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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
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17 『ぷるぷる…ワタシ、悪い転生者じゃないよ?』

「あなたたちは…繭ちゃんを、『保険』に使ったんですね」


 ワタシの声は、冷えていた。(とが)っていた。

 胸中では熱が膨らんでいた。溢れていた。

 鋭利な冷気と膨張した熱がワタシの中で()い交ぜになり、ワタシの感情は(にぶ)り、濁る。

 ワタシは、憤慨(ふんがい)していた。


「あなたたちは、邪神が持つ固有のスキルと同じスキルを、繭ちゃんに授けたんです。意図的に」


 これは、断罪だった。

 女神と天使が行った罪を糾弾する、断罪だ。


「万が一、その邪神が蘇ったとしても、そのスキルが、発動できなくなるように」


 アルテナさまは、説明していた。

 ユニークスキルとは、強力で強欲で、世界の理にまで干渉ができるスキルだ、と。

 ただし、同じ世界に同じユニークスキルの持ち主が複数いた場合、そのスキルは発動ができなくなる、とも。

 それは、同種のユニークスキルを同時に許容できるだけのキャパシティが、この世界にはないからだ、とも。


「…………」


 だからこそ、天界は繭ちゃんに邪神と同じユニークスキルを与えたんだ。

 それは、同種のユニークスキルが、この異世界ソプラノに同時に複数、存在している、ということだ。

 そうなれば、そのスキルは起動そのものが不可能となる。

 この世界において、それはユニークでは、なくなるからだ。

 繭ちゃんも。邪神も。


『ああ、そうだ…』


 シャルカさんの表情は無表情で、悪びれた様子はない。

 そんなシャルカさんに、ワタシの胸中がちりちりと焦げ付く。


「ユニークスキルって、祝福じゃなかったんですか…」


 ワタシは、天使に詰め寄る。


「ワタシたちは、たった一人でこの異世界に転生しました…慎吾も雪花さんも繭ちゃんも、この世界に来るときは、一人ぼっちでした。付き添いなんて、ありませんでした」


 ガイドも添乗員も、いなかった。


「みんな、心細かったはずです…ワタシたちはみんな、へらへら笑いながらこの異世界に来たわけじゃないんです」


 多少の期待はあっても、それ以上の不安に圧し潰されそうになっていた。二度目の死の恐怖は、今でもワタシたちを蝕んでいる。


「そんなワタシたちに与えられる祝福が、ユニークスキルじゃあ…なかったんですか?」


 着の身着のままでこの世界に降り立ったワタシたちに、唯一、それが与えられた。はずだった。


「…繭ちゃんには、それすら与えられないんですか?」


 あの子は、何も悪いことをしていないのに。

 あの子は、知らないところで人柱にされている。


『すまない…と、謝罪することも、私には許されていないな』


 シャルカさんの声は、普段より低く、硬質だった。


『繭が、邪神しか持ち得なかったはずのスキルを獲得できることに気付いたのは、私だけだった。私は、そこで口を(つぐ)むことも、できたはずだった』


 シャルカさんはそこで目をそらし…そうになったが、真っ直ぐに、ワタシを見た。


『だが、私はそうしなかった。それどころか、提案したんだ。繭にこのスキルを授ければ、仮に邪神が復活したとしても、邪神はあの不条理な能力を使えないのではないか、と』


 …確かに、不条理以外の何物でもない。

 見ただけで、相手の命を奪い取る能力など。


『他の女神や天使たちは、諸手(もろて)を挙げて賛成した。あの邪神には、(おびただ)しいと言える数の同胞たちが、殺戮されてきた…ただ、アルテナさまは、最後の最後まで迷っていたよ』


