25 『なんですか…藪からスティックに』
「お花ちゃんは、どんな男の子がタイプなの?」
「え、なんですか…藪からスティックに」
ナナさんの唐突な一言に、ワタシは思わずルー語で反応していた。
「そういえば、お花ちゃんとは女子っぽい女の子トークをしてなかったなーと思ってさ」
「女子っぽい女の子トークとかふわふわしたことを言ってる時点で、女子としての偏差値は低そうですけど…」
まあ、ナナさんとそこそこ波長が合っている時点でワタシの女子力も高が知れているのだけれど。
「お花ちゃんだってさ、男の子とイチャイチャなデートとかしてみたいんじゃないの?」
「…まあ、そういう浮ついたイベントに憧れがないとも言いませんけれどもぉ」
基本、ワタシがラブラブというかぶらぶらしてる相手って女の子ばっかりだし、慎吾に誘われる時もショッピングとかお洒落なランチとかじゃなくて、ウオーキングやらジョギングばっかりやらされてるし…アイツ、ワタシのことエサをあげすぎたペットみたいに扱うんだよね。
「じゃあ、お花ちゃんの理想のデートをちょっとシミュレーションしてみる?」
「なんだか漫才の導入みたいになってきましたね…」
嫌な予感しかしないのだ。
「じゃあ、お花ちゃんが待っているところに、白馬に乗った王子さまがまさかりを担いでやってくるところからね」
「王子さまにそんな野暮ったいオプションはいらないんですよ…」
ほらもう危惧した通りじゃん!?
出鼻から金太郎みたいな王子さま出てきちゃってるじゃん!?この後どう展開するの?
「そもそも、理想の男性像が白馬の王子さまなんて女子もいませんからね!?」
ここが異世界だとしても、そんなテンプレートな王子さまはいないのだ。いても対応に困るのだ。
「…じゃあ、ナナさんの理想の男の人ってどんなタイプなんですか?」
主導権をナナさんに渡しておくと話が進まないということを知っているワタシは、そこでナナさんに問いかけた。
「私のタイプ…」
ナナさんはそこで小首を傾げて考え込んだので、深紅の鎧も少しだけ傾く。
「ナナさんにだってタイプくらいあるでしょ?」
「私のタイプは…私が近づいても逃げない人かなあ」
「さすがに悲しすぎませんかねぇ!?」
思わず、リリスちゃんみたいな口調になっていた。
けど、さすがにハードルが低すぎないかな。いや、ハードルが低過ぎてほぼバリアフリーだからね?
「というか、ナナさんのアプローチに問題があるんですよ…」
「でも、エカテリーナ・ガングロスキー先生が「距離さえ詰めてしまえば大体の男は落ちる」って言ってたよ」
「誰なんですかそのガングロスキーさんって!?」
また妙な人の影響を受けてるな、この人…。
というか、結局こうなるんだよ。ナナさんと女子っぽい恋バナとかしようとしても、最後にはワタシがツッコミに回る羽目になるんだよ。
こんなのでどうやって女子会とかするんだよ?
「…………」
で、そんなワタシとナナさんがどこを歩いていたかというと、王都の南区にある遊歩道だった。
そして、なぜそのような場所にいたのかというと、リリスちゃんが教えてくれたからだ。
この先の山頂に、『邪神』にまつわるご神木が存在している、と。
ただ、その『邪神』のご神木については、リリスちゃんも話に聞いただけで、詳しいことは何も知らなかった。というか、今もそのご神木が存在しているかどうかすら分からないらしい。リリスちゃんがそのご神木について話を聞いたのも、大昔の話だからだ。
「…でも、ワタシとしても無視はできないんだよね」
ただ、正直なところ、そのご神木とご対面ができたとしてもワタシから奪われた『邪神の魂』の手がかりがあるとも思えないのだけれど。
それでも、今のワタシには、他にできることもない。ないのだから、徒労だろうが骨折り損だろうが行くしかない。
…「はい、そうですか」で諦められるものじゃないんだ。おばあちゃんの記憶は。
「ところで、ワタシについて来てもらっておいてなんですけど…センザキさんの事件の方はどんな感じなんですか?」
「そうだね、お花ちゃんに犯人は教えてもらったから、そのうち捕まるとは思うんだけど…」
珍しく、歯切れの悪いナナさんの口調だった。
「あ、それなんですけど…ワタシの証言をよく信じてくれましたね」
今更だが、ワタシのような小娘の話を信じてくれたのはちょっと驚きだった。ナナさんだけじゃない。騎士団や憲兵さんたちみんなが信じてくれているようだった。
「だって、騎士団の中では、お花ちゃんちょっと有名だよ」
「そうなんですか…?」
「なんか、お花ちゃんって色々なことに巻き込まれてるからね。騎士団のみんなにも馴染みがあるんだよね」
「…確かに、色々と面倒くさいことには巻き込まれてますけど」
そんなことで憶えられても、あまり嬉しくはなかった。基本的にトラブルなんて御免だし、そもそも、逆境とは相棒になれないタイプなのだ、花子ちゃんは。
「あと、お花ちゃんについては私があることないこと吹き込んでるからかな」
「なんでないことまで吹き込んでるんですか!?」
「ドント・シンク!フィール!」
「なんで英語で言ったんですか…」
というか、この人こそがもっと考えるべきだ。
ワタシのないことまで吹き込んで、騎士団の中で妙な噂とかになってたらどうするんだよ!?
