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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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27 『分の悪い賭けは嫌いじゃないんだが…』

「リリスを信用するのはほどほどにしろ、ということだよ」


 リリスちゃんの婚約者(ワタシは認めていない)であるディーズ・カルガは、リリスちゃんを否定する言葉を平気の平左(へいざ)で口にしていた。


「…そんなの、ワタシの勝手じゃないですか」


 反抗期の子供のように、ワタシはこの人の言葉を頭ごなしに否定した。


「リリスの傍にいれば、傷つくのは君だ。今日、ここで花子くんと出会ったのも何かの縁だからね。一応、釘を刺させてもらうよ」

「釘を刺す…?ワタシには、ナイフを突き刺しに来たようにしか見えませんけれどね」


 事実、ワタシの背後にある『邪神』のご神木と呼ばれる古木には小さな短刀が突き刺さっている。


「あのナイフは、当てるつもりはなかったよ。そちらの鎧のお嬢さんなら分かっていると思うが」

「あなたの言葉の、何を信じろというんですか…」


 けど、横目で見たナナさんはそのことを肯定するように、沈黙をしていた。

 しかし、この人がどれだけ詭弁(きべん)(ろう)しようと、それらは耳障りのいいものではない。この事実がある限り、ワタシがこの人を信用することはない。


「あなたはセンザキさん…ジン・センザキさんを殺そうと、しましたよね」


 一命こそとりとめたが、センザキさんは今も目覚めることなくベッドで昏睡(こんすい)状態だ。それは、この人の凶刃が引き起こした短絡的な悲劇だ。


「…一応、私は彼を救ったのだけれどね」

「はぁ!?」


 ワタシは、耳を疑った。

 言うに事欠いて、救った!?

 どれだけ面の皮が厚ければその台詞が出るんだ?


盗人(ぬすっと)猛々しいにもほどがあるんじゃないですか!?」


 ワタシは、叫ぶ。

 この人に対する有りっ丈の不信を、声に変換して。


「それに、リリスちゃんを信用するなってどういうことなんですか!?」

「そのままの意味だよ。花子くんなら分かるはずだ」


 抑揚のない声で、ディーズ・カルガは言ってのけた。


「分かりませんね…あの子は、ワタシの友達なので」


 ワタシとディーズ・カルガの議論は平行線を辿っていた。水平線の向こうまで行こうと、ワタシとこの人が交差することはない。


「もういいですよ…ナナさん、あの人がセンザキさんを殺害しかけた犯人です。捕まえましょう」


 それは、ワタシからの決別の言葉だった。この人とは、この先もずっと理解し合えない。なら、これ以上の言葉は必要ない。


「そうだね…犯人を捕まえて帰ったら、みんな褒めてくれるかな」


 ナナさんは、ワタシを気遣いながらディーズ・カルガとの距離を詰める。そのしなやかな足運びに無駄はなく、手練(てだ)れの肉食獣の狩りを連想させた。


「私としてもまだタスクが残っているのでね、ここで捕まるわけにはいかないな」


 ディーズ・カルガも、半身の姿勢をとりナナさんと対峙する。何らかの格闘技の心得はあるようだった。けど、王都最強の騎士団長さまの相手ではない…はずだ。

 二人の距離が狭まり、狭まった分だけ、そこに力場が発生していた。

 …けれど。


「ダレ!?」

「ナニモノだ!」


 ナナさんとディーズ・カルガが、ほぼ同時に叫んでいた。その声に、どちらも焦燥を滲ませながら。

 そんな切羽詰まった声が出てくる場面では、なかったはずなのに。

 それでも、二人はほぼ同時に、声と視線で異分子の存在を(ほの)めかしていた。

 理解していなかったのは、頓馬(とんま)であるワタシだけだ。


「お花ちゃん!」


 ナナさんが、ディーズ・カルガそっちのけでワタシの元に戻って来た。そして、中空を見上げる。ワタシも、ナナさんの視線の先を追った。

 …その空間にだけ、人の形に、穴が開いていた。

 いや、夜よりも(くら)いローブをまとった姿に、ワタシが空に穴が開いたと錯覚しただけだ。

 そこにいたのは、人間だ。フードで顔を隠していたので、おそらくは、と推察しただけだったが。


「お花ちゃん!」


 再び、ナナさんが叫んだ。先ほどと違うのは、ナナさんがワタシを抱えて後方に跳んだことだ。

 そして、大きな…破裂を伴う轟音が、一帯に響いた。

 突風が吹き(すさ)び、熱波が十重二十重(とえはたえ)にふりかかってくる。

 その衝撃に鼓膜が激しく振動し、脳が激しく震えた。

 大小さまざまな石や草木が、その場から飛び散った。


「…………」


 数秒前までワタシたちがいた場所に、穴が開いていた。

 ナナさんに抱えられながら、ワタシは見ていた。

 ワタシの身の丈ほどもある火球が、その場所に叩き付けられるのを。

 棒立ちであの場所にいれば、ワタシは、その火球に圧し潰されていた。

 頭蓋が陥没し、脊髄(せきずい)がひしゃげて。

 粗挽(あらび)きの挽き肉になっていた。

 いや、圧し潰されて死ぬのだろうか?

 あの火球に、骨まで焼かれていたのではないだろうか?

