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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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72 『ここが、ワタシの最高到達点だ!』

「ジン・センザキさん…あなたは、自分自身をも洗脳するつもりだったんですね」


 ワタシは、その言葉をジン・センザキさんに投げかけた。

 自分自身に対する洗脳、それは、自分で自分をこの世界から淘汰(とうた)する行為に他ならない。

 当てずっぽうではあったけれど、的外れではないという確信はあった。

 この人が、この場所に一人でいる時点で。ワタシの『念話』に応じ、この人がこの場所を指定してきた時点で。先ほどの、いくつかの問答の時点で。

 この推察の下地は、すでにできていた。


「そのための洗脳だよ。私は、この異世界の私を否定する」


 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)すらないままに、この人はワタシの言葉を肯定した。

 洗脳とは、記憶の上書きだ。

 個人の人格は、記憶の蓄積により少しずつ樹立されていく。年輪を重ねていくように、それらはゆっくりと時間をかけて行われる。

 しかし、その記憶という自己の根っこを、この人は自ら手折(たお)ろうとしている。

 洗脳により記憶が上書きされれば、現在のこの人は抹消(まっしょう)されるというのに。

 後に残るのは、この人の姿をした全くの別人だ。


「そんなに、理想の自分が大事ですか」


 この異世界で得た全てを捨て去らなければ、ならないほどなのか。


「大事だよ。子供のころから、私は自分のチカラでナニカを成し遂げる人間になりたかった。いや、自分はナニモノにもなれないかもしれないと、薄々は感じてはいたけどね。世界には、天才と呼ばれる人間たちがいて、私では、逆立ちをしたところでその天才たちには勝てないということを」


 …確かに、天才という人種はいた。

 何万人、何百万人もの人たちが競い合う世界にもかかわらず、その全ての人たちを押しのけて頭角を現すことができる人たちが。

 しかし、ジン・センザキさんは少しだけ楽しそうに、天才を語っていた。自分では天才には勝てないと分かっていたはずなのに。


「けど、失敗をするのなら、それはそれでかまわなかったんだ、私は。ほら、『涙とともにパンを食べたことがなければ、人生の味は分からない』という言葉もあるだろう?成功も失敗も、それはきっと私だけが描いた軌跡になるはずだった」

「…天才と呼ばれる人たちも、けっこう悲惨な経験していますけどね」


 天才たちが抱えているのは栄光だけではない。寧ろ、その華々しい栄光の前後にとんでもない影が差し込んでいることも多い。


「その通りだよ。私が憧れたのは、天才たちの成功だけじゃない。天才たちの失敗すらも、私には愛おしかったんだ。天才たちの悲劇や苦悩は、それだけで極上のエンターテインメントじゃないか。天才には勝てないとしても、天才たちが犯した失敗ならば、私にも追体験ができるんだよ。世界中で、私にしかできない失敗だってあったはずなんだ」


 ジン・センザキさんの声は、微かに弾んでいた。


「センザキさんは、破滅型の天才にでもなりたかったんですか」

「もしかするとそうかもしれないね。ただ、異世界転生なんてものをしてしまった私からは、その栄光も挫折も取り上げられてしまった。あの世界にいた私は、あの世界で死んだままなんだ。花子さんなら、理解ができるはずだ。私に似ている君だけが、私に追いついた」

「ワタシに(なつ)くのはやめてくれませんか…虫唾(むしず)が走るので」


 確かに、ワタシにはこの人との類似点がいくつかある。

 この人もワタシと一緒なんだ。転生前のあの世界に、とても大きな未練がある。そして、その未練を(こじ)らせてしまっている。

 …ああ、そういえばそうだった。

 ワタシたちがこの異世界に転生したのは、その未練があったからだ。強い未練を抱えたままのワタシたちは、死後もあの世界に念を残し続けるのだそうだ。そして、それらの念はいずれ(よど)み、怨念となって周囲の生者たちに悪い影響を与えてしまう。だから、アルテナさまたちはワタシたちをあの世界からこの異世界に転生させることで、ワタシたちの妄念をあの世界に残さないようにしている。そう考えると、厄介者の集まりでしかないのかもしれない、転生者というものは。あの世界でも、この異世界でも。


