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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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34 『「この紋所が目に入らぬか!」くらいのことは言い出しかねないよ!?』

「我々に対する冒涜(ぼうとく)以外のナニモノでもありませんね。『邪神』さまの生まれ変わりを自称…いえ、吹聴(ふいちょう)するなど」


 仄暗(ほのぐら)く多湿な洞窟の中、源神教の司祭は朴訥(ぼくとつ)とした声で冒涜だと断言した。先ほどよりは落ち着いた表情を見せていたが、それは上辺だけだ。その内心はおそらく今も穏やかではない。眉間に寄せられた数本の(しわ)が、そのことを如実(にょじつ)に物語っている。

 …無理もない。

 何しろ、ディーズ・カルガが、ワタシのことを『邪神』さまの生まれ変わりだなんて言い出したからだ。そりゃ、怒って当然だよ。自分たちが崇めている神さまの生まれ変わりが、こんなところでひょっこり現れるわけがない。ほぼ百パーセントの確率で、そんなことを言い出すヤツはニセモノだ。


「…つまりは、ワタシがそのニセモノってことになるんだよね」


 教徒たち全員の険しい視線が、束になってワタシに向けられていた。


「あの…ワタシは」


 とりあえずは否定だ。この場を穏便にやり過ごすにはそれしかない。手遅れかもしれないが、こんなところで手打(てう)ちにされるのはまっぴらごめんだ。

 …ごめんだと、いうのに。


「その通りだよ、諸君!こちらにおわす御方をどなたと心得る!恐れ多くも、世界を何度も滅ぼしかけた『邪神』さまの生まれ変わりにあらせられるぞ!」


 ワタシの声をかき消して、ディーズ・カルガは大音声(だいおんじょう)で叫ぶ。

 いや、ホントになにしてくれてんの、コイツ!?

 ほっといたら、「この紋所(もんどころ)が目に入らぬか!」くらいのことは言い出しかねないよ!?

 当然、この場にいる源神教の教徒たちも黙ってはいない。


「ふざけるな、『邪神』さまがそんな女の子なわけがないだろ!」

「『邪神』さまは、生まれ変わりのついでにTSしたんだよ」


 ディーズ・カルガは嘘を嘘で塗り固めていく。しかも、リアリティもクオリティも皆無の嘘だ。

 勿論、そんな適当な口から出まかせを教徒たちも鵜呑(うの)みにしたりはしない。反論の声を上げたのは一人や二人ではなかった。


「だが、その小娘は…どこからどう見ても、ただの女の子だろうが」「その通りだよ!『邪神』さまを侮辱するな!」「というかコイツらどこの支部の人間だ!?」「おい、この二人、部外者じゃないか!?」


 信徒たちの怒号は互いに絡み合い、この場は怒気の坩堝(るつぼ)と化す。そして、その怒気の矛先はワタシに向けられていた。

 だが、そんな中でも、ディーズ・カルガはのうのうと言葉を紡ぐ。


「少しは落ち着きたまえよ、信徒の諸君。確かに、この子は見た目はただの平たい胸の女の子だ」

「あなた本当に、背中からワタシにアゾられても文句なんか言えませんよ…」


 ジン・センザキさんの仇討ちっていう大義名分もありますからね、ワタシには。

 しかし、ディーズ・カルガは周囲を見渡してから信徒たちに言い放った。


「けど、証明ならできるよ。この子が『邪神』さまの生まれ変わりだという、ね」


 それは、本来ならば火に油を注ぐ言葉のはずだった。これだけ激昂(げっこう)した信徒たちが、ディーズ・カルガの言葉に耳を貸すことはない。四面楚歌のワタシたちは、最悪、このまま彼らの私刑で命を落とす可能性だってあった。実際、信徒たちの怒りはとっくに臨界(りんかい)を超えていた。

