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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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65 『どこに行こうというのかね』

「…………」


 特異とは、他の対象よりもかけ離れて特別なモノ、すぐれているモノを指すのだそうだ。

 そして、この異世界にも、『特異』と呼べるモノは存在している。

 魔法だのスキルだのが節操なく混在していて、エルフやらドラゴンだのが惜し気もなくごった煮で実在しているファンタジー的にバーリトゥードなこの異世界ソプラノにも、だ。


「…………」


 では、この異世界における『特異』とはなんだろうか。

 種として最も強い屈強な存在だろうか。

 それとも、最も魔法を得手とする叡智(えいち)な存在だろうか。

 他にも、料理が上手い存在だっている。彫刻の上手い存在だって泳ぎの早い存在だっている。数え上げればキリはない。

 ただし、どれだけ図抜(ずぬ)けた力強さや卓越(たくえつ)した技術を持っていたとしても、この異世界で『特異』扱いはされていない。

 なら、この世界における最も異なる存在とはなんだろうか。

 本来なら、「そんなことはワタシの管轄外だ」と知らんぷりを決め込みたいところだ。関わり合いになど、なりたくないからだ。

 しかし、今現在、ワタシたちの目の前にはその『特異』がいた。


「…………」


 この世界で唯一にして無二の『特異』、それは『魔女』だった。

 この異世界ソプラノにおいても、その存在は際立っていた。

 その呼び名が、『魔女』だからだ。

 ワタシたちが元いた世界ならいざ知らず、この異世界でその名が根付いていることが、まず異様なんだ。


「…………」


 繰り返しになるが、この世界には魔法が実在している。勿論、誰にでも扱えるほど容易い技術ではないが、絶対に扱えないというほど難易度が高いわけでもない。ワタシでも、修練次第では会得することはできるのだそうだ。ただし、初歩的で何の役にも立たない魔法に限定されてしまうが。

 そんな、魔法が有り触れたこの世界では、『魔女』という言葉が生まれるはずはなかった。男女ともに分け隔てなく魔法の習得は可能なのだから、そこで分類をする必要がない。わざわざ、『魔女』などと別個に呼称する必要性がないんだ。

 それでも、この異世界には『魔女』という言葉が存在していた。『世界の崩壊』を、引き起こすモノとして。

 それこそが、『魔女』が『特異』たる理由だ。

 だから、この異世界ではカノジョだけを『魔女』と呼ぶ。


「…………」


 けれど、今、ワタシたちの目の前にいる少女が、『魔女』?

 世界を滅ぼす存在??

 とてもではないが、『世界の崩壊』の引き金を引けるタマには見えなかった。

 …だって、この少女はワタシとも面識があったんだ。

 街中でぶつかった程度の袖すり合うくらいの縁ではあったけれど、それでも、彼女にはそんな大それたことができるとは思えなかった。

 しかし、ワタシの隣りにいるこの人は、確かにこう言った。『そこにいたのか、『魔女』』と。

 その人は、タタン・ロンドさん。

 もう何百年も生きている、伝説そのものの魔法使いだ。

 …ただし、その体はロンドさんの本人のものではない。

 本物の彼女の体は、過去に『世界の崩壊』が引き起こされそうになった時に消えてしまった。それ以来、ロンドさんは他人の体でずっとずっと長い時を、生き永らえている。

 自分のものではない体で悠久ともいえる時を生きるというのは、どんな気持ちなのだろうか。

 間違いなく、ワタシには耐えられない。


「…………」


 そんなロンドさんが、過剰なまでに感情を(あら)わにしていた。慎吾に睨みつけられても蛙の面に水だった彼女が、その瞳を三角に吊り上げている。その様子から察するに、目の前の少女は本物の『魔女』で間違いなさそうだ。


『ここで会ったが百年目…どころではないか』


 ロンドさんは、表情も口調も変わっていた。文字通りの仇敵に、険しい視線を向けている。

 対して、彼女は…ドロシーさんは、絵に描いたような無表情だった。

 ワタシも、この人とは二度ほど王都の中で会っている。けど、今のドロシーさんは、過去に出会った彼女とはまるで違って見えた。ロンドさんというフィルター越しに彼女を見ているからだろうか。

 そんなロンドさんとは対照的に、ドロシーさんは落ち着いていた。シックな色のスカートなどを履いていたから、そう見えているだけだろうか。


「そういうあなたは、どちらさまでしょうか」


 ドロシーさんの声は、平坦だった。そこに何の感情も加味されてはいない。

 …というか、これ、ロンドさんの人違いの可能性があるのではないだろうか。

 ロンドさんの迫力に気圧(けお)されていたから疑問に思っていなかったけれど、ロンドさんが今の体になったのは何百年も前の話だ。そして、それは『魔女』が引き起こそうとしていた『世界の崩壊』に巻き込まれてしまったからだ。さらに具体的に言うのなら、ロンドさんはその『世界の崩壊』を起こすための生け贄にされそうになっていた。

 けど、それはもう何百年も前の話のはずだ。

 …その『魔女』が、今も生きているのか?

