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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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87 『女神は言っています…ここで死ぬさだめではないと』

『返事をしてよ、リリスちゃん!』


 ワタシは、懸命に呼びかける。

 大切なお友達の、リリスちゃんに。

 しかし、その大切なお友達に、ワタシの声は微塵も届かない。

 全開の『念話』で、リリスちゃんに語りかけていたのに。


『お願い、通じて…』


 何度も『念話』を飛ばしていた。祈りながら、何度も。

 それは、今この時だけではなかった。リリスちゃんが悪い悪魔として復活してしまったあの時から、何度も何度も、ワタシは『念話』を飛ばしている。

 それでも、リリスちゃんからの返事は一度もなかった。

 悪い悪魔と化してしまったリリスちゃんには、ワタシの『念話』も届かない。その現実が、ワタシの胸を締め付ける。


「どこにいるの、リリスちゃん…あの子に、伝えないといけないのに」


 せめて、居場所だけでも分かればいいのだけれど…。

 だって、リリスちゃんには危機が迫っている。

 悪い悪魔として復活してしまったリリスちゃんの魔力を、『教会』が察知した。

 そして、『教会』は、リリスちゃんの討伐に本腰を入れて動き出したと、クレアさんが教えてくれた。

 …リリスちゃんを祓うなんて、絶対に駄目だ。

 だから、ワタシはこうしてリリスちゃんに『念話』を飛ばしていた。


『ですが、その方は悪い悪魔として復活を果たしてしまったのですよね』


 ワタシの頭の上にいるアルテナさまが、無粋な言葉を口にした。

 さすがのワタシにだって、聞き逃せない言葉というものはある。たとえ、それが大恩のあるアルテナさまだったとしても。


「そんな言い方はやめてください…リリスちゃんはまだ、何も悪いことはしていません」


 精々、リリスちゃんのフィアンセを名乗るディーズ・カルガをボコボコにしたくらいだが、あのヒトはあちこちで暗躍して多方面に迷惑をかけていたのでそれくらいは天罰の範疇だ。


「それに…リリスちゃんは、この世界でできた、ワタシの初めてのお友達なんです」


 慎吾や雪花さん、それに繭ちゃんたちは、この異世界でできたワタシの新しい家族だった。そうしたカテゴリから外れているリリスちゃんは、ワタシの中では初めてできたこの異世界での対等な友達だった。


『それでも、そのリリスさんは花子さんに自分が悪魔であることは隠していたのですよね』

「ワタシだって…リリスちゃんには自分が『転生者』だってことは隠していましたよ」

 

 だから、そこに関してはお相子(あいこ)だ。というか、人間だとか悪魔だとかを抜きにして、ワタシたちは対等の友達だった。そんな関係でいられる相手は、ワタシにとっては初めてだったんだよ。

 元の世界にいたころのワタシは、難病を抱えていた。それはある種のレッテルであると同時に、ある種の特別待遇でもあった。誰も、ワタシのことをフラットには見てくれなかったんだ。

 だけど、リリスちゃんは、ワタシのことをただの田島花子としてしか見ていなかった。そこには何の遠慮も配慮もなかった。

 …そんな相手が、友達以外の何者だというのだろうか。

 それでも、アルテナさまはリリスちゃんに対する警告を発する。それは、ワタシのことを心配してくれているからだろうけれど。


『悪魔というのは、人を傷つける存在ですよ』

「先にリリスちゃんを傷つけたのは人間です」


 大昔、リリスちゃんは町の人たちに頼まれ、とある場所に教会を建てた。

 何年も何年もかけて、えっちらおっちらと。建築のイロハすら知らなかったはずなのに。

 それは全て、町の人たちと打ち解けるためだった。

 …それなのに。


「リリスちゃんは、町の人たちとの約束を守ったはずなのに…『教会』がリリスちゃんのことを悪い悪魔だって決めつけて、封印したんですよ」

『それは、悪魔に裏切られて命を落とした人々も、多くいたからではないでしょうか』


 アルテナさまは語る。『女神』として、『悪魔』の危険性を。


「でも、もっとリリスちゃんの話を聞いてあげていれば、もっと、リリスちゃん本人のことを見てあげていれば、封印なんて不要だって簡単に分かるはずなんです…いえ、もしかすると、リリスちゃんが悪い悪魔だろうといい悪魔だろうと、関係なかったのかもしれないですけれど」


