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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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61 『救いはないんですか!?』

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ワタシは、正座させられていた。

 雪花さんは、正座させられていた。

 ジンさんも、正座させられていた。

 アイギスさんまで、正座させられていた。

 我が家のリビングで。

 ちゃんとソファとかあるのに、木目の固い床に正座をさせられていた。

 ワタシや雪花さんは割りと日常茶飯事なのだけれど、ジンさんはけっこういい年をした大人で、一時的に内ゲバで失脚させられているとはいえ、センザキグループという大企業の代表だ。


「…………」


 …というか、アイギスさんはさすがにヤバい。

 この人、この王都の第二王子さまなんだけどね?

 アフロのカツラにサングラスとかいう、ネトゲとかでたまに見かけるネタ満載のアバターみたいなファンキーな外見だったけどさあ。

 …というか、ちょっと楽しそうな顔をしてるアイギスさんは何なの?

 ワタシたち、揃いも揃って反省させられてる真っ最中なんだよ?

 まあ、センザキグループの本社に不法侵入なんてしたからね、怒られるのは仕方ないんだけど…。


「…………」


 そして、そんなワタシたち四人を、深々とソファに腰かけた繭ちゃんが険しい瞳で見つめていた。腕組みをして、スカート姿の足を組み、無言でワタシたちを見下ろしている。

 そして、そんなワタシたちを、『花子』が遠巻きに眺めていた。どうやら最近の『花子』は君子危うきに近寄らずという言葉を覚えたようで、面倒くさいことは避けるべきだと判断している節がある。『花子』よりもワタシが怒られることの方が多いのは、さすがにバツが悪いかった。


「あの、繭ちゃん…?」


 沈黙に耐えかねたワタシが、繭ちゃんに声をかけた。恐る恐るの上目(づか)いで。

 それでも、繭ちゃんは何も言ってくれなかった。アヒル口でお怒りを表していたけれど、それでも愛嬌(あいきょう)があるのはさすがに卑怯だと思います。

 しかし、言葉というのは、口にしなければ何も言っていない、ということにはならない。今の繭ちゃんのように、無言の方が雄弁ということもある。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものなのだ。


「…あの、繭さん?」


 繭ちゃんの圧に耐えかねたワタシは、思わず『繭さん』呼びだ。しかも、卑屈な声で。何ならもみ手でも致しましょうか?

 …というか、今のワタシたちって罪状を読まれる前の罪人だからね。


「なんであんなことしてたの?」


 ようやく、繭ちゃんが言葉を発した。けど、当然のようにその声は普段の繭ちゃんのものではない。こちらを咎める気が満々だ。


「ええとね、繭ちゃん…『世界征服』がね」

「花ちゃんに発言を許した覚えはありません」


 ぴしゃりと言われた。理不尽だった。

 …どうやら、ワタシには申し開きの機会すら与えられていないらしい。


「まあ、とりあえずの経緯(いきさつ)はさっきも聞いたけどさあ…」


 繭ちゃんは軽いため息をついた後で、肩を(すく)めた。呆れていいやら怒るべきなのか、繭ちゃん自身も迷っているようではあった。ただ、これだけは言える。この裁判に逆転はなく、無罪放免(むざいほうめん)だけはありえない、と。


「…………」


 先刻、ワタシとアイギスさんは潜入したセンザキ本社で追い詰められていた。後ろからは警備員さんたちが追って来ていたし、包囲されるのも時間の問題だった。言うまでもなく地の利は向こうにあった。切羽詰まったワタシたちだったけれど、そこでアイギスさんがとある部屋の中に隠れようと扉を開けた…のだけれど、そこにいたのが繭ちゃんだった。

 いや、本当に想定外だったよ。

 なんでここに繭ちゃんがいるの!?ってなったよ?

 まあ、それは繭ちゃんとしても同じだったけれど。

 しかし、そこでワタシたちが助けられたのは事実だった。ワタシたちを追って来た警備員さんたちから、繭ちゃんが(かくま)ってくれたからだ。

 そして、『隠形』のスキルで姿を隠していた雪花さんたちと合流したワタシたちは、センザキ本社から無事に脱出することができた。

 ただし、その後のワタシたちを待ち受けていたのは繭ちゃんによるお説教タイムだ。正直、センザキで追われていたあの時よりもピンチなのではないだろうか。逃げ場なんてどこにもないし、この家で最も怒らせてはいけないのは、間違いなくこの子なのだ。


「雪花お姉ちゃんまでこんな危ないことの片棒を担いで…なんで花ちゃんを止めなかったの?雪花お姉ちゃんが協力したからこうなったんだよね?」


 繭ちゃんの矛先が、雪花さんに向けられた。

 雪花さんも繭ちゃんには逆らえないので戦々恐々としている。そんな中、雪花さんはたどたどしく弁明を始めた。


「ええと、その…なんだか、センザキグループがとんでもない、悪事を働こうと、していると花子殿が言っておりましたのでえ、義を見てせざるは勇無き、なりと申しますかあ」

「…で、本当のところは?」

「支払いが滞っていたアシスタント代をチャラにしてくれると花子殿が…」

「最速でゲロったね、雪花さん!?」

「つまり、花ちゃんに買収されたようなものだね」


 繭ちゃんの圧が、さらに増した。圧力鍋で煮込まれる豚汁でももう少し手心を加えられているのではないだろうか…というか、繭ちゃんの圧が怖すぎてワタシは軽くパニックになっていた。まずいね、花子ちゃんちょっとちびっちゃいそうだよ?

