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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
15/264

14 『まったく、女子小学生は最高だぜ!』

「繭ちゃんどいて!慎吾(そいつ)殺せない!」


 ワタシは叫ぶ。

 悲痛ともいえるその声は、場に不可視の亀裂を入れた。


「ダメだよ!花ちゃん!」


 繭ちゃんも叫ぶ。

 ワタシと繭ちゃんの声は、ラウンジの中央でぶつかり、一瞬だけ拮抗(きっこう)した後、すぐに破砕して散り散りになった。


「でも、繭ちゃん!」

「ダメだよ…ダメなんだよ、花ちゃんがボケに回ったら収集がつかなくなるでしょ!」


 …繭ちゃんに怒られた。

 そこそこの真顔で。


「いや、だって、その…あのね、慎吾がね」

「慎吾お兄ちゃんが無事に帰って来てくれたんだから、先ずはそこを喜ぶべきだよね」


 …繭ちゃんに(さと)された。

 けっこうな真顔で。


「本当に帰って来てくれてよかったよ、慎吾お兄ちゃん…」


 繭ちゃんは、ゆっくりと声をかけた。

 その視線の先にいたのは、ソファに沈み込むように深々と座り込む桟原慎吾の姿だ。

 だが、その体にはあちこちに擦過傷(さっかしょう)があり、そこからは血が流れている。さらには、打撲のような傷跡もいくつか散見された。満身創痍といって、差支えのない姿だった。


「ほら、花ちゃんも、先ずは慎吾お兄ちゃんにごめんなさいして」

「でも、繭ちゃん…だって、慎吾が、ね?」

「ご、め、ん、な、さ、い、して」

「…ごめん、なさい」


 駄目だ。繭ちゃんには勝てない。本気で怒ると怖いんだよな、この子。

 …確かに、こんな傷だらけの慎吾に大声を出したワタシが全面的に悪いんだけど。


「気にしてないよ。花子がわけの分からないことを言うのはいつものこと…だ、ろ」


 慎吾はそこで笑おうとして、笑顔を引きつらせていた。シャルカさんに塗ってもらっていた消毒が染みたようだ。


「あ、慎吾、大丈…」


 近づいて、大丈夫?と、声をかけるつもりだった。

 けど、ワタシは遮られた。


『お主は必要ないのじゃ』


 慎吾のシャツを着た小さな少女に、遮られた。

 しかも、この女の子、シャツの下はすっぽんぽんだった。

 …まあ、この局面で出てくる女の子がただの女の子のはずはないんだけど。


「だって、慎吾に包帯とか巻いてあげないといけないでしょ…」


 ワタシは、さらに慎吾に近寄ろうとするが、少女は仁王立ちで立ち塞がる。年のころは十歳くらいのようだったが、態度は尊大だった。


『それはあの天使がやっておるじゃろ。お主が近づく必要はないのじゃ』

「でも、シャルカさん一人じゃ大変だよ。ワタシも手伝わないと」

『なら、それはわらわ様がしてやろう。お主は座っておれ』

「ワタシは慎吾の仲間なんですけどぉ。秘密の絆とかもあるんですけどぉ」


 慎吾とワタシには、転生者同士という絆があるんですけどぉ。

 …思わず、ワタシの口調もおかしくなってしまっていた。


『ふん、所詮は仲間じゃろう?ならば、わらわ様たちの絆の方がぶっといのじゃ。固いのじゃ』


 そこで、少女は胸を張る。

 ひどくぺったんこの胸を、張る。


『なにせ、慎吾はわらわ様のダーリンじゃからな』


 とんでもないことを言い出した。

 …何この展開?


