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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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49 『リリスちゃんはおしまい』

「…………」


 この異世界ソプラノにおける『魔女』という存在は、ワタシがいた世界の魔女とは認識が大きく異なる。

 魔法という不思議な力を扱うという点ではどちらの世界の魔女も同じだったけれど、その立ち位置というかスケールというか、そういったものがまるで違っていた。


「…………」


 この異世界ソプラノにおける『魔女』とは、この世界を崩壊させる存在なのだそうだ。

 大昔、その『魔女』が、たった一人でこの世界を壊しかけたことがあった。

 しかし、この異世界ソプラノにおいて『魔女』という名が出てきたのは、その時だけだ。ワタシがどれだけギルドの資料をあさっても、『魔女』という名称はどこにも記載されていなかった。


「…………」


 これは、少し妙だと感じた。

 世界を滅ぼしかけたほどの存在を、どうして記録しておかなかったのか、と。

 ただ、意図的に秘匿(ひとく)している、という感じでもなかった。最初から、『魔女』など存在していなかったという印象を受けた。

 そして、今日(こんにち)まで『魔女』という存在は、この異世界ですら架空のものとされてきた。魔法やスキルがデフォルトの、このソプラノにおいてさえ、だ。


「…………」


 しかし、そんな架空や幻想といった胡乱(うろん)な存在である『魔女』が、ワタシの前に現れた。

 しかも、聞いたら普通に教えてくれたのだ。


『私は『魔女』です』と。


 一切、勿体(もったい)ぶることもなく、ドロシーさんはそう名乗った。

 …本当に、あの人がこの世界を崩壊させるような存在なのだろうか。

 仮にドロシーさんが『魔女』だったとしても、この世界を破壊したりはしないのではないだろうか。

 だって、助けてくれたんだ。

 洗脳状態で暴走していた、リリスちゃんを。


「…………」


 リリスちゃんは、まだ目を覚まさない。けど、呼吸は安定しているようだし、顔色が土気色(つちけいろ)をしているわけでもない。きっと、そのうち目を覚ますはずだ。

 となると、次の問題は…。


「これは…どういう、ことだ?」


 不思議そうにそんなことを呟いていたのは、ディーズ・カルガだ。何をとち狂ったのか、自分は『正義の味方』だ、などと(うそぶ)いていた。あれほどクリティカルでラディカルな犯罪行為に手を染めておいて、だ。ただ、根拠がないというわけではないらしい。何しろ、この人は神さまから『神託』とやらを受け取っているのだそうだ。

 …そして、今現在も、だ。


「なぜ、このような『神託』が降っている?」


 ディーズ・カルガは、ワタシそっちのけで不思議そうな表情のまま呟いていた。つい先ほど、この人は新しい『神託』を受け取ったと口にしていた。

 …一体、どのような『神託』を授けられたのだろうか。

 けど、『神託』というのは、神さまから託されるお言葉だ。

 なら、普通、そういうのってかわいらしい巫女さんとかに託されるものじゃないのかな…どこの神さまがこんな胡散臭いおっさんに白羽の矢を立てたんだ。

 …と、いうか。


「そろそろ…その光るのを止めてくれませんか」


 先ほどから、ディーズ・カルガの両目がピカピカと光っていて鬱陶(うっとう)しかった。

 …大体、どうして『神託』を受け取るのに目が光るんだよ。


「あと、瞬きもやめて欲しいんですけど…なんか、浮かれたイルミネーションみたいに光がついたり消えたりして腹が立つので」


 いや、イルミネーション自体が嫌いなわけではない。寧ろ好きだ。キラキラしてキレイだよね。ただ、おっさんが瞬きするたびに眼球から光がチカチカするのが想像以上に不快だっただけなのだ。


「しかしね、これは私の意志では止められないんだ。『神託』が終わらない限り光り続けるんだよ」

「…で、その『神託』って何なんですかね」


 正直、興味はなかった。というか、関わりたくなかった。なんで目玉が光るおっさんと二人っきりでいないといけないんだ。


『…………』


 いつの間にか、リリスちゃんが目を覚ましていた。そして、棒立ちのワタシと眼球が発光しているディーズ・カルガを交互に眺めている。


「あ、リリスちゃん目を覚まし…」


 ワタシがリリスちゃんに声をかけた時には既に、リリスちゃんはワタシたちに背を向けて歩き始めていた。おそらくその反応は正しいのだけれど、その正しさはワタシの心を殺すのだ。


「ちょ、待てよ!だよ!」


 ワタシは、この場から離れようとするリリスちゃんの腕を掴んだ。リリスちゃんが元に戻っているかどうかは分からないが、ワタシをこの発光するおっさんと二人っきりにしないで欲しい。というか、リリスちゃんだけ安全圏に避難しようなんてそうは問屋が卸さないのだ。


『あの、用事がありますのでその手を離していただけませんでしょうかねぇ』

「リリスちゃん…?」


 今、リリスちゃんが、喋ったよね?普通に、いつもと同じように。


『とりあえず、リリスちゃんはおしまい、ということにしましたのでお家に帰らせてもらいますねぇ』

「ダメだよ、一人で逃げるなんてズルいよ!」


 これ以上、ワタシにこのおっさんの相手を押し付けないでよ。

 元々はリリスちゃんの婚約者でしょ!?

