62 『デキる花子ちゃんは今日も憂鬱』
「…………」
ユニークスキルとは、そもそも何なのだろうか。
字面だけで安直に捉えるのなら、それは唯一の技術ということになる。
ただ、世界で唯一の技術を持っている人間となると、当たり前だがその数はかなり限られる。
将棋で言えばあのヒトだとか。
サッカーで言えばあのヒトだとか。
映画監督で言えばあのヒトだとか…。
膨大ともいえる時間をたった一つの事物に注ぎ込み、気が遠くなるほどの反復を対価に、あのヒトたちは誰にも真似のできない唯一にして随一の技術を手に入れた。当然、その道程が簡単なものであるはずはなく、平坦であっていいはずがない。
誰にも真似ができないからこその、ユニークだ。
「…………」
しかし、この異世界ソプラノにおいては、ユニークスキルという言葉の意味も重みも異なる。
主に、ワタシたち『転生者』の所為で。
何度目かの繰り返しになるが、ワタシたち『転生者』は、この異世界に来る時に女神であるアルテナさまからそれぞれのユニークスキルを与えられてこの世界にやって来た。
…けれど、ユニークスキルなどというご大層なモノを受け取れるだけの権利が、そもそも、ワタシたちにあったのだろうか。
だって、ワタシたちのユニークスキルって、この世界そのものに大きな負担をかけてるんだよ?
だから、複数人が同時に同じユニークスキルのホルダーになった場合、そのスキルは使用が不可となる。そのユニークスキルに対する世界の許容量を、超えてしまうからだ。
そんな、世界に多大な負荷をかけるユニークスキルを、『転生者』だからって、引っ越しの挨拶の洗剤みたいなノリで受け取ってしまって、本当によかったのだろうか。
「…………」
ユニークスキル…いや、フィクションの中で登場する名称として多いのは、チートスキルだろうか。転生ものの漫画やアニメなどでは、転生をする際の特典としてそれらのチートスキルが当たり前のように与えられることが多い。そして、大体は有能(理不尽)で、稀有(お手軽)だ。
主人公はその唯一(盤石)のスキルを振り翳し、異世界での冒険(蹂躙)を楽しんでいる。主人公がその世界に転生してきたことで、世界そのものが根底から覆ることとなるんだ。
当然、その世界の住人たちは右往左往を強制されることになる。元からいた住人たちからすれば、転生者なんてものは規格外の人災そのものでしかない。
他にも、与えられたスキルが無能だと主人公が周囲からバカにされる展開もあるだろうか。ただし、大抵はその無能スキルには隠された効果があり、最終的には主人公をバカにしていたキャラクターたちが後悔をさせられるという竹箆返しのシナリオが鉄板となっている。
後は、転生した先の世界で、チートスキルを活用してスローライフを送るパターンなども挙げられるか。一見すると、これは平和で誰も傷つかない温和な物語に見えるけれど、それでも破壊や崩壊は起こっている。主人公が持ち込んだチートスキルにより、それまでの文明や文化が壊されるからだ。主人公が活躍をすればするほど、その世界の裏側では不当に割りを喰う商人や職人たちが増え続けているはずである。
…そのいずれかの展開になるにせよ、その異世界の先人たちからすればチートスキルなどという異色のシロモノを持ち込んでくる転生者なんか、送ってくるなと叫びたくなるはずだ。
「…………」
兎に角、そんな不条理なチートそのもののスキルを、ワタシたちが当たり前のように受け取ってしまって、本当によかったのだろうか、ということだ。
異世界のご多分に漏れず、この世界にも魔法やスキルは存在している。
当然、それらの魔法やスキルの錬磨を続けているヒトたちがいる。
朝から晩まで、わき目も振らず。
しかし、どれだけ魔法やスキルを磨こうとも、ユニークスキルというチートには及ばない。
どれだけ努力をしても、雪花さんの『隠形』には誰も及ばない。
どれだけ努力を重ねても、『結束』を発動したナナさんには、誰も勝てない。
…これは、正しいことなのだろうか?