「…………」

「…………」

『…………』


 ワタシと繭ちゃんは言葉を失い。シャルカさんは我関せずといった感じで黙々と慎吾の治療を続けていた。

 しばらく妙な空気が流れた後で、ワタシは慎吾に言った。


「慎吾…このストーカー、元居た場所に戻してきなさい」

『わらわ様を捨て猫扱いするではない!というか、ストーカーでもないわ!』


 憤慨した少女はソファの上に立ち上がる。

 その際に、シャツがふわりと舞った。


「ちょっと、そんなシャツ一枚で激しい動きしたら見えちゃうでしょ!」


 ただでさえ、サイズが合ってないシャツなんだし、さっきからきわどいんだよ。

 このご時世、本当にシャレにならないんだぞ。


『大体、ダーリンを助けたのはわらわ様じゃぞ!わらわ様が()らなんだら、ダーリンは死んでおったぞ!』

「ソウデスネ、アリガトウゴザイマス。それでは、本日のところはお引き取りください」

『事務的にわらわ様を帰そうとするでない!わらわ様はダーリンのそばから離れぬぞ!』


 少女は、宣言通り慎吾に寄り添う。怪我をした慎吾の体には触れないよう、ぎりぎりの距離に密着していた。というか、この子はここに来てからずっと慎吾にべったりだ。


「はいはい、子供はもう帰る時間でちゅよー。お母さんが心配していまちゅからねー」

『子供扱いもするでないわ!これでもお主よりもずっと年上じゃあ!』

「へー、そうなんだねー、すごいねー、ロリババアだねー」


 ワタシは、少女の頭を撫でる。

 …この子、髪の毛すっごいふわふわだわ。しかもキレイな銀色だし。


『だから、子供扱いをするなと言っておろうが!お主こそ、その胸は子供の頃からこれっぽっちも育っておらんのではないか?』

「なんだとぁ?てめえ…」


 花子ちゃん、キレた!


「もー、花ちゃんも落ち着いてよ」


 そこで、繭ちゃんがワタシたちの間に入る。


「花ちゃんがそんなんだから、さっきから話がちっとも進まないんだよ。ボクたち、まだ慎吾お兄ちゃんに何があったのかも聞けてないんだよ」

「でも、でもね、繭ちゃん…慎吾がいきなり裸の女の子におんぶされて帰って来たらね、冷静なワタシだって動転するよ?」


 すっごいヤバい絵面だったんだよ?

 その時、繭ちゃんが席を外していて本当によかったよ。それに、エルフちゃんたちが帰った後でよかった。この子を見られたら大変なことになっていたかもしれない。

 けど、その後も大変だったんだからね?

 裸のこの子に服を着せようとしたら慎吾のシャツしか着ないとか言い出すし?着せたら着せたらで『これが彼シャツというヤツじゃな!』とか騒ぎ出すし?


「だから、その辺りの事情をボクたちは聞かないといけないよね?」

「でもね、繭ちゃん。でも、裸の女の子だったからね?しかも、こんなに小さい子だからね…慎吾がそのうち、「まったく、女子小学生は最高だぜ!」とか言い出したら大変なことになると思うの」

「そんな社会的に問題のある台詞を言う人はいないのと思うの…」

「いるんだよ!」


 前に、雪花さんが「まったく、男子小学生は最高だぜ!」って騒いでたんだから。


「兎に角、花ちゃんは一回クールダウンしてよ。さっきも言ったけど、花ちゃんがボケた分だけ話が進まなくなるんだからね」

「…はい」


 今日は繭ちゃんがお姉さんみたいだった。

 …いや、この子、男の子だったわ。


「それで、慎吾お兄ちゃんに何があったの?」

「ああ…」


 慎吾は、やや気怠そうに返事をする。相当の疲労が蓄積されているようだ。ワタシが大声を出した所為というのも、あったのかもしれないが…。ごめんね、慎吾。あとでちゃんと謝るからね。


「あ、傷が痛むんだったらまた後にする?」

「いや、大丈夫だよ、繭ちゃん…」


 そして、慎吾はぽつぽつと説明を始めた。時折り、痛みに顔を(しか)めるシーンなどもあったけれど。


「狙われてるのは雪花さんだけじゃなくて、オレや繭ちゃんも標的かもしれないって、花子に『念話』で警告をされた時…」


 瞳を閉じて、慎吾は順序立てて語る。


「その時、オレ、畑の裏山にいたんだよ。そのうち、キノコの菌打ちとかもやってみたいなって思っててさ…けど、花子との『念話』が終わったところで、いきなり襲われた」


 ワタシたちは、黙って慎吾の話を聞いていた。聞きながら、ワタシは、背筋を冷たいモノが滴るのを感じていた。

 改めて思う。ここは異世界だ、と。

 日本にいた頃にも、危険はあった。いきなり刃物で切りつけられる事件なども、間々(まま)あった。今も昔も、その手の事件がなくなることはないのだろうけれど、それでも、あの国はまだ、平穏な方だったのではないだろうか。

 

「…………」


 なにしろ、この世界には、スキルがある。魔法もある。

 漫画や映画のように、派手で超常的な力を発揮することが、できるんだ。

 それらを使い、人々はモンスターなどの怪物とも互角以上に渡り合えていた。

 ただし、それらの矛先が、怪物にだけ向けられるとは、限らない。

 その現実に、ワタシは人知れず震えていた。


「フードを被った、三人組だったよ…なんか、いきなり魔法みたいな、それとも、スキルってやつか。よく分からない力で、襲いかかってきた」

『あの『お守り』は役に立たなかったか?』


 そこで、シャルカさんが慎吾に問いかけた。


「ああ、あの人形ですね…」


 シャルカさんが語った『お守り』とは、天界から送られてきた護身用のアイテムだ。それらは小さな人形だったけれど、いざという時には周囲の土を取り込み巨大化し、持ち主のために戦ってくれるゴーレムとなる…という話だったが。


