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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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80 『ゴイゴイスーな女神です』

「アルテナ…さま?」


 背後から聞こえてきた声に、ワタシは振り返る。

 恐る恐る、振り返る。

 そこにいたのは、見目麗しい女神さまだ。

 …けれど、どうして、あの女神さまがここにいる?

 アルテナさまは、力を失って眠りについていたはずではなかったか?

 だから、震える声で、ワタシは問いかけた。

 信じられないという想いと、信じたいという願いががっぷり四つで交錯する。

 こんなにご都合主義な展開が、ワタシの人生で許されていいのか、と。


『はい、アルテナですよ』


 そこにいたのは、光沢のある薄手の白いドレスに身を包んだ、アルテナさまだった。この逼迫(ひっぱく)した状況下でのドレスコードにはそぐわないが、これが女神さまとしての正装だ。


「本当に、アルテ…ナ、さま?女神さま、の?」


 この場面で、この女神さまが救援に現れるなんて、夢にも思っていなかった。

 だから、ワタシはまた、女神さまに問いかけた。

 これが、虫のいい白昼夢(はくちゅうむ)ではないことを、確認したいから。


『はい、みんな大好きアルテナさまですよ。ゴイゴイスーな女神です』


 アルテナさまは、横ピースで微笑んでいた。しかも、ダブルの横ピースだ。その年甲斐(としがい)もない茶目っ気には胸焼けしそうになるけれど、そのくどいウザさこそがアルテナさまの真骨頂とも言える。

 そんなアルテナさまに、ワタシはなおも問いかけた。

 もう少し、アルテナさまを感じたかったから。


「『女神のことは嫌いでも、ワタクシのことだけは嫌いにならないでください!』って叫んでSNSが大炎上したアルテナさまですか?」

『…そのアルテナさまですが』

「最近は、そこそこ真剣に夜間頻尿(ひんにょう)で悩んでいるアルテナさまですか?」

『夜間頻尿の確認は必要なのでしょうか!?』


 アルテナさまは目を三角にした涙目で叫んでいたが、ワタシは、そんなアルテナさまの胸に飛び込んだ。(もつ)れる足を、引き()るようにしながら。

 そして、抱き着いてから実感する。


「ホンモノのアルテナさまだよお!」


 泣きながら、アルテナさまの胸に顔を埋めた。その胸は豊満だったけれど、今のワタシにはこの抱擁(ほうよう)を堪能できるだけの余裕はない。ただただ、声をあげて子供のように泣きじゃくっていただけだ。

 …今、ワタシが一番、会いたかったのがアルテナさまだ。

 そのアルテナさまが、ここで来てくれた。

 この土壇場で、ワタシのために、来てくれた。

 こんなの、泣いちゃうに決まってるよ!


『どうしたのですか、花子さん。そんなに泣き()らして』


 アルテナさまは、ハンカチでワタシの涙をぬぐってくれた。アルテナさまの手のやわらかさや温かさは、ハンカチ越しにもワタシに伝わってくる。


「だって、だって、ワタシ…うあああああああああああああああぁん!」


 また、そこで泣いた。

 呼吸もままならなくなるほどに声を上げて。

 人目も(はばか)らず、騒音と呼ばれるレベルのデシベルで。

 今のワタシは、『転生者』でもギルドの看板娘でもなかった。

 ただただ泣きじゃくる、ただの花子でしかなかった。

 そんなワタシを、アルテナさまは何も言わずに抱きしめてくれていた。

 暖かい手で、何も聞かずにワタシの頭を撫でてくれていた。

 泣きじゃくるワタシと、それ以外の静寂がこの場を包む。


『すみませんね、花子さん…辛い思いをさせてしまって』


 ワタシの大泣きが下火になったところで、アルテナさまが声をかけてくる。その声は、女神さまらしくふんだんに慈愛が込められていた。


「ホントにそうですよ…ずっと、ずっと、ワタシ、しんどかったんですよ」


 アルテナさまを責めるような口調になっていたけれど、これは、単に甘えたかっただけだ。そして、ワタシはさらに甘える。この、愉快で傍迷惑な、けれど愛すべき女神さまに。


「この王都を丸ごと洗脳するとか言い出す人は現れますし、仲のいい友達が悪い悪魔になっちゃったりもしました…さらには、この世界を崩壊させる魔女まで出てきたんですよぉ!」