全ての努力が報われるわけではないし、努力をしない人間が勝者となることもある。それは、どの世界においても共通の真理だ。
しかし、何の対価も支払わずに得たユニークスキルで脚光を浴びることは、正しいことなのか?
人は、何かの犠牲なしに何も得ることはできないはずではなかったのか?
「…………」
ワタシは、長々とそんなことを考えてしまっていた。箸にも棒にもかからない、何の意味も意義もない思考に囚われていた。
それはなぜかというと…。
「つまり、私はそうやって今の地位に昇りつめたんだよ…この『解析』のユニークスキルのお陰でね」
ジンさんによる、立身出世の武勇伝を延々と聞かされていたからだ。しかも、ジンさんがこの異世界に転生してくる以前の幼少期からの一大叙事詩だ。
最初は、ジンさんに与えられた『解析』というユニークスキルの説明を始めるはずだったのだが、何がどうなったのかジンさんの身の上話を聞かされる羽目になってしまった。
けど、あれだね…他人の武勇伝ほど聞いていて疲れるものはないね。ジンさんもノリノリだったので、ワタシとしても「もういいですよ」とは言えなかったのだ。
なので、ワタシは先ほどのユニークスキルの考察を…考察でもないね、ただのたわ言で頭の中を埋めて時間が経過するのを待っていただけだ。
だって、ジンさんの話って、身もふたもない言い方をすればユニークスキルの乱用で今の代表の座を勝ち取ったってだけの話だからね。そりゃ、ジンさん自身のアイデアなんかもあったみたいだけど、大半はその『解析』というスキルに頼っての出世である。
…それを、ジンさん自身の勝利と言っていいのかどうか。
ある意味、ジンさんとの出世レースに敗れたその人たちは『転生者』の被害者と言えるのかもしれない。まあ、ジンさんに負けたその人たちも人格的には褒められたものじゃなかったらしいので、ジンさんだけがチートを使っても勝ったとしても心象的にはギリギリで中和されているといったところか。そうじゃなかったら、ジンさんただのイキったチーターだからね。
「…………」
そして、ジンさんの話を聞いていた(上の空で)ワタシを差し置いて、アイギスさんと繭ちゃん、そこに雪花さんと『花子』を加えた四人でババ抜きしてたんだよね。
…なんで?
そりゃ、ジンさんの話は長かったけどさ、ワタシ一人にこの人の相手をさせておいてみんなだけで楽しむのはなんか違うんじゃない?
しかも、しっかりと盛り上がっているのだ。
「よし、これでボクのあがりだね」
「あー、拙者の負けでござるかあ…」
隣りから、繭ちゃんや雪花さんの和気あいあいとしている声が聞こえてくる。正直、ワタシの気もそぞろになるというものだ。
「それじゃあ雪花お姉ちゃんへの罰ゲームとして、『花ちゃんの恥ずかしい秘密』を一つ話してもらうよ」
「しょうがない、分かったでござるよ」
「しょうがなくないでしょ!?」
隣りから、のっぴきならない台詞が聞こえてきたので、ワタシとしてはその会話に参加せざるをえない。なんだったら覇〇翔吼拳すら使わざるえない。
「なんで罰ゲームが『ワタシの恥ずかしい秘密』なの!?」
未参加のワタシに飛び火をするだけの罰ゲームじゃないか。いや、それ罰ゲームなんて言わないよね?ただの暴露話だよね?
「なんか多数決で決まっちゃったんだよ。花ちゃんの恥ずかしい秘密ならいくらでもあるからって」
「なんで繭ちゃんがそんなの知ってんの!?いや、知ってても言っちゃっダメだよね!?」
ワタシだけが割りを喰う罰ゲーム反対!
「ええと、この間、夜中に花子殿が…」
「言っちゃダメっていってんのになんで話し始めてんの!?」
雪花さんが秘密の暴露を始めたので、ワタシは慌ててそれを止めた。
というか、何を言おうとしたの?この間の夜中っていつ?
…まさか、あの現場を目撃してたの?