 シャルカさんの視線に、ブレはなかった。

 それは、覚悟の表れだ。


『そんなアルテナさまの背中を押したのは、私だ』


 シャルカさんは語る。

 元凶は自分だ、と。


『私が、繭に与えられるべき福音(ふくいん)を、根こそぎ奪ったんだ』


 それは告白であり、自分自身を告発する告解だった。


『罰せられるのは、私だけだ』


 シャルカさんは、そこで口を閉ざし、真一文字に結んだ。

 これが全てだ、と。その無言が、雄弁に物語っていた。


「…………」


 ワタシは、こぶしを握りこむ。

 この話が終わったら殴っていいと、シャルカさん本人に許可されていた。


 なら、殴るだけだ。

 あの子の代わりに。


 ずっと病弱だったワタシは、誰かと喧嘩をすることも、満足にできなかった。

 だから、ワタシは人の殴り方なんて知らない。

 知りたくも、ない。

 それでも、ワタシは。

 こぶしを、握りこんだ。

 そして、振り上げる。


 たぶん、間抜けで不格好だったはずだ。

 人を殴るポーズとしては。


「…いきますよ」


 覚悟は決めた。

 あとは、こぶしを振り下ろすだけだ。

 そして。そこで。


「ボク抜きで楽しそうなことしないでよ」


 声が、かけられた。

 今、一番、ここにいてはいけないあの子から。


「繭…ちゃん?」


 不格好で間抜けな姿勢のまま、ワタシは固まる。場の空気も、固まる。


「ボク、そんなこと頼んでないけど?」


 繭ちゃんの声は、この場の誰よりも落ち着いていた。


「あの、ね、繭ちゃん…」


 いつから、いた?

 どこから、聞いていた?


「ボク、別にスキルなんていらないんだけど」


 …この子は最初から、聞いていた。


「だから、二人が喧嘩する理由なんてないよね」


 繭ちゃんは、小ざっぱりとした表情を浮かべていた。


『いや、しかし、繭…私は、お前から奪ったんだ。それは、お前に与えられるべき、特別な祝福だったはずなんだ』


 唐突に現れた繭ちゃんに、シャルカさんは動揺していた。先ほどまでの鉄面皮(てつめんぴ)が、すっかり剥がれ落ちている。


「特別?祝福?そんなモノ、足元にも及ばないよね…」


 繭ちゃんは、そこでピースサインを掲げる。


「ボクのかわいさの方が、よっぽど特別で祝福だよ」


 決めポーズと共に、繭ちゃんは得意げに言い切った。


『けど、私は、繭を利用したんだ…アイツ、憎さに』


 シャルカさんは、そこで初めて俯く。繭ちゃんに対する後ろめたさが彼女にそうさせ、繭ちゃんの眩しさが、彼女にそうさせた。


「じゃあ、シャルカさんには、タイキックの罰ね」

『…いや、そんなおふざけじゃ罰にならないだろ』


 この人は、本気で罰して欲しいんだ。

 なあなあで済ませたくは、ないんだ。

 それだけ、シャルカさんの中で繭ちゃんの存在が大きくなっている。


「じゃあ、シャルカさんは一カ月お酒飲むの禁止ね」

『え…いや、それは』


 シャルカさんは、こめかみに冷汗を浮かべていた。

 …アルコールはこの人にとって命の水だからなぁ。それを人質に取られた。

 流れ、変わったな。


「だって、罰が欲しいんだよね?だったら、ちゃんとした罰をあげないといけないよね?」

『もう少し、こう…手心というか』

「分かったよ。じゃあ、おまけでもう一カ月、追加でお酒は禁止ね』

『鬼!悪魔!繭!』


 シャルカさんのこんな悲痛な叫びは初めて聞いた。


『くそ…繭には勝てないのか』

「知らなかったんですか?繭ちゃんはこの家において最強なんですよ」


 …下手をすると、この王都でも最強かもしれない。

 かわいいは正義を地で行くんだよな、この子。


「じゃあ、次は花ちゃんの罰だよね」

「え、ワタシ…も?」


 急に、矛先がワタシに向いた。


「花ちゃんも喧嘩しようとしたでしょ」

「ぷるぷる…ワタシ、悪い転生者じゃないよ?」


 しかし、繭ちゃんに泣き落としは通用しなかった!


「花ちゃんは、かわいくないパンツはくの禁止ね」

「ワタシのパンツ全部かわいいんですけどぉ!?」


 そして、繭ちゃんは、ワタシとシャルカさんに抱きついて、囁いた。


「ボク…一回、生き返ってるんだよ?その上で、花ちゃんたちみんなと会えたんだよ?これ以上の祝福なんて、どこにあるの?」


 繭ちゃんの熱が、ワタシに染み込む。たぶん、シャルカさんにも同量の熱が注がれている。


『すまなかった、繭…邪神やら邪教徒やらが出てきて、私も冷静ではいられなかったようだ』


 シャルカさんは、そこで軽く息を吐く。胸の中でつかえていたものが、ほんの少し、軽くなったようだ。


「あ、けど、邪教徒っていえば…雪花さんにも連絡しないと」


 バタバタしていて、あの人に知らせるのを忘れていた。慎吾も、雪花さん同様に襲われたことを。


「知らせた方が…いいですよね?」


 ワタシは、そこでシャルカさんに判断を仰ぐ。


『…伝えない方が、雪花も心配しなくていいかもしれないが』


 悩んでいたシャルカさんに、繭ちゃんが声をかける。


「でも、教えなかったら雪花お姉ちゃんは後で怒るよ」

『そうなる、か…頼むよ、花子』


 雪花さんに促され、ワタシは『念話』を発動させた。シャルカさんと繭ちゃんは、ほぼ同時にワタシに密着する。こうすれば、二人も『念話』で雪花さんと話しができるのだが、どうして、繭ちゃんはこんなにもいい匂いなのだろうか。


