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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
13/267

12 『吾輩は看板娘である』

「吾輩は看板娘である。名前はアリア・アプリコット」


 唐突に独り()ちてみた。

 大した意味はない。

 決して、自分は本当に看板娘なのか?

 という疑問を持ったからではない。

 決して、笑顔が朗らかで物腰もやわらかくて、掃除も丁寧で事務仕事にもミスがなく、さらには猫耳で二股尻尾でメイド服を着たあの子の方が看板娘なのではないか?

 という疑問を持ったからでは、決してない。


「…………」


 ワタシは、冒険者ギルドにいた。

 ワタシはこのギルドの職員なので、普段はきちんとここで働いているのだ。

 あの面倒くさい女神さまやらオッパイ星人やら腐った同人作家やら男の娘アイドルやらの相手をしているワタシは、ワタシの生活の一側面にすぎない人なのだ。

 そんなワタシはギルドの受付に座っていたが、カウンターには誰も来なかった。

 というか、今のギルドにほぼ人がいない。少数の冒険者と、それ以上に少ない職員がいるだけだ。片手の指で数えることができるほどには、閑古鳥かんこどりが景気よく鳴いていた。というか、そもそも現在のギルドには依頼がほぼ来ていない状態だった。


「…………」


 一時、この王都では野球が大流行して(慎吾の所為で)、冒険者がみんな野球に夢中になってしまったことがあった。「冒険(そこ)に愛はあるんか?」と問いかけても、何の返事すらない始末だった。

 なので、わりと致命的な冒険者不足となっていたのだが、シャルカさんが他所の街から助っ人となる冒険者をかき集めてくれて、辛うじて事なきを得た。

 ただ、その時にシャルカさんが連れて来たのは、喪服みたいな黒服にサングラスをかけた、世界観をガン無視した冒険者たちだったけれど。


「…………」


 …あれ、本当に冒険者だったのか?

 どっかの高金利の金貸しグループから連れて来たんじゃないだろうな?

 そして、なんとか人手不足は乗り切ったのだが、今度は依頼の方が減っていった。

 まあ、これは時期的なものらしく、現在はモンスターたちの活動がそれほど活発な期間ではないそうだ。

 例年だと、そういう討伐系の依頼が少ない時期は、冒険者たちはダンジョンに潜って魔石などを採掘してくるのだそうだが、今年はそういう冒険者も減っている。

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのではなかろうか?」とか、冒険者たちが意味の分からないことを口走っているそうだが、真相は魔石の過剰供給のようだ。

 命がけで魔石を持ち帰っても、それが二束三文で買い叩かれたりすれば、ダンジョンに潜る冒険者が減るのも道理だ。


「…………」


 というわけで、冒険者ギルドは閑散としていた。

 依頼未満の相談…どこそこの土地に瘴気が溜まっているようなのでなんとかしてくれないか、とか、森の奥から異音が聞こえてくるので調べてもらえないか、といったものはあるのだが、実害もなく、規模も小さいので冒険者たちは動いてくれない。

 報酬もほとんど出ないし、それも無理からぬところか。小さな依頼のはずが、割に合わないモンスターや魔物に遭遇する、というケースもこの世界では珍しくはないからだ。

 冒険者といえど、夢追い人なのはその中の一割にも満たない。少なくとも、この異世界ソプラノでは。一攫千金を夢見る冒険者は多くても、彼らのほとんどはその日の食い扶持(ぶち)を稼ぐので手一杯だった。命までかけていられる余裕はないらしい。

 …よく考えたら、冒険者産業って下火なのでは?

 特に、この王都のように安定した土地であれば。


「…………」


 ただ、安定はしていても、安寧(あんねい)とは言い切れない。

 雪花さんは、その平和なはずの王都で誘拐をされた。

 あれから、三日ほどが経っていた。

 雪花さんが描いた誘拐犯の人相書きはこの王都中に出回っているし、この王都で、あの誘拐事件を知らない者はいなかった。

 なのに、誘拐犯たちは捕まっていない。

 ただの、一人も。


「…………」


 あれだけ精緻に描かれた人物画が出回ったにもかかわらず、なんの目撃情報も出てこなかった。どうやら、犯人たちはかなり巧妙にこの街のどこかに潜伏しているようだ。

 もしくは、雪花さんの誘拐に失敗した時点で、犯人たちは街を出たのだろうか。

 そうも思ったが、城門でも、それらしき人物たちが通ったという報告はなかったそうだ。

 そして、あの二匹の竜の刺青についての情報も一切、出てきていない。


 …唯一、あのタトゥーを目撃したのが、繭ちゃんだった。


 といっても、繭ちゃんがその刺青を見たのは、日本だった…という話だ。それに、その刺青をどこで見たのか、詳しいことを繭ちゃんは思い出せなかった。おそらく、繭ちゃんは似たような刺青を日本でちらりと見かけただけなのではないだろうか。

