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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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83 『臓物をブチ撒けなさいッ!』

『…あなたは、クリシュナさまですよね』


 女神さまであるアルテナさまが、『源神教』の教祖さまであるタタン・ロンドさんにそう問いかけていた。真摯な瞳で、真っ直ぐにロンドさんを見つめて。


『いや、私は女神などではないし…そんなご大層な名前では、ない、はずだ』


 ロンドさんは、やや(うつ)ろな瞳でそれを否定した。

 アルテナさまとロンドさんは何度かこの問答を繰り返していたが、答えは出なかった。その問答の間で、ただ反復横跳びを繰り返していただけだ。


「…………」


 …おそらく、アルテナさまが言ったように、ロンドさんは女神さまなのだろう。

 ロンドさんは、ドロシーさんという魔女に、世界を崩壊させるための生け贄にされかけた過去がある。それも、何百年という大昔に。

 その時は辛うじて失敗に終わったが、ロンドさんはそこで、自身の体を失ってしまった。失ってしまったというか、世界の崩壊から逃れたロンドさんが目を覚ました時、ロンドさんは全くの別人となっていた。

 そして、その時以来、ロンドさんは何百年もずっと、別人の体のまま、生き続けている。

 …それは、呪いとどう違うのだろうか。

 そして、ロンドさんが女神さまなのだとすれば、この人がそれだけ長い時を生きてきた理由にも、合点がいく。

 当然、新しい疑問は生じるけれど…。


『ワタクシがクリシュナさまを見間違えるはずは、ありません』


 アルテナさまのこの台詞も、何度目だろうか。

 我が家であるこの家に戻ってきてから、何回も聞いた台詞だった。


『…しかし、私はタタン・ロンドだ』


 ロンドさんのこの言葉も、もう何度目だろうか。

 ロンドさんは、自身が女神だとは認めなかった。というか、受け入れられないと言った方が正しいだろうか。

 これまで、この人はずっと、タタン・ロンドとして生きてきた。

 自分の体が別人になってしまってからも、長い長い時をずっと。

 しかし、普通の人間は、何百年もの時を生きたりはしない。なのに、この人は生き続けてきた。しかも、自分ではない他の誰かの体で、だ。

 それでも、この人は自分をタタン・ロンドと認めて生きてきた。そうしなければ、自分を保っていられなかったから。

 ここで自分がタタン・ロンドではなかったと言われても、ロンドさんだって『はい、そうですか』とは認められないんだ。

 だからこその平行線で、これは、延長戦でもある。

 ロンドさんが、自身が何者なのかを知るための道程の。 


「…………」


 けど、このまま平行線を辿り続けていても仕方がない。なので、ワタシはアルテナさまに別ベクトルの話題を振った。ロンドさんには、きっと時間が必要だ。折り合いをつけるための、幾許(いくばく)かの時間が。


「話の腰を折るようで申し訳ないのですが、そろそろ説明してくれませんか、アルテナさま…」


 ワタシは、アルテナさまにそうお願いをした。正直、ワタシもとある現象のせいで混乱をしていた。勿論、ロンドさんほどではないけれど。


『ええ、ですから、こちらの方がクリシュナさまといって、ワタクシの前任の女神さまで…』

「いえ、そのことではなく、いえ、そのこともなんですけれど…その前に説明して欲しいことがあるんですよ」

『何の説明、でしょうか?』

「…どうして、アルテナさま、縮んでいるんですか?」


 …そう、アルテナさまは、縮んでいた。

 縮むといっても、数センチ単位の話ではない。アルテナさまは、小さなお人形さんくらいの大きさになっていたんだ。

 …いや、なんで?