という不安に陥っていたワタシそっちのけで、ナナさんは事件について話し始めた。
「それと、あの、カセンジキ…さん?あの人が襲われたのも、グループ内のいざこざが関係してるかもしれないって、副団長が言ってたよ」
「センザキグループの内紛…ですか」
とりあえず、カセンジキさんにはツッコまない。テンポが悪くなるからだ。
会社という組織の中にはたくさんの人間がいて、派閥やら何やらがあり一枚岩ではない…という話ぐらいは、ワタシでも聞いたことがある。
…けど、それでセンザキさんの命まで奪おうとするのだろうか。
ワタシには、理解ができなかった。したくもなかったけれど。
そこで黙り込んだワタシに、ナナさんが説明を続ける。
「センザキグループの中の過激な一派が、邪魔者になったあの被害者…ええと、ジン・センザキさん?その人を退場させるために、人を雇って襲わせた、って騎士団では考えてるみたい」
「ああ、そういう風に考えてるんですね…」
「え、何か違った?」
「…いえ」
本当は、リリスちゃんを復活させるためにディーズ・カルガというリリスちゃんのフィアンセが、『願い箱』に投函されていた『センザキさんを排除しろ』という不埒な願い事を叶えるためにあの事件を起こしたのだが、詳細はナナさんにも伏せていた。
…そこまで話そうとすると、リリスちゃんが『悪魔』だということにも触れなければならなくなるからだ。
それだけは、できなかった。
最悪、リリスちゃんまで討伐される危険性が出てくる。
リリスちゃんは、これまでにも人間に騙されてきた。
人間たちとの約束を守って教会を建てたのに裏切られ、封印までされた。
そんなリリスちゃんだからこそ、ワタシは、あの子を裏切れない。
「それじゃあ、ナナさん。もしかして、センザキさんを襲うように依頼をした相手の目星がついてたりするんですか?」
先ほどのナナさんの口調が妙に確信的だったので、ワタシはそう問いかける。
「あー、なんかねー。少し前から占い師があの会社の経営…カモンになったんだって」
「カモンじゃなくて顧問…ですよね?」
というか、占い師?
ああ、けど、占いで経営方針を決めたりする会社もあるって、聞いたことはあるかな。昔は国の決め事なんかも占いに頼ってたそうだしね。
「その占い師と…ええと、被害者のセンザキさんは経営方針で仲違いしてたんだって」
「確か、ジン・センザキさんってセンザキグループの代表でしたよね…」
ワタシは、そこで記憶の糸を手繰る。
センザキ家の養子であるセンザキさんの周りには、敵も多かったって聞いてたけど…センザキの家系とは縁も所縁もない占い師が経営顧問?
そして、センザキさんと対立していた?