 ワタシは認めてないけどね!


『嫌ですよ。なんで目覚めと同時にセンセーと目が光るおっさんの()い引きなんて目撃しないといけないんですかねぇ』

「その発想は侮辱(ぶじょく)以外の何物でもないからね!?」


 たとえリリスちゃんでも許されないよ!? 


「というか、リリスちゃん元に戻ったの?」

『ええ、戻りましたねぇ。さっき急に『端末』のコントロールが戻ったんですけれど…戻ったと思ったらあの人の目がピカピカと光ってるし、わけが分からない状況にもほどがあるんですよねぇ』

「そんなこと言ったら、ワタシだって意味不明のオンパレードだからね!?」

「ああ、どうやら『神託』は終わったよ」

『「発光おじさんはちょっと黙っててください!」ですねぇ!』


 ワタシとリリスちゃんは、ツープラトンで叫んでいた。

 その後、ワタシはリリスちゃんにこの場で起こった出来事の説明をした。リリスちゃんは怪訝(けげん)な表情を見せたり不機嫌な表情を見せたりと、面白くなさそうな顔でワタシの話を聞いていた。いや、無理もないけどさあ。


『なんですか、それ…『正義の味方』?いい年してメサイアコンプレックスなんですかねぇ?』


 リリスちゃんは、これでもかというほどの苦虫を嚙み潰したような表情を見せていた。その気持ちは分かるよ、痛いほどね。


『どうせ、その『神託』とやらもあなたの頭の中だけの妄想なのですよねぇ?』


 ワタシも、リリスちゃんのその言葉にうんうんと頷いていた。

 しかし、当のディーズ・カルガは真剣そのものだった。


「いや、『神託』は本物だよ。私には『声』が聞こえるんだ。私は、その『声』に従って行動している。それが、正義のためだからね」

『その正義のためにリリスちゃんを誘拐したというのですか…そんなふやけた正義を(かた)る『神託』を信じるなんて、思った以上におバカさんだったのですねぇ、カルガは』


 リリスちゃんは歯に衣着せぬを物言いだった。いや、『端末』とはいえ誘拐をされているのだから、これでも手心を加えていると言えるのかもしれない。

 けど、ワタシだってリリスちゃんと同意見だ。確かに、頭の中に『声』が聞こえてくれば奇跡だと考えるかもしれないが、その『声』に従うかどうかは別の問題だ。

 ()してや、それを神さまの『声』だと有難(ありがた)がるのはどうだろうか。

 特に、この人はそれほど信心深くは見えないというのに。


「まあ、私が馬鹿なことは否定しないよ。普通なら、その『声』を神さまのお告げだとは考えないのかもしれない」


 けれどね、と一呼吸おいてからディーズ・カルガは続けた。


「その『声』に従ったお陰で、助けられた命もあったんだよ」

「…それは、どんなお告げだったんですか?」


 ワタシとしては『神託』というものがそもそも胡散臭いのだが、そのお陰で助けられた命があったというのなら無下に足蹴にすることもできない。


「『棒切れを持って王都で一番、高い山に迎え』というものだったよ」

「そのお告げで誰の命が助かったんですか…」


 …そもそも、よくそんな曖昧なお告げに心酔(しんすい)できましたよね。

 ワタシはかなり(いぶか)しんだ表情をしていたと思うが、リリスちゃんはそれに輪をかけて鼻白(はなじろ)んだ面持ちだった。というか、もはや話を聞く気もないのか、枝毛などを探し始めていた。あ、そういうの気になるんだね…『端末』なのに。


「私が『神託』に従ってその山に向かうと、山頂付近で少女が魔獣に襲われそうになっていたんだ」

「その少女を、あなたが助けたということですか」


 この人、中身はおかしいけど実力はあるからねえ…まあ、だからこそ性質(たち)が悪いとも言えるけど。


「いや、棒切れなんかじゃあの魔獣は倒せなかったよ」

「倒せなかったんですか!?」


 そこは颯爽(さっそう)と打倒しておく場面じゃないんですか!?

 驚いていいのか呆れていいのか分からないワタシに、ディーズ・カルガは平然と言った。


「無理無理、だってあの魔獣はかなり強かったんだよ」

「それじゃあ…二人してそこで共倒れじゃないですか」

「いいや、助かったよ。私が殺される寸前に、その少女の中の眠れる力が覚醒したからね」

「その『神託』で助けられた命ってあなたのですか!?」


 なんだよそれ!?

