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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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77 『言っておきますが、ワタシは最初からクライマックスですからね!』

 嵐の前の静けさという、(かび)が生えるほど使い古された慣用句がある。

 これは、大きな異変の前には不気味な静けさが訪れるという比喩表現だ。実際、暴風雨や磁気嵐が到来する前にも一時的に周囲が静まり返ることがあるそうだ。


「…………」


 けど、嵐の前の静けさという言葉があるのなら、嵐の後の静けさという言葉があってもいいのではないだろうか。

 仰向けに空を見上げていたワタシは、そんな箸にも棒にもかからないことを考えていた。他にすることがなかったからだ。いや、できることがなかった、という方が正しいか。今のワタシは、まともに体が動かせなかった。大きな嵐が過ぎ去った後で、体がへとへとだったからだ。


「大丈夫か、花子」


 慎吾が、横たわるワタシを覗き込んできたが、その表情は明るいものではない。まあ、無理もないかもしれないけど。


「うん、もう平気…鼻血も止まったしね」


 ワタシは、慎吾に『心配はいらない』というニュアンスを込めて軽く微笑んだけど、慎吾の表情は険しいままだった。どうやら空元気なのは見透かされていたようだ。さすがは慎吾だね。


「本当に、無茶は勘弁して欲しいでござるよ」


 次にワタシの顔を覗き込んできたのは雪花さんだ。というか、ワタシは雪花さんに膝枕をされていたから自然と目が合うんだよね。

 先ほど、ワタシは『悪魔』として復活したというリリスちゃんに『念話』を飛ばした。それまで、どれだけ懸命に叫んでもワタシの声はリリスちゃんには届かなかったからだ。けど、声と『念話』で同時に叫んだその『声』は、リリスちゃんにも届いていた。

 ただ、ワタシはその前に『念話』を使い果たしてしまっていた。全く余剰がないゼロの状態から『念話』を絞り出したんだ。お陰で、ワタシは鼻血を出して倒れてしまった。

 でも、収穫はゼロじゃなかったよ。

 リリスちゃんにも、ワタシの声はまだ届くんだ。それだけで、(がら)にもない無茶をした甲斐があったというものだ。


「だって、しょうがないじゃないですか、雪花さん…」


 ワタシは雪花さんに膝枕をされているので、嫌でも雪花さんとは目が合う。そんな雪花さんからはお小言が降ってくる。確かに、無茶をしてみんなを心配させたワタシが悪いんだけどさ。


「しょうがないでは済まないでござるよ。膝枕をする方の身にもなって欲しいでござるな」

「…それは雪花さんがじゃんけんで負けたからでしょ」


 というか、誰がワタシに膝枕をするかという話になったのだが、じゃんけんで負けた人がワタシの膝枕になるという結論になった。

 …いや、おかしくない?

 負けて悔しがる雪花さんとか、勝って喜ぶ繭ちゃんを(はた)で眺めていたワタシは、けっこう()瀬無(せな)い気持ちになったんだよ?


「ワタシだって、雪花さんより繭ちゃんに膝枕して欲しかったんですけどぉ。さらに言うなら白ちゃんのふかふか尻尾に膝枕…もとい尻尾枕をしてもらって、合法的にすはすはしたかったんですけどぉ」

「時々、花子殿は拙者より気持ち悪いことを言うでござるよな…」

「雪花さんよりマシですー。気持ちの悪い発言対決ならの雪花さんに軍配が上がりますー。というか、今日の雪花さんちょっと匂いますからね?」

「よし、それは宣戦布告と受け取っていいでござるな?」

「言っておきますが、ワタシは最初からクライマックスですからね!」


 ワタシのその叫びがゴング代わりとなり、ワタシと雪花さんの頬っぺたのつねり合いが始まった。疲弊して握力の殆んどないワタシに合わせてくれたのか、雪花さんはつねるというよりもマッサージみたいな感じだったけれど。つまりは、二人でイチャイチャしていた、というわけだ。