 ワタシは、吐き出した。これまで胸の中にたまっていた全ての鬱憤(うっぷん)を。


「そんなの、ワタシにどうにかできるはずないじゃないですか!完全にキャパシティを超えてますよ!それなのに、ワタシの周りでばっかりワタシの手に負えないことが起こるし、でも放っておくこともできませんし…アルテナさまだって、さっさと寝ちゃったじゃないですかぁ!」


 アルテナさまの胸の中で、ワタシは泣いていた。アルテナさまのことまで悪く言ってしまったのに、アルテマさまはその雑言ごとワタシを受け入れてくれていた。懐の広さは、さすがの女神さまだった。


『よく、頑張ってくださったのですね、花子さん』

「ワタシ、ずっとずっと、助けて欲しかったんですよ…アルテナさまにぃ」

『そうですね、確かにワタクシはいいところがありませんでしたし…ここからは、少しは女神らしさを見せて挽回しないといけませんねえ』


 アルテナさまは、そこでそっとワタシの体を放した。壊れ物でも扱うように、そっと。

 ワタシはまだその温もりに縋りたかったけれど、これ以上の駄々をこねるわけにはいかない。


『お久しぶりですね、『魔女』さん』


 アルテナさまは、ワタシと『魔女』の間に立つ。優雅なその背中が力強く、そして物静かに語る。ワタシたちを守る、と。


「そうですね、『女神』さま」


 アルテナさまの言葉を受け、『魔女』も返事をした。

 けれど、それは随分と素っ気のないものだった。友愛も信頼も、それどころか他人行儀すらそこにはない。アルテナさまは、けんもほろろにされても魔女に声をかける。


『あなたはまだ、『世界の崩壊』をやめるつもりはありませんか』

「その話なら終わったはずですよ。私は止まれないんです、あのヒトビトのためにも」


 女神さまの慈愛に対し、魔女は悲哀で答えた。

 確かに、この魔女はその背に何十億もの悲劇を背負っている。たった一人の人間が背負えるものでは、ないというのに。

 …いや、そもそも、『魔女』とは人間なのか?

 ワタシなら、とてもではないが耐えられない。


「いえ、あのヒトビトのためだけではなく、私自身のためにも止まれない、でしょうか」


 そこで初めて、魔女は困ったような笑ったような、人間らしい瞳を見せた。小さなことに泣いて怒って、小さなことに笑って楽しむ、そんな等身大の瞳を。

 そんな『魔女』に、ワタシは横から問いかけた。ワタシが出しゃばる場面でないことは、分かっていたけれど。


「どうしても止められないんですか…ドロシーさん」

「私は、大昔からこの世界を崩壊に導こうとしていると思われているかもしれませんが、実際には少し違います」


 魔女は、滔々(とうとう)と語る。

 ワタシも、この異世界に来てから色々と稀有(けう)な経験をさせてもらっているが、魔女の身の上話を聞いたのは初めてのことだった。


「私自身が長生きをしているのではなく、私は、その時代時代で呼び出されているのです」

「…時代時代で、呼び出されている?」


 どういう意味だろうか。魔女の言葉は、ワタシの心を揺さぶる。知らない方がいいと心が警鐘(けいしょう)を鳴らすのに、どうしても問いかけてしまう。


「あの黒い亀裂は、いつでも存在しているわけではありません。この『異世界』を崩壊させられるタイミングになると、あの亀裂は現れるのです」


 淡々と、魔女は語る。魔女の言葉で、魔女の図式で。

 ワタシも、その話は聞いたことがあった。あの亀裂は長い長い周期を経てこの異世界ソプラノに現れる、と。


「そして、私はその崩壊のタイミングが訪れる時代に、呼ばれるのです。あの、黒い亀裂に」

「呼ば…れる?」


 黒い亀裂に?

 しかし、魔女はワタシの呟きには頓着(とんちゃく)せずに続けた。


「そこで崩壊に失敗すれば、次の時代へと私は飛ばされます。次の、黒い亀裂が表面化する時代へと。あなた方もご存じのように、崩壊は前回も失敗しました。その前も、崩壊は起こせませんでした。というか、当たり前ですが成功したことなど一度もありません。そうして、失敗のたびに私は次の時代に飛ばされ続けているのですよ」

「ちょっと、待ってください…それって、この世界の崩壊を引き起こすために、ドロシーさんは何度も何度も時間を飛ばされて続けてるって、ことですか?」

  

 ずっとずっと、このセカイをホウカイさせるために?