 その『教会』が、あの地域に対する『影響力』とかあの土地に介入する『口実』などという不誠実な理由のために、『悪魔』であるリリスちゃんを封じた可能性はある。さすがにそれは憶測で口にしていいことではないかもしれないけれど。

 

『花子さんは、この異世界ソプラノに来てよかったですか?』


 唐突に、アルテナさまがそんなことを言い出した。普段から脈絡のない戯言を言い出す女神さまではあるけれど、これはいつもの支離滅裂な戯言とは違っていた。その声はいつもより慎重で澄んでいた。


「ワタシが、この異世界に来てよかったか…ですか」


 アルテナさまの声は普段と違っていた。だから、ワタシもいつもより深く思考した。この異世界に来てからの記憶を、丹念に手繰(たぐ)る。どんな些細な記憶でも、根掘り葉掘りと。


「ワタシがこの異世界に来た最初のころは、不安でしたよ。そりゃ、最初の最初は浮かれてましたけどね。何の見せ場もないまま終わったワタシの物語が、この異世界で再び幕を開けたんですから」


 アルテナさまとワタシの間を、小さな風が吹き抜ける。

 その風は、この王都の様々な匂いを内包していた。街中の土埃や焼き立てのパンの匂い、衣服に付着した薬剤の匂いや木々が醸す匂いだ。それらの匂いが教えてくれる。この異世界にも、たくさんの人と、それ以上にたくさんの命が生きているという現実を。

 そして、ワタシももう、その匂いの中の一部になっているという現実を。


「というか、まさか本当に異世界転生なんてものがあるとは思っていませんでしたよ…万が一あったとしても、ワタシのような選ばれない子には無縁の世界だと思っていました」


 時折り、本当にワタシはこの世界にいるのかどうか疑ってしまう時がある。

 今この瞬間が、全て今わの(きわ)に見ている幻なのではないか、と。


「でも、アルテナさまはどうしてそんなことを聞いたんですか?」


 ワタシがこの異世界に転生してよかったか、なんて。

 …そういえば、アルテナさまとこういう話をしたのは初めてだったか。


『花子さんたちをこの世界に転生させてしまって本当に良かったのか、そう思ってしまうこともありますので…いえ、花子さんたちは、転生しなければあの世界にずっと囚われてしまっていたのですけれど』


 アルテナさまの声は、珍しく尻すぼみだった。

 ああ、そうか。

 ちょっと遠回しにだけど、アルテナさまは、ワタシのことを気遣ってくれているんだ。もしかして、ワタシが転生したことを後悔しているのではないか、と。

 …特に、最近は不測の事態が矢継(やつぎ)(ばや)に起こってるしね。


「ありがとうございます、アルテナさま」

『…ありがとう、ですか?』


 アルテナさまはワタシからの感謝の言葉に面食らっていたけれど、この『ありがとう』は、掛け値なしのワタシの本音なのだ。


「そりゃ、このソプラノって世界は、ワタシがいたあの国に比べれば危険は多いですよ」


 ワタシがいた日本だって百パーセント安全かと言えばそうではないけど、それでも、この異世界より治安はいいように感じられる。日本のお巡りさんが勤勉だというのは大げさではないのだろう。もしくは善良な人間が多いのか。どちらにしろ、それは誇っていいことだよね。


「でも、ワタシはこの異世界に来られてよかったですよ。淡泊なくらいに真っ白だったあの病室で、ワタシという女の子の人生は()え無く幕を下ろしました…では、さすがにあんまりですからね」


 自分で言うことではないかもしれないが、それぐらいは言わせてもらってもバチは当たらないよね。


「確かに、このソプラノには異世界特有(?)の怖いこともいっぱいありますけど、異世界だからこその楽しいことや出会いも、たくさんありました。ワタシの知らなかったことを、この異世界で、ワタシはたくさん知ることができたんです。それらは、ワタシがあの病室にいたままでは知ることができなかったモノばかりなんですよ。まあ、ちょこっとだけ、寂しい時もありますけど」


 最後の台詞だけは、小声になってしまった。

 この異世界では、もう会えない人たちのことを思い出してしまったから。


「それでも…だからこそ、アルテナさまにはすごく感謝しているんですよ、ワタシは」

『花子さん…』

「そうですね、右足だけはアルテナさまに向けて眠らないようにしているくらい感謝しているんです」

『左足が向いているなら右足もほぼワタクシの方を向いていると思うのですけれど…?』


 神妙な表情になっていたアルテナさまだったけれど、その後で笑みをこぼしていた。見えてはいないけれど、アルテナさまはワタシの頭の上にいる。気配や微かな体の動きで、それくらいは分かるのだ。