 しかも、そのことについては何の説明もないまま、アルテナさまはロンドさんを『クリシュナさま』と呼び、ロンドさんとの対話を続けていた。ワタシや慎吾たちそっちのけで。状況的には、ロンドさんの方を優先しなければならないのかもしれないけれど…。


「…………」


 ただ、小さくなったとはいえアルテナさまが生きていてくれたことを、ワタシたちは心底から喜んでいる。あのまま、アルテナさまがこの世界からいなくなってしまうのではないかと、本気で恐れていた。なので、こうしてアルテナさまが今もここにいてくれることに、ワタシたちは感謝をしている。その感謝を、どこの神さまに伝えればいいのかは分からないけれど。


『そうですねぇ…』

「それから、アルテナさまはワタシの頭から降りてもらってもいいですか?」


 小さくなっちゃったアルテナさまは、さっきからずっとワタシの頭を座布団代わりにしているのだ。そこまで重いというわけではないが、アルテナさまが落ちてしまわないかバランスに気を使わなければならないのはワタシとしても面倒だった。


『えー、これからはこのニコイチスタンスでいきましょうよ。『おい、花子ぉ(甲高い声)』とか『なんですか、父さん』って感じの親子キャラで売っていきましょうよぉ』

「今さらキャラ付けに貪欲(どんよく)になる必要なんてないでしょ…」


 炎上する女神っていうだけで、こちらとしては手に余るんですよ。というか、そんな女神さまを頭に乗せていたらワタシまで炎上のあおりを受けるのでは?こう見えて打たれ弱いんですよ、花子ちゃんは。

 それに、小さくなったとはいえ、アルテナさまの豊満なスタイルはそのままなんだよね。ワタシの頭に乗るなら、その乳も縮めてからにしてもらっていいですか?


「とにかく、どうしてアルテナさまが小さくなったのか教えてくださいよ」

『別に大した理由はありませんよ。体の損傷が激しかったので、サイズを小さくすることにしたのです。というか、エネルギーの消費を抑えるために小さくならざるをえなかっただけですけれど』

「そんなことできたんですね…」


 さすが女神さま、もはやなんでもありか。


『ただ、これは本当に最終手段というか緊急避難のようなものです。もう、ワタクシには奇跡を起こす力は欠片も残されてはいません。戦力としては文字通りのお荷物です』


 アルテナさまは、そこで小さく項垂(うなだ)れた。普段よりも殊勝なその姿に、ワタシは現実感を取り戻し始めた。

 …そうだ。

 アルテナさまは、死にかけて、いたんだ。ほんのついさっき、まで。

 ワタシの中で、唐突に恐怖がせり上がってきた。

 それは臓腑を圧迫し、ワタシは胃の中身をぶちまけてしまいそうになる。


「ワタシたちとしては…アルテナさまがいてくれるだけで、嬉しいですよ」


 嬉しいと言ったのは、嘘ではない。

 けど、それ以上の恐怖が、ワタシを(むしば)む。

 …だって、アルテナさま、胸に穴が開いていたんだよ?

 とっても、痛そうだったんだよ?真っ赤な血が噴き出ていたんだよ?


『どうしたのですか、花子さん?』


 頭の上のアルテナさまが、そう尋ねる。やけに悠長な声で。

 その声に、()き止められていたはずのワタシの感情が、溢れ出した。こうしてアルテナさまの声が聞けて、家に戻ってこられて、緊張の糸が緩んだようだ。

 

「…………」


 …ワタシは、泣き出していた。

 泣くつもりなんてなかったし、その前兆のようなものもなかった。それなのに、自覚もないままに、ワタシは泣き出していた。

 そんなワタシを見て、アルテナさまは慌てていた。


『どうなさったのですか、花子さん!?』

「アルテナさまの…アルテナさまのせいじゃないですかぁ!」

 