 …たったのヒトリで、ジカンをナンドも超えている?


「それは…それじゃあ、まるで」

「『魔女』ではなく咎人(とがびと)ですよね。私は、罰を受け続けているのです。身に覚えのない罰を、何度も何度も延々と」


 笑っていた。いや、『魔女』は(わら)っていた。

 けど、それは第三者に向けたものではない。それは、自分自身に対する嘲笑だ。


「私が何をしたというのでしょうね。悪いことなど、私は何もしていません。にもかかわらず、私は召喚され続けているのですよ。この異世界を崩壊に導くために」


 魔女の声には、(にご)りが混じっていた。

 だけど、その濁りこそが『彼女』の本質の部分とも言える。ありもしない罪で罰を受け続けている、『魔女』としての『彼女』の。


「どうし、てそんなことに…いや、それじゃあドロシーさんは」

「この異世界の人間では、ありません」


 ワタシの言葉を遮る形で、ドロシーさんはそう口にした。

 この世界の人間ではないと、はっきりと。

 だとすれば、この人もワタシたちと同じ異邦人ということになる。

 …いや、この人の事情はもっと複雑だ。

 その複雑な事情を、ドロシーさんは語る。


「わけも分からずにこんな得体の知れない世界に呼び出され、やらされていることが世界を壊すことですからね。しかも、失敗すれば次の時代に飛ばされるのですから、帰るに帰れません。というか、私が元の世界に戻れる保証など、どこにもないのでしょうね」

「…一体、誰がドロシーさんにそんなことを、させているんですか」


 無理やり攫ってきて、セカイをホウカイさせようとしている?

 神さまか?悪魔か?そんな横暴の首謀者(しゅぼうしゃ)は。

 混乱のまま、ワタシはそう問いかけた。

 けれど、ドロシーさんから帰ってきた言葉は、簡素な一言だった。


「あの黒い亀裂ですよ」

「あ、あぁ…」


 それはワタシの想定外ではあったけれど、やけに納得をしてしまう言葉だった。

 あの黒い亀裂が、ドロシーさんを、『魔女』にしたんだ。

 自分たちの声なき『声』を、セカイに届けさせるために。


「最初は、私は何もできませんでした。『このセカイを壊せ』といううわ言のような声は聞こえるのですけれど、それが誰の声かも分かりませんでしたから」


 魔女は、語る。あの、黒い亀裂との馴れ初めを。

 誰にも知られなかった、彼女の旅路を。


「なので、何度何度も時代を飛ばされました。世界を壊すことなんて、小市民の私にはとても出来ませんでしたから」

「ドロシー…さん」


 それは、どれだけ心細い旅だったのだろうか。

 たったの一人で、理由も分からず、セカイを壊せと正体不明の声に急かされる。

 しかも、ドロシーさんが元の世界に帰れる保証など、どこにもない。

 …おそらく、ワタシなら、途中で気が狂っている。


「しかし、何度も何度も世界を飛ばされているうちに、その『声』があの黒いヒトビトのものだと理解できるようになりました。そして、それが強い怨嗟(えんさ)の声だということも」


 ドロシーさんは…魔女は、そこで空を見上げた。黒い亀裂は、今は浮かんでいない。それでも、この人には今も亀裂が見えているのかもしれない。今も、あの嘆きが聞こえているのかもしれない。


「もう何十回も飛ばされていて、回数すら把握していません。けれど、それぐらい一緒にいると、あのおぞましい亀裂にも情がわいてくるものなんですね。ある時から、一度くらいはこの異世界を崩壊させてあげなければ、と思うようになったんですよ」


 そこで、魔女は笑っていた。その瞳からは、人間性が消えていた。

 代わりに、代弁者としての魔女の意思が、灯る。


『ご存じないのですか?一度でも滅んでしまえば、世界は元には戻りませんよ』


 魔女の瞳を取り戻した魔女に、女神さまは道理を説く。


「この異世界が滅びるのは、これまでの歴史のツケによるものですよ。弱者を、弱者のまま蔑ろにしていたそのツケを清算する時が来ただけです」


 女神さまの道理に、魔女は敗者の摂理で迎え撃つ。


『あなたの言う通り、歴史というのは奇麗なものばかりではありません。寧ろ、そうした人が人を踏み(にじ)った軌跡(きせき)の先に生まれたのが、歴史とも言えます』


 女神さまは、人々が直面してきた歴史の負の側面を語る。

 永い永い時の中で、きっと、この女神さまも嫌というほど対面してきたはずだ、唾棄(だき)すべきニンゲンたちの所業と。

 おそらく、立場的にはこの二人は似ている。

 どちらも、歴史の望まぬ観測者だ。


『しかし、それでも人は前に進もうとしています。二度と、ダレカが悲しい歴史を繰り返さなくてもいいように』

「だから、そのための清算だとは思いませんか」


 女神さまと魔女の問答は、水と油だった。

 同じ液体なのに、それらが混ざり合うことはない。

 

