15 『いっぺん…死んでみるぅ?』
『パンツなどなくとも恥ずかしくないのじゃ!』
地母神を自称した少女は叫ぶ。
多方面にひどく問題のある台詞を。
「いいからはきなさい!」
ワタシは、地母神を自称する少女にパンツをはかせようとしてきた。いつまでも、シャツ一枚のノーパン少女をうろうろさせておくわけにもいかないのだ。視覚的に。そして何よりも道徳的に。
『嫌じゃ!パンツなんぞはいたら彼シャツではなくなるであろうが!』
「そんなわけないでしょ…」
何なの、その偏った知識とこだわりは。
女神さまってみんなこんなに面倒くさいの?
『いいや、あの本にも書いてあったのじゃ。彼シャツの極意とは、シャツ一枚であることと見つけたり、と』
「そんな非常識な本がこの世界にあるわけないでしょ…」
…いや、もしかするとあるかもしれないわ。
この純朴な異世界にそんな非常識を持ち込んだバカがいたわ。
『ふふん、どうやらお主のような浅学の身では、あの著名な『ぬるぬるイワシ兵士長』先生の漫画のことを知らぬようじゃな』
「…………」
…そのくっそふざけたペンネームの持ち主は、雪花さんである。
嫌というほど知っていたが、知り合いだと知られたくもなかったので、知らないフリをすることにした。ワタシはかしこいのだ。
「…兎に角、パンツくらいははきなさい」
『嫌じゃ』
という不毛な押し問答が続いていたところに。
「あのね、ティアちゃん」
繭ちゃんが声をかけてきた。
「彼シャツはね、必殺技なんだよ」
『…必殺技?』
ティアちゃんは疑問符が浮かぶ表情をしていたが、それはワタシも同じだった。
「そうだよ。彼シャツはね、ここぞという時にだけ使う、とっておきの必殺技なんだよ」
「…繭ちゃん?」
繭ちゃんが、なんか大人女子の顔で喋っていた。
…いや、これ繭さんだわ。ちゃんじゃないわ。
「だからね、安売りしたらダメなんだよ。大好きな人と二人っきりの時の、すごく大事な…キラキラした時間の時にだけ使うんだよ、彼シャツは」
『なるほど…分かったのじゃ』
…分かっちゃったよ、この子。
北風と太陽かな?
『けど、嫌じゃ』
「なんでよ」
分かったって言ったじゃない。
『そのだっさいパンツは、嫌なのじゃ!』
「はあ⤴?」
聞き捨てならないぞ。
ダサい、だと?これ、ワタシの自前のパンツなんだぞ?
それを、断腸の思いで貸してあげるって言ってるのに。
『当然じゃろ、お主の持ってきたそのパンツは、さすがにダサすぎてはけぬぞ』
「ダサくなんてないですー。これこそ乙女の必勝勝負下着ですー」
『いや、それ、マジでノーパンより恥ずかしいからな?』
「そんなことあるわけないでしょ!」
ワタシは、そこでシャルカさんを見た。
シャルカさんは軽く首を振り、やれやれみたいなリアクションをとっていた。
…まあ、天使さんは下着とかに頓着しないからかなー。
「…………」
次に慎吾を見た。
慎吾は、そこで目をそらした。
…まあ、男の子にはちょこっと刺激が強かったかなー。
そして、ワタシは繭ちゃんを見た。
「ほら、繭ちゃん。このパンツね、お尻のところに天使の羽がついてるんだよ。かわいいよねー。しかも、羽がぴこぴこ動くんだよ」
「花ちゃん…今度、一緒にかわいいパンツ買いに行こうね」
「このパンツもかわいいんですけどぉー!?」
…あれ?