 一度、泣き始めたワタシは、感情を抑制することができなかった。これまで抑えていた恐怖が、いや、麻痺していた恐怖が解凍され、波涛(はとう)となってワタシを呑み込む。


「アルテナさまが、死んじゃうって…ずっとずっと、怖かったんですよ」


 そう、ずっと怖かった。

 このままでは、アルテナさまが死んでしまう、と。

 それだけの深手を、アルテナさまは負っていた。

 あの時の恐怖が、時間差で今のワタシに襲い掛かってきた。足元が震え、指先も震える。


「でも、それが分かっていても、ワタシには何もできなかった…足が(すく)んで、ワタシには、何もできなかった」


 アルテナさまは、この世界のために戦っていたのに。

 ワタシは、怯えて見ていることしか、できなかった。


『ごめんなさいね、花子さん』

「アルテナさま…アルテナさまぁ」


 アルテナさまに言いたいこと、言わなければならないことはたくさんあった。

 けど、そのどれも出てこない。ワタシの喉から出てくるのは、嗚咽(おえつ)だけだ。

 なのに、アルテナさまはワタシの頭をなでてくれた。

 小さな小さなその手だったけれど、アルテナさまの手は、やけに大きく感じられた。


「もう、あんなのは絶対に嫌ですよ、アルテナさま…」


 ワタシは、怖いモノが怖い。痛いモノが痛い。悲しいモノが、悲しかった。元の世界で生きていた頃から、ずっと。

 それは、『転生者』になった今でも、何一つ変わらなかった。

 ずっとずっと、ワタシは臆病で怖がりな花子のままだ。

 …だから、これ以上あんな怖いのは、嫌なんです。

 誰とも、離れ離れになりたくないんです。


『…………』


 アルテナさまは、ずっと無言でワタシの頭を撫でてくれていた。

 しばらくして、ワタシはようやく泣き終えた。


『私は…本当に女神なのだろうか』


 ワタシが泣き終えるタイミングを待ってくれていたのだろうか、ロンドさんがそこでそう呟いた。


『分かりません』


 けれど、アルテナさまがそんなことを言い出した。

 これには、ロンドさんも慌てふためく。


『分かりませんって…さっきはあなたが私のことを女神と呼んだはずだ』

『そうですね。あなたは、ワタクシの知っているクリシュナさまそのままです…けれど、落ち着いて考えてみると、クリシュナさまとは似ていないと気付きました』

『似ていない…?』

『ワタクシも動揺していたようですね…外見は確かにクリシュナさまですが、あなたの内面などはクリシュナさまとはまるで違います』


 アルテナさまは、そこで初めて、ロンドさんがクリシュナさまという女神さまではない可能性について言及した。


『私とその女神さまは、そんなに違うのだろうか…』

『そうですね…クリシュナさまは敵対する相手に対し、二言目には『臓物(はらわた)をブチ撒けなさいッ!』と啖呵(たんか)を切っていました』

『…確かに、そこまでの過激さは私にはありませんね』

『他にも『鏖殺(おうさつ)ですよお!』というちょっとお茶目な口癖もありました』

『それ本当に女神さまなんですか…?』


 あのロンドさんがドン引きしていたが、ワタシも全くの同意見だよ。女神さまはコンプライアンスの研修とかは受けないのかな?