「それに、私だって帰りたいんですよ…私がいた、あの世界に。この異世界を崩壊させないと、帰れないんです」


 魔女は…ドロシーさんは、そこで小さく瞳を伏せた。

 もしかするとそれは、初めて吐露したこの人自身の『本音』で、『弱音』だったのかもしれない。

 …そうだよね。誰だって、自分のお(うち)に帰りたいよね。

 魔女としてのこの人の気持ちを()み取ることは、ワタシには難しい。けれど、その気持ちだけは、痛みとともに共有できた。


『では、あなたが元の世界に戻れるように道を探しましょう。そのためなら、ワタクシは…』

「もう、遅いのですよ」


 魔女は、アルテナさまの提案を却下した。最後まで、聞く前に。それは拒絶だ。相容れないという絶縁の宣言だ。


「私はずっと、あの黒い亀裂と共にいました。ずっと、その『声』を聞いていました。そんな私は、もはや以前の私ではないんです。私の心の半分は、既にあの黒い亀裂と同化しています。彼らの怒号が、彼女たちの憎悪が、私の血肉として混ざっているのですよ」


 魔女の言葉は、(とげ)として刺さる。

 決して抜けない、不可視の棘として。


「そんな私には、途中下車もできなくなってしまいました。あのヒトたちの憎しみは、既に私のものとなっているのです。そういう意味では、私は、正しく『魔女』と化してしまいました」


 魔女は、語る。魔女に堕ちた経緯(いきさつ)を。

 逃げることも誤魔化すこともできなかったから、この人は魔女になったんだ。

 誰よりも痛みに寄り添ったからこそ、この人は魔女なんだ。


『たとえ、あなたが『魔女』だとしても…探し続ければどこかに抜け道だってあるかもしれないではないですか』


 女神さまは、それでも『魔女』との対話を試みる。


「先ほども言いましたよ。この対話は、既に前回で決裂している、と」

『それでもワタクシは…ワタクシたちは、あなたと敵対したくはありません』

「あの黒い亀裂に囚われたヒトビトの中にも、今のあなたと同じ台詞を口にしていたヒトはいましたよ。当然、その懇願は無下にされましたけれど」


 ドロシーさんは…『魔女』は、女神さまと対峙した。

 魔女と女神の間に、斥力が発生する。

 

「そもそも、女神さまでは私の相手はできません。交渉とは、対等の相手でなければ適用されない手段なんですよ」

『…ですが、前回のワタクシは、力の殆んどを消費している状態でした。あれから眠りについていたので、現在のワタクシは元気いっぱいですよ』


 アルテナさまは、そこでちらりとこちらを見た。

 その瞳は、これまでにワタシが見たどのアルテナさまとも違っていた。

 …ワタシの中で、小さな不安が鎌首を(もた)げる。


「そうですか」


 魔女は、軽く手を払った。

 …だけ、なのに。


「…………!?」


 ワタシたちを、風が襲った。しかも、『黒』い風が。それらは、風とは思えない質量で吹き(すさ)ぶ。

 

『…………!』


 アルテナさまも大きく手を動かした。その『風』を薙ぎ払うように。

 その瞬間、『風』は止まった。おそらく、アルテナさまが止めたんだ。

 ワタシは、アルテナさまの背中を眺めながら安堵していた。アルテナさまは、やっぱり女神さまだ。

 ワタシたちを守ってくれる、女神さまだ。

 …けれど、魔女は教えてくれた。

 それは、浅墓(あさはか)な展望だと。


「確信しました。やはり、あなたでは私をとめることはできません」


 魔女がその言葉を口にした後。

 …『夜』が、降りてきた?

 そう錯覚するほどの『黒』を、魔女はその身に(まと)っていた。

 その『黒』は、あの亀裂の『黒』と同じ色をしていた。

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