「それだけ元気があれば大丈夫みたいだね、花ちゃん」


 ワタシと雪花さんの頬っぺたのつねり合いが一段落したところで、繭ちゃんが声をかけてきた。その隣りには真っ白な犬耳に犬尻尾の白ちゃんもいる。


「ごめんね、繭ちゃん。心配かけたよね」


 ワタシは、そこで上体を起こして繭ちゃんたちに向けて言った。「ホントだよ、ちゃんと反省してよね」と、繭ちゃんは頬っぺたをぷっくりと膨らませて怒っていたけれど、勿論それは本気ではない。


「それから…待たせてごめんね、りりすちゃん」


 ワタシは、背後にいた小さなりりすちゃんに視線の焦点を合わせた。

 さあ、ここからはシリアスのお時間だ。本当はもう少しインターバルが欲しいところだけど、泣き言も言っていられないからね。


「いえ、花子さんが元気になってよかったです」


 そこにいたのは、小さなりりすちゃんだ。

 でも、ワタシが知っている大きなリリスちゃんでも、小さなりりすちゃんでもない。そのどちらでもない小さなりりすちゃんだ。こちらのりりすちゃんは、どっちのリリスちゃんとも口調が違っていた。あっちのリリスちゃんは基本的にワタシのことなんて軽視してるからね…ああ、でもワタシのこと嫌ってるわけじゃないからね、リリスちゃんは。寧ろ大好きだからね、ワタシのこと。


「じゃあ、そろそろ…お話してもらえるかな」


 ワタシは、小さなりりすちゃんにそう促した。この小さなリリスちゃんは、倒れたワタシが復調するのをお行儀よく待ってくれていたんだ。


「ええと、そうですね…お話させて、もらいます」


 ややたどたどしい口調のりりすちゃんだった。ワタシからすれば、随分と初々しい感じがする。あっちのリリスちゃんはどう贔屓目(ひいきめ)に見ても()れてる印象が強いからね。まあ、あの子の正体は悪魔だし、その来歴(らいれき)を考えれば寧ろいい子とも言えるぐらいなんだけど。

 そして、悪魔であるあのリリスちゃんを知っているワタシだからこそ、見えてきた。

 この、初々しいりりすちゃんが何者なのか。


「私は…私もりりすです」


 りりすちゃんは、そう名乗った。外見は十歳くらいにしか見えないが、その名乗りからは『背伸び』を感じた。幼い子供が、無理をして大人を真似る時のような背伸びを。


「あなたは、元々のりりすちゃんの体の持ち主なんだね」


 ワタシは、小さなりりすちゃんの目を真っすぐに見てそう言った。

 りりすちゃんは、そんなワタシにおっかなびっくりだったけれど、すぐにこくりと頷いた。

 …どうでもいいことかもしれないけど、かわいいね、この子。水玉の真っ白なワンピースがよく似合っていたよ。

 まあ、元のりりすちゃんがアレだからね、ワタシに対してはかわいくないことが多いから余計にそう感じちゃうのかな。スイカに塩をかけたら余計に甘く感じるみたいなものだよ(?)。

 と、胡乱(うろん)な脱線はこのくらいにしないと。


「そうです…私が、本来のりりすです」


 小さなりりすちゃんは、ワタシの言葉が間違っていないと首肯した。


「やっぱりそうかあ。リリスちゃんは十年くらい前に人間に生まれ変わった…みたいなことを言ってたけど、実際には人間の子供に乗り移った、って感じだったんだね」


 だから、二人のリリスちゃんがいた。

 いや、いるんだ。


「ええ、そのような感じでした。この体に、悪魔のリリスと私が同居していたと言えばいいのでしょうか」


 小さなりりすちゃんはそう言ったが、それを良しとしない者がいた。


「それは同居とは言わないんだよ」


 ディーズ・カルガが、そこで異を唱えた。先ほどまでは、仏頂面でだんまりを決め込んでいたというのに。


「りりす、君はあの悪魔にとり憑かれているんだよ…それは共生ではなく寄生だ。君は、あの悪魔を憎んでいいんだよ。君の体を、あの悪魔は勝手に間借りしているんだからね」


 その声は低く、そこに感情の起伏はない。普段の浮薄(ふはく)なディーズ・カルガではなかった。けど、感情は表に出していないだけで、その内側では幾重にもとぐろを巻いている。これまでよりもずっとホンモノのディーズ・カルガが、そこにいた。そして、その本物のディーズ・カルガを引き出しているのは、この小さなりりすちゃんだ。

