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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case4 『駄女神転生』 2幕 『祭りの始末』
153/267

54 『異世界とはいえ、『不老不死』はルールで禁止スよね』

「…………」


 異世界なんて、崩壊の危機を迎えてナンボみたいなところがある。

 少なくとも、ワタシが読んだ小説や漫画では、危機また危機の釣瓶(つるべ)打ちだった。

 こんなチートの塊みたいな魔王にどうやって勝てばいいの?とか、これだけの戦力差をどうやって覆せばいいの?とか、読んでいるこちらがハラハラする展開が満載だった。

 けど、主人公やその仲間たちは、どれだけの絶望であろうと臆することなく戦った。

 そして、最後には世界の危機に打ち()って、ハッピーエンドで物語を締め括るんだ。

 それは、媒体が違っても大体は同じだった。アニメや映画でも、主人公たちは自分たちの身の丈を遥かに超えた敵と戦わなければならなくなるが、最後には勝利を手にしていた。

 少なくとも、絶望に屈してバッドエンドを迎えた異世界の物語を、ワタシは知らない。ワタシが知らないだけで存在はしているのかもしれないが、そんなの捻くれた物語にワタシの食指(しょくし)は動かないから、ワタシの世界には存在していないのと同じなのだ。

 ただ、主人公たちも手放しで喜べる状況で勝ち(どき)を上げられることは稀だった。


「…………」


 世界の危機を乗り越えたとしても、仲間の中からは幾人かの犠牲が、必ずといっていいほど出るからだ。

 当たり前だ。主人公たちが戦う相手は、自分たちよりも強大で理不尽で不条理な存在だ。

 そんな別格の格上を相手に、何も失わずに勝つというのは虫のいい話でしかないし、そんなご都合主義な物語では読者、または視聴者はカタルシスを得られない。


「人は、何かの犠牲もなしには何にも得ることができない、だからね」


 世界に危機に立ち向かう物語というのは、遠回しに、ワタシたちにそう教えてくれているんだ。

 世界の危機などという尺度の狂った物語を紡ぐためには、相応の覚悟が必要なのだ、と。


「…………」


 …ただ。

 そんな世界の危機に、ワタシたちも立ち向かわなければ、ならないのだろうか?

 あの人が…『源神教』の教祖代理であるアリーナさんが言っていた。

 世界は救われる、と。

 世界の崩壊は止められる、と。『花子』がいれば、と。

 いや、正確にはそれはアリーナさんの言葉ではなく、『源神教』の教祖(本人は未公認)さまが言った言葉らしいけれど。

 そして、ついでにその『教祖』さまについてもアリーナさんは教えてくれたのだが…それは、ワタシも面識のある人物だった。


「…………」


 まさか、あの『ローブの魔法使い』…タタン・ロンドさんが『源神教』の教祖さまだとは思わなかった。本人も言わなかったしね。まあ、ロンドさん自身が教祖さまだとは認めてないっていう話だったからかな。

 さらに、アリーナさんはロンドさんについてとんでもない爆弾を投げつけた。

 ロンドさんは、『邪神』が『邪神』に身を(やつ)した契機になった人物という話だった。

 …しかも、その頃から生きているそうなんだよね、ロンドさん。


「…いや、異世界とはいえ、『不老不死』はルールで禁止スよね」


 というか、不老不死ってホントにあるの?


『さっきから何をぶつぶつ呟いてるんだ、花子』


 前を歩くシャルカさんが、ワタシの独り言に気付いて振り向いた。

 というかシャルカさんにも聞こえていたのか、ちょっと恥ずかしいな。


『まあ、緊張するなっていう方が酷なんだろうな』


 シャルカさんはそう続けた。

 これから『源神教』の教祖さま(?)と会うから、ワタシが心細さを感じていると思ってくれているようだ。

 確かに、ワタシは緊張も心細さも感じている。ロンドさんには一度は殺されかけているし、一緒に行くのはシャルカさんと『花子』、そして教祖代理のアリーナさんだけだ。慎吾たちも一緒に行くと言ってくれたんだけど、遠慮をしてもらった。アリーナさんは一人でワタシたちに会いに来たのだし、こちらがぞろぞろと雁首(がんくび)を揃えて出向くのは逆に相手を信用していないと受け取られるかもしれないからだ。