「とりあえず…繭ちゃんたちもババ抜きはそこまでだよ。今はジンさんの話を聞くところだからね」
というか、けっこう大事な場面のはずなんだよ。だって、ジンさん曰く、センザキグループの『世界征服』の方法が分かったって話だったんだからね。まあ、そこからの脱線が著しかったってことは分かるけどさ。
「ええと…確か、ジンさんの持っている『解析』のスキルで、センザキグループで見つけたあの機械(?)の正体が分かったんですよね」
ワタシは、そこで軌道修正を施した。
けど、ワタシがいなかったらホントに話が進まないよね?みんな、ちょっと緊張感がなさすぎなんじゃないかな?
「え、私のサクセスストーリーを語る場じゃなかったのかい?」
「ジンさんまでボケに回ったら、どれだけの負担がワタシにかかると思ってるんですか…」
もう少し花子ちゃんを労わってくれてもバチは当たらないはずなのだ。というわけで、溜め息交じりに小さくぼやく。
「まったく…デキる花子ちゃんは今日も憂鬱だよ」
「最近は花ちゃんより『花ちゃん』の方がデキる場面が多いんだけど…」
「はい、繭ちゃん、ここからはおふざけはなしだよ!」
ワタシは、繭ちゃんの頬っぺたを軽く引っ張った。ワタシとしても珍しいアクションだったけれど、この場面なら許されるはずだ。
「それで、ジンさん…センザキグループはどうやってこの世界を征服するつもりだったんですか?」
「ああ、私の『解析』であの機材を調べた結果…」
ジンさんのユニークスキル『解析』は一目見ただけで、その道具の構造を理解、把握ができるスキルなのだそうだ。
…ホント、チートだよね、それ。
だって、一見しただけで構造を把握できるってことは、簡単に模倣品が作れるってことだもんね。実際、ジンさんはその『解析』のスキルを使い、数々の魔石機の模倣…いや、改良を行ってきたそうだ。
そうやって、ジンさんはセンザキグループをここまで大きくしてきた。
「アレが、洗脳の大元だね」
ジンさんは、軽く右手の人差し指を立てながら断言した。
どうやら、件の洗脳騒ぎは、やはりセンザキグループの(一部の)仕業で確定したようだ。
「でも、ジンさん…本当に、そんなことが可能なんですか?」
センザキグループは、全ての人間に洗脳魔法をかけることで『世界征服』を果たすつもりだった。
けど、そんな破天荒な野望が叶うとは、ワタシには疑問だった。この期に及んでも、だ。
「いや、無理だろうね」
「え…無理?」
ジンさんの言葉に、ワタシは拍子抜けをした。
今、「無理」といったのか?『世界征服』が?
「繭ちゃんくんでも無理なら、それはもう無理なんだよ」
「繭ちゃんでも無理…?」
…それって、どゆこと?
ワタシの混乱に、更なる拍車がかかる。
けど、ジンさんはそんなワタシを置き去りに話を続けた。
「まず、前提として洗脳の魔法そのものが容易ではないということを知っておいて欲しい。ヒトなんて簡単には操れないし、操れたとしても短時間だけだ。とてもではないが、永続的にヒトを支配し続けることなんてできるはずもない」
ジンさんは、整然と語り始めた。さすがにセンザキグループという大きな会社の代表だけあって、スピーチ力は抜群だった。
「しかし、容易ではないというだけで不可能というわけではなさそうだ」
「…不可能じゃあ、ないんですか?」
さっきは、無理だと断言したはずなのに?