 …この二人の関係は、どういうものなんだろうか。


「でも、カルガさん…悪魔のリリスは、私が生まれた時からずっと一緒にいるんだよ?私にとっては、それが当たり前だったんだよ」


 小さなりりすちゃんは、悪魔のリリスちゃんを擁護する。

 …朧気(おぼろげ)ではあるけれど、二人のりりすちゃんの関係性がワタシにも見えてきた。


「駄目だよ、りりす…人は、悪魔とは一緒にいられないんだ」


 ディーズ・カルガは、やさしく諭すような物言いだった。初めて見せた、この人の真摯な姿だった。

 …つまり、それだけの『真実』を持った言葉だということだ。


『悪魔と人は、一緒にはいられない』


 ディーズ・カルガとりりすちゃんのやり取りを眺めながら、ワタシは、その言葉を胸中で反芻(はんすう)していた。

 それはきっと、りりすちゃんたちにとっては額面(がくめん)通りの意味なのだろう。

 そして、ワタシは以前、ディーズ・カルガから言われた言葉を思い返していた。


 リリスちゃんを良い悪魔として復活させれば、りりすちゃんを殺すことになる。


 不穏を隠そうともしない忠告だった。

 その意味が、ここで浮き彫りになってきた。


「さっきのあの子が、悪い悪魔として復活したリリスちゃんなんですね」


 ワタシはディーズ・カルガに確認をとる。ディーズ・カルガは、深く頷いた。だから、ワタシはさらに確認をとる。


「そして、リリスちゃんが良い悪魔として復活した場合は…この小さなりりすちゃんの体を、完全に乗っ取ることになるんですね」

「…ああ、そうだよ」


 ディーズ・カルガは、頷きながら答えた。

 そして、そこに答えがつながる。

 あのリリスちゃんを良い悪魔として復活させれば、このりりすちゃんを殺すことになる、という身も(ふた)もない答えに。

 リリスちゃんは、大昔に封印された悪魔だ。村人たちから頼まれ、とある教会を建てた。その教会を建てれば、村人たちの仲間に入れてもらえる約束を結んでいたから。

 しかし、約束を守って教会を建てたリリスちゃんに待っていたのは、手の平を返した裏切りだった。リリスちゃんは、教会から派遣された人間たちの手で封印されてしまった。

 …『願い箱』が置かれた、廃教会があるあの場所に。


「…………」


 ただ、リリスちゃんもさすがは悪魔というべきか、条件を満たせば復活できるということだった。

 そのための条件というのが、『願い箱』と呼ばれる郵便受けに入れられた願い事を叶える、というものだ。誰かの願いを叶えるたびに、リリスちゃんは悪魔としての力を取り戻すことができるらしい。 

 しかし、悪い願いを叶えれば悪い悪魔として、善なる願いを叶えれば良い悪魔として復活をするのだそうだ。ただ、リリスちゃん本人ではなく第三者がその願いを叶えなければならないという制約があり、リリスちゃんはワタシに白羽の矢を立てた。リリスちゃんの代わりに、願いを叶える者として。

 ワタシとしても、リリスちゃんを悪い悪魔として復活させるわけにはいかないから、なんとか『願い箱』の願い事を叶えてあげたいとは思っていたのだが…。

 

「…リリスちゃんを良い悪魔として復活させた場合、この小さなりりすちゃんの体で復活をすることになるんですね」


 それは確かに、ころすこと、だ。

 この、小さな小さな、(つぼみ)のようなりりすちゃんを。


「思ったより驚いていないようだね…リリスの秘密を知っても」


 ディーズ・カルガは、ワタシに落胆したような表情を見せていた。リリスちゃんの秘密を知っても動じない、薄情な奴だと思われたのかもしれない。


「驚いていますよ…でも、どこか納得もしています。大きなリリスちゃんはワタシに願い事を叶える催促はしていましたけど、どこか本気とは思えなかったんです。なんだかんだ言いながら、『願い事』探しを口実にふらふら遊んでましたからね、ワタシたち」