 けれど、信徒たちの怒気が破裂する前に声を発した人物がいた。


「『邪神』さまの生まれ変わりだと、証明できる…と?」


 それは、司祭だった。

 この集会を取り仕切っていた、彼らの代表者だ。


「ああ、簡単に証明できるよ」


 わざわざ信徒たちを煽るように、ディーズ・カルガは二枚目気取りの三枚目ポーズをとる。


「そんな二枚舌が我々に通じると思っているのですか」

「二枚舌でも舌先三寸(したさきさんずん)でもないよ。この女の子は、ホンモノの『邪神』さまの生まれ変わりだ」


 四方八方を源神教徒たちに囲まれながら、ディーズ・カルガは噓八百を貫き通すつもりだ。

 …いや、全てが嘘というわけでもない、のか。


「…………」


 ワタシのおばあちゃんは、その身に『邪神の魂』…『邪神』の魔力の塊を封じ込んだ。

 その魂を封じたまま、おばあちゃんはこの異世界ソプラノから日本へと転生を果たした。というか、そうしなければおばあちゃんは『邪神』を抑えきれずに命を落としていた。

 そして、転生先の日本で、母を産んだ。

 その母は、ワタシを産んだ。

 おばあちゃんからお母さんに、お母さんからワタシに、『邪神の魂』は受け継がれていた。

 …なら、ワタシが『邪神』の生まれ変わりというのも、全くの嘘というわけではないのかも、しれない。


「どうやって、その証明をするというのですか」


 司祭は、ゆっくりと歩を進め、ディーズ・カルガと近距離で対峙した。

 ディーズ・カルガは悠然と立っていて、一歩も引かなかった。


「なあに、簡単だよ…その子は『邪神』さまの生まれ変わりだからね、その魂を受け入れることができるんだよ、その体に」


 ディーズ・カルガの言葉は波紋となり、場に小波(さざなみ)を起こす。

 場の全員が知っていたからだ。それが、何を意味するのか、を。


「…それは、不可能ですよ」


 司祭は、ディーズ・カルガの言葉を否定した。

 そして、司祭はさらに否定を重ねる。完膚(かんぷ)なきまでに否定をするために。


「ここにあるのは、本物の『邪神』さまの魂です。今は特殊な箱で封じていますが、あの箱を開けば瘴気が溢れ出します…正気の沙汰ではありませんよ、それを、普通の人間が受け入れるなど」


 司祭の声は、平静だった。けど、それは平静を装っていただけだ。司祭は、眉間の皺を軽く震わせていた。


「だからこそ、だ。この子は普通の人間じゃなくて『邪神』さまの生まれ変わりだという証明になるじゃないか」


 ディーズ・カルガは、何度目かの『生まれ変わり』という言葉を口にした。その言葉は融解(ゆうかい)し、場に浸透していく。真実の片鱗(へんりん)として、足元に染み込んでいく。そして、膝下から蝕んでいく。


「いや、しかし…」

「百聞は一見に()かず、だ。試してみればいいじゃないか。この子が『邪神』さまの魂を受け入れられるかどうか。なあに、失敗したってこの子がぽっくりと逝くだけだよ」


 難色を示す司祭に、ディーズ・カルガはそんな提案を口にした。

 …というかコイツ、ワタシの命を簡単に賭けやがったな?


「やはり、駄目だ。『邪神』さまを侮辱したとはいえ、そんなことをすればその子は死んでしま…」

「もしそうなったら、『邪神』さまを冒涜した不届き者の末路としてはお似合いだとは思わないか?」


 そこで、ディーズ・カルガは司祭ではなく周囲の信徒たちに呼びかけた。

 …というか、『邪神』さまを冒涜している不届き者はワタシではなくコイツなのだが?

 けど、これは、裏を返せば好機なのかもしれない。

 あの箱の中に、『邪神の魂』…おばあちゃんの記憶があるのは間違いない。それを、ディーズ・カルガは口八丁でワタシが受け入れる流れへともっていった。

 なら、ワタシはここで取り戻せるかもしれない。失ってしまったはずの、おばあちゃんの記憶を。


「そうだそうだ!」「この子が『邪神』さまの生まれ変わりだっていうなら、その魂も受け入れられるはずだ!」「どうせ無理なんだから、やらせればいいじゃないか!」「鉄槌を!『邪神』さまを(かた)る不届き者に鉄槌を!」


 源神教徒たちの怒りは、魔女裁判を彷彿(ほうふつ)とさせた。曇りのない(まなこ)で、どす黒い感情を断続的に吐き散らしている。


「少し、落ち着きましょう、みなさん」


 ただ一人、司祭だけがその流れに異を唱えていた。


「おや、司祭殿はおやさしいですなあ。あんな妄言を吐いた小娘を無罪放免にしてくださるとは」


 そんな司祭を揶揄(やゆ)する言葉を、ディーズ・カルガは投げかける。

 …というか、この人より司祭の方がワタシの味方だという気がしてきたぞ。


「その男の言う通りだ、司祭さま!」「その小娘には死の(むく)いを!」「我らが『邪神』さまの威光をしめしてください!」


 ディーズ・カルガの()き付けにより、信徒たちはさらに怒り心頭だ。


「いや、ですが…」


 もはや、あの司祭だけがこの場の良心だった。


「じれったいですね」


 ディーズ・カルガは司祭を素通りしてあの箱を持つローブの魔法使いの元へ向かった。

 …そうだ。ここにはあの魔法使いもいる。

 お互いにローブで顔を隠しているし、仄暗い洞窟内ではその顔を確認できなかったが、確かにそこにはあの魔法使いがいた。


「では、ちょっと拝借を」


 ディーズ・カルガは、無遠慮にあの魔法使いから『邪神』さまの魂が封じられた箱を受け取った。

 …あの魔法使いも、特に抵抗などはしなかった。

 

「…………」


 こうして、ワタシたちの元に『邪神の魂』…おばあちゃんの記憶は戻ってきた。

 あっさりと、さり気なく。いや、素気(すげ)なくと感じられるほど淡泊に。


「それじゃあ、さっそく試そうか」


 ディーズ・カルガは、躊躇なく箱を開けた。

 その瞬間、(くら)い瘴気が、こぼれた。

 いや、こぼれたどころの騒ぎではなかった。

 瘴気は、奔流(ほんりゅう)となって一気にこの場を覆った…ではなく、包んだ?埋め尽くした?

