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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
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57 『バモス!』

「うん、やっぱり揚げたてのドーナツは格別だよ。特に、熱々のオールドファッションはサクサク感が段違いだね」

『…そうですねぇ、センセー』

「中にカスタードや生クリームが入ってるドーナツも美味しいんだけど、揚げたてのドーナツは砂糖を(まぶ)してあるくらいのシンプルな方がワタシは好きなんだ。素材の持ち味が活かされてる感じがしてさ」

『…そうですねぇ、センセー』


 リリスちゃん(大)は、ワタシが熱々ドーナツの魅力を語っても素っ気のない返答しかしなかった。

 秋口の穏やかな風が吹き抜ける王都の街中を、ワタシとリリスちゃんはドーナツを(かじ)りながらのんべんだらりと歩いていた。

 けど、肌触りのいい秋風が吹いても、ドーナツがどれだけ美味しくても、リリスちゃんは仏頂面(ぶっちょうづら)だった。ワタシのことも露骨に『センセー』って呼んでるしね。

 …まあ、その理由も見当はついてるんだけど。


「あのね、リリスちゃん…そろそろ機嫌を直してくれないかなー、なんてね」


 ワタシはリリスちゃんに微笑みかけた。できるだけかわいらしい角度をつけて。


『『センセー』は、リリスちゃんのご機嫌が斜めってることに心当たりがあるのですかねぇ』


 リリスちゃんは軽く溜め息をついていた。

 …リリスちゃんってたまに面倒くさい彼女ムーブを見せるんだよね。

 まあ、ワタシに対してだけなので、それはそれでちょっと嬉しかったりもするんだけど。


「ええと…リリスちゃんを悪魔として復活させてあげるって約束してるのに、率直に言ってその進捗(しんちょく)(かんば)しくないからでしょうか」

『お役所みたいな迂遠(うえん)な言い回しはやめて欲しいですねぇ。というか、先生からはやる気が感じられないんですよ』


 リリスちゃんは瞳を釣り上げてワタシを一睨みしていた。

 …まずいな、これはリリスちゃん爆弾が爆発寸前かな?

 確かに、ここのところあんまりリリスちゃんにはかまってあげられてなかったからね。まあ、そんなリリスちゃんもかわいいんだけど。


「やる気がないなんてことはないよ。ちゃんと、リリスちゃんを善い悪魔として復活させてあげたいって思ってるよ」


 リリスちゃんは、大昔、人間たちに封印されてしまったホンモノの悪魔だ。

 しかも、人間たちに利用されて最終的には印されたという顛末(てんまつ)は、あの『邪神』にも通じるところがある。

 そんなリリスちゃんは、長い長い年月の果てに人の体を得て仮初(かりそ)めの復活を果たした。

 しかし、リリスちゃんの本懐(ほんかい)は悪魔として復活をすることだ。そのためには『願い箱』と呼ばれる箱に入れられた、誰かの願い事を叶えなければならない。人の願いが叶った時に零れる想いの力が、リリスちゃんを悪魔として復活させる糧となるのだそうだ。

 そして、その願い事はリリスちゃん本人ではなく、第三者に叶えさせなければならないという制約がある。しかも、悪人がリリスちゃんを復活させてしまえば、リリスちゃんは悪い悪魔としてこの世に舞い戻ることになる。

 けど、善人がリリスちゃんを復活させれば、リリスちゃんは善い悪魔として復活を果たせるのだそうだ。そして、リリスちゃん本人にその白羽の矢を立てられたのが、『センセー』ことワタシというわけだ。


「…………」


 そして、ワタシもその役目を了承した。

 リリスちゃんが悪魔だとしても、ワタシの友達なんだ。

 そんなリリスちゃんを、悪い悪魔として復活なんてさせられるはずがない。

 ただ、最近のワタシはあっちこっちでトラブルに見舞われていて、思うようにリリスちゃんを復活させるための活動ができていなかった。だから、リリスちゃんもちょっと不貞腐(ふてくさ)れているのだ。

 けど、これでもリリスちゃんの機嫌は多少はマシになったんだよ?ドーナツを(おご)る前は不貞腐れるどころかやさぐれてたからね、この子。ワタシとの待ち合わせ場所に、ヤンキー座りで待ってたからね。


「リリスちゃんには、ちゃんといい子として復活して欲しいよ。だってワタシ、リリスちゃんとはこれからも一緒にいたいからね」

『『センセー』はそう言いますけど…その割りには、あっちこっちに首を突っ込んで四方八方で八方美人をしていませんかねぇ』


 王都の街中は日中でも人通りがそこそこあり、幾人かの人たちと絶え間なくすれ違っていたけれど、その人波の中の誰よりもリリスちゃんは不機嫌だった。


「それは…ちょっと今の王都ってややこしいことが起こってるみたいだから」


 これは、本当だ。

 現在、この王都では奇妙な出来事の幾つかが、並列で発生している。

 だからといってワタシに何かができるとも思えないが、何もしないわけにはいかない。もし、本当にこの世界が壊れるようなことが起これば、みんな、いなくなってしまう。一人も残らず、軒並(のきな)みいなくなってしまう。