 口で言うほど焦っている様子はなかったんだ、リリスちゃんには。


「一応、聞いておきたいのですけれど、現状維持…今のまま、小さなりりすちゃんと悪魔のリリスちゃんで同居を続けることはできないんですか?」


 ワタシは、問いかけた。

 ディーズ・カルガは苦虫でも嚙み潰したような表情で答える。その表情だけで、答えを聞くまでもなかったけれど。


「おそらく無理だ。今のままでも、少しずつこの子はあのリリスに浸食されつつある。この子がこの子でいられる時間が、確実に目減りしているんだよ…いずれ、この子の体は完全にあのリリスに乗っ取られる。そして、その時にどんなリリスとして存在しているのかは、私にも分からない。最悪、この子の体で悪い悪魔として受肉する可能性だってある」

「そう…ですか」


 他の言葉が、出てこなかった。これでは薄情だと罵られても仕方がないかもしれない。でも、ワタシには何も言えなかったんだ。その資格が、当事者でもないワタシにあるはずもない。

 いや、これはただの言い逃れか。ワタシがリリスちゃんの友達ならば、結論は出さないといけないんだ。それが、どちらの結論だとしても。

 …でも、言えるわけないよ、そんなの。

 そんな卑怯者のワタシに、業を煮やしたディーズ・カルガは言った。それは、ある種の断罪だ。


「どれだけあっちのリリスと仲が良くても、花子くんはこっちの小さなりりすを選んでくれると思っていたよ。同じ人間なんだから」

「…それは、ワタシに対する買い(かぶ)りですよ」


 まあ、これぐらいの嫌味で許してくれるならやさしいくらいだよね。確かにワタシ、どっちつかずだ。もう傍観者を気取れる立ち位置に、ワタシはいないというのに。

 けど、やっぱり選べないよ。だから、どちらのリリスちゃんも残れる道を、探したかった。

 そんな虫のいい逃げ道がないことは、薄々、感じていたのに。

 …やっぱり卑怯者だね、ワタシは。

 そんな卑怯者のワタシにも、丘からの風は平等に吹き抜けた。少しは頭も冷えるかと思ったけれど、それで起死回生の天啓などが降りてくることもなかった。ワタシから、幾許(いくばく)かの体温を奪い去っただけだ。


「あれ、珍しく団体さんがいますね」


 …え?

 それはワタシの声ではなく、ディーズ・カルガの声でもなく、小さなりりすちゃんの声でもなかった。当然だ。それは、ワタシたちの背後から聞こえてきたのだから。

 

「まさか、この場所にこんなに人がいるとは思いませんでした」


 もう一度、背後から声が聞こえてくる。


「うそ…でしょ?」


 ワタシたちの後ろにいたのは、あのドロシーさんだ。

 …『魔女』と呼ばれる、あの人だ。

 この異世界ソプラノで、その二つ名を持つ者は一人しかいない。

 それは、世界を終わらせる者の名だからだ。


「どうして、あなたが…」


 ここにいるのですか?という当然の疑問をワタシが口にする前に、ドロシーさんが口を開いた。


「この場所にいると、辛い目に()いますよ」


 それは、端的な忠告だった。いや、端的どころか端折(はしょ)りすぎか。たったそれだけの言葉では、忠告にすらならない。

 その意味をワタシが問いかける前に。

 …『ソレ』は、始まった。


「なに…これ?」


 大した前触れもなく、音が襲ってきた。

 最初は気付かないほどの小さな音で。

 気付いた時には世界を震わせながら。

 地鳴り?

 山鳴り?

 …空が、鳴っていた?


「アレ、は…」


 ワタシは、空に見た。

 大きな大きな、空を割る黒い亀裂を。

 今までで、最大限に大きな亀裂だった。

 世界を終わらせるには、それは、十分すぎた。

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