しかし、ジンさんはさらに続ける。
「私の『解析』によるとそうだね。しかし、さっきも言ったけど、洗脳による『世界征服』なんて本来なら夢物語もいいところだ。そのための補助としてあの機械が使われていたんだ」
「補助…ですか」
ワタシは、ジンさんの言葉を反芻した。そうやって少しずつ理解を深めていかないと、すぐに置いて行かれてしまいそうだった。いや、もう半ば置いてけ堀なのだけれど。
「端的に言えば、ヒトを操りやすくするための機械と言えばいいのかな。洗脳魔法だけでは目の前の一人をほんの少し操ることが関の山だけど、その洗脳の成功確率を上げるための魔石機だね、アレは」
「…じゃあ、あの機械があればたくさんの人を同時に洗脳できるんですか?」
ワタシは、その光景を想像して固唾を呑む。
「いや、あの機器があったところで、全ての人間を洗脳することなど不可能だ」
「そう…なんですか?」
確かに、ジンさんはさっきそう言っていたけれど。
「ああ、あの機械があれば洗脳の成功率は上がるだろうけれど、アレは誰にでも扱えるものじゃない。アレを完全に扱うには、届けられる『声』が必要なんだ」
「届けられる…声?」
また、ジンさんがわけの分からない言葉を口にした。
「少し説明が難しいけれど…アレを扱うには、ヒトの心の奥にまで訴えかけられる『声』が必要になる。というか、ヒトの心の奥にまで『声』を届けられる人間にしか扱えないってことかな」
「ヒトの心の奥に…届ける『声』」
ワタシは、ジンさんの言葉を繰り返す。
そんな声を持っている人間が、この王都にどれだけいるだろうか。
「だから、連中は繭ちゃんくんに仕事の依頼をしたんだ」
「…ボク?」
不意にジンさんから話を振られ、繭ちゃんは丸い瞳をさらに丸くしていた。
「あの洗脳装置は、洗脳魔法を人の心に届けるためのものだ。しかし、それを行うためにはヒトの心の奥にまで届けられる声の力が必要になる」
「まさか、そのために繭ちゃんを…?」
「ご明察だよ、花子さん。この王都で、最もヒトの心を動かせる声の持ち主は、繭ちゃんくんだ」
「え…ボクが?」
混乱気味の繭ちゃんに、ワタシは言った。
「この王都でね、誰よりも心に響く声を持っているのは、繭ちゃんなんだよ」
言葉というのは、誰が発するかによってその重みが変わる。この王都の人たちにとって、繭ちゃんの言葉は、誰の言葉よりも響くんだ。
それは、繭ちゃんがこれまでに歩いてきた軌跡があったからだ。ダレカのために歌い続け、踊り続けてきた繭ちゃんだからこそ、その声はこの王都の人たちの心の深奥にまで響く。
…だからこそ、ワタシは憤る。
「けど、あの人たちは、その繭ちゃんの声を利用しようとした…洗脳なんて卑怯な裏技の道具にしようとしたんだ。そのために、新型の録音機のテストだって嘘をついて、繭ちゃんをセンザキの本社に呼びだした」
ワタシからすれば、それは禁忌とも言える行為だ。この子の努力の、その上澄みだけを掠め取る卑劣な行為だ。
「しかし、洗脳は無理だったんだろうね」
「…え?」
ジンさんの言葉に、ワタシは思わずそんな声を漏らしていた。
けど、そうか。元々はそういう話だった。
ジンさんは、できないと言っていた。『世界征服』なんて、不可能だと。
「おそらく、繭ちゃんくんの言葉をもってしても洗脳装置による完全な洗脳は実現できなかったんだ」
ジンさんは、鷹揚な声でゆったりと語る。それは、幕引きを感じさせるには、十分だった。
「だって、繭ちゃんくんは、センザキにもう何度も呼ばれてテストを行っているはずだ。それなのに、完全なる洗脳は未だに成功していない。つまり、繭ちゃんくんの伝える声をもってしても、洗脳なんて外道は成功させられなかったんだ」
「それじゃあ…」
ワタシの声も、軽くなった。
ジンさんの終幕宣言を聞く前に。
「『世界征服』なんてものは、最初から砂上の楼閣だったってことだよ」
ジンさんは、センザキによる洗脳計画は最初から成功するはずはなかったのだと、断言した。
「これで、終わりなんですね…」
ワタシは、深く息を吐いた。
これで、リリスちゃんが苦しむこともなくなるのだ、と。
最後は少し肩透かしだったけれど、それでいい。
世界の命運なんて、ワタシの肩には重すぎるのだ。