ホントにダサいの?ワタシのパンツ。
「…………」
結局、ティアちゃんは繭ちゃんからパンツを借りることになった。ティアちゃん本人は、シャルカさんのほぼ紐みたいなデザインのパンツの方がいいとかのたまったので、ワタシと繭ちゃんで仲良く却下した。
という無駄な騒動が一段落したところで(ワタシのパンツがダサいとディスられただけだった気もするが…)、シャルカさんが口を開いた。
『ほら、いつまでもバカやってる場合じゃないだろ。慎吾だって傷だらけなんだぞ』
「いや、かなり楽になりましたよ。シャルカさんが塗ってくれた薬のお陰ですかね。ありがとうございます」
慎吾は、シャルカさんに頭を下げていた。気の所為かもしれないが、慎吾の血色がよくなってきているように感じられる。薬が効いているというのは本当なのかもしれない。
『ああ、アルテナさまのところからくすねてきた秘薬だ。効くだろ?』
「…そんなの持って来ちゃって大丈夫なんですか?」
ここでシャルカさんに問いかけたのは、ワタシだ。
『大丈夫だ、問題ない。どうせ、アルテナさまはこの万能の秘薬を痔の薬としてしか使ってないからな』
「アルテナさま痔持ちだったんだ…」
また一つ、知りたくもない知識が増えた。
というか、女神さまも痔になったりするんだ…座り仕事多いのかな?
『代わりに、ボラギ〇ールを置いてきた』
「早くよくなるといいですね、アルテナさま…」
とりあえず、次に会った時、あの人(?)に対して少しだけやさしくなれそうな気がした。
「花子も、ありがとうな」
唐突に、慎吾からお礼を言われた。
「ワタシ、別にお礼を言われることしてないよ」
…本当にしてないんだよなあ、何も。
さっきから、ティアちゃんと空騒ぎをしていただけだ。
「いや、花子たちがいつも通りでいてくれることが、今のオレにとっては何よりもありがたいよ…花子たちが騒いでいてくれるお陰で、ここが今のオレの家で、ここが今のオレの世界なんだって、実感できるんだ」
慎吾は、傷だらけなのに、包帯姿なのに、微笑んでいた。いつも通りの、笑顔で。
「慎吾…」
『わらわ様も頑張ったんじゃけどなー。ダーリンを助けるためにー』
そこで、ティアちゃんが割って入った。というか、慎吾の膝の上に座る。
『頭くらいは撫でてもらってもバチは当たらないと思うんじゃがなー』
ちらちらと、ティアちゃんは慎吾に視線を送っていた。
「ああ、本当に助かったよ…この家に帰って来られたのも、ティアちゃんのお陰だ」
『えへへー』
ティアちゃんは慎吾に頭を撫でられてご満悦だった。
…なんだか面白くなかった。
「ほら、ティアちゃん。慎吾は怪我してるんだから、膝の上になんて乗ったらダメでしょ」
『わらわ様は軽いから大丈夫なのじゃー』
ティアちゃんは慎吾から離れようとしない。
「軽いって言っても、ティアちゃんも十歳くらいの身長はあるでしょ。というか、絵面がヤバいんだから早く慎吾の膝から降りなさい。いかがわしいお店みたいになってるから!」
『人間じゃないから問題ないのじゃー。地母神だから関係ないのじゃー」
「地母神ってもっと母性のある神さまじゃないの?ティアちゃんどう見ても子供じゃない」
だからこそ絵面がヤバくなるのだが。
『お主こそ、子供でもないのに子供よりも子供ではないか。一部が。というか胸部が」
「あははー、こいつめー。いっぺん…死んでみるぅ?」
この子とは一度、決着をつける必要がありそうだ。
「もー、さっきので和解したんじゃなかったの?」
繭ちゃんがまた仲裁に入った。
「でも、繭ちゃん…あんなテコ入れの権化みたいなのが出てきたら、繭ちゃんの人気だって取られちゃうかもしれないよ?」
ちっちゃいボディに銀髪に、さらには態度のでかい神さまでロリババアのエントリーだ。今まで、ワタシたちの周りにこの手のタイプはいなかった。
「ボクの方がかわいいよね?」
「繭…ちゃん?」
繭ちゃんは笑っていたが笑っていなかった。
なんか怖い。っていうかマジでこわっ!
