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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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59 『ワタシはキメ顔でそう言った!』

 進歩というのは、尊いものだ。

 それまでの自分の殻を破り、新しい景色へと連れて行ってくれる。

 しかし、ダレカの進歩が、他のダレカにとっても福音(ふくいん)になるとは限らない。

 進歩そのものが、他者との軋轢(あつれき)の火種となることもあるからだ。

 とある生物の進歩により、他の生物が壊滅的な影響を受けたことは歴史の過渡期(かとき)で何度も証明されている。

 そして、その進歩というものは、ヒトの世界においても割りと頻繁に起こっている。

 特に、科学という箱庭の分野においては、だ。


「………」


 いや、箱庭の中だけに収まっているのならば、科学の影響は最小で抑えられる。

 しかし、一度(ひとたび)その箱庭の枠組みから這い出てきた時、科学がどのような進歩を見せるのか、それは誰にも予測できない。

 机上では計れない、未曽有(みぞう)腫瘍(しゅよう)となってヒトに返って来ることも歴史が証明している。

 それは、この異世界においても対岸の火事ではないらしい。

 しかも、この世界では科学とも魔法とも呼ぶべき不可思議な力が、螺旋状(らせんじょう)に絡まり合っている。当然、その螺旋が描く行き着く先を見通せる人間は、皆無だ。

 それでも、ヒトは科学という甘露(かんろ)に手を伸ばす。

 禍福(かふく)の過不足が釣り合わないことも多いと、知りながら。


「…というわけなんだ」


 王都の街中にあるオープンカフェで、ワタシの目の前に座るジン・センザキさんは渋い表情をしていた。

 何が「というわけ」なのかというと、正直、ワタシには理解できない。

 いや、内容が理解できなかったわけではない。確かに、ジンさんが語った内容を十全に理解できたかと問われれば、ノーとしか言えない。けど、(おおよ)その部分では理解ができた。

 要するに、センザキグループの一部のお偉いさんたちなどによる『グループ』が本腰を入れて『世界征服』に着手した、というわけだ。

 しかも、『グループ』の人たちによれば、それが世界のためだと(のたま)っているのだそうだ。漫画などでよく目にした悪党の常套句(じょうとうく)は、この異世界でも蔓延(まんえん)しているようだ。


「…………」


 だからこそ、ワタシには理解できなかった。

 なぜ、この世界を征服なんてしなければならないのだろうか、と。

 この世界は、ダレカの手で清めなければならないほど(けが)れているのか?

 ダレカの手で矯正(きょうせい)されなければならないほどの歪みを抱えているのか?

 どれだけ崇高なお題目があったとしても、ワタシには、そのどちらも必要とは思えない。

 この世界は、ダレカの意思や恣意(しい)を押し付けていい場所ではない。

 世界の輪郭を形成しているのは、大多数を占めるワタシたち凡人なんだ。


「…途中で止まったりは、しないんですか」


 それは勿論、『世界征服』のことだ。

 ワタシは、ジンさんに問いかける。返答なんて、分かり切っていたというのに。


「何があっても止まらないだろうね、あの人たちは」


 ジンさんは、眉間にしわを寄せていた。深く刻まれたその皺が、その苦悩の深さを明示している。

 そして、ワタシたちは二人して口を閉ざした。そんなワタシたちの目の前には、冷めてしまったコーヒーとカフェオレが置かれたままになっていた。

 カフェにはワタシたちの他にもお客さんはたくさんいて、それぞれの会話に花を咲かせてティータイムを楽しんでいる。

 …『世界征服』などという味気も色気もない話をしていたのは、ワタシたちくらいのものだ。


「『テレプス』を使って、『世界征服』を行おうとしているんですよね?」


 我ながら『世界征服』などという胡乱(うろん)な台詞を真顔で口にするのもどうかとは思うのだが、その胡乱な計画を実行に移している人たちがいるのだから仕方ない。というか始末に負えない。