 髪が焼け、肌が(ただ)れて、最後には消し炭しか残らない。

 ワタシという人間が生きていた痕跡が、ただの染みしか、残らない。

 そんな屍を晒したのではないだろうか。

 …どちらにしろ、アレが当たれば、真っ当な死に方は、できない。


「ナナ…さん?」


 ワタシを抱えて跳んだナナさんが、片膝をついていた。


「ごめんね、お花ちゃん…ちょっとへましちゃったみたい」


 ナナさんの鎧の…脛当ての部位が焦げて、ひしゃげていた。


「ナナさん…ナナさん!?」


 ワタシの、所為だ。

 ワタシを(かば)ったから、この人は、怪我をした。

 …この場において、致命的な、傷を負った。


「逃げて、お花ちゃん…一人で大丈夫だよね」

「逃げられるわけないでしょ…ナナさんを置いて一人でなんて逃げられないよ!?」


 ワタシは、ナナさんを引きずった。

 …いやだ。

 ナナさんを置いて、行けるはずがない。

 ナナさんを見捨てることなんて、できないよ。

 だって、一緒にご飯を食べたよね!?

 一緒に、お買い物だって行ったよね!?

 これからも、ワタシと一緒にいてくれるんだよね!?


「ナナさんだって、友達なんだ。この異世界でできた、大切な友達なんだ…だからナナさんがいなくなったら、駄目なんだあ!」


 鎧姿のナナさんは、重い。

 ワタシの細腕でナナさんを運べるわけもなく、どれだけ力を込めようと、うんともすんともいわない。

 危機に(ひん)しても、ワタシの中の眠れる力が覚醒することは、なかった。

 かわいそうだからと言って、現実は、ワタシに忖度(そんたく)などしてくれない。


「…………」


 不意に、空が、明るくなった。

 中空に浮くローブの怪人が、再び火球を掲げていた。

 

「やめ、ろ…」


 奥歯が、かたかたと鳴り歯の根が合わない。

 言葉に、ならない。

 ナナさんは、重い。

 動かない。動いてくれない。

 人の体って、こんなに重いんだ。

 そうだよね。その重さは、命の重さなんだから。

 火球は、さらに肥大化していた。ひどく無慈悲な、太陽だった。

 …ワタシが見る、最後の光景、かもしれなかった。


「やめ…てよ」


 ワタシの呟きに、火球は何も答えない。ただただ理不尽な瞳で、ワタシたちを見下ろしていた。

 あんな出鱈目(でたらめ)なモノが当たったら、ワタシも、ナナさんも。

 …肉の塊に、なっちゃうんだよ?

 それなのに、火球はさらに膨らむ。

 張りつめた、弓矢の弦を想起させた。


「いやだああぁ…!!」

 

 ワタシが泣いても叫んでも、火球は放たれた。

 こちらに向かってくる。わき目も振らず。


「…………!」


 再びの衝撃が起こる。

 先ほどと同じように空間が捻じ曲がるほどの圧力が、ワタシたちを襲う。

 熱で(のど)が焼け、耳孔(じこう)から脳を圧し潰そうと空圧が侵入を試みる。

 ワタシたちは、再び吹き飛ばされていた。

 …吹き、飛ばされていた?


「意識が…ある?」


 あの火球に当たれば、即死の、はずなのに?

 というか?

 そんなに、痛くない?

 ワタシの脳裏は混乱に支配され、まともに思考することもできない。


「とりあえずは、無事みたいだね」


 ワタシとナナさんを庇うように、ディーズ・カルガが立ち塞がっていた。


「助けて…くれた、の?」


 状況から(かんが)みれば、それしかなかった。

 けれど、どうやって?

 ワタシは、周囲を見渡した。

 火球は、どこにもなかった。

 どうやら、この人が途中で撃ち落とした…としか思えなかった。

 

「分の悪い賭けは嫌いじゃないんだが…いやあ、冷や冷やしたよ。こんなに緊張したのは、リリスに婚約を申し込んだ時以来だ」


 軽口のつもりだったのだろうが、ディーズ・カルガの声は、微かに震えているように感じられた。

 けど、あの火球を撃ち落としたというのは、本当のようだ。

 ワタシたちのところには、火球の余波しかこなかった。

 

「さあ、次はどうする?あんな魔法はそう何度も使えないんだろ?こっちも切り札を失ったし、今日のところは痛み分けにしないか?」


 ディーズ・カルガはローブの人影に声をかけたが、ローブの人物は無視をしていた。ワタシたちには、もはや何の興味も示していない。

 それは、ワタシたちの命に微塵の興味も抱いていない、ということだ。

 …ワタシたちの命には、一瞥(いちべつ)する価値すらない、ということだ。

 ローブの人影は、そのまま『邪神』のご神木へと歩を進める。

 そして、無造作に手を伸ばした。

 女神さまが…アルテナさまが張った、あの結界へと。

 その手が結界に触れたところで、止まった。

 当然だ。それは女神さま謹製の『通せんぼ』だ。

 けど、人影は意に介さない。


「何を…する気なの?」


 ワタシの問いかけになど、当然、答えない。

 ローブの人影は、しばらく結界に触れていたのだが…そこで、変化が起こった。

 結界の中に、人影の腕が、ずぶずぶと無遠慮(ぶえんりょ)に沈んでいった。

 それは、結界に対する侵食だ。

 その光景に、ワタシは言葉を失っていた。


 …それ、女神さまが張った結界なんだよ?


 多少の時間を要したとはいえ、ローブの人影の腕は、その結界をすり抜けた。

 そして、腕を引き抜く。

 夜よりも昏いローブよりも、さらに昏い光が、その手に握られていた。

 もはや、何が最も昏いのか、分からなくなりそうだった。

 瞬間、怨嗟が溢れた。奔流(ほんりゅう)となって。

 これまではアルテナさまの結界によって()き止められていた怨嗟が、歯止めを失い、野放図(のほうず)に溢れ返る。


「…………」


 その怨嗟には、覚えがあった。

 ワタシには、覚えがあった。あって、当然だ。

 …だって、アレ、『邪神の魂』だよ。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

もう本格的に梅雨ですね。

蒸し暑くなってきました。

皆さんも熱中症などには気を付けてください。

それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m

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