 

「だから、アルテナさまが気に病むようなことは何にもないんですよ。他の転生者さんたちも、きっとアルテナさまに恩を感じているはずです」

『花子さん…』


 こう見えて、アルテナさまは責任感が強いんだよね。ワタシを転生させたことが正しかったのかどうか、ずっと気にしていたんだ。いや、ワタシだけじゃない。アルテナさまは、これまでに転生させてきた全ての転生者に対して、重い責任を感じている。望まぬ死をワタシたちからすれば、転生というのはとびきりのボーナストラックだというのに。


「そんなアルテナさまの恩に報いるためにも、ワタシはリリスちゃんを助けないといけないんです。それがきっと、証明にもなるはずですから」

『証明…ですか?』

「はい、アルテナさまがワタシたちを転生させてくれたことは間違いなんかじゃないし、アルテナさまが考えるよりもワタシたちはこの異世界を満喫しているという証明です」


 そこで、ワタシは満点で満面の笑みを浮かべた。

 当然、それはワタシの頭上にいるアルテナさまには見えていない。でも、ワタシがアルテナさまの表情が分かるように、アルテナさまだってワタシが笑顔を浮かべていることは分かっている。そういうのって意外と伝わるんだよ。たとえ、『念話』なんてユニークスキルがなかったとしてもね。

 これも、あの病室にいたままだったら知らずに終わったことだ。


「だからその…ワタシがもっとこの世界を満喫するために、アルテナさまもワタシに力を貸してくれませんか?」


 アルテナさまは大きな傷を負ったばかりだというのに、ワタシはそんなお願いをしてしまった。


『ワタクシは、いつでも花子さんたちの味方ですよ』

「アルテナさまなら、そう言ってくれると思っていました」


 本当に、そう思っていた。そのことを、ワタシは疑ったりしない。

 アルテナさまにとって、ワタシたち転生者はみんな子供みたいなものなんだ。

 だから、分かっていた。

 アルテナさまがリリスちゃんを助けることを反対していたのは、ワタシを危険から遠ざけるためだ、と。


『しかし、助けると言っておいてなんですが…ワタクシには、あの悪魔さんを助けてあげられる方法が分かりません。今は体もこんな有様ですし』

「それは仕方ないですよね。ワタシにも具体的なアイデアがあるわけではないですし…というか、リリスちゃんが今どこにいるのかすら、分かりませんから」


 正直、手詰まりなのは否めないところだ。今のリリスちゃんが何を考えているのか、それすら分からない。


『あの方は、花子さんと仲がよかったのですよね…では、あの悪魔さんが行きそうな場所に心当たりはありませんか?』

「そうですね、リリスちゃんとはあちこち出歩きましたから…逆に、これといった場所が絞り込めないんですよ」


 と、そこで一つ、思い当たった。

 というか、なぜワタシはあの場所のことを失念していたんだ。


「もしかしたら、あそこかもしれません」

『あそこ?』

「廃教会です」

『はいきょうかい…?』


 アルテナさまは、すぐには理解できなかったようだ。まあ、年頃の女の子の口から出てくる単語じゃないよね。

 けど、あの廃教会は、ワタシとリリスちゃんをつなぐ場所といってもいい。ワタシとリリスちゃんの物語は、あの場所から本格的に動き始めたんだ。リリスちゃんとワタシの二人で、『願い箱』の物語を始めた場所だから。

 そして、リリスちゃんの物語が、一度は終わった場所でもある。

 ワタシは、そのことをアルテナさまに説明しながらあの場所へと足を運ぶ。足取りは軽くはなかったけれど、泣き言を口にするほど疲弊しているわけでもない。今は何よりも、リリスちゃんの物語を悲しい結末で終わらせないために動かないといけないんだ。