 …なんにしろ、早く捕縛してくれることを祈るばかりだ。

 でなければ、雪花さんが三刻館に帰って来られない。


「…………」


 もしかすると、自分が狙われているかもしれないと考えた雪花さんは、あの家を出た。また自分が襲われれば、ワタシたちにも危険が及ぶと、そう判断したからだ。

 もちろん、ワタシも慎吾もシャルカさんも、雪花さんを引き留めた。


「迷惑なんていっつもかけられてるんだから今さらいい人ぶらないでください」とか。

「夜中に原稿を描いてる時、雪花さん普通に奇声とか発してるのに、他所に預けられるわけないだろ」とか。

『憲兵たちからは、雪花は意味不明な騒動を起こすからあまり外に出すなって言われてるんだが…』とか。

「たまにお風呂サボったりするから、雪花さん本気でくさいときがあるんですよ。他所に行ったら他の人に迷惑になるでしょ!」とか。


 ワタシたちも懸命で誠実な説得を試みたが、雪花さんの意志は揺るがなかったようで、半泣きのまま、雪花さんはあの家を出る決意を固めた。

 ただ、ワタシには『念話』のスキルがあるので、雪花さんとはいつでも連絡をとることができた。シャルカさん以外にも、この王都には天使さんたちが派遣されているらしく、雪花さんはそちらで(かくま)われている。そちらの天使さんたちは、荒事にも慣れているのだそうだ。


「…………」


 確かに、それならワタシたちと一緒にいるよりも安全なのかもしれないし、意外と楽しそうにやっているようでもあった。

 雪花さんは、そこでも布教活動という名のテロ行為に余念がなく、BLとはなにか?と、天使さんたちに説いているそうだ。どうするんだよ、天界が根腐れしたり、天使さんたちが神さまじゃなくて推しキャラとか崇め始めたりしたら。

 とまあ、雪花さんの方はそれほど問題はないようだったけれど(いつものことなので)…当面の問題は、繭ちゃんだった。

 …むちゃくちゃ怒られたし、むちゃくちゃ泣かれたんだよなぁ。

 繭ちゃんが寝ている間に、雪花さんを行かせてしまったからだ。

 本気で雪花さんのことを守るつもりだったようだ、繭ちゃんは。


「…………」


 それなのに、目が覚めてから雪花さんがいないことに気付いた繭ちゃんは怒って、大泣きした。「勝手に行かせるなんてひどいよ!」とか、「雪花お姉ちゃんカブトムシより弱いんだから、お外に出したらすぐ死んじゃうでしょ!」とか、「雪花お姉ちゃんを他所の家に預けたらそこのお家が汚染されちゃうでしょ!」と、繭ちゃんは大音声(だいおんじょう)で泣き叫んだ。リ◯レウスの咆哮よりも強烈だったので、あれは高級耳栓でも防げない。

 そんな激おこ繭ちゃんをなだめるのは、本当に苦労した。いや、今もまだちょっと不機嫌なんだよなぁ…それでもかわいいのはズルいけど。

 そんな繭ちゃんが辛うじて落ち着いてくれたのは、ワタシの『念話』があったからだ。このスキルは、ワタシだけではなく、ワタシに密着していればその人物も一緒にテレパシーで通話をすることができた。


「…………」


 そうやって、繭ちゃんも一緒に雪花さんと『念話』で連絡をとっていたので、繭ちゃんの機嫌も少しは直った。ただ一つ問題があるとすれば、一緒に『念話』を使う際には繭ちゃんと密着しなければならないので、繭ちゃんのいい香りがワタシの鼻孔を刺激しまくってくる、ということだ。

 …なんであの子、あんなにいいにおいがするの?