 まあ、全面的に信用しているかと言われればそんなことはないとしか言えないんだけどね。

 ただ、面倒な荒事などにはならないという確信はあった。ロンドさんには殺されかけた後にも、ワタシたちは会っている…というか、一緒に釣りに行った。その時に、あの人の人となりもある程度は掴むことができたし、とりあえず、今のワタシはロンドさんから敵認定は受けていない。


「…………」


 まあ、ワタシが心細さを感じていないといえば嘘にはなる。

 前述したが、『花子』がいれば世界の崩壊を喰いとめられると、ロンドさんは口にしたそうだ。

 この世界の崩壊とは、文字通りの崩壊だ。比喩表現ではなく、この異世界ソプラノが物理的に崩れるということだ。

 ワタシも、その片鱗(へんりん)を目撃した。いや、体感した。

 この異世界の空に、亀裂が走ったんだ。

 ふざけた光景なのに、それが冗談でも何でもなかったことが最悪だった。

 ただただ、現象としてそれが起こったんだ。

 ワタシが直面したのは片鱗だけだったけれど、それでも実感した。

 アレが本格的に起これば、この世界は崩れ去る、と。

 誇張なしに、世界の危機だった。

 …それを、『花子』やワタシたちが喰いとめる?

 

「…………」


 もし、その崩壊を喰いとめることができたとして。

 ワタシたちの中の、何人が死ぬの?

 何の犠牲もなしに止められるほど、『崩壊』は甘いものではないはずだ。

 元々、アルテナさまがこっちに出張ってきたのだって、その件だった。

 …ん?

 アルテナさまは『崩壊』を止めるためにこちらに来ていた?

 けど、結局は一日で帰る予定だったよね?

 この世界に『蓋』がされたから帰れなくなっただけで。

 アルテナさま、そこで帰っちゃって、よかったのかな?

 ワタシの思考に、薄い(もや)がかかった。

 しかし、その靄は吹き飛ばされた。あまりにも、無造作に。


「…!?」

 

 その刹那(せつな)、世界が湾曲(わんきょく)した。強引で無理矢理で、何の前触れもなく。

 少なくとも、ワタシはそう感じた。

 けど、ワタシはコレを知っていた。

 

「…というか、タイムリー過ぎない?」


 噂をすれば影が差すってこと?

 ワタシは、空を見上げた。曲がる世界のバイアスに耐えながら。

 案の定というかなんというか、そこには、『亀裂』が入っていた。本来なら青空が広がっていたはずの中空に、真っ黒な亀裂が入る。

 リアリティの欠片もない光景なのに、その光景はワタシの脳裏に焼き付いた。

 そして、侵食と増殖がタイムラグもないままに始まる。

 ワタシの脳裏に根付いた亀裂は、ワタシから視界さえ奪う。ワタシの目に、何も映らなくなる。

 当然のように、呼気も途切れ途切れになる。酸素が供給されなくなった脳が悲鳴を上げようとするが、それすらも黒く塗り潰される。

 生きるために必要な最低限の尊厳が、軒並(のきな)み奪われた。

 …これが、世界の終わりか。

 ワタシには、何の断りもないままに。


「…………」


 ワタシが視界を取り戻したのは、どれだけの時間が経過した後だったのだろうか。

 棒立ちのまま、ワタシはこの世界に独りぼっちだった。

 