そんなの、絶対に裏に何かあるやつじゃん…。
ただの看板娘が深入りしていい話じゃないやつじゃん。
「と、もう少しで聞いてた場所かな…」
とりあえず、センザキグループの内紛のことはそこまでにして、ワタシは目的地である『邪神』に所縁のあるご神木を目指した。
けど、ワタシとしてはどうしても『邪神』とご神木という存在が結びつかなかった。なぜ、『邪神』にご神木なんてものがあるのだろうか。
リリスちゃんに聞いても『よくは知りませんねぇ』の一言だったし。
それでも、そのご神木の場所だけは教えてもらっていた。南区にある小さな山…というか丘みたいな山の上に一本だけ生えている大きな木が、そのご神木なのだそうだ。
「この辺りには滅多に来ないけど、迷わずに来られたね」
目的の場所を前にして、ワタシは独り言を呟いた。それから、隣りにいたナナさんに話しかける。
「今更なんですけど…ナナさんって鎧を着たままで平気なんですか?」
「え、何が?」
「何がって…一応、山登りみたいなものなのに、キツくないんですか?」
緩やかな山道とはいえ、登り道だ。それなのに、鎧姿のナナさんは平然と歩いていた。
「お花ちゃん、私がキツいのはね、知らない人と話すことだけだよ」
「よくそれで婚活とかできますね…」
いや、できてないんだけどさ。
そんな無駄話をしながら歩いていたら、山頂にはすぐに到達した。ハイキングとも呼べないほどの短い山道を終え、ワタシは軽く息を吸った。本来なら、それで呼吸も整うところなのだけれど。
「…………」
逆に、呼気が乱れた。
山の冷気に紛れ、瘴気とも呼ぶべき不純物が混在していた。この場所に。
ワタシは、その気配の元を辿る。感覚を、研ぎ澄ませて。
本来なら、ワタシの感覚なんてそこまで鋭敏ではない。
それでも、ワタシの地肌に浸透してくるようだった。異質な、ナニカが。
その異質なナニカの出どころは、すぐに分かった。
古い、大木だ。
表面の…樹皮というのだろうか、その皮が剝れかけていたし、洞も幾つか散見できた。
けれど、その大木が倒壊寸前かといえば、そうではなかった。
しっかりと大地に根付いていて、仁王立ちで聳え立っている。
ひどく排他的な気配を、醸しながら。
実際、周囲には他の樹木どころか雑草すら生えていない。その大木の周りでは、むき出しの地面が露出していた。
そして、声が、聞こえた気がした。
『寄らば呪う』と。
ワタシにも…いや、ワタシだからこそ、分かった。
これが、『邪神』のご神木だ。
この木は、今現在でもあらゆる生物を、分け隔てなく呪っていた。
「あー、これって」
…そんな呪いなどどこ吹く風、といった声が聞こえた。当然、その声の主はナナさんだ。
そんなナナさんは、ワタシを呼んだ。
「ねえねえ、お花ちゃん」
「どうしたんですか、ナナさん…」
いつの間にか、ナナさんはご神木の裏側に回っていた。そこそこの巨木なので、裏側に回られたら完全に見えない。
「あのね、ここに穴があるでしょ?」
「あります、ね…」
ナナさんが指を差したのは、やや大きな、木の洞だった。
ちょうど、ワタシの胸の高さほどに開いた、空洞だった。
それは、ただの空洞のはずなのに、随分と深く、暗い。
その深奥が、覗けないほどに。
…確実に、得体の知れないナニカが、そこにあった。
これまでのような、微かに感覚のセンサーに振っかかる程度のものでは、ない。
そこにあったのは、怨嗟の奔流だ。
「ナナさん、これ…」
ワタシは怖じ気づき、二歩三歩とたたらを踏んだ。
後ろに下がったワタシと違い、ナナさんは前に出る。ワタシを庇うように、前に出る。
そして、ナナさんは口を開いた。
「ああ、これは女神さまの結界だね」
「けっか…い?」
「そそ、アルテナさまの結界だよ、これ。昔、見たことがあるよ。やっと思い出せた」
ナナさんは、事も無げにそんな言葉を口にしていた。
けれど、ワタシは声を荒げた。
「結界って…結界って何ですか!?しかも女神さまの!?」
ナナさんと違い、ワタシは混乱と驚愕の間を反復横跳びだ。
頓狂な声を上げるワタシとは違い、ナナさんは冷静に教えてくれた。
「この穴に結界っていう蓋がされてるってこと…かな」
「そうじゃなくて…その結界が、女神さまの結界って」
狼狽したワタシは、まともに言葉を発することもできなかった。
そんなワタシに、ナナさんはやさしく声をかける。
「女神さまだから、アルテナさまの結界だよ。アルテナさまが、この場所にナニカを封じたんだ」
「アルテナ、さまの…結界?」
そんな結界とやらが、なぜ、この場所にある?
そんな話、ワタシは聞いていないのだけれど?
ワタシの混乱は有頂天に達していた。
だから、気付いていなかった。
「…………」
ワタシたちの背後に、ディーズ・カルガが忍び寄っていたことにも。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
仕上げをしている時に、PCがフリーズして更新が一時間ほど遅れました。
皆様も小まめに保存するようにいたしましょう。
古事記にもそう書いてありますので。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m