「センザキさんのことを理解できたとしても、納得ができないんですよ」


 ワタシは、そこで少し語尾を荒げた。

 そうだ、納得ができなかった。ワタシだからこそ、だ。


「あなたの言う通り、ワタシたちはこの異世界に転生してきた時点で、もはや別人なのかもしれません。ユニークスキルなんて身に余るスキルを与えられれば、それまでのワタシたちでいられなくことも、理解はできます」


 ワタシたちには、麗らかな日差しが差し込んでいた。その日差しがワタシたちの影をのっぺりと引き延ばし、ワタシとセンザキさんの影が重なった。それでも、ワタシとセンザキさんの言葉は交わらない。交差しているように見えて、ずっと平行線を辿っているだけだ。

 …なんか、無性(むしょう)に腹が立ってきた。


「でも、センザキさんが憧れていたセンザキさんではなくても、この世界で得たものもあったはずで…いえ、もうどうでもいいです」

 

 そうだ、どうせ平行線だ。

 だったら、言いたいことだけ言ってやる。

 時間を稼ぐ必要も、もうなくなった。

 ギリギリだったけど、間に合った。


「要するに…自殺なんてやっすいマネはやめろってことですよ!」


 ワタシは、叫んだ。

 激情に任せて叫ぶのは、若者の特権だ。


「せっかく拾った命じゃないですか!それを、みすみす捨てる?昔の自分とは違うから?傲慢(ごうまん)もいい加減にしてください!しかも、この異世界を丸ごと洗脳?(はた)迷惑にもほどがあるんですよ!あなたは既に、転生者としてこの異世界を引っ掻き回した後なんですよ!」


 この人は、『解析』というユニークスキルを活用してこの異世界で結果を残している。そうとは知らずに振り回された周囲の人たちがどれだけ迷惑を被ったか、それを考えたことがあるのだろうか。この人を蹴落とそうとしたセンザキグループのライバルたちは勿論、この人の成功を喜んでくれた人たちだって、きっといたはずなのに。


「やはり、花子さんは元気だね。君と話しているといい刺激になる」

「こっちはこれっぽっちも嬉しくないんですよ…」


 平行線どころではない。この人とは、立っている地点そのものが別だ。使用している言語以外に共通項がまるで見つからなかった。


「だからこそ、運命を感じているよ。完全なる洗脳に必要な『伝える力』の持ち主が、花子さんでよかった」

「…ワタシからすれば、何一ついいことなんてありませんけどね」


 まさか、世界征服を目論(もくろ)んでいたあの人たちの洗脳装置が失敗作で、この人がそれを上回る洗脳装置を完成させるとは思いもしなかった。こんなことになるなら、この人にはもうしばらく昏睡状態でいてもらった方が世のため人のためだったのではないだろうか。


「さて、そろそろ本題に移ろうか」


 ジン・センザキは、晴れやかな表情をしていた。

 そんなこの人に、ワタシは言った。


「いいんですか…さっきの妄言が遺言で」


 そう、先刻のアレは、この人なりの遺言だ。

 この異世界に残す、最後の言葉だ。


「そうだね…そう言われると少し物足りない気もするね」


 そこで、ジン・センザキは考える仕草を見せた。

 だが、それは見せただけだ。


「けど、この異世界の私が残す言葉なんて、結局はまやかしだよ。そもそも、私自身が私の贋作のようなものだからね」

「…それでも、あなたのご両親はあなたを大切にしてくれたんじゃないんですか」


 その言葉はほんの少しだけ、ジン・センザキを揺らした、気がした。


「確かに、両親は心から私を愛してくれていたのかもしれない。けど、私が彼らを愛せなかった…いや、少し違うか。私には、どうしても、彼らが本物の両親には思えなかったんだ。あの人たちは、私の世話を焼いてくれた。気にかけてくれた。おそらく、それは本物だった。しかし、私はそんな彼らに、本物の感情を返せなかったんだ」