『おい、花子!』


 いや、一人ではなかった。傍には『天使』であるシャルカさんがいて、ワタシに声をかけていた。その隣りには『邪神の魂』が人化した『花子』もいた。

 シャルカさんも『花子』も、狼狽(ろうばい)していた。狼狽できるだけ、すごいのかもしれないけどね。ワタシなんて、ただただ呆けていたよ。


「シャルカ…さん」


 そんな手短な返事しか、ワタシはできなかった。そんなワタシを、不安そうに『花子』が眺めていた。

 まいったなあ。

 ワタシたち、何を犠牲にしたら、あの『世界の崩壊』を止められるんだろうね。

 最悪、全員が犠牲になったところで、世界なんて救えない未来が見えた。

 ワタシも。慎吾も。雪花さんも繭ちゃんも。当然、シャルカさんやナナさんも。

 誰一人の例外もなく、みんながあの黒い亀裂に呑み込まれる未来が見えた。

 …そこで、みんなで仲良くすり潰される光景まで、おまけで見えた。


「…………」


 どうして、他の『転生者』さんたちは世界の危機なんてものに立ち向かえるのだろうか。

 元々、ワタシなどはただの女の子だ。しかも、重篤(じゅうとく)な病人でしかなかった。だから、世界の危機と戦う心構えなんてできやしなかった。

 けど、他の『転生者』さんたちは、立派に世界の危機と戦っている。

 頼れる仲間がいるから?

 レアでチートな能力をもらったから?

 守りたい人たちがいるから?

 でも、ワタシにだって、素敵な仲間はいるよ?

 チートな能力なら、ワタシだってもらったよ?

 この世界で、仲のいい友達だってできたよ?

 …でも、ワタシは怖いよ?

 謝って済むなら、土下座でもなんでもするよ?

 あの黒い亀裂が世界の危機だとして、ワタシたちは、あの黒い亀裂と対峙しないといけないの?

 ねえ、教えてよ。

 他の『転生者』さんたちは、どうやって勇気を絞り出したの?

 どうやって、こんなに怖い現実と向き合ったの?

 …もう一回、死ぬのが怖くはないの?


『花子サン…』


 棒立ちのまま、でくの坊と化していたワタシの手を『花子』が握っていた。

 ワタシを気遣ってくれているようであり、ワタシに縋っているようでもあったけれど。


「…『花子』」


 ワタシも『花子』の手を握り返した。『花子』の手は、微かに震えていた。

 この子は、『邪神の魂』が人の姿をとったという、稀有(けう)な存在だ。(いま)だに、なぜそうなったのかという理由も原理も分からない。

 でも、こうして手を握れば簡単に分かるんだよ。この子も、普通の女の子なんだって。

 …それなのに、世界の危機なんかと戦わないといけないの?

 あの黒い亀裂は、いつの間にか消えていた。


「ねえ、『花子』…」


 …やっぱり、帰ろうか?

 喉元までその言葉が出かかった時、声が聞こえてきた。


「お母ちゃん…お母ちゃん!」


 その声は、母親を呼ぶ小さな少年の声だった。それ自体は、珍しくもなんともない。現在、ワタシたちがいるのは王都の街中だ。王都には人も多く、繁華街ともなればそんな光景は日常茶飯事だった。

 しかし、少年の声はひどく逼迫(ひっぱく)していた。

 だから、ワタシはその声の方に視線を向けた。


「お母…ちゃん!」


 何度も、子供は母親に声をかけていた。その声に、涙の色が混じり始める。少年がどれだけ必死なのか、それだけで理解ができた。


「…………」


 母親は、項垂(うなだ)れていた。猫背気味に、地面を眺めていた。その瞳は虚ろで、おそらく何も映っていない。まだ若い女性だったはずなのにその表情に生気はななく、幽鬼(ゆうき)という言葉を、ワタシは連想した。

