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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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40 『チェス盤を引っくり返したのです』

『あれが、人間の言う尊いという事象なのですね』

「…………?」


 唐突に『花子』らしからぬワードを『花子』が口にしたので、ワタシは目を白黒とさせていた。


『人は、尊いモノにお金を払った瞬間に元が取れるので実質、無料なのですよね』

「…………??」


 さらに、ゼロカロリー理論ばりに突飛な世迷言を口にしていた『花子』に、ワタシの目はさらに白黒となる。このまま白黒させられ続けたら、ワタシの目がパンダになってしまうかもしれない。

 …ワタシ、この子をこんな素っ頓狂(とんきょう)な子に育てた覚えはないのですけれど。

 そんな『花子』の視線の先にいたのは、繭ちゃんと白ちゃんだ。二人は、手をつないで並んで歩いている。今日は、繭ちゃんが青いスカートで白ちゃんが黄色いスカートだ。繭ちゃんがシックな色合いの服なので、明るい色調の白ちゃんが映えてい…いや、今はそんなkawaiiの描写はどうでもいいのだ。


「なんで『花子』が尊いとか言ってるの?」


 しかも、繭ちゃんと白ちゃんを眺めながら。


『雪花サンが教えてくれましたのです。人間は、あの二人のような仲良しを尊ぶのだ、と』

「また妙なことを吹き込んでくれたね、あのくそオタク…」


 純朴な『花子』が信じてしまっているではないか。『花子』に深刻な症状が出たらどうするのだ。オタクと花粉症は発症すると取り返しがつかなくなるんだぞ。

 その後、ワタシは『花子』になんとか説明をしようとしたが上手くはいかなかった。繭ちゃんと白ちゃんの仲がいいのは確かだし、それ自体は悪いことではない。悪いのは、濁った視線で穿(うが)った付加価値をあの二人に見出している雪花さんだ。ナマモノはダメだと、あれほど口を酸っぱくして言っているというのに。


「ほら、早く行こうよ、花ちゃん」


 ワタシと『花子』の足取りが遅れていたので繭ちゃんが振り返ってそう言った。


「ああ、うん…そうだね」


 …とはいいつつ、今日これから行く場所に繭ちゃんと白ちゃんを連れて行くつもりはなかったんだよね。

 ワタシは、『花子』を『願い箱』のあるあの廃教会に連れて行くつもりだった。前回は連れて行こうとしたその途中でローブの魔法使いであるロンドさんと出くわしてしまい、それどこではなくなってしまった。今日は、そのリベンジ回だった。


「…………」


 リリスちゃんが悪魔として復活するためには、『願い箱』と呼ばれるあのポストに入れられたダレカの願い事を、リリスちゃん以外の第三者に叶えてもらわなければならないらしい。そして、ワタシがその第三者として白羽の矢を立てられたというわけだ。

 (たま)さかとはいえ、ワタシは二つほど『願い箱』の願いを叶えていたからだ(お母さんに謝罪したいと願っていたアンさんと、孤児たちのために大金が欲しいと願っていたアイギスさん)。けど、それ以外の願い事を叶えることはできていなかった。最初は、「ワタシがリリスちゃんを復活させてあげるよ」とか鼻息を荒くしていたのにね。


「いや、だって普通に無理だよ?」


 あの『願い箱』の中に入れられてる願い事って、みんな匿名(とくめい)なんだよ?

 名前も分からない人の願い事なんて、どうやって叶えればいいの?

 名前が分からないってことは、住んでるところも分からないってことなんだよ?

