24 『リリスチョップはパンチ力ですのでぇ』
『邪気を祓う神さまだから『邪神さま』と呼ばれていたんですよねぇ、あの人』
「神さまをあの人呼ばわりも気になるところだけど…『邪神さま』って、邪気を祓うから『邪神さま』だったの?」
『ええ、大昔、ここら一帯に猛毒をばら撒いた怪物が現れたのですけれど、その怪物を退治して毒やら邪気やらを浄化したから、『邪神さま』と呼ばれるようになったのですねぇ。その後でどこかに消えてしまったのですけれど、どこに消えたのでしたっけ…忘れましたねぇ』
「…ということは、リリスちゃんが言ってるのは『邪神』じゃなくて『邪神さま』のことなんだね?」
『ああ、先生はそっちの『邪神』と勘違いしていたのですかねぇ?その『邪神』は『邪神さま』の真似事をした物好きな神さまのことですねぇ』
「リリスちゃん、そっちの『邪神』のことも知ってるの!?」
『知っていますねぇ…リリスちゃんと同じように人間に騙されて利用されて、取り返しのつかなくなった救いようのない神さまですからねぇ』
「…………」
『よせばいいのに、『邪神さま』の真似事なんてするから、邪気を清めて戦争を終わらせた後も、人間やエルフたちに利用されたりするのですよねぇ。神さまというのも、報われない生き物ですねぇ』
「…ワタシは、違うよ」
『はい…?』
「ワタシは、リリスちゃんを利用したりしない…友達を、利用したりはしないし、ダレカに利用させたりも、しないよ」
『それは、先生があの人よりも先にリリスちゃんを復活させてくれる、ということですかねぇ』
「そうだよ。ワタシがリリスちゃんを復活させれば、リリスちゃんは悪い『悪魔』になんてならない…きっと、今まで通りのリリスちゃんでいてくれるよね」
『…先生が悪い人でなければ、そうなるはずですけれどねぇ』
「約束するよ…リリスちゃんを、本物の『悪魔』なんかには、させないって」
『…では、その代償としてリリスちゃんも先生のお手伝いくらいはしなければなりませんかねぇ』
「…ワタシのお手伝い?」
『先生の『邪神の魂』探しですねぇ。その魂を取り戻せば、おばあちゃんの記憶も戻るのでしょう?だったら乗りかかった船ですねぇ』
「ありがとね、リリスちゃん…リリスちゃんって、やっぱりいい子だよね」
『…借りを作りっぱなしというのが性に合わないだけなのですけれどねぇ』
「ありがとう…それでも、ありがとね、リリスちゃん!」
『別に、抱き着かれるほどの感謝をされることはな…っていうか、先生の体温ちょっと高くないですか!?なんか、じんわりと汗臭いのですけれど!?この気温でどうしてそこまで汗ばんでるんですかねぇ!?』
「え、またまたー。そんなに汗かいてないよ、ワタシ」
『いや、かいてますねぇ!?なんか先生の体しっとりしてるんですけれどぉ!?なんか先生の汗ほんのりと甘い匂いがするのですけれどぉ!?』
という、極めて乙女チックでハートフルでキャッキャウフフとしたリリスちゃんとの微笑ましいやりとりがあったのが、昨日のことだった。
けど、我ながら色々と衝撃的な一日だった。
リリスちゃんが、あの廃教会の『悪魔』だったということを打ち明けてくれた。そして、そのリリスちゃんを『悪魔』として復活させるために、リリスちゃんのフィアンセのディーズ・カルガも動いているという話を聞いたりと、ちょっとした情報の氾濫が起こっていた。
「リリスちゃんのフィアンセ…か」
正直、謎の多い人物だ。
リリスちゃんが『悪魔』だと知りながら求婚をした理由も分からなければ、そもそも、リリスちゃんが『悪魔』だと知っていた経緯が分からない。
しかも、その『悪魔』であるはずのリリスちゃんを自主的に復活させようとしている。
「…というか、リリスちゃんを復活させるためにセンザキさんを襲ったんだよね」
リリスちゃんが『悪魔』として復活を果たすためには、あの廃教会にある『願い箱』に入れられた願い事を叶えなければならない。
ダレカの願い事を叶えることで、リリスちゃんは『悪魔』としての力を取り戻すのだそうだ。正確には、リリスちゃん以外の第三者に願い事をかなえさせなければならない、だが。
けれど、その願い事が、純粋なものばかりとは限らない。
ダレカが、願っていた。
ジン・センザキに深手を負わせて欲しい、と。
その不純で不潔な願い事を、ディーズ・カルガは、叶えた。
…願い事なら他にもあったはずだ。選り取り見取りだったというのに。
「でも…そこまでするんだね」
あの人は、形振りなんて構っていない。
リリスちゃんを復活させたいからといって、手っ取り早いという理由だけで、センザキさんを襲ったりできるものだろうか。
そして、そこまでしてリリスちゃんを復活させたい理由とは、なんだ?