「…本物の、感情」

「私が彼らの子供ならば、当然そこには本物の感情がなければならない。親と子というのは、愛情にしろ憎悪にしろ、そこに本物の感情があるものだ。なのに、私は彼らに対してそのホンモノを抱けなかった。ずっと、しこりのようなものを感じていたけれど、そのしこりの正体はそれだった。最近になってようやく気付けたよ。この異世界に来た私が本物ではなかったから、彼らに対しても本物の感情を返せなかったんだ」


 滔々(とうとう)と、ジン・センザキは語る。

 悔恨(かいこん)のようでもあり懺悔(ざんげ)のようでもあった。


「つまり、私は私自身をあの世界に置き去りにしてきたままだったんだ。花子さんだって、元のあの世界にいた方が幸せだったはずだ」


 ジン・センザキさんの、それは甘い問いかけだった。

 だから、ワタシは答えた。


「一緒にしないでください…ここが、ワタシの最高到達点だ!」


 本当は、病気のことを差し引いても、ワタシはあの世界が大好きだったけれど。

 …だって、あの世界には、ワタシの家族がいたから。


「花子さんらしい、かわいい強がりだね」

「…だから、虫唾が走ることを言わないでください」

「すまないね、花子さんは…どこか、私の幼馴染に似ているんだよ」

「なるほど、それは最高の女性ですね」


 ワタシに似ているということは、そういうことなのだ。


「さて、そろそろ始めようか。完全なる洗脳を。この異世界の塗り替えを」


 空気が、そこで変わった。

 陽気に包まれていたはずの丘の上に、冷ややかな風が吹き込む。その風は、ワタシたちから温度を奪う。


「けど、完全なる洗脳を行うには、ワタシの『念話』が必要なんじゃないんですか。でも、ワタシはあなたには協力なんてしませんよ」

「完全なる洗脳を終えたこの世界は、私にとってだけの天国ではないよ。この異世界の、生きとし生ける者たち全ての天国になるはずだ」

「それを決めるのは、あなたではないんですよ」

「そうだよ」

「それが分かっていながら、あなたは…」

「その先に可能性の扉があるとしたら、開けたくなるのが人の(さが)というものだよ」

「…開けちゃいけない扉があることくらい、あなたなら分かるはずですよね」


 その洗脳された世界がどれだけ完全であろうと、ワタシが手を貸さなければ絵に描いた餅でしかない。


「ワタシに言うことを聞かせるために、『花子』を傷つけますか?」


 そのための人質として、この人は『花子』をここに連れてきたのか。


「いや、そんな野暮(やぼ)はしないよ。立つ鳥として跡を濁さないのは、最低限のマナーだ」

「これからやろうとしていることを考えたら既に手遅れなんですけどね…」


 完全なる洗脳など、大量虐殺と変わらない。その先の世界が、どれだけ崇高なものだとしても。


()に角、ワタシはあなたに手を貸したりはしません。それで、どうやって完全なる洗脳なんてものをやろうというのですか」


 そもそも、その完全なる洗脳を行うためには人々の精神の奥にまで『声』を届かなければならなかった。しかし、それが可能なのはワタシの『念話』だけだ。そして、ワタシがそんな計画に手を貸す道理はない。


「この計画に、実は、花子さんの意思は必要ないんだ」


 ジン・センザキのその声に、熱はなかった。

 その声からは、人としての理性も感情も、怒気や憎悪も何も感じられなかった。ただただ、意図を伝えるだけの文字の羅列でしかなかった。


「先に、花子さんを洗脳すればいいからね」

「ワタシ…から?」

「世界征服を目論んでいた彼らの洗脳装置では近くの人間しか洗脳できず、洗脳といっても数分程度で効果が切れてしまう。そして、洗脳装置で『完全なる洗脳』を発動させるためには花子さんの『念話』が必要になる。しかし、花子さんは協力などしてくれない」