 なので、何とか流れを変えようとワタシは釈明を試みる。


「でも、でもね繭ちゃん、あの、ね…ワタシはね」

「花ちゃんは一カ月おやつ抜きね」

「救いは…救いはないんですか!?」


 追って沙汰(さた)を言い渡す…ともならなかった。ワタシには弁解の余地も与えられないままに、繭ちゃんはこの場でワタシへの罰を言い渡した。

 というか一カ月も!?おやつ抜き!?


「当然、花ちゃんは買い食いとかも禁止だからね」

「ワタシに飢えて死ねって言うのかな!?」

「花ちゃんは知らないかもしれないけど…人はね、おやつを抜いたくらいじゃ死なないんだよ」

「だって、おやつはワタシの生命線なんだよ!?」

「最近、花ちゃんまた丸くなってきてたからちょうどいいよね」


 繭お代官さまはそれ以上は聞く耳を持ってはくれなかった。

 というか丸くなんてなってないもん!…ちょっとしか。


「しかし…繭殿はどうしてあの場にいたのでござるか?」


 雪花さんが繭ちゃんに問いかけた。とりあえず、ワタシへの罰が言い渡されたところでお説教タイムは終わったと思ったようだ。

 …くそ、雪花さんだけお咎めなしっていうのはなんだかズルくない?


「ええと…本当は言っちゃいけないんだけど、ボクがあそこにいたのは仕事だよ」

「「仕事?」」


 ワタシと雪花さんは、ほぼ同時にオウム返しで問い返した。

 しかし、そういえばここ最近の繭ちゃんはどこかから仕事の依頼を受けていると言っていた。ただ、その仕事の内容までは教えてくれてはいなかった。


「契約上、この仕事は他の人たちに話しちゃいけないことになってるんだよ…だけど、こんなことになっちゃってるなら、説明しないわけにもいかないだろうけど」


 繭ちゃんは、そこで足を組みなおした。そんな仕草が、やけに色っぽく見えたのはワタシの目がどうかしているというわけではないということを付け加えておく。


「…センザキグループって、そんなに悪いことをしてたの?」


 繭ちゃんは、次に腕を組みなおしながら問いかける。

 センザキがごたごたしていることは少し前から明るみに出ていたけれど、それを繭ちゃんに話す機会があまりなかったんだ。繭ちゃんも仕事が忙しそうだったし、そんな時に変に話して心配をかけたくなかったからね。

 …だけど、まさか繭ちゃんがそのセンザキから仕事を受けているとは思わなかった。ちょっとコミュニケーション不足だったかな、お姉ちゃん失格だよ。


「そうだね…センザキの『世界征服』がどれくらい進んでるかは分からないけど、少なくとも、現時点でもワタシの友達は苦しめられてるんだ。切実にね」


 ワタシは、膝の上にのせていた拳を軽く握る。ワタシの脳裏には、苦悶の表情を浮かべるリリスちゃんが映っていた。


「花ちゃんの友達、か…」


 繭ちゃんは、吐息のように呟いていた。

 そして、数秒の時が流れてから繭ちゃんは言った。


「…だったら、ボクも協力しないとね」

「繭ちゃん…」


 繭ちゃんなら、協力を仰げばこう言ってくれるとは思っていた。でも、繭ちゃんにあまり負担をかけたくないというのが、ワタシの本音だ。

 この子は、アイドルだ。たくさんのファンがいて、そのみんながライブなどで繭ちゃんに会えることを楽しみにしている。そして、そのための努力を一切この子は惜しまない。繭ちゃんは、自分の時間と努力をみんなの笑顔に還元(かんげん)しているんだ。そのことが分かっているからだろうね、ファンのみんなも繭ちゃんの背中を全力で推すんだ。

 だから、繭ちゃんには負担をかけたくない。

 そして、何より、この子はワタシや雪花さんのようなユニークスキルを持ち合わせていないんだ。

 …いや、ないわけではないのだけれど、それを扱うことは、できない。


「…………」


 ユニークスキルとは、その名の通りこの世界で唯一となるスキルだ。ワタシたち『転生者』は、この世界に来るときに女神アルテナさまから、そのユニークスキルを授けられている。ただ、ユニークスキルとはいっても、同種のスキルが複数存在する例外はある。