「『テレプス』は私の悲願でもあった…正直、こんな使われ方は不本意としか言いようがないよ」


 ジンさんの眉間の皺が、さらに深くなる。


「ワタシたちの世界でいう携帯電話みたいなものですもんね」


 そりゃ、ジンさんが悲願にするのも理解できる。

 この異世界ソプラノでは、電力を用いた機器などは発明されていない。魔石と呼ばれる魔力を帯びた石を使用すれば、電気を使わなくても同等の製品が作れるからだ。この世界では、魔石を活用した方がかなり手っ取り早い。

 というか、科学の力で雷を再現したりする偉人がいる時点で、ワタシたちのいたあの世界の方がよっぽど異世界なのでは?と思うことも間々あるんだよね。『できないこと』に命をかけた人たちがいたからこそ、あの世界は異世界と変わらない文明の礎を築くことができた。


「そうなんだ。『テレプス』があれば、この異世界でも気軽に全ての人がつながることができる…しかし、そこを悪用されてしまった」


 ジンさんの声は苦悶に揺れていた。門前の小僧ですらないワタシには分からないけれど、ジンさんにとって『テレプス』は自分の子供や分身のようなものなのかもしれない。


「でも…もう何度も聞いてますけど、『テレプス』であんな風に人を操ったりできるものなんですか?」


 実際、ワタシはあの地獄を目の当たりにしているのだが…いや、目の当たりにしたからこそ、現実感がないとも言えた。アレは、ヒトがヒトとしての全てを失った姿だ。


「ああ、間違いないよ…というか『テレプス』で直接、人間を操っているわけじゃないようだけど」


 ジンさんは、そこで冷めたコーヒーを口に運んだ。少し苦そうな表情を浮かべていたけれど、それはコーヒーの苦さのせいだけではなさそうだった。


「私も、最初はどうやって『テレプス』で『世界征服』なんて荒唐無稽(こうとうむけい)なことをするつもりなのか分からなかった。けど、色々と調べている間に分かってきたこともあるんだ」


 ジンさんは、そこで呼気を整えた。そして、再び口を開く。


「どうやら、『テレプス』は中継地点として利用されているようだ」

「…中継地点、ですか?」


 ワタシは、そこで口を挟んだ。しばらくは黙って聞いているつもりだったのだけれど。


「ああ、ヒトを操る洗脳の魔法…魔法は門外漢だから安直にそう呼ばせてもらうけど、その洗脳の魔法を拡散するために『テレプス』を使っているようなんだ」


 そう語ったジンさんの言葉を、ワタシは脳内で咀嚼(そしゃく)した。

 直接『テレプス』で人を操るのではなく、『テレプス』を中継地点にして洗脳していたのか。


「正確には、中継点にして増幅装置ってところかな。洗脳魔法っていうのは、本来はその場にいる相手に対してしか効果がない。けど、『テレプス』の遠くにいる相手とも繋がれるという特性を使えば…」

「その場にいない、遠く離れた相手にも遠隔で洗脳魔法がかけられる…ってことですか」


 何という傍迷惑(はためいわく)な話だろうか。


「ああ、複数人を同時に洗脳することも可能なようだ…しかも、それに加えて『テレプス』は洗脳魔法の強化まで行えるようだ。まったく、至れり尽くせりじゃないか。私が設計に携わっていた時には、そんな特性があるなんてこれっぽっちも理解できていなかった。そのツケを払わされている気分だよ」


 吐き捨てるように、ジンさんは言い放った。


「さすがは、ジンさんの肝煎(きもい)りってところですか」


 しかし、その肝煎りを褒められてもジンさんの表情は浮かない。


「『テレプス』というよりは、『テレプス』に使われている魔石がすごいのかな…いや、魔石と『テレプス』の相性がよすぎたから、洗脳なんて馬鹿げた使い方が可能になったのか」

「でも、ジンさん…そこまで分かっているなら、なんとかなりませんか?」


 ワタシは、ジンさんに問いかける。

 確かに、『テレプス』による『世界征服』は可能なのかもしれない。まだその段階にはないのだろうけれど、将来的にはそれが可能になる日が来るかもしれない。そうなってから縄を編んでも遅い。手を打つならこのタイミングしかないはずだ。


「『テレプス』の悪用の仕方が分かっているのなら、『テレプス』を悪用している人たちも目星はついてるんですよね?」


 ワタシは、そこでカフェオレを一口、口に含んだ。甘味は、特に感じられなかった。


「そうだね…本当に目星程度で、首根っこどころか尻尾すら掴めていないけれど」


 ジンさんは肯定した。けれど、その表情はやはり浮かない。

 なぜ、だろうか?犯人の目星はついてるんだよね?


