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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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74 『ここからは時間外労働ですよ』

「私の計画は、どこから歯車が狂っていたのだろうね」


 センザキグループの代表であるジン・センザキさんは、後ろ手に縛られていた。やや痛々しい姿ではあるけれど、この場でセンザキさんに同情する人間は、一人もいなかった。未遂とはいえ、この人は『完全なる洗脳』とやらでこの王都の人たち全てを洗脳しようとした稀代(きだい)の大悪党だ。

 だから、ワタシも最大限に厳格な態度でこの人に(のぞ)む。


「歯車が狂っていたというなら、最初からですよ。この国の人たちを丸ごと洗脳しようだなんて、それは、人の領分を超えています。そんなものが上手くいくほど、世の中は甘くないんですよ」

「花子さんは手厳しいな」

「…そう言う割りに、センザキさんはどこか嬉しそうですね」


 そう、センザキさんは、どこか微笑んでいるようにもワタシには見えた。これだけの計画が水泡に帰したばかりだというのに。


「それじゃあ、そろそろ種明かしとやらをして欲しいな。どうして、さっきの花子さんは『念話』が使えなかったのか」


 センザキさんは、洗脳によってこの王都を根こそぎ塗り替えようとしていた。ワタシたちが生きていた、現代日本というあの世界をこの異世界ソプラノに再現するために。

 ただし、その完全なる洗脳を行うには人々の精神の奥底にまで『命令』を届けなければならなかった。そして、それが可能なのはワタシの『念話』だけだった。

 当然、ワタシはそんな悪事に手を貸したりはしない。

 ただ、そのことはセンザキさんも分かっていた。だから、この人は最初にワタシの洗脳を試みたんだ。

 世界ごと塗り替えるほどの大規模な洗脳ではなくとも、個人に対する数分程度の不完全な洗脳ならば、ここにある洗脳装置でも可能だった。センザキさんは、手始めにその洗脳装置でワタシを洗脳し、それからワタシに『念話』を使わせて完全な洗脳を発動しようとしたんだ。

 でも、ワタシだってその手は読めていた。

 だから、事前に手を打っていたんだ。

 この人がワタシに『念話』を使わせようとするのなら、最初から『念話』が使えない状態にしておけばいい。それだけで、完全なる洗脳とやらは機能不全に陥る。

 そして、ワタシの思惑通り、この人の目論見(もくろみ)は元の木阿弥(もくあみ)と化した。

 センザキさんは、そのカラクリを明かしてくれとワタシに催促をしていた。

 なぜ、ワタシは自分の『念話』を封じることができたのか、と。


「でも、そんなに勿体(もったい)ぶるほどの種明かしでもないんですけどね…ただ、センザキさんには教えたくありません」


 ワタシは、そこで意地悪をした。いや、これくらいは許されるはずだよね?ここまで迷惑をかけられたんだからね?『花子』だって誘拐(ゆうかい)されたからね?


「頼むよ、花子さん。代わりに、赤い洗面器の男が頭に洗面器を乗せていた理由を教えるからさ」

反故(ほご)にしないでくださいよその約束だけは!」


 めっっっっちゃ気になってたんですからね!?


「といっても、ホントに大した種明かしじゃないですよ。手品でもなんでもありませんし、普段のセンザキさんなら簡単に気付く程度のことなんですから」


 ワタシは、そう前置きをしてから説明を始めた。先にハードルを下げておかないと後で怒られそうだからね、『その解決策はショボ過ぎるだろ!』って。


「でも、今の花子さんは、『念話』が使えない状態なんだろう?だから、完全なる洗脳が発動しなかった」

「そうですよ。限界まで『念話』を使い続けたんですから」

「え…?」


 そこで、呆けたような表情をセンザキさんは見せた。

 そんなセンザキさんに、ワタシは続ける。


「だから、限界まで『念話』を使い続けて『念話』を使い果たしただけなんです。ほら、種明かしとしては肩透かしもいいところでしょう?」

「…それ、だけ?なんか、魔法とか魔石機とか、そういう裏技的な道具を使ったんじゃないの?」


 センザキさんは、大きく瞳と口を開けて驚いていた。

 …あれ?

 これ、本当に気付いてなかったんだ。

 気付いてないフリをしてるだけだと思ってんただけど。


「道具なんて必要ないですよ。センザキさんも『転生者』なら知っていま…」


 そこで、ワタシは異変に気付いた。

 場違いなほどに濃厚な芳香(ほうこう)が、周囲から漂っていたことに。


「…っていうか、ワタシたちをほったらかして焼き芋とか始めないでよ!?」

 

 なんだかいい匂いがすると思ったら、ワタシとセンザキさんを()け者にしてみんなで焚き火を囲んでいる。その焚き火の中からは、サツマイモ特有の力強くて甘い匂いが漂っていたことをワタシは嗅ぎつけた。


『そっちはそっちで解決編でもなんでもやっておればよいではないか。こっちはこっちで焼き芋をしておるから』


 ティアちゃんは、トングを使って焚き火の中から銀紙に包んだお芋を取り出していた。あの銀紙の中のお芋は濡れた新聞紙にくるまれていて、お塩も振ってあるはずだ。サツマイモのデンプンに含まれるアミラーゼは、塩素イオンと反応することで甘みを増すからね。ワタシは詳しいんだ。


「既にワタシの意識が焼き芋に引っ張られてるんですけど!?」


 なんでワタシはアミラーゼ活性のことなんて考えてるの!?