 普通はあなたが少女の命を救う場面だって思いますよね!?

 

「私としても、腕にはそれなりに自信があったんだけどねえ。これでも、もぐりの冒険者とかやってたから」

 

 ディーズ・カルガは、なぜか照れくさそうに言っていたが、それはワタシにとっては聞き逃せない一言だった。


「あなた、もぐりの冒険者だったんですか!?」


 どうりでそれなりに腕が立つと思っていたんですよ!

 いや、今はそこじゃない。

 ワタシは(まく)し立てた。これでも、ワタシはギルドの看板娘なのだ。


「冒険者はギルドに登録しないといけない義務があることは知ってますよね!?」


 冒険者は、冒険者ギルドに登録して初めて冒険者たりえる。しかし、(まれ)にいるのだ。ギルドに登録せずに冒険者まがいのことをする人たちが。


「いや、ギルドの登録って面倒だし…それに、ギルドからの依頼って仲介料が取られるじゃないか」


 ワタシの剣幕に押されたのか、ディーズ・カルガの舌先はいつもより鈍かった。

 それに反比例するように、ワタシの言葉はさらに尖る。


「ギルドだって無償で運営はできませんからね。仲介料だってちゃんとルールに則った分しかもらっていませんよ。それよりも、ギルドを通さずに依頼を受けることの方が問題なんですよ!」


 と、そこからはワタシの放課後お説教タイムが始まった。

 そももそも、冒険者ギルドなんてものは冒険者を守るためにあるのだ。ギルドを通さない依頼は確かに仲介料が発生しない。

 けど、同時に冒険者の命だって(かえり)みない。依頼者からすれば、(ほと)んどの冒険者が一山いくらの代替品(だいたいひん)だ。当たり前のように冒険者たちの足元を見てくるし、難易度に釣り合わない依頼料しか支払わないことだって珍しくない。そもそも、そんな依頼者たちは依頼の難易度とか考えないからね。

 けど、ギルドは、きちんと依頼の難易度と冒険者さんたちの実力を精査して依頼をするのだ…ということを、延々とワタシは語った。

 いや、これホントに大事なことだからね。冒険者さんたちこそ、『ガンガンいこうぜ』より『いのちだいじに』を肝に(めい)じておかないといけないからね?


『で、何の話でしたっけねぇ』


 ワタシのお説教が一段落したところで、リリスちゃん(大)が声をかけてきた。いや、ワタシのお説教タイムを見計らってというか、自分の爪の手入れが終わったから声をかけてきただけだわ、これ。


「ええと、そうだね…さっき受けたっていう『神託』がどんなものなのか、教えてくれますよね?」


 脱線やら横道にそれまくっていたが、ようやく本線に戻れた感じだった。横道にそれたのがワタシのせいかもしれないが、もう考えないことにした。いや、あれだけ衝撃的なことを矢継(やつ)ぎ早に言われたら、反応しちゃうのも無理はないよね?ワタシは悪くねえ!だよね?


「だが、無関係な花子くんたち『神託』のことを話してしまっていいものかどうか…」


 珍しく思案顔のディーズ・カルガだったが、ワタシは自称『正義の味方』に言い放った。


「今さら無関係とか言い出さないでくれますか?というか、あなたのその『神託』とやらの所為でどれだけの迷惑を(こうむ)っていると思ってるんですか」


 そもそも、ワタシたちはまだその『神託』とやらの存在を信じているわけではありませんからね?あなたの目がチカチカ発光しているだけかもしれませんからね?


「そうだな、花子くんたちにだけは話しておくべきかもしれないな」

「…………」


 …あれ?

 何も言わなければ、これ以上ワタシたちは巻き込まれなくて済んだのでは?

 リリスちゃんも『あーあ…』みたいな視線をワタシに向けていた。

 しかし、時すでにお寿司だった。

 ディーズ・カルガは、無駄に(おごそ)かに告げた。


「さっきの『神託』はこう言っていたんだ…『巫女を探せ』と」

「…巫女を、探せ?」


 え…それだけ?


「それだけにしては、やけに長い間あなたの瞳が光ってましたね」


 正直、迷惑千万だったのだ。


「ああ、『神託』はイントロが長いんだよ」

「…『あるある早く言いたい』みたいですね」


 やたら(しゃく)をとるアレみたいだった。でも好きなんだよね。


「しかし、なんだろうな…」

「何がですか?」


 そんなことを呟いていたディーズ・カルガに、ワタシは問いかけた。


「いや、『巫女』というのは…何なんだろうか…?」

「え…?」


 ワタシとしては、ディーズ・カルガのその台詞の方が何なんだろうか、だが。

 だって、『巫女』でしょ?

 神社とかにいるあの巫女さんでしょ?


「…………」


 …ああ、そうか。

 そもそも、この異世界ソプラノに神社がないのか。

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