「当たり前じゃないですか…」


 そう言ったワタシに、ジン・センザキ氏は微笑みかけた。

 そして、続ける。


「ならば、『念話』を持つ花子さんを先に洗脳してしまえばいい。数分程度の洗脳とはいえ、それで十分だ。洗脳状態の花子さんに『念話』を発動させ、その状態で洗脳装置を起動させれば…『完全なる洗脳』は成就する。人質や脅迫などという下賤(げせん)手管(てくだ)は必要ないんだよ」

「…洗脳という時点で十二分に卑劣なんですけどね」


 しかし、この場におけるワタシの言葉など負け犬の遠吠えでしかなかった。


「さあ、この異世界の上書きを始めよう…いや、もう異世界ではなくなるんだ。私たちが見知ったあの世界が、この異世界に再演されるんだよ」


 ジン・センザキは鷹揚(おうよう)な声で両手を広げた。その広げた両手から、この世界が塗り替えられるとでも言わんばかりに。


「そんなこと、させるわけないでしょ!」


 それは、ワタシの声ではなかった。『花子』のものではないし、ジン・センザキのものでもない。

 この場所にはいたのに、いないはずのカノジョの声だ。


「あなたのくだらない妄想になんて、これ以上は付き合えないんだよ!」


 ジン・センザキの計画などクソくらえだと、彼女は…雪花さんは手に持った金槌(かなづち)で洗脳装置をぶっ叩いた。

 当然、ワタシは一人でこの場所に来たわけではない。

 雪花さんたちにも『念話』で状況は伝えていたし、『隠形』で姿を隠してこの場に控えてもらっていた。


「ボクだって嫌だよ。この世界には、こんなボクのことを好きだって言ってくれる人たちが、たくさんいる…ボクは、その人たちを裏切れない!」


 雪花さんに続き、繭ちゃんも洗脳装置に金槌を振り下ろしていた。普段はアイドルの繭ちゃんだけど、いや、アイドルの繭ちゃんだからこそ、この街の人たちが変貌することなんて望んでいない。


『ええい…ええええい!』


 繭ちゃんに続き、白ちゃんも『花子』の危機に駆けつけてくれていた。白ちゃんも、大きな声で叫びながら真っ白な尻尾をピンと伸ばして洗脳装置を金槌で叩く。


「私が結婚できないのは、この機械の所為だな!」


 トンチンカンな台詞とともに洗脳装置を拳を振り下ろしたのは、この王都の騎士団長であるナナさんだ。怪我から復帰したばかりなのに元気だな、この人は。

 そして、その元気なナナさんの一撃がとどめとなったようで、洗脳装置は半壊した。これでは、まともに機能することはない。


「残念だけど、そっちはフェイクなんだ」


 ジン・センザキの台詞に、嘘はなかった。

 その台詞と視線に誘導されたワタシたちは、背後を振り返る。

 ワタシたちの後ろには茂みが広がっていた。

 冷ややかな風が通り抜け枝葉(えだは)が揺れる。

 その揺れた草木の中に、見え隠れしていた。

 たった今、雪花さんたちが叩き潰した洗脳装置と瓜二つの形をした、冷たい機械が。

 そして、そこにいた人影の姿が。


「さあ、お休みの時間だ」

 

 ジン・センザキは右手を上げた。

 同時に、冷たい駆動音がこちらにも聞こえてくる。

 ワタシたち全員が、動けなかった。


「新しい世界でまた会おう、花子さん」


 ワタシが最後にきいたの は  そん  なせり ふだ た。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 これ  が   せん のう   か

 わ  た しのい  しきは  そこで おわ た

 せか いのおわ りにし ては  あっけなか   た

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