 そんなのは絶対にごめんだから、ワタシは足掻く。

 昔とは違うんだ。ワタシには、足掻くための足がある。病気で()せ細って動かなくなった足じゃない。ちゃんと動く、二本の足があるんだ。

 だったら、足掻かないと損だよね。


「でも、リリスちゃんを(ないがし)ろにしてるわけじゃないよ。ワタシにとって、リリスちゃんは大切なお友達だからね」

『…リリスちゃんが悪魔でも、ですか』

「当たり前でしょ?」


 悪魔とはいえ、リリスちゃんは悪いことはしていない。何よりも、リリスちゃんはこう見えて寂しがり屋さんだ。寂しがり屋の気持ちなら、ワタシが一番、分かるんだ。


「だから、さっきだってリリスちゃんにドーナツを奢ってあげたでしょ」

『そうですねぇ。リリスちゃんにはドーナツを一つだけ奢ってくれましたね…先生は自分の分を三つも買っていましたけど』

「いや、その…人間の脳って60パーセントくらいが油らしいよ!だから、脳を活性化させるためにはドーナツが最適解なんだよ!」

『…そうですねぇ』


 リリスちゃんの瞳は、ワタシに対してなぜか憐れみの視線を向けていた。


「とりあえず、ワタシはやる気満々ってことだよ。リリスちゃんを復活させるために頑張るよ」

『とりあえず、裏切られてもいい程度に期待しておきますねぇ…『センセー』』

「…もう少しくらいは期待してくれてもいいんだよ?」


 本当に素直じゃないな、この子は。

 なら、リリスちゃんの分はワタシが素直になりますか。というわけで、ワタシは気合を入れることにした。深く息を吸い、それをゆっくりと吐き出す。そして、魔法の言葉を口にした。


「じゃあ、リリスちゃん。今日も張り切っていこうね…バモス!」

『なんですかねぇ…それ?』

「気合を入れるためのおまじないだよ。リリスちゃんもやってみたら?」

『…けっこうですねぇ』


 そして、ワタシとリリスちゃんはゆっくりと歩き始める。いつものように歩幅は合わないけれど、それでも息が合わないということはないのだ。


「あ、そういえばさ…リリスちゃん、今日は大きい体の方なんだね」

 

 そこで、ワタシはリリスちゃんにそう問いかけた。あまりにもいつも通りだったので、そのことに触れるのを忘れていた。


『ああ、それはですねぇ…』


 リリスちゃんは、そこで一度、口籠(くちごも)るように口を閉ざしたが、また口を開いて言った。


『最近、妙な波長みたいなのが飛んでるんですよねぇ、この王都の中で…』

「…妙な波長?」


 そんなものが飛んでるのだろうか?

 ワタシには何も分からなかったけれど。


『リリスちゃんにもうまく説明できないのですけれど…その妙な波長が時々、頭の中に入ってくると言いますかねぇ』

「頭の中に入ってくる波長…?」


 ますます分からなかった。それを察したのか、リリスちゃんは説明を続ける。


『その波長が入ってくると、リリスちゃんがリリスちゃんでなくなっていく感覚に支配されるんですよねぇ』

「え…それって」

『あの波長はおそらく…このリリスちゃんの端末を暴走させたあの時と同じ波長ですねぇ』

「リリスちゃんを暴走させた…あの、誘拐の時の」


 このリリスちゃん(大)はリリスちゃんの本体ではなく、魔力で作った端末なのだそうだ。そして、りりすちゃん(小)が操作していると説明していた。しかし、リリスちゃんのフィアンセを名乗るディーズ・カルガに、リリスちゃん(大)の方が誘拐されたことがあったのだが、その後、リリスちゃんを見つけた時にはリリスちゃん(大)は暴走状態になっていた。何者かが、このリリスちゃんを操っていたからだ。結局、その原因は分からず終いだったけれど。


『なので、こっちの端末の方を空っぽにしておくわけにもいかないんですよねぇ。空き巣に入られるのが分かっていて鍵もかけないのは、さすがに不用心ですからねぇ』

「リリスちゃん…その波長って、どこから出てるのか分からない?」


 リリスちゃんの端末を暴走させたその波長に、ワタシも心当たりがないわけではなかった。いや、本当に心当たりとしか言えない当てずっぽうのようなものでしかないのだけれど。


