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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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75 『死に様で後悔したくないんです』

「完全なる洗脳なんて、本当はどうでもよかったんじゃないですか」


 ワタシは、そのことをセンザキさんに告げた。

 ずっと、違和感はあった。

 本気で世界を塗り替えるにしては、この人のやることは手緩(てぬる)かったんだ。

 先ほどワタシは、この場所に呼び出された時点でワタシの勝ちだったと言ったけれど、実は、これはそこまで正しくはない。この人が本気だったら、この場所にもっと多くの人員を配置することもできたからだ。ワタシが打った事前の策なんて、人数差で簡単に押し切れた。

 なのに、この人は最小限の準備しかしていなかった。

 だから、ワタシはこの人の『本気』を疑っている。


「どうだろうね…自分では本気のつもりだったよ。私は、本気であの世界にいた頃の私を取り戻したいと思っていたはずなんだ。自分の手で世界を切り拓くのだと、高慢(こうまん)ちきに鼻っ柱が高かった頃の、あの自惚(うぬぼ)れ屋の自分を」

「…やっぱり嘘ですよね、それ」


 ワタシは、ある種の確信を持ってそう口にした。


「いえ、嘘というよりは、センザキさんが本当の目的を(ぼか)しているという方が正しいでしょうか」

「…それは、どういうことだい?」

「本当に不本意ですけど、あなたが自分とワタシが似ていると言ったことは、間違いではないのかもしれません」


 うん、本当に本当に不本意だけれど。

 でも、ワタシとこの人がある面では似ているというのは、おそらく間違いではない。しかも、悪い面で似ているんだ。


「そんなワタシだから、分かります…センザキさん、あなたは見栄っ張りなんですよ」

「…見栄っ張り、か」


 センザキさんは、否定も肯定もしなかった。ただ、神妙な表情を浮かべてはいたけれど。

 なので、ワタシはそれを肯定と受け取った。


「そして、そんな見栄っ張りなセンザキさんだからこそ、こんなことをしでかした本当の理由はもっとカッコ悪いものだったんじゃないですか?その『カッコ悪い』を覆い隠して包み隠してひた隠しにするために、昔の自分がどうのこうのとか言い出していたんじゃないんですか?」

「…………」


 センザキさんは、沈黙していた。何かを考え込むような面持ちで。

 ワタシは、その沈黙を肯定と受け取った。


「本当は、元の世界で大好きだった女の子とイチャイチャしたかっただけなんじゃないですか?」

「…………!?」


 センザキさんは、沈黙していた。ただ、それは意図的な沈黙ではなく、反論もできないほど動揺していたからだろうけれど。

 その沈黙を肯定と受け取ったワタシは、畳みかけた。


「センザキさんは言ってましたよね、幼馴染がいたって」


 たしか、ワタシに似ているとも言っていたか。


「センザキさんはその子にまた会いたかったから、自分を含めてこの世界を丸ごと洗脳で塗り替えようとしていたんじゃないんですか」

「いや、私は…」

 

 ジン・センザキさんはそこで口籠(くちごも)り、二の句が継げなくなる。センザキグループの代表として流暢(りゅうちょう)にプレゼンをこなしていたあの人の姿は、どこにもなかった。ここにいるのは、消化も嚥下(えんか)もできない未練を抱えた、ただの『転生者』だ。

 そう、未練を抱えていたからこそ、『転生者』はこの異世界ソプラノに来たはずなんだ。

 ならば、この人にもあるはずなんだ。抱えきれないほどの、未練が。

 そして、この人はその未練とまとも向き合うことができなかった。長い時間をかけ、未練はこの人の中に沈殿していった。

 それらはストレスとなり、この人をここまで(こじ)らせた。


「あなたは、その女の子と年相応のキラキラした『青春』を送りたかっただけなんじゃないですか?」

「だが、私は…」


 言いかけたセンザキさんを遮り、ワタシは続けた。この人の、心の瘡蓋(かさぶた)を引っぺがす行為を。


「センザキさんはこうも言ってましたよね。『青春はいいね』みたいなことを。あなたが本当に求めていたのは、未来に想いを馳せる過去のイタい自信家の自分なんかじゃなくて、ただの甘酸っぱくて青臭(あおくさ)い青春だったんですよ」


 それが、普通の女子高生がいるあの世界だったのではないだろうか。日本史のテストがかったるいとかぼやいていた、あんな子たちが日常にいるあの世界が。

 …まあ、そんなありふれた世界すら、ワタシには非日常だったんですけどね。

 おっと、今はそんなことはいいか。


「それを誤魔化(ごまか)すために、センザキさんは動機付けに過去の自分だのなんだのを持ち出したんです。おそらくあなたは、過去だろうが未来だろうが、自分にはそこまで深く執着していません。似た者同士のワタシだから分かるんですよ。そして、もう一つ分かります。見栄っ張りのあなたは、恥ずかしい自分の幻想を他の誰かに知られることが怖いんです。幼馴染の女の子にまた会いたいって、そんな淡い願望を知られたくなかっただけだったんですよ」

「しかし、本当に、そうだろうか…」


 センザキさんの声は小さく震え、しどろもどろになっていた。


「言い逃れは見苦しいですよ、センザキさん。あなたは、『花子』を連れ去っておいて人質には使いませんでした。脅迫や暴力といった品性のない手段は用いずにワタシに『念話』を使わせようとしました。それは、負い目を感じたくなかったからなんじゃないですか。その、幼馴染の女の子に対して」


「…………」


 ジン・センザキさんは、完全に言葉を失っていた。そして、雲のない晴天を見上げる。それは、空との無言の対話だった。その対話を邪魔するような野暮天(やぼてん)は、この場にはいない。