 騎士団に入りたいとか料理が上手くなりたいとか彼氏が欲しいとか言われても、ななしのごんべえさんのお願いは叶えてあげられないのだ。


「しかし、花子ちゃんはそこでチェス盤を引っくり返したのです」


 名前が分からない人の願い事が叶えられないなら、名前が分かる人の願い事を叶えればいい、と。

 けど、リリスちゃんを復活させるために叶える願いは、どんな願いでもいいというわけではない。本人が心から望んでいる願い事を叶えることで、その『想い』がリリスちゃん復活の(かて)になるそうなのだ。


「そこで、『花子』なんだよ」


 うちの『花子』ならジョン・ドゥさんでもジェーン・ドゥさんでもないから素性がはっきりしているし、事情もはっきりしている。心残りを解消したいという願い事なら、心から望んでいる願い事だ。

 だから、『花子』に『願い箱』に願い事を入れてもらえば、ワタシとしても一石二鳥なのだ。どうせ、『花子』の願い事を何とかしないとおばあちゃんの記憶も戻らないしね。


「うん、花子ちゃん天才だね」

「天才というか猪口才(ちょこざい)って気もするけどね」


 繭ちゃんは、ややジト目でワタシを眺めていた。


「あれ!?ワタシ、いつの間に繭ちゃんに『念話』してたの!?」

「『念話』じゃなくて普通に声に出てたよ」

「え、そうなの!?」


 つまり、駄々洩れだったということだ。花子ちゃんの天才的計画が。


「あー、でも繭ちゃんにも聞かれてたならちょうどいいか…」


 ワタシは、繭ちゃんに説明を始めた。


「あのね、繭ちゃんたちはあの場所にはいかない方がいいと思うんだよ。廃教会だから、物理的にちょっと危ないんだよね」


 実際、ワタシもシスターのクレアさんに怒られていた。確かに、あの教会っていつ倒壊してもおかしくなさそうなんだよね。

 ただ、この話は家を出る前にも繭ちゃんとしていた。


「花ちゃんが危ない場所に行くって言うならボクだって行くよ。花ちゃんたちだけで行く方が危険でしょ。『花ちゃん』だって、特別な力があるわけじゃないんだから」


 繭ちゃんは頑として受け入れなかった。この押し問答は出掛けにもしてたんだよね。


「いや、でも…ね、繭ちゃん」

「それに、昨日は花ちゃん慎吾お兄ちゃんと遊んでたんでしょ」


 繭ちゃんは軽くふくれっ面だった。

 正直、それでもかわいいのはズルいよね。

 けど、繭ちゃんはなんでそんなことを言い出したんだろ?


「別に、ワタシも遊んでたわけじゃないよ。野球のお手伝いだよ」

「だから、それが遊びみたいなものじゃないか」

「違うよ、野球回のあるアニメは名作だからだよ」

「…花ちゃんって時々、本気で意味の分からないこと呟くよね」


 繭ちゃんには理解されなかったようだ。

 で、そんなこんなのなんやかんやでうやむやになったまま、結局はこの四人であの廃教会に向かうことになった。

 …まあ、いいか。

 正直、物理的に危ないことって、これ以上はもうないとは思うんだよね。

 いや、楽観とかじゃなくてね?

 ワタシを狙ったディーズ・カルガも、本気でワタシの命を奪う意思はなかった。

 ローブの魔法使いのロンドさんも、ワタシのことを敵対対象からは既に外している。

 だとすれば、ワタシを狙う存在なんて、この王都にはもういないはずなのだ。そもそも、ワタシってただの看板娘だからね。この世界における主要キャラってわけじゃないからね。ワタシを狙うメリットがないんだよね。


「もう少しだよ」


 廃教会へと続く木立の道を歩きながら、ワタシは道案内をしていた。


「ボクは行ったことあるけどね」

「そういえば、繭ちゃんも『願い箱』にお願いしてたね…」


 お願いというか、苦情みたいなモノだったけれど…ワタシに対する。

 しかもあれ、『願い事』としてはカウントされてなかったんだよね。

 