『それなら、私とはまるで違う性格のようですね、その女神さまは…けれど』


 そこで、ロンドさんは軽く呼吸を整えてから続ける。少しずつ、ロンドさんも落ち着きを取り戻していた。


『けれど、それならどうして、私は…その女神さまの体で、存在しているのでしょうか』

『ワタクシにも、それは分かりません。というか、クリシュナさまがそんなに『持つ』はずはないのですが…』


 アルテナさまのその声はか細く、おそらくワタシにしか聞こえていなかった。

 だからだろうか、そこで沈黙の帳が下りる。


「過去に生け贄にされかけた時のこと…ロンドさんは何か、憶えていますか?」


 沈黙に耐えかねたワタシは、そこでロンドさんにそう尋ねた。ワタシのような小娘が出しゃばっていい場面ではないけれど、何もしないよりはましな気がした。


『正直、あの場面で何が起こったのかは、私にも分かりません…生け贄にされる直前は意識を失っていましたから」


 ロンドさんは、律儀に答えてくれた。

 けれど、ワタシの問いかけはこの人を苦しめただけで終わってしまった。


『でも、そうですね…今は、私のことでどうこう言っている場合では、ありませんね』

「…ロンドさん?」


 ロンドさんは、両手で自分の頬っぺたを叩いた。その乾いた音が、リビングの隅々にまで広がる。


『今は、再び起ころうとしている『世界の崩壊』を喰い止めることが、最優先です』


 ロンドさんの瞳に動揺はなかった。迷いを振り切ったロンドさんは、ワタシには、女神さまのように見えてしまった。


「本当に…ドロシーさんはこの世界を崩壊させようとしているのでしょうか」


 ロンドさんの決意に水を差しかねない言葉を、ワタシは口にしてしまった。


『おそらくそうでしょうね。長い時をあの黒いヒトビトと共に過ごした彼女は、次は本気で崩壊を引き起こすつもりです…この世界の息の根を止めるために』

「そう…ですよね」


 ワタシも、あの黒いヒトビトの片鱗に触れた。

 あのヒトビトは、今もずっと、癒えない苦渋の渦中にいる。

 この世界の全てを、余すところなく呪いながら。

 そして、その呪いを、『魔女』であるドロシーさんは進行形でその身に受け続けている。

 …世界の一つくらい、壊したくなってもおかしくないよね。


『だとしても、今この世界を生きている人たちもいるのです』


 沈黙の中、口を開いたのはアルテナさまだった。小さい体だったけれど、その声はワタシたち全員の耳にしっかりと届く。


『あの黒いヒトビトが歴史の被害者だというあの方の言葉は、何一つ間違ってはいません。彼ら、彼女らにはこの歪な世界に報復をする権利があります…それでも、今もこの世界にはたくさんの方々が生きています。その方々を蔑ろにすることも、できません』

「アルテナさま…」


 アルテナさまの言葉は、ゆっくりとワタシの中に沈降していく。

 それは不定形だったけれど、ワタシの中にしっかりと根付いた。

 …やっぱりすごいね、アルテナさまは。


『なので、世界の崩壊だけは、止めなければなりません…歴史の被害者であるあのヒトビトからの責は、ワタクシが請け負います』


 アルテナさまの声には、決意が滲んでいた。

 …この人はまた、自分が傷つくつもりだ。

 だから、ワタシは言った。

 戦うことも庇うこともできないワタシにできるのは、こうして言葉を紡ぐことだけだから。

 それが、唯一、ワタシとアルテナさまをつなぎ止めてくれるモノだから。


「それはきっと…違います」

『違う…とは?』


 アルテナさまは、ワタシの言葉に小首を傾げていた。ワタシの言葉がよほど予想外だったようだ。


「その責任はきっと…その時代時代で、あのヒトビトの命を奪ったダレカが負うべき責任だったはずなんです。その責任は、後世の人たちが負うべきものでも、神さまが背負うものでもないはずなんです」

『しかし、それでは…あのヒトビトが、浮かばれないのではないでしょうか』


 アルテナさまの声には、寂しさと慈愛が混じっていた。やはり、この女神さまはどこまでいっても女神さまだ。


「勿論、後世のワタシたちが何もしないというのも違います。臭い物に蓋をしたまま放置なんて、もっての(ほか)です。ワタシたちが成すべきことは、あのヒトビトを人間に戻すことなんです」

『人間に…戻す?』

「はい。あの状態だと、あの黒いヒトビトはずっとずっと、世界を呪い続けることしかできません。それは、誰にとっても悲しいことのはずです…あの、『魔女』であるドロシーさんにとっても」


 ドロシーさんだって、その道があれば、それを選んでくれるのではないだろうか。

 …それは、一縷(いちる)の望みとしか、言えないかもしれないけれど。


『ですが、どうすればいいのでしょうか…?』


 女神さま…アルテナさまが、ワタシに問いかける。こうして聞いてくれるということは、少しはアルテナさまもワタシを頼ってくれているのかもしれない。


「それ、は…『世界の崩壊』を止めること、でしょうか」


 しかし、アルテナさまが頼ってくれたワタシから出た言葉はそれだけだった。

 世界の崩壊を防ぐ…それは、最低限の前提条件でしかなかった。

 アルテナさまたちもそれが分かっているからか、そこで沈黙の(とばり)が下りた。

 全員が、口を閉ざしてしまっていた。黙祷でも、捧げるように。

 そんな中、手を上げた少女がいた。


『その、『世界の崩壊』についてなのですが…』


 そこで手を上げたのは、ワタシだった。

 いや、ワタシに似た顔と同じ名を持つ『花子』だった。

 そんな『花子』は、ワタシの分身でもあり、『邪神』の『転生体』ともいえる存在だった。

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