「確かに、私はアイツに会いたかった…のかも、しれない」


 センザキさんは無垢な瞳で空を見上げたまま呟く。憂う表情でもなく笑う表情でもなく、嘆く表情でもない。これまでの全ての虚飾が()がれ落ちた、原色のジン・センザキという人物が、そこにいた。その原色のまま、センザキさんは続ける。


「といっても、アイツとはただの幼馴染だったけどね」

「でも、そこから恋愛関係に発展する可能性だってあったんじゃあ…」

「いや、向こうにそんな気はなかったんじゃないかな。親戚程度には思ってくれていたかもしれないけど」

「そうですか…でも、そういう片思いも青春の醍醐味(だいごみ)というやつなんじゃないですか」


 …ワタシには無縁でしたけどね。

 そんなワタシにはお構いなしに、センザキさんは独り言のように続ける。


「精々、朝は彼女が私の部屋に起こしに来て一緒に登校したり…」

「…ん?」


 …ん?


「昼は、アイツが作ってくれたお弁当を校舎の裏庭のベンチで二人で食べたり…」

「……ん?」


 …ん?ん?


「夜は、私の部屋で二人で勉強をしたり漫画を読んだりゲームをしたり…その程度の間柄だったよ」

「それはもう普通の学生カップルを超えてるんですよ!」


 え、何?今までの全部、ただののろけだったの!?

 リア充爆発しろ!ってやつなの!?


「しかし、私たちはどちらも告白したりはしていな…」

「距離感が近すぎて感覚がバグってるだけですよ!その距離感はもう同棲二年目とかの距離感なんですよ!」


 同棲カップルの距離感なんて知りませんけどね!


「よくそれで交際してないとか言えましたね、センザキさん。世のモテない人たちから石とか投げられても文句は言えませんからね」


 特に、月のない夜は赤い鎧の騎士団長には気を付けるべきだ。


「それはもう迫害というレベルなんじゃないかい…?」


 センザキさんは、そこで一息ついた。

 そして、長い吐息とともに言葉を吐き出す。


「けど、そうだったのか…私の願望は、あの世界で既に叶っていたのか」


 確かに、センザキさんの望みがそれだとすれば、センザキさんは既にその望みを叶えていたことになる。

 …けど、それと同時に、この人はその望みと想い人をあの世界に置き去りにしてしまったことにも、なる。


「なんだか疲れたけれど…本当の自分自身とも向き合えた気がするよ。花子さんのお陰だ。ありがとう」

「あなた以上にワタシは疲れたんですからね…あなたのとばっちりの所為でね」


 センザキさんは憑き物が落ちたような顔をしていたけれど、ワタシはこれでもかと眉間に皺を寄せていた。これぐらいの小言を口にする権利は十分にあるのだ。


「でも…花子さんは本当に、あの完全なる洗脳セカイに興味はなかったのかい?」


 憑き物の落ちた顔で、センザキさんが尋ねてくる。

 それは、純粋だからこそ無粋な問いかけだ。


「あのセカイなら、花子さんが望む人たち全てとの幸福が約束されていた。本当に、微塵も未練はなかったのかい」


 センザキさんは無粋に無粋を重ね、(うずたか)く積み上げる。


「未練なんて、ないわけないじゃないですか…ワタシの未練は筋金入りですよ」


 ワタシは、見栄っ張りなワタシの同類にそう言った。

 そうだ。未練なんてないわけがない。


「なら、どうしてだい?誰だって、憧れた世界を欲するはずだ」

「センザキさん…そんな生き方ばっかりしてたら、周りが敵だらけになりますよ」

「そうだね、私の周囲は敵だらけだったよ」


 事も無げにセンザキさんは言った。


「そういうの、ワタシはごめんですよ。敵なんかいたって寝首を()かれるだけじゃないですか。ワタシは、死に様で後悔したくないんです」


 だから、悪いことなんてしたくない。敵なんか作りたくない。

 死に方くらい、自分で選びたいのだ。二度目の、この異世界では。


「それに…洗脳なんかで安易にこの異世界を塗り替えて欲しくなかったんですよ、純粋に」

「…このセカイを、塗り替えて欲しくなかった?」


 ワタシの言葉を、オウム返しでセンザキさんは呟いていた。きわめて不思議そうに。この人は、ワタシがこの異世界に執着していないと思っているんだ。それはある意味では当たっているけれど、それだけではないんだ。

 そんなセンザキさんに、ワタシは告げた。


「この異世界は、ワタシのおばあちゃんが守ったセカイなんですよ」


 だから、塗り替えて欲しくは、ない。

 おばあちゃんは、このセカイを愛していた。

 それこそ、自分の命と引き換えにするほどに。


「だから、孫のワタシがおばあちゃんを否定するようなこと、できるわけがないじゃないですか」


 …理由としては、それで十分だよね。


「そうか、花子さんは、おばあさんとの二人がかりだったのか…そりゃ、勝てないはずだ」


 センザキさんは、白い歯を見せて笑っていた。

 それは、両手を縛られたこの人が見せた、純白の白旗だった。


「…………」


 …けど、洗脳騒動はこれで完全に終わった。

 これ以上、センザキさんがコトを起こすはずはない。


「…よし!」


 ワタシは一つ、気合を入れた。

 ここまで頑張ったのだ。ご褒美の一つや二つ、いや、三つはあっても問題ないよね。


「焼き芋、食べるよ!」


 気合を入れたワタシの目の前に。


「…え?」


 人が、降ってきた。飛び降りて、きた。ワタシたちの頭上から。

 え…いや、ちょっと、待ってよ?

 まだ、何か起こるの?

 もしかして、ここからまだ花子の一番長い日が始まる感じなの?

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