 …まさか、さっきの黒い亀裂の影響だろうか。


「あの、大丈夫…ですか?」


 ワタシは、その母親に声をかけた。ワタシには何もできないことは分かっていたけれど、それでも、何もしないのは違うと思った。『花子』と手をつないだままだったけれど。


「…………」


 女性は、無言だった。先ほどまでと変わらず、視線を落として地面を眺めていただけだ。

 当然か。実の息子の声にも反応しないのに、ぽっと出のワタシの声で我に返ったりはしないはずだ。


「お姉ちゃん…お母ちゃんどうしちゃったんだろ!?」


 少年は、不安そうにワタシに問いかける。その瞳には、涙が浮かんでいる。


「そ、そうだね…ええと、大丈夫ですか?」


 ワタシは、若い母親に声をかけたが、やはり何の反応もない。

 そして、ワタシにこれ以上の何かができるはずもない。ワタシは、医者でも識者でもない。ただの一般市民だ。


「…あの、気分とか悪いんですか?」


 もう一度、ワタシは彼女に声をかけた。何もできないワタシだけれど、傍で子供が泣きそうになっているんだ。ここで黙って立ち去ることも、できなかった。


「…ぃ」


 彼女に、反応があった。小さくか細い声だったけれど、それでも、声は声だ。声とは、意図が音になったものだ。

 

「あの、気分がすぐれないなら、病院に行くと…か?」

「あぃあぃあぁい…うぇうえあぁ!」


 不意に、母親が、叫んだ?

 …え、これ、声?

 その声は、人の声帯から発せられたものとは思えなかった。高音だったけれど、叫び声や金切り声とも違う。野鳥や獣の声とも似ていない。それは、有機物の声には、感じられなかった。

 だから、怖かった。

 何より、その瞳が怖かった。

 ワタシは彼女と目が合ったけれど、その瞳孔(どうこう)が、空洞に見えた。そんなはず、あるわけないのに。


「あぉおぁおおぇ…うえあぃおおおぁ!」


 再びの、声と呼んでいいのか分からない、声。声には意思が宿る。何かを伝えるための手段が、声だからだ。それは、人も動物も変わらない。だが、その声からは何の意思も感じられなかった。人の咽喉(いんこう)から発せられた音のはずなのに、それが生き物が発した音ではない。そこにズレのようなものを感じ、そのズレが異様さとなってワタシの背筋を這い回る。


「お母ちゃん…どうしちゃったんだよ!?」


 息子である少年は、母親の唐突な奇行にパニックになる。後ずさりをして、全身を戦慄(わなな)かせて怯えていた。

 どうすれば、いい?

 ワタシに、何ができる?

 病気なのか?呪いなのか?演技という可能性はないか?

 考えれば考えるほど泥濘(ぬかるみ)にはまるように何もできない。

 …この母親は、これから先もずっと、こうなのか?


「…あら?」


 その声は、先ほどまでの声ではない声ではなかった。のんびりとした、緩やかな抑揚(よくよう)のある声だった。

 …声の主は、少年の母親だった。


「なんだか、寝起きみたいな感じだけど…私、もしかして立ったまま寝ていたのかな?」


 母親は、おどけたように少年に話しかけていた。

 少年は、母親の変貌(へんぼう)に言葉を失っていた。元に戻ったとしても、それが事実だと受け入れられないでいた。


「どうしたの、タクト?ほら、お買い物の途中でしょ、早く行きましょう。今日はあなたの好きなシチューを作るんだから、期待してよね」

「…う、うん」


 最低限の言葉で返事をした少年の手を取り、母親は歩き出した。その後を、少年が力なく歩く。仲睦(なかむつ)まじい親子の光景のはずが、やけに現実感がなかった。

 ワタシとしても、何をどう受け取ればいいのか、まるで分からない。

 …さっきのあれは、現実だったのか?

 ワタシの目に映った、ただの白昼夢ではないだろうか?


「あの、シャルカさん…」


 ワタシは、シャルカさんを呼んだ。

 何なんだ?さっきから、何が起こっているんだ?

 ワタシが知らないだけで、王都ってこんな街だったのか?


『奴さんが、おいでなすったみたいだぞ』


 前方にいたシャルカさんが、ワタシにそう言った。

 ワタシは、その声に釣られてシャルカさんを見た。

 そして、その先にはフードの人物がいた。

 すでに何度か見慣れた、あのフードだ。

 タタン・ロンドさんが、ワタシたちの目の前に現れた。

 けど、そこで最初に言葉を発したのは、ワタシでもロンドさんでもなかった。


『あれ…?アンタ、どこかで会ったことがないか?』


 ナンパの常套句のような台詞を口にしたのは、ロンドさんを目にしたシャルカさんだった。

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