「ボクの方が…カ、ワ、イ、イ、よね?」
「…あ、はい」
この繭ちゃんダークサイドに堕ちてるんですけど!?
こんなの、ハイかイエスかでしか答えられないわ。下手したらちょっとちびるわ。
『ふん、本来ならわらわ様だって大人の姿なのじゃぞ?』
ティアちゃんは不遜に言い切る。
『大人のわらわ様はそれはもうすごいぞ。胸だってバインバインじゃぞ?』
「く…」
確かに、これが幼体ならその可能性はある。同じ女神であるアルテナさまは、確かにバインバインだった。
『でも、ティアさまパッド入れてたじゃないですか』
そう言ったのは、シャルカさんだった。
「パッド…?」
女神さまが…?
何かの冗談かと思ってティアちゃんを見たのだが、ティアちゃんはシャツの裾を掴んでプルプルと震えていた。
…あ、これマジのリアクションだわ。
『というか、何で知っておるのじゃ天使ー!』
ティアちゃんは激昂していたが、シャルカさんは飄々としていた。
…この人、女神さまが相手でも物怖じしないんだよなぁ。
『いや、私だけじゃなくて天使連中にとったら周知の事実でしたよ。欲張って大きなパッド入れてたからたまにずれてたし』
『ぐぬぬ…』
すごいな、シャルカさん…一日で女神さまの秘密を二つも暴露したよ。
「オレは、別にいいと思うぜ…胸に凹凸がこれっぽちもなかったとしても」
『ダーリン…』
ティアちゃんは慎吾のセリフに感動していたけれど、そいつ多分、巨乳が怖いだけよ?
『さすがはわらわ様のダーリンじゃ、器がでかいのじゃ。だから、この大地にも愛されたのじゃ』
「大地に愛された…?」
得心
慎吾とワタシが、同じ疑問を口にしていた。
『そうじゃ、ずっと感じておったぞ。ダーリンが土地に触れるたびに、わらわ様の力が蘇って来るのが。それは地鎮スキルがあったからじゃが、そもそも、あのスキルは大地を愛して、大地に愛された者でなければ使いこなせぬ』
「そうか、慎吾の地鎮スキルの経験値がたまってたのは、そういうことだったんだね…」
ワタシは、そこで得心した。
慎吾は、誠意をもってこの土地に触れていた。
野球の時も。野菜を作る時も。
…それが、実を結んでいたんだ。
『実は、少し前からわらわ様が手助けしておったのじゃぞ?暴走したゴーレムを鎮めたり、何百年もの眠りから覚めた大蛇を追っ払ったりしとったんじゃぞ?」
「あれ全部ティアちゃんのお陰だったの!?」
慎吾がこのソプラノに来てしばらくした頃、地中から復活したゴーレムが暴れたり、伝説の大蛇が現れたことがあった。
けど、なんとなくでそれらの事件は解決していた。ゴーレムは勝手に動かなくなったし、大蛇も勝手にどこかへ行ってしまった。
『まあ、わらわ様のお陰というか?ダーリンのお陰というか?二人の初めての共同作業みたいなものじゃが?』
女神なのに天狗になっている少女が、そこにいた。
『ただ、その頃はまだ顕現できるほどの力は戻っておらんかったが…今日になってようやく顕現できたのじゃ。ダーリンの地鎮がハイエンドクラスにまで到達したからじゃろうな』
「ということは、今までは眠ってた…みたいな感じなの?」
ワタシは、気になっていた疑問を投げかけた。
『…ここの大地が濁っておったからな。力を失っておったのじゃ』
口惜しそうに、ティアちゃんは呟いた。
『アヤツの所為じゃ…ダーリンを狙ったあの連中が崇めておる、あの邪神の所為じゃ』
「邪神…?」
ということは。邪な、神さま。
つまりは、また神の話してる?