「でも、ある程度でもその人たちの正体が分かっているなら、センザキグループから追い出したりできるんじゃないんですか?」


 ワタシの目の前にいるジン・センザキさんは、センザキグループの代表だ。ならば、この人が掌握している権力は絶大のはずだ。その権力を行使すれば、『テレプス』を悪用している人たちをセンザキグループから一掃することもできるのではないだろうか。そうすれば、『世界征服』なんて馬鹿げた野望も水泡に帰すことになる。


「それは無理だよ、花子さん…というか、今の私には無理という方が正しいか」


 ジンさんは、そこで視線をテーブルの上のコーヒーに落とした。

 真っ黒なコーヒーには、ジンさんの表情は映ってはいなかった。


「…なぜ、なんですか?」


 ワタシは問いかける。

 ジンさんが辛い返答をしなければならない問いかけだと、なんとなくは理解していたのに。


「…今の私は、センザキグループの代表でもなんでもないからだよ」

「でも、ジンさんは…」

「正確には、一時的に代表の座を降ろされたって感じかな。あの怪我を理由にされたら、私としても強くは出られない。『テレプス』で『世界征服』をしようとしている証拠も、完全には掴めていないからね。問い詰めたところですっとぼけられるのが関の山だ」

「そうなんですか…」

「しかも、今の私は無断で病院から抜け出ているお尋ね者のような身だからね。彼らの悪事を暴く前に病院にとんぼ返りをさせられてしまう。しかも、その後は婦長さんからのお説教だ」

「…無断で抜け出してるならお説教は確定じゃないですか」


 ジンさんは笑い話のように語っているが、実際は微塵も笑えない。

 正攻法では、その『世界征服』を止める術がないことになる。


「せめて、ジンさんが怪我をしていなければ、そんな人たちに好き勝手させませんでしたのにね」

「私が入院をしていなければ、不慮の事故などでこの世を去っていただろうね」

「そこまで、するんですか…?」

「その程度の覚悟もなければ、『世界征服』なんてできないよ」


 ワタシの脳裏に、背後からナイフで刺されたジンさんの光景が浮かんだ。

 その幻影を振り払うように、ワタシは言った。


「でも、このまま放置ってわけにはいかないですよね」

「当然だね。『テレプス』をおもちゃにしていいのは、生みの親である私だけだ」


 ジンさんは、軽く拳を握った。


「しかし、打つ手がない…はっきりした証拠がないから、国も頼れないんだよね」


 ジンさんの握られた拳は、そこで力なく開かれた。


「しかも、向こうはこの国とのパイプをきちんと構築してきた。手抜かりなく、根気よく根回しを続けてきたんだ。私はそんなことに時間を使わなかった。国との信頼関係が、私にはないんだ。ここで私が連中の悪事を暴いたとしても、逆に『世界征服』を私が主導していたと連中に主張されるかもしれない。そうなれば、足元を掬われるのは私の方だ」

「国は頼れないってことですか…」


 正確には、すぐには頼れないということか。

 信用というのは、あるかないかで相手からの対応も変わってくる。そして、その信用を育てるためには、一朝一夕では時間が足りない。

 しかも、その信用が向こうにはある、か。

 だとすれば、国は頼れないということになる。

 …いや、でもちょっと待てよ。

 信用…信用か。

 ワタシは、ジンさんに言った。


「聞いてください、ジンさん…ワタシにいい考えがあります」


 ワタシはキメ顔でそう言った!

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