 …だから、会いに行くよ、リリスちゃん。


「でも、今さらですけど…アルテナさまも不安ですよね?」

『ワタクシが…ですか?』


 アルテナさまは、キョトンとしていた。そんなに意外なことを言っただろうか、ワタシは。なので、その疑問を少しも希釈(きしゃく)せずそのまま口にした。


「だって、アルテナさましばらく天界に帰れてないですよね。しかも、力も殆んど失ってしまって…それって、すごく不安じゃないですか?」

『確かに天界には戻れていませんけれど…まあ、クリスマスまでには帰れるでしょう』

「そんな古典的かつ不吉なフラグを立てるのやめてもらっていいですか…」


 というか天界にもあるんだね、クリスマスって…。


『花子さんこそ、危険なことは絶対にしてはいけませんよ』

「はい、分かっていますよ」

『女神は言っています…ここで死ぬさだめではないと』

「いつかは言うと思ってましたよ、それ…」


 寧ろ遅すぎたくらいだ。

 とまあ、こんな箸にも棒にもかからない無益な会話を繰り返しながら、ワタシたちはあの廃教会へと向かった。疲れは、殆んど感じなかった。アルテナさまと一緒だったからかな。

 よし、待っててね、リリスちゃん。


「…………」


 しかし、廃教会にリリスちゃんの姿はなかった。

 この場所でならリリスちゃんに会えるかもしれないと、淡い期待を抱いていたのに。

 それだけに、少なからずワタシは落胆してしまった。なら、どこに行けば、リリスちゃんに会えるのだろうか。

 …まさか、もう会えないってことは、ないよね?

 そんなエンディングだけは、絶対に嫌だからね!


『確かに、これは廃教会ですね』


 古びた教会を前に、アルテナさまは素直な感想を口にしていた。だけど、それ以外の感想なんて浮かばないよね。木造の壁だって今にも朽ちて倒れそうだし、三角屋根の一部分には穴も開いていた。壁に塗られた白い塗料もかなり剥がれ落ちてしまっているし、尖塔なんか途中からぽっきりと折れていた。シスターのクレアさんが、危ないから近づくなと言うのも当然だ。


『この教会を建てたというあの悪魔さんは、人間の見よう見まねでこの教会を建てたのでしょうね。木組みの方法も殆んどでたらめです』

「…そう、ですね」


 リリスちゃんは口が達者だけど、意外と不器用なんだよね。

 そこがかわいかったりもするんだけど。


『ですが、この教会を建てた方が、どれほどの想いを込めたのかは分かります』

「え…?」


 どれほどの、思い?

 リリスちゃん、が?


『木材の積み方は確かにでためですけれど、魔力での補強が施されています』

「アルテナさま、それって…」

『このソプラノの建築様式は、花子さんたちの世界とは似ているようでかなり異なります。この世界には、魔法で建築物を補強する方法があるのですよ』

「あ、ワタシも一応、聞いたことはあります…」


 エルフさんたちの魔法でそういったものがあるというのは、ワタシも聞いたことがあった。


『しかし、それは魔法が得意なエルフさんたちだからこそできる方法です。にもかかわらず、悪魔であるはずのそのリリスさんは、たったの一人でその魔法による補強を行っている…これは、よほどの根気がなければできないことですよ』

「リリスちゃん…そんなに一生懸命、この教会を建てたんだ」


 それだけ、リリスちゃんは人間と仲良くしたかったんだね。

 …いいよ、帰ってきたら、ワタシとたくさん仲良くしようね。


『それに加えて、誰かがこの教会を管理しているようですね』

「え…そうなんですか?」

『ええ、ところどころですけれど、板を打ち付けた跡がありますよ。そちらも不器用ですけれど、これは誰かが修繕をしていたってことですよ』

「え、そんなのありましたっけ…?」


 しかし、確かに板で修繕された跡はあった。

 ということは、つい最近、誰かがそれを行ったということだ。

 でも…一体、誰が?

 時期的にリリスちゃんではなさそうだったけれど。

 …いや、それよりも何よりも、肝心のリリスちゃんの姿が、ここにはなかった。

 あるのは、朽ちかけた教会と、同じように朽ちかけた…。


「『願い箱』…」


 ワタシは、小さく呟きながら朽ちかけた郵便受けに向かった。

 それは今にも倒れそうになりながらも、その場に立っていた。どことなく、誇らしげに。

 …なんだか、リリスちゃんみたいだね。


「…………」

 

 そんなことを思いながら、ワタシは郵便受けを開いた。

 この中には、色々な人たちの願い事が入っている。

 このポストに願い事を投函すれば、悪魔が願いを叶えてくれるという都市伝説が、まことしやかに語られていた。

 けど、それは都市伝説などではなく、実際に一人の女の子が懸命に叶えていた。

 リリスちゃんという、小さくて寂しがり屋の女の子が。


「…?」


 ワタシは、そこで小さな封筒を見つけた。

 その白い封筒には、小さな丸文字でこう書かれていた。


『センセーへ』と。

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