 だから、ドロシーさんは言ったんじゃないのか?「どちらさまでしょうか」と。


『私のこの顔を忘れたとは言わせない…なんて、ベタな台詞は言いたくはなかったんだが』


 ロンドさんは、確信を持ってその言葉を口にしていた。ドロシーさんが『魔女』だ、と。エプロン姿で、彼女は(すご)む。


「しかし、そう言われましても…ああ」


 そこで、ドロシーさんは何かに気付いて体が小さく揺れた。ショートボブのような短めの髪も、小さく揺れる。


「思い出しました…あなた、『女神さま』ですね」


 ドロシーさんの言葉は、ロンドさんに衝撃を与えていた。

 いや、その余波は、ワタシや慎吾まで震わせた。

 

「女神…さま?」


 思わず、言葉をこぼしてしまった。しばらくは静観しているつもりだったのに。

 けど、隣りの慎吾もワタシと似たり寄ったりの表情をしていた。

 …なぜ、ここで女神の名が出るのか、と。

 この異世界で女神さまと言えば、アルテナさまだ。ワタシとしては不本意だけれど、あの女神さまはこの世界ではかなり信奉(しんぽう)されていて、その名はこの世界の隅々にまで伝わっている。

 しかし、ロンドさんはアルテナさまではない。


「なら…どこの女神さまなの?」


 ワタシの知らない女神さまだろうか。けど、これでもワタシ、この異世界の神さまについて色々と話を聞いたりしているのだ、ギルドの看板娘だからね。そんなワタシでも、アルテナさま以外の女神さまの話は、一度も聞いたことがない。そりゃあ、ワタシだってこの世界の全ての神さまを把握しているわけじゃないけど…。

 いや、ちょっと待て。待て。落ち着け、ワタシ。

 不意に出てきた『女神さま』という言葉に振り回されて、肝心なことを見落としていた。

 …ロンドさんが、『女神さま』?

 あのヒトは、『不老不死』の『教祖さま』ではなかったのか?


『女神…だと?』


 ロンドさんは、その声を絞り出すように発していた。その額には薄っすらと汗の玉が浮かんでいる。

 これまで、ロンドさんが狼狽することはほぼなかった。ワタシやナナさんを殺害寸前まで追い込んだあの時でさえ、ワタシたちの命にも頓着(とんちゃく)しなかった。なのに、今、ロンドさんは執着している。眼前の、『魔女』という存在に対して。


「女神さまでしょう?お久しぶりですね」


 ロンドさんに『魔女』と呼ばれていたドロシーさんが、ロンドさんを『女神さま』と呼んでいた…。

 そして、ロンドさんは呟く。


『私のどこが…女神だと言うのか?』

「どこからどう見ても『女神さま』なのですが?」


 二人の会話を聞いていて、ワタシの方が困惑していた。

 ドロシーさんが『魔女』で。

 ロンドさんが『女神さま』?

 

『私は、私は。私は…ダレなんだ?』


 ロンドさんが、そこで(くずおれ)れそうになっていた。辛うじて、膝をつく寸前で踏み止まっていたけれど。


「だから、『女神さま』でしょうに。この異世界を守っていた」


 軽い溜息と共に、ドロシーさんがそんなことを言っていた。

 …異世界?

 を、守ってきた『女神さま』?


 

「それじゃあ、私はもう行きますね。あなたとは、久闊(きゅうかつ)(じょ)すような間柄でもありませんので」


 ドロシーさんの素っ気のないその態度は、確かに旧友に向けたものではなかった。そして、ロンドさんに背を向けて歩き始める。

 ロンドさんは、その背に声をかける。その瞳は、血走っていた。鮮血のような赤が、眼球の中で網目状に広がっていく。


『待て…待てよ、『魔女』』

「なんですか、まだ私の邪魔をし足りないんですか?」

『私を生け贄にしておいて…このままおめおめと逃がせるわけがないだろ』

「私が…いえ、この世界が生け贄に選んだのは、『女神さま(あなた)』ではないはずですが?」


 致命的なまでに噛み合っていなかった。『女神さま』と『魔女』の会話は。


『うるさい…とりあえず、落とし前はつけさせてもらおうか』


 この場から立ち去ろうとするドロシーさんに、ロンドさんは…あの火球を、放とうとしていた。

 …ワタシやナナさんが命を奪われかけた、あの火球だ。


「ロンドさん…ロンドさん!」


 ワタシは、彼女に叫んだ。

 あの時と違い、あの場所とは違い、ここは王都の街中だ。それなりに人通りもある。先ほどからのロンドさんの激昂(げっこう)に、通行人たちも何事かと足を止めていた。このままあんな魔法を放てば、周りにどれだけの被害が出るか。

 …最悪、巻き添えで人死にが出る。


「やめてください、ロンドさん!」


 ワタシの声は、ロンドさんには届かなかった。

 ロンドさんは、今にも火球を放とうとしている。火球は、爛々(らんらん)と燃えていた。獲物を狙う肉食獣の瞳と同じく、血に飢えていた。


「逃げて、ドロシーさん!」


 頭に血の上ったロンドさんに言葉が届かないと判断したワタシは、ドロシーさんに逃げるように促した。

 彼女が本物の『魔女』であろうとなかろうと、ダレカが死ぬところなんてワタシは見たくない。

 …おばあちゃんだって、きっとそうだ!