『僕は初めてだなぁ』


 白ちゃんは軽く尻尾をパタパタとさせながら歩いていた。犬耳に犬尻尾だからか(?)白ちゃんも散歩好きだった。

 そんな白ちゃんに、繭ちゃんが提案をした。


「じゃあ、ついでに白ちゃんもお願いしていく?」

「お願いかぁ…でも、どうしようかな?」

「そうだね…元の世界に、帰れますようにっていうのでもいいと思うよ」

「そっかぁ…そうだよ、ね」


 呟きながら、白ちゃんは、そこで犬耳をぺたんとさせていた。

 それは、どういう感情から来たものだったのだろうか。

 白ちゃんも、この世界の住人ではない。だけど、ワタシや繭ちゃんたちのような『転生者』でもない。元いた世界からこの異世界に流されてきた『漂流者』だ。

 最近はこの世界にも慣れてきたようだけれど、やはり、自分の世界には帰りたいはずだ。

 ただ、それは白ちゃんにとっては、繭ちゃんとのお別れに他ならない。

 とてもとても仲のいいお友達との、永遠のお別れになるはずなんだ。


「…………」

 

 それから、ワタシたちは誰も言葉を発しなかった。無言のまま、廃教会へと到着する。

 久しぶりに訪れたこの場所は、なぜだろうか、前に来た時よりも(さび)れてしまっているように感じられた。

 けれど、ワタシはそこで発見した。木陰で(たたず)む、二つの人影を。

 一人は、知っている影だった。けど、もう一人は、ワタシの知らない人影だ。


「リリス…ちゃん?」


 ワタシは、知っている人影に声をかけた。

 ワタシの視線の先にいたのは、そこにいるはずではなかったリリスちゃんだ。

 …いや、いるはずではなかった、は早計か。

 あの『願い箱』は、あくまでもリリスちゃんが悪魔として復活するための骨子となるものだ。となれば、リリスちゃんがここにいるのは寧ろ必然と言える。

 けど、もう一つの知らない影が、ワタシを戸惑わせていた。

 この場所は、リリスちゃんにとってはある意味で聖域だ。そこに、ワタシ以外のダレカとリリスちゃんがいることに、不安にも似た感情が()いていた。


「はい、りりすちゃんですよぅ」


 …元気に返事をしたのは、リリスちゃんではなかった。

 ワタシが知らない、もう一つの人影の方だった。


「ええと…お嬢ちゃんはどちら様なのかな?」


 ワタシは、恐る恐るその子に声をかけた。

 近づいて分かったけれど、その子は少女だった。赤いワンピースが、やけに活発そうな印象を与えてくる。

 けど、どうして、自分をりりすちゃんなどと名乗ったのだろうか。確かに、顔は似ていたけれど。というか、りりすちゃんとは瓜二つだった。

 …まあ、ちょっとおふざけしただけだよね。


「だから、りりすちゃんですよぅ、『花子先生』」

「え、でも、リリスちゃんは…そっちだよね?」


 ワタシは困惑していた。何のことはない。この子が少し、ふざけているだけだ。少しふざけて、リリスちゃんと同じようにワタシのことを『花子先生』と呼んだだけだ。

 …それだけのはずなのに、ワタシの鼓動は少しずつ早くなる。

 そして、赤いワンピースの『りりすちゃん』は、笑っていた。悪戯が成功した、幼子のように。


「違いますよぅ、『花子先生』…そっちはりりすちゃんの端末ですよぅ」

「たん…まつ?」

 

 小さな少女の言葉は、ワタシをさらに困らせる。

 リリスちゃんが端末って…なに?

 いつものリリスちゃんは、沈黙を保ったままだった。

 瞳が虚ろで、足元を眺めているだけで、その瞳には色がない。

 …けれど、この瞬間、ワタシは思い出した。

 ディーズ・カルガが、「あのリリスは端末だよ」などと口にしていたことを。

 

「…………え?」


 端末?

 断末?

 

「初めましてですねぇ、『花子先生』。りりすちゃんこそが、ホンモノのりりすちゃんですよぅ」


 小さなりりすちゃんは、腕白(わんぱく)に笑っていた。

 大きなリリスちゃんのその隣りで、これ見よがしに。

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