めるだけ鍋にぶち込んだ。まったく、慎吾さまさまだ。


「いや、花ちゃんこれはちょっと…ねえ、シャルカさん」


 繭ちゃんはシャルカさんに声をかけた。


『染みる…冷たいエールにほくほくのにんにくが、悪魔的美味さで染みる』

「ダメだ、酔っぱらってて鼻がバカになってる…ねえ、ティアちゃん」

『うむ、やはりにんにくは大地の恵みそのものと言える食物じゃな』

「ダメだ、この人(?)大地の女神さまだった…ねえ、慎吾お兄ちゃん」

「異世界でもにんにくの美味さは変わらないな…」

「ダメだ、この人、生産者だった!」


 繭ちゃんは、そこでワタシに視線を向けた。その視線は、なぜか疲弊していたけれど。


「あのね、花ちゃん…ボク、明日は新曲の練習があるの。だからね、あんまり臭いが残るのは困るの」

「ああ、大丈夫だよ、繭ちゃん。ほら、ちゃんと牛乳もあるよ」

「花ちゃんは牛乳を過信しすぎてないかな!?」


 そんな感じで、今夜はみんなで鍋を囲んだ。

 そこにあったのは、ワタシが望んだ平穏だ。

 雪花さんがまだ帰って来ていないけれど、帰ってくれば、またあの日常が帰って来る。

 騒々しくて(せわ)しなくて、それでも、絶対に、他の誰にも譲りたくない、ワタシの日常が。

 だから、邪神も邪教徒も知ったことか。

 そんなのは、よその転生者さんたちのところにでも行けばいいんだ。

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