 しかし、ドロシーさんはその場から一歩も動かない。関心があるのかないのか分からない、伽藍洞(がらんどう)の瞳で。


「ドロシーさ…ん!?」


 ロンドさんから、火球は放たれた。

 それは、標的であるドロシーさんに向かう。

 ドロシーさんは、それでも動かない。逃げも隠れも、していない。

 だが、火球がドロシーさんを直撃することはなかった。


「…………え?」


 地面が隆起して、火球を防いだからだ。炎と大地の衝突の衝撃は、轟音と暴風が混じり合いながら周囲にまき散らされた。それでも、周囲の誰にも実害はでなかった。


「あれ、は…ティアちゃん?」


 ワタシは、隆起した地面に視線を向ける。あの光景には見覚えがあった。地母神さまであるティアちゃんが、大地を操って同じ防御壁を築いたことがあった。そして、そんな芸当ができるのは地母神さまだけだと思っていたのだが…。


「慎吾…なの?」


 ワタシの隣りで、桟原慎吾が右手を突き出していた。その視線は、突き出た土の壁を見据えている。愚直なほどに、真っすぐに。


「ティアちゃんから習って、練習はしてたんだ。何かあったとき、オレでも花子が…ダレカが守れるようにって」

「すごい…すごいよ、慎吾」


 慎吾のユニークスキルは、『地鎮』といって土地を清めたり力を与えることが可能だった。そして、そのスキルのお陰で地母神さまであるティアちゃんも力を取り戻しつつあった。けど、まさか、慎吾自身がティアちゃんと同じ奇跡を起こせるとは思ってもいなかった。きっと、そこには並々ならない努力があったはずだ。

 …本当は、慎吾だって戦いなんて大嫌いなはずなのに。

 けれど、慎吾は言った。


「いや…オレのはそっちだ」

「え…え?」


 慎吾は、そこでワタシの(かかと)の辺りを指さした。ワタシは、その指先に誘導されてそちらを見たのだが、そこには小さな土塊(つちくれ)が盛り上がっていた。


「やっぱり難しいな…規模もそうだけど、特にコントロールが」

「ちょっと待って、これ、その規模とやらがちゃんとしてたらワタシのお尻がとんでもないことになってたんじゃないの!?」


 砂場のお城程度の大きさだったから事なきを得たけど、この土塊がティアちゃん並みの勢いで生成されていた場合、ワタシのお尻を直撃していたのだ。マジでしゃれ抜きでとんでもないことになったはずなのだ。何気に今日、最大のピンチだったじゃないか!?


「慣れないことはするなってことか…」

「もうちょっとワタシのお尻に気を使ってくださ…じゃあ、ちょっと待って?」


 慎吾の防御壁は不発だった。いや、暴発だった。なら、アレは、ダレだ?隆起した土塊は、壁となってロンドさんの火球を防いでいた。慎吾以外に、ダレがあんなことをできるんだ?


『まったく、花火にしては時季外れじゃろ』


 そこにいたのは、小さな地母神さまだった。小さな体に不釣り合いの、尊大な態度で『女神さま』と『魔女』を睨みつけている。


「ティアちゃん…」

『これで、この間、花子のかぼちゃプリンを黙って食った件はチャラじゃな』


 ティアちゃんは、ワタシたちを見て不敵に笑っていた。確かに、最高のタイミングで救助に来てくれたのだけれど。


「でもね、ティアちゃん…勝手に後をつけてきた時点でそれはギルティなんだよ」

『…ぐ』


 カッコよく言っておけば勢いで有耶無耶(うやむや)にできるかもしれないと思ったんだろうけど、そうは問屋が卸さないのだ。


「それと、君たちはどこに行こうというのかね」


 カッコいいポーズをとっていたティアちゃんの後ろでは、そそくさとこの場から立ち去ろうとしている雪花さん、繭ちゃんに白ちゃん、そして『花子』がいた。

 …要するに、みんなしてワタシと慎吾のデートを尾行していた、ということだ。


「何してるんですか雪花さん、『隠形』まで使って!」


 ワタシは、おそらく首謀者である雪花さんを問い詰めた。そもそも、この人のユニークスキルがなければ、こんなハイレベルなストーキングはできやしない。


「いや、その…『花子』殿が気になると言ったので」

「その言い訳は見苦しいですよ、雪花さん。大体、『花子』がこんなことに首を突っ込むはずがな…」


 けど、ワタシの視線の先では『花子』がやや挙動不審になっていた。この子は、普段から何があっても動じないのに。まさか、本当に『花子』が尾行を言い出したのか?

 そして、そんな醜い仲間割れを起こしていたワタシたちよそに、ぽつりとつぶやく人がいた。


「アレは、大神族…?」

 

 致死量の火球にも微動だにしていなかった『魔女』が、犬耳と犬しっぽに反応を示していた。

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