「あの土の人形は、懸命に、オレのために戦ってくれました。『アナタを守りマス』って言って、本当にオレを守ってくれたんです。だけど、アイツらは、寄ってたかって、あの人形に襲いかかった。あの人形、オレに言ったんです。『怪我はありませんカ?』って、自分の方が、よっぽどボロボロだったのに…それなのに、オレは指をくわえて見ていることしか、できなかった。アイツらに壊される、あの人形の姿を」


 慎吾はそこで唇を嚙み、言葉を発せなくなっていた。

 …悔しかったんだね。

 慎吾が言うように、きっと、そのゴーレムは必死に慎吾を守ってくれたんだ。

 ボロボロになって、最後の最後まで慎吾の盾になってくれたんだ。

 そして、壊された。

 そのための人形だと言われれば、それだけの話なのかもしれない。ゴーレムというものは、使用者の命令に殉じる存在なのかもしれない。だけど、それで納得ができる慎吾では、ない。みんながみんな、異世界の常識を持って転生を果たすわけではないんだ。


「…………」


 慎吾にとって、自分に語りかけてくれる相手はみんな、友達になれる存在だ。

 それなのに、その友達になれたかもしれないそのゴーレムを、自分を命がけで守ってくれたゴーレムを、見殺しにしてしまったと、慎吾はただ、悔いている。


『三人がかりとはいえ、あの土ゴーレムがやられたのか…』


 慎吾の応急処置を終えたシャルカさんは、呟き、考え込む。

 

「オレにできたのは…あの土人形が壊された時に落としたコイツを、拾うことぐらいでした」


 慎吾は、そう言ってシャルカさんにピンポン玉ほどの小さな玉を手渡した。


『これは、ゴーレムの核か…いや、これ、ちょっと待てよ』


 シャルカさんは慎吾から受け取った玉を眺めながら、また考え込んだ。

 なんとなく、そこで沈黙が訪れた。重く、泥濘(ぬかるみ)のような沈黙が。


「なあ、花子…」


 沈黙の中、慎吾が重い口を開いた。


「オレ、この世界に来てさ、けっこう好きなことをやれてたんだよ…」


 慎吾は、辛そうに口を開く。その辛さは、多分、生傷の所為だけではない。

 

「もうできないはずだった野球もやれてるし、興味のあった、野菜作りもできたんだ…畑仕事はさ、田舎の爺さまとの約束だったんだよ」


 慎吾はそこで、項垂れた。

 ショックだったはずだ。

 慎吾は善良だ。それは、慎吾の周りにいた人たちが、みんな善良だったからだ。

 だから、慎吾自身も善良でいられた。

 けれど、慎吾は襲われた。本気で、命まで狙われていたのかもしれない。

 慎吾だって、人が人を殺すことがあると、理解はしている。

 それでも、本当の意味では理解も納得もできていなかったはずた。

 人が人を、殺すということが。

 その意味と、重みが。


「だけど、オレ、異世界っていうのが、よく分かってなかったからさ…オレ、野球とか畑とか、この世界でやっちゃいけなかったのかな?オレもさ、怪物とかを殺してさ、強くならなくちゃ、いけなかったのかな?」


 オレは、この世界に来ちゃ、いけなかったのか?


 慎吾は、最後にそう言った。


「そんなことない!」

『そんなことないのじゃ!』


 ワタシと、少女が、同時に叫んでいた。


「慎吾はずっと、みんなのために頑張ってたでしょ!だから、みんなが野球でつながったんでしょ!慎吾に感謝してる人は、この世界にもいっぱいいるんだよ!」

『ダーリンはずっと、この大地のために働いてくれていていた!この土地を大事にして、思いやってくれていた!わらわ様はずっと見ておったぞ!そのゴーレムも、慎吾のために戦えて、ダーリンを守れて、満足しておるはずじゃ!』


 ワタシは少女を見て。

 少女はワタシを見ていた。

 …お互いに、目に涙をためていた。


「…あなた、悪い子じゃないみたいだね」

『ふん、お主こそ…な』


 そこで、ワタシと少女は軽く笑った。


『まあ、心配せずとも、これからはわらわ様がダーリンを守ってやるのじゃ。ついでに、お主たちのことも守ってやらんでもないぞ…なにせ、わらわ様は地母神ティアさまじゃからな!」


 シャツ一枚の銀髪少女は、高らかに名乗った。

 地母神ティア、と。


「地母神…ということは、神さま?」


 神さまの、女の子?

 つまりは、女神さま?

 また、増えた。

 アクの強い女神さまが、また増えた。

 …ちょっと、女神さまの供給過多ではないでしょうか?

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