『雪花さん…ちょっと時間ありますか?』


 ワタシは、『念話』のスキルで雪花さんに呼びかける。この人のことだから、この時間帯は暇を持て余しているはずだ。


「今でござるか…?今はちょっと、かっこいいスキルの発動の仕方(かけ声付き)を考えるのに忙しかったのでござるが」

『ひ、ま、な、ん、で、す、ね』


 予想以上にくだらないことをしていた。

 腐女子のくせに少年の心を忘れないのやめてもらえます?


「どうかしたのでござるか?」

『実は…』


 ワタシは、そこで慎吾が邪神という存在を崇拝する邪教徒たちに襲われたことを伝えた。邪教徒についての補足は、隣りにいたシャルカさんがしてくれた。


「とりあえず、慎吾くんは無事なんだよね?」


 雪花さんは、真っ先に慎吾の安否を気遣った。なんだかんだで、この人、ワタシたちのお姉ちゃんなんだよね。


『うん、慎吾はなんとか大丈夫だったんだけど…雪花さんを狙った連中も、その邪教徒だったみたいなんですよ』


 慎吾を襲った中の一人が、邪神という言葉を口走っていた。

 そして、雪花さんが見たという刺青と同じ刺青も、していた。


 確定した。邪教徒たちの狙いは、転生者だ。

 邪神の復活が目的だという邪教徒たちが、どうして転生者を狙うのか、その理由は分からないが。


「ふうむ、拙者を誘拐したあの連中は、邪神の信徒でござったか…けれど、あまり邪教徒という感じはしなかったでござるな」

『そうなの?』

「あの時の拙者に余裕がなかったということもあるでござろうが…連中のアジトにも、邪神などを崇めている様子はなかったでござるよ」


 …なかった、のか。


「まあ、あの隠れ家が一時的なものだったのかもしれないでござるが…兎に角、物がなかったのござるよ、あの場所には。部屋の真ん中に長テーブルなどもありましたが、飲み物や携帯食以外は何も置かれておりませんでした。壁に何かを張っているということもなかったですし、何と言うか、全体的に余計な物がなくてただただ簡素だったのでござるよ」

『本当に、雪花さんを誘拐するためだけに使った隠れ家ということですか…』


 だとすれば、そこから邪教徒たちの足取りを捉えることは、難しいかもしれない。そのアジトにはすでに冒険者や憲兵たちが派遣されているはずだが、今のことろ何の連絡もない。

 

『分かりました。また連絡しますね』

「私の力が必要な時は、いつでも言ってね、花子ちゃん」


 お姉ちゃんの声で、雪花さんは言った。


『はい、お姉ちゃん』

「え、お姉ちゃ…?」


 そこで、あえて『念話』を閉じた。ちょっとした茶目っ気だ。


『できるだけ早く、解決したいところだな』


 シャルカさんは軽く息を吐いてから続ける。


『雪花を預かってもらってる連中からもせっつかれてるんだよ…雪花を早く引き取りに来てくれって』

「…どうしてですか?」


 聞かない方がいいのは分かっていたが、一縷(いちる)の可能性に賭けてみた。


『雪花が、夜中に意味の分からない奇声を発するから早く引き取りに来てくれとか、雪花がその辺の男児を連れ込もうとするから早く引き取りに来てくれとか、雪花が完徹した後で風呂に入って寝落ちしかけるから早く引き取りに来てくれとか、雪花がたまに風呂をサボって臭いがキツイ時があるから早く引き取りに来てくれとか、色々と言われてるんだよ』

「…ワタシたちの心配が軒並(のきな)み当たってるじゃないですか」


 いや、それ以上か。

 できるだけ早く捕まって欲しいものだ。天使さんたちの日常を守るためにも。


 けれど、この数日後、捕縛された。邪教徒、たちは。

 それはもう、拍子抜けするほど、あっさりと。

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