 言葉にできないほど理不尽に、昏い瘴気はこの場を満たした。

 仄暗い洞窟の中よりも、さらに昏い瘴気がこの場に昏く染め上げる。

 …間違いない。

 全てのモノを否も応なしに、満遍なく遜色なく過不足なく絶望させる、これは、『邪神』だ。

 開かれた箱の中、昏い光を放ちながら、『邪神の魂』はそこに鎮座(ちんざ)していた。


「ほら、念願の『邪神』さまの魂だよ」


 口元では笑おうとしているようだったが、さすがのディーズ・カルガもこの瘴気の中では余裕はなさそうだった。

 他の信徒たちも、全員が言葉を発することができなかった。ただただ立ち(すく)み、『邪神』を崇めることも(たた)えることも、恐れることもできてはいない。

 …それすら許さないのが、『邪神』という存在だった。


「けど、それは好都合だ…」


 全員が動けないのなら、ワタシがおばあちゃんの記憶を取り戻すことを邪魔する者はいない。

 だから、ワタシは自分にそう言い聞かせて歩を進めた。

 …長いようで、短かった。

 この昏い瘴気にすら、懐かしさを感じていた。

 ワタシは、おばあちゃんを取り戻したんだ。

 さらに、歩を進めた。(はや)る気持ちを抑え、手を伸ばした。

 開いた箱の中に鎮座していた、昏い光に。


「…あああぁ!」


 背後から、その奇声は聞こえた。

 何の警戒もしていなかった。

 ローブをまとったその奇声は、近づいてきた。それが人間だということに、ワタシは最初、気が付かなかった。

 そして、ワタシと同じように手を伸ばした。滾々(こんこん)と瘴気を放つ、あの箱に向かって。


「なに…を?」


 わけが分からなかった。

 普通の人間があの箱に触れれば、最悪、死に至る。『邪神』の瘴気に耐えられるはずもない。先ほど、教徒たちがこぞって叫んでいた通りだ。

 にもかかわらず、この男…声からすれば男は、がむしゃらに手を伸ばしていた。

 そんな奇特な人間が、ワタシ以外にいるはずはない。いるはずはないので、ワタシは虚を突かれた。それは、ディーズ・カルガも同じだった。


「…おっと」


 しかし、さすがと言うべきかディーズ・カルガはその男から箱を遠ざけた。

 それでも、想定外の動きを強いられたからか、ディーズ・カルガは箱を落としてしまいそうになる。


「あ…」


 その光景を見たワタシは、無意識に手を伸ばしていた。


「よこせ…それをよこせぇ!」


 男も、()き出しの『邪神の魂』に手を伸ばす。

 ワタシと男の手がぶつかり『邪神の魂』を封じた箱にぶつかり、箱は、そのまま床に落下した。

 その拍子(ひょうし)に箱が完全に開き、昏く光る黒珠が床を転がっ…?


「…跳ね、た?」


 洞窟内の石の床を転々としていた黒い珠が、跳ねた…というか、浮いた。

 ワタシの腰くらいまで浮いたが、さらに浮いた。

 そして、ワタシの頭上と同じ高さにまで浮く。

 不可思議で、異様な光景だった。

 無限とも思えるほどの瘴気を吐き出す黒い珠が、風船のように浮いていた。とても、無害そうに。

 だが、安穏(あんのん)としていたのはそこまでだった。


「なに…これ?」


 それまで、黒い珠は瘴気を吐き出し続けていた。人が触れるだけで疾病(しっぺい)をもたらすような、寿命を削るような昏い瘴気を。

 けれど、今度は、『邪神の魂』が瘴気を吸い込み始めた。洞窟内に充満していたそれら災厄のベールが、昏き珠に吸収されていく。


「…………」


 ワタシは言葉を失っていたし、ディーズ・カルガも同じだった。

 司祭や信徒たちも、何が起こっていたのか理解できていなかった。その表情は窺えないが、ローブの魔法使いも困惑していたのではないだろうか。

 そうして、全員が硬直を余儀なくされる中、瘴気を吸い尽くした『邪神の魂』に変化が起こった。

 昏い光を灯していた昏い珠…『邪神の魂』が、さらに昏く光る。漆黒が、音もなく裾野(すその)を広げていく。

 広がっ…?

 広がって…いき?


「え…ひと?」


 昏い光は、肥大化した…肥大化しながら、収束していく?

 目の前の光景に、ワタシは理解が追い付かなくなっていく。

 昏い光は、昏く、丸く、大きな丸となる。

 そして、さいしゅうてきに、ひとのかたちを、成した?


「え…にん、げん?」


 肥大化した昏い瘴気は、肥大化しながら収束し、球状となった。

 その球状の中で、瘴気は、人の形を、成していた。

 そして、その昏い球状の中から、人の形が、現れた。

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