『分かりませんねぇ。そもそも、あれが波長かどうかもリリスちゃんにはよく分からないのですから』

「そう…だよね」


 その波長とやらの出どころだけでも分かればあの人に相談することもできたのだが、さすがにそう甘くはないか。

 ただ、この話はここまでにしようか。門外漢(もんがいかん)であるリリスちゃんやワタシにどうこうできる問題ではないのだ。

 だから、ワタシはワタシにできることをする。


「じゃあ、今日も頑張って願い事を叶えるとしますか」

『今日くらいは頑張って欲しいものですねぇ』


 リリスちゃんの声と言葉には小さな棘があった。

 ただ、言い訳にしかならないけど、願い事を叶えるといっても簡単なことではない。勿論、簡単に叶わないこその願い事ではあるのだけれど、そもそも、その願い事の主が誰だか分からないことが問題なのだ。『願い箱』に入っている願い事は、全て匿名(とくめい)だ。この広い王都の中にいる、ななしの権兵衛さんやジョン・ドゥさんたちの願い事を狙って叶えろということ自体に無理がある。

 だから、ワタシは『花子』に願い事を書いてもらって、その願いを叶えようとかと思ったのだけれど、『花子』に断られてしまった。自分の願い事は自分で叶えるから、と。

 どうやら、ワタシの妹は思っていた以上にいい子だった。元が『邪神の魂』とは思えないね。


「…………」


 なので、ワタシは別の願い事を叶えることにした。

 それは、『なくした絆を取り戻したい』という願いだった。珍しいというほど希少な願いではなかったけれど、印象に残っていた。

 リリスちゃんはいつも無遠慮に『願い箱』の中の願い事を盗み見ていたけれど、それらの願い事を雑に扱うことはしなかった。そのどれにもきちんと目を通し、読んだ後はきちんと箱の中に戻していた。そんなリリスちゃんが、この『なくした絆を取り戻したい』と書かれた願い事が書かれた紙を落とした時だけ、すぐに拾おうとはしなかった。だけではなく、代わりにワタシが拾おうとした時には『それは無視していいですよ』と言っていた。後にも先にも、そんなリリスちゃんを見たのはその時だけだった。

 そして、現在のリリスちゃんは復活寸前の状態で、あと一つ、ワタシが何らかの願い事を叶えれば悪魔として復活できるらしい。

 だから、ワタシは決めた。

 最後にワタシが叶えるのは、その願い事にする、と。


「本当に、それでいいのかい?」


 その声は、ワタシやリリスちゃんのように瑞々(みずみず)しい声ではなかった。端的に言って、その声は枯れていた。


「…どういう意味ですか?」


 割りと聞き覚えのある声だったので、ワタシは慌てずに問いかけた。質問に質問で返すような形になったけれど、この人を相手に無作法も何もないのだ。

 ワタシとリリスちゃんは、ほぼ同時に声の方に体を向けていた。

 そこには、うんざりする顔の中年男が立っていた。出会った頃はもう少し若い印象を持っていたけれど、何度か会ううちに、その若作りの鍍金(めっき)もめっきり()がれ落ちた。

 

「リリスを悪魔として復活させてしまって…本当にいいのかい?」


 中年男…ディーズ・カルガは、乾いた声でそう言った。

 …これまでの軽佻浮薄(けいちょうふはく)な雰囲気は、そこにはなかった。


「だから、どういう意味なんですか…」


 小さな苛立ちを感じ、ワタシは同じような台詞を繰り返した。

 …違っていた。

 これまでのディーズ・カルガとは、纏う気配が違っていた。

 今までなら、ニヒルな笑みを浮かべながら必要もない軽口ばかりを叩いていたはずだ。なのに、そうした二枚目だか三枚目だかよく分からない雰囲気は、今のこの人からはまるで感じられなかった。

 そして、ディーズ・カルガは言った。


「リリスを悪魔として復活させれば、それは、りりすを殺すことになる」

「リリスちゃんを…殺すこと?」


 今、この男は、何と言った?

 冗談でも笑えず、聞き間違いにしても脈絡がなかった。


「…それは、頓知(とんち)か何かですか?」


 リリスちゃんを復活させれば、リリスちゃんが死ぬ?

 矛盾してるだろ。


「やはり、花子くんには話していなかったんだな」


 ディーズ・カルガは、ワタシではなくリリスちゃんに視線を合わせていた。どうやら、ワタシは眼中にないらしい。


『…………!』


 そこで、リリスちゃんが口を開こうとした矢先、急に苦しみ始めた。

 いきなり座り込み、手で頭を押さえていた。苦悶の表情を浮かべながら。


「リリスちゃん!?」


 ワタシはリリスちゃんは支える。けど、まともに支えることもできなかった。二人して、(もつ)れるように地面に転んだ。

 リリスちゃんは、さらに苦しそうな声で(うめ)き声を上げて…。


「ええぅ…ええあぃぁ」


 …違った。

 これは、りりすちゃんの声ではなかった。

 以前、これと似たような声を、ワタシは街中で聞いていた。地の底から響いてくるような、低く、人の体温が感じられない声。

 それが、周囲から聞こえてくる。

 …しかも、ワタシたちを取り囲むように、十重二十重(とえはたえ)に。


「…どういう、こと?」


 その声は、一人が呻いていた声ではなかった。何人もの人間が、同時多発的に奏でていた。

 不協和音の、酷く耳障りなユニゾンを。

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