その動機が不明なのだから、不気味だとしかいいようがない。
「…勿論、ワタシとしても指をくわえたままで後手に回ったりはしないけど」
そもそも、そんな危険人物を野放しにはできるはずもない。ワタシは、騎士団長であるナナさんにきちんと報告してあたのだ。
『ジン・センザキさんを襲ったのは、ディーズ・カルガという人物だった』と。
騎士団としても、センザキさんが襲われた事件で犯人を探していた。それこそ血眼で。当然、すぐにディーズ・カルガを容疑者として手配したのだけれど…。
「…この王都に、ディーズ・カルガという人物は、いなかった」
偽名だったのだ、ディーズ・カルガという、その名は。
しかも、リリスちゃんに伝えていた住所なども、虚偽のものだったそうだ。
名前も、住所も、目的も、その全てが噓八百だった。
あの人は、そこまでの嘘で『悪魔』を謀っていた。
…正直、背筋に薄ら寒いモノを感じた。
「分かっていることは…一つだけだね」
あの人は、リリスちゃんを『悪魔』として蘇らせるために『願い箱』の中の願いを叶えようとしている…ということだけだ。
なら、『願い箱』の願い事を辿れば、あの人の足取りが掴めるか?
あの人の足跡さえ捕捉できれば、あとは騎士団やナナさんが何とかしてくれるはずだ。
「いや、あの人が次にどの願いを叶えようとするかは、分からないか…」
願い事からディーズ・カルガの痕跡を手繰ることは、やはり難しそうだ。
となると、ワタシがあの人よりも先に『願い箱』の願い事を叶える方が堅実かもしれない。
リリスちゃんを、悪い『悪魔』として復活させないためには。
「ディーズ・カルガというあの人にだけは、リリスちゃんを復活させちゃいけないんだ…」
リリスちゃんが『悪魔』として復活するためには、『願い箱』の願い事を、リリスちゃんではないダレカに叶えてもらわなければならない。
そして、リリスちゃんが『悪魔』として復活する時には、そのダレカの精神の影響を大きく受けるらしい。
ワタシには、絶対の予感があった。
あの人に復活させられた場合、リリスちゃんがどのような『悪魔』として目覚めるか、知れたものではない、という予感が。
「けど、『リリスちゃん復活レース』においては、ワタシの方がリードしてるんだよね」
リリスちゃんは、三つの願い事をダレカに叶えさせれば『悪魔』として復活を果たすのだそうだ。
そして、ワタシは既に二つの願いを叶えている。
そのことを、リリスちゃんが教えてくれた。
一つは『大金が欲しい』と願ったアイギスさん。
そして、もう一つは『母親に謝りたい』と書かれていた願いだ。
『…これ、多分、アンさんなんだよね」
本人の確認を取ったわけではないが、その『母親に謝罪したい』という願いが既に叶えられていたとすれば、該当するのはアンさんしかいない。長い間、お母さんであるセシリアさんと不仲だったアンさんは、相当、根の深い懊悩を抱えていた。
「…色々と紆余曲折はあったけど、あの二人も今は仲良く暮らしているしね」
アンさんたちが楽しく生活しているのなら、何の問題もない。
そして、その願いのお手伝いができていたのなら、ワタシとしても嬉しかった。
棚からぼた餅的な結果論なのは内緒だけどね!
「で、今日もワタシは街中を歩いてるんだよね」
シャルカさんからは、しばらくギルドの方は留守にしていいと許可をもらっているのだ。アルテナさまのことだってあるからね。
「というか、トラブルが多すぎるんだよね…」
しかも、一つ一つが致命的で重篤だ。
一つは、ワタシの中の、おばあちゃんの記憶(邪神の魂)が奪われた。こと。
一つは、世界に蓋というのがされたことで、アルテナさまが天界に戻れなくなった。こと。
一つは、リリスちゃんが悪い『悪魔』として復活させられそうになっている。こと。
「…これ、本当ならワタシなんかの手に余るよね」
ワタシなんて、ただの看板娘なんだよ…?