 いや、隣りで焼き芋なんてされたら集中できないでしょ!


『なら、さっさと終わらせればよいではないか』

「そもそも、この状況で焼き芋を始めること自体が非常識なんだからね!?」


 マジで何してくれてるの。

 ティアちゃんは、そんなワタシにはおかまいなしに銀紙の中からアツアツのお芋を取り出していた。


『お、いい感じに焼けておるな』

「ちゃんとワタシの分も残しておいてよ!三つだからね!!!三つ!!!」

『わらわ様が言うことではないが…よくその状況で焼き芋に食指が動くな』


 そこで、ワタシはセンザキさんに向き直った。正直、焼き芋にはかなり後ろ髪を引かれていたけれど。


「なるほど、私が君たちに勝てない理由が分かった気がするよ」


 センザキさんは、そこで笑っていた。今度は、明確に。


「理由とかどうでもいいんでさっさと終わらせますよ!」

「えぇ…」


 センザキさんは、また初めて見せる表情をしていた。随分と困惑した表情だ。おそらく、この人がこういう顔をするのはかなりレアなのではないだろうか。まあ、熱々の焼き芋に比べればどうでもいいことだけどね。


「まったく…ここからは時間外労働ですよ」


 というか最初から時間外労働でしかなかったわ。お給金なんて一円も出ないんだわ。せめてご褒美くらいないとやってられないよね。などと愚痴りながらも、ワタシは続ける。


「兎に角、ワタシたちの勝利条件は、センザキさんにワタシの『念話』を使わせないことでした。ワタシが操られることは、最初から敗北条件ではなかったんです」

「それで、花子さんは事前に『念話』を使い切っていた、と…確かに、それなら花子さんを洗脳したところで私の勝ちにはならないね」

「そうですよ。ワタシが『念話』を使えなければ、その完全なる洗脳とやらも机上の空論で終わりですからね」

「…いや、本当にさすがだね、花子さん」

「まあ、ワタシ、看板娘ですから」


 鼻高々に胸を張ったが、実はけっこう危なかったのだ。

 この抜け道を思い付いたのも『花子』からの『念話』があったからだ。『花子』は今日、初めて『念話』を発動させた。だから、『花子』の『念話』は持続時間も短かく、すぐに使用不可になってしまった。

 けど、それがヒントになった。

 ワタシも『花子』のように『念話』を使い切っておけば、センザキさんにワタシが洗脳で操られたとしても、『念話』を悪用されることはないはずだ、と。

 いや、本当はそれ以前の問題だったのか。

 

「そもそも、センザキさんがワタシの『念話』に応じてこの場所を指定してきた時点で、ワタシたちの勝ちは決まっていたんですよ」

「…それは、どうしてだい?」


 本当に気付いていなかったのだろうか、センザキさんほどの人が。

 ワタシは、そっちの方が気になった。


「場所を指定するということは、それは、ワタシに対する呼び出しです」

「そうだ、ね」

「なら、イニシアティブは最初からワタシにあったんですよ。主導権を握っていたのは、呼び出したあなたではありません。呼び出されたワタシこそが、その主導権を握っていたんです」


 ワタシは、大音声(だいおんじょう)で言い切った。そんなワタシとセンザキさんの間を、穏やかな風が素通りしていく。その穏やかな風を追い風に、ワタシは言葉を紡ぐ。


「そうですよ。だって、センザキさんは、呼び出したワタシをこの場所で待ち続けなければならなかったんですから」


 そもそも、ワタシがこの場所に来なければ何も始まらなかった。だから、センザキさんはワタシを待つしかなかったんだ。手持ち無沙汰(ぶさた)だろうが何だろうが。


「その間に、ワタシはすべての準備を整えることができたんですよ。律儀に最短でここに向かう必要はなかったんですから」


 本当は『花子』が誘拐されていたが、センザキさんが『花子』を無下に扱わないことは分かっていた。それは、この人と『念話』で話をした時の印象からも察していた。センザキさんは、誰のことも傷つけずに計画を完遂するつもりだ、と。この時のワタシは、それは勝ちを確信したセンザキさんの慢心だと判断していたけど。

 しかし、その時間があったからこそ、ワタシは慎吾や雪花さん、それにナナさんたちに『念話』を飛ばして助っ人を頼むことができたし、前述のように『念話』を使い切っておくだけの時間もあった。

 いや、実は『念話』を使い切ったのはセンザキさんと話をしている途中だった。本当はけっこうギリギリだったんだよね。勿論、これはこの人には教えてあげないけど。

 そして、センザキさんと話をしながら『念話』を飛ばしていた相手は、この場にいないあの子だ。

 …あの子からの返事は一切なかったから、ワタシからの完全な一方通行だったけれど。


「そうか、時間的な猶予(ゆうよ)か…そこが落ち度になっていたんだね」


 またも、センザキさんは晴れやかな表情を浮かべていた。

 …やっぱり、この人。

 ワタシは、そこで確信を得た。

 だから、そのままの簡素な言葉を投げかけた。


「完全なる洗脳なんて、本当はどうでもよかったんでしょ」と。

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