「今日も開店休業状態ですねー」


 そこで、猫耳でメイド服のサリーちゃんが話しかけてきた。彼女もこのギルドの職員で、ちょうど掃除を終えたところだった。そんな彼女は暇だということを全身でアピールしているのか、二股の尻尾をフリフリと動かしている。


「ギルドが暇ってことは街が平和だってことなんだよ、きっと」

「まあ、花子さんの言う通りなんですけどー…」


 猫耳メイド服のサリーちゃんはワタシの意見には同意してくれたが、暇だという事実は消えないので、彼女はおしゃべりを始めた。


「あ、そうだ。今日はどんなパンツをはいてるんですかー?繭ちゃんは」

「…繭ちゃんの下着事情までワタシは把握してないし、知っていても教えません」


 …この子、繭ちゃんガチ勢なんだよな。悪い意味で。


「水玉ですかねー、それとも縞々ですかねー」


 繭ちゃんのパンツが盗まれる事件が起こった場合、とりあえずこの子が下手人だ。冤罪かどうかはこの際、関係がない。

 繭ちゃんには、怪しい人にはついて行っちゃダメだと口を酸っぱくして言っているが、繭ちゃんは筋金入りの猫派なので、いつかこの猫娘にほいほいついて行ってしまいそうで不安ではある。


「んー、やることがない!」


 サリーちゃんはそんな風にぼやいていたが、やることがないのはこの子がさっさと仕事を終わらせてしまうからでもある。すっごく優秀なんだよね、この子。

 …それでも、このギルドの看板娘はワタシだけどね!


「そういえば、花子さんは知ってます?」

「何を?」

「王都の西の外れの旧墓地で、サバトが行われてるって噂があるそうですよ」

「サバ…ト?」


 魔女なんかが行うという、魔術的な儀式のことか?


「なんでも、満月の夜に怪しい人影が怪しい儀式みたいなことをやっていたとかなんとか」

「…よくある怪談話みたいなものじゃないの?」


 とは言ったし、八割くらいは本気でそう思うが、一笑に付すこともできなかった。あの誘拐犯たちにつながる可能性も、無きにしもあらず、だからだ。


「あー、本当に暇ですねー。本当に暇なので繭ちゃんのいいところでも語りますねー」


 一方的に宣言したサリーちゃんは、一方的に語り始める。噂話どうのこうのには、もう関心がないようだ。こういう飽きっぽいところも猫っぽい。


「繭ちゃんは髪がふわふわでー。お肉もやわらかそうでー。太ももにも張りがあってー。ほっぺももちもちしててー。爪もきれいでー。髪もツヤツヤでー。頬ずりするといいにおいがしてー。お尻もぷりぷりしててー。おさわりしたい感じでー」


 …だんだん、犯人の自供を聞いているような気になってきた。


「お肌もすべすべでー。くるぶしまでかわいくてー。まるで、別の世界から来たみたいでー」

「…………」


 そこで、ふと、思い至った。

 いや、確証があるわけではないが。


「ごめん、ちょっとおトイレ!」


 そこで、ワタシは椅子から立ち上がった。虫の知らせが、ワタシの胸中をよぎる。


「その間、受付けよろしくね!三日ぶりのお通じだから時間がかかるかも!」


 ワタシはサリーちゃんに受付けを任せ、足早にトイレに駆け込む。

 けどそれは三日ぶりのお通じが来たからではない。そもそもワタシは慎吾の野菜をたくさん食べているので便通はいい方なのだいや今はそうじゃない。


『繭ちゃん、聞こえる?』


 早急に繭ちゃんに『念話』をする必要があると判断したからだ。

 今までずっと、ワタシたちは考えていた。


 あの刺青の連中は、雪花さんを狙っている、と。


 いや、実際に雪花さんは誘拐されたのだし、標的だった可能性は高い。

 けど、その標的が一人とは、限らない。


 もし、連中の狙いが、ワタシたち転生者だったとしたら?


 この世界では、転生者という存在は一般的に知られていない。

 それでも、もし、あの誘拐犯たちが転生者の存在を知っていたとしたら?

 雪花さんが転生者だと、当たりをつけて誘拐したのだとしたら?


 だとすれば、雪花さんだけでなく、繭ちゃんや慎吾にも狙いを定めている可能性は、ある。

 …ワタシが狙われる可能性より、あの二人が狙われる可能性の方が高い。

 その理由は、今はそれどころじゃない。


『繭ちゃん…お願い、返事をして』


 祈るように、ワタシは繭ちゃんに『念話』で呼びかけた。

 些末ではない不安が、ワタシの胸を搔きむしる。

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