できることなんて、たかが知れてるよ…?
「…けど」
泣き言なんて、言っていられる場合ではなかった。
泣いたところで、他のダレカが解決をしてくれるわけでもない。
なら、ワタシだってやれることをやるしかない。
「それに…味方だってちゃんといるからね」
ワタシは、遠目にあの人の姿を確認した。
平穏な王都の街中にもかかわらず、深紅の鎧に身を包んだ騎士団長殿が現れた。
…人見知りのナナさんは、おっかなびっくりしながらこちらに向かって来たけれど。
「今日は頼みますよ、ナナさん」
ワタシは、王都最強の助っ人にボディガードを依頼していた。さすがに、何があるか分からない状況下で一人で出歩くのは怖かった。
「ああ、うん…よろしくね、お花ちゃん」
「…なんか、いつにも増してびくびくしてないですか、ナナさん」
「ええと…今は謹慎中だから」
「また何かやらかしたんですか!?」
やけにあっさり護衛を引き受けてくれたけど、それ、大丈夫なの!?
「ええとね…事件の聞き込みの途中で婚活してたら怒られたの」
「そりゃ、捜査をしながらそんなことしてたら怒られますよ」
「でも、仕方なかったんだよ…体が婚活を求めてたんだよ」
「闘争を求めるよりも厄介ですよね、それ…」
この人が婚活を求めたところで、フ〇ムの新作は出ないのだ。
というか、よく謹慎で済みましたよね。
「でも、そんな時に出歩いていいんですか、ナナさん…?」
後でもっと怒られるのでは?
「大丈夫じゃないかな…ほら、兜で顔は隠してあるから」
「その真っ赤な鎧が既に名刺代わりなんですけどね、ナナさんの場合…」
「でも、お花ちゃんが助けて欲しいって言ったから…私、頑張るよ」
「ナナさん…ありがとうございます。ナナさんが怒られそうなときは、ワタシも一緒に怒られますね」
「お花ちゃん…やっぱり好きっ!」
「…いたたたたぁ!?」
鎧で抱きしめられるとけっこう痛いのだ!
しかもナナさん、力が強いし!
「でも…実際、今って捜査が忙しい時なんじゃないんですか?」
ワタシは、ナナさんに問いかけた。
「うん、ええと…カンザキさんだっけ?あの刺された人の事件でてんてこ舞いだよ」
「…センザキさんですよ、ナナさん」
名前くらい覚えてあげてください。
「そうそう、そのシンザキさん。お花ちゃんが犯人を教えてくれたからね、事件の方もかなり進展はあったみたいだよ」
「犯人というか、重要参考人くらいですけどね、今のところ…でも、あの人はまだ捕まってないんですよね?」
とりあえず、名前に関してはワタシは諦めた。
「そのうち捕まるんじゃないかなぁ」
「そうだといいんですけれど…」
ディーズ・カルガ…偽りだらけのあの人は、『悪魔』も人間も一緒くたに煙に巻いている。王都の騎士団は優秀な人たちばかりだけど、それで安堵はできなかった。
「で、今日はどこに行くの、お花ちゃん?」
「ええと、それはですね…南区の森の方なんですけど」
その場所は、リリスちゃんに教えてもらった場所だった。
なんでも、『邪神』と所縁があるという話だ。
本当ならリリスちゃんと一緒に行きたかったのだが、『リリスちゃんもやることがありますのでねぇ』と断れてしまった。
だけど、ワタシとしてもリリスちゃんが一人で行動するのは不安だったので「大丈夫?」と聞いたけれど、『問題ないですねぇ。リリスチョップはパンチ力ですのでぇ』という言葉の意味はよく分からんが、兎に角すごい自信だということは分かったので今日のところはその言葉に甘えさせてもらった。
勿論、ワタシにとってリリスちゃんは大切な友達だけれど、おばあちゃんの記憶も、奪われたまま泣き寝入りなどできない。
「南区の森って…何かあったっけ?」
小首を傾げるナナさんに、ワタシは言った。
「ご神木があるらしいんですよ…『邪神』のね」
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本格的に梅雨に入りましたね。
寝苦しい夜が続きそうです…。
皆さんも体調管理にはお気を付けください。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m