 ただし、その場合、そのユニークスキルを持っている人物はスキルを扱うことができない。この世界が、それを許容できないからだ。ユニークスキルというのは強力で、世界に歪みさえ与えることになる。なので、その世界の方が複数人のユニークスキルのホルダーを許さない。この世界が異世界であり、魔法やスキルといったとんちきなインチキがデフォルトの世界であっても、その歪みには耐えられない。つまり、世界にそれほどの負荷をかけるのがユニークスキルということになる。

 そして、繰り返しになるが、繭ちゃんはユニークスキルを扱えない。繭ちゃんの他に、同じスキルのホルダーがいるからだ。そんな繭ちゃんを、こんなことに巻き込めるはずは、なかった。

 …この子は、ワタシの大事な妹…いや、弟(?)だからだ。


「といってもね、センザキの本社でやってたボクの仕事も、あんまり大したことじゃなかったんだけどね」


 繭ちゃんは、軽く空中を眺めながら話し始めた。その仕事の内容を思い出しているのだろうか。


「でもさ、繭ちゃんに声をかけたってことはけっこう大事な仕事だったんじゃないの?」


 繭ちゃんに問いかけながら、ワタシはセンザキグループの代表であるジン・センザキ氏に視線を向けた。この人なら、何か知っているのではないかと瞳で訴えかけながら。

 その視線に気付いたジンさんが口を開いた。


「いや、私はそのプロジェクトには参加していないな。というか、そんな計画を承認した記憶もない…となると、私が入院した後に出された計画なんじゃないかな」


 ジンさんは、首を横に振っていた。


「そうですね…ボクがその仕事の依頼を受けたのもつい最近です」

「で、その仕事ってどんなものだったの?」

「ええとね、花ちゃん、それがね…新型の録音機(?)みたいなものの試作機ができたから、それを試して欲しいってお仕事だったんだよ」


 繭ちゃんは、その試作機を身振り手振りで伝えようとしていた。どうやら、小型の携帯ラジオのような形をしているらしい。


「新型の録音機…それを、繭ちゃんに?」


 ワタシは、小首を傾げる。そこに、小さな違和感を覚えたからだ。


「そうだったんだけど…」


 繭ちゃん自身も、腑に落ちないところがあったようだ。


「センザキグループが録音機を開発してたとして…そのテストをするのが、繭ちゃんじゃないといけないの?」


 現在、この異世界にも魔石を使用した録音機…のようなものはある。ただ、それらは音質などもよくはなく、そもそも数秒の言葉しか記録できない。その改良型が開発されていたとしてもおかしくはないけれど、そのテストを繭ちゃんに依頼することに意味があるとは思えなかった。外部の人間に依頼をしても余計なコストがかかるだけだ。


「そうなんだよね…ボクもそう思った。テストをするだけなら社内の人たちだけでよかったはずなのに、わざわざボクにやらせる必然性があるとは思えなかったよ。しかも社外秘だったからね」

「やはり、おかしいな」


 ジンさんが、小さく呟いた。独り言のように。

 けど、次の声はワタシたち全員に聞こえるように声のボリュームを上げた。


「新型の録音機のプロジェクトなんてなかったはずだ。私が入院してから立ち上げたとしても、そんな数日の付け焼き刃では、試作機すら作れないはずだ」

「じゃあ、ボクが受けたあの仕事は…」

「十中八九、新型の録音機のテストなんかじゃないよ」

 

 ジンさんは、柳眉(りゅうび)に力を入れて断言した。


「でも、それならセンザキグループは何がしたかったんですか?」


 ありもしない試作機のテストに、部外者の繭ちゃんを巻き込んだ。センザキグループとしても、『世界征服』の片手間でそんなことをしている余裕はないはずだ。


「まあ、ある程度の輪郭は見えてきたよ…連中が、何を目論(もくろ)んでいるいるのか、という輪郭がね」


 ジンさんも、繭ちゃんのように軽く腕組みをした。

 そんなジンさんに、ワタシは問いかける。


「本当…なんですか?」

「さっき、妙な隠し部屋に侵入しただろ?そこの豊満なお嬢さんのユニークスキルを使って」

「…とりあえず今は不問にしますけど、それ普通にセクハラですからね」


 普通にイエローカードですからね。

 しかし、ジンさんは飄々(ひょうひょう)と続けた。


「あの部屋には、私も知らない妙な機材が置かれていた。ぱっと見ではよく分からなかったけど、スキルを使って理解したよ。あれが、何のための機械なのか。そして、なぜ、この王都一のアイドルである繭ちゃんくんがセンザキに呼ばれたのか」

「繭ちゃんが…センザキグループに呼ばれた理由?」


 というか、スキル?

 …そういえば、ジンさんもワタシたちと同じ『転生者』だった。遅蒔(おそま)きながら、ワタシはそのことを思い出していた。

 となると、この人もアルテナさまから与えられているはずだ。

 ワタシたちと同じように、この世界で唯一のスキルを。

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