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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
12/263

11 『…君のような勘のいいガキは嫌いでござるよ』

「やはりステルス…ステルスは全てを解決するでござるな」


 ラウンジのソファに座ったまま、雪花さんが珍妙な言葉を呟く。

 そんな雪花さんの膝には繭ちゃんが頭を乗せて横たわり、小さく寝息を立てていた。寝ている繭ちゃんは本当にかわいかったので、こんなにかわいい子が女の子のはずがないとワタシは思いました、まる。


「ステルスって…雪花さんの『隠形』スキルのことですか?」


 スリーピング繭ちゃんでは雪花さんの相手はできないので、ワタシがそう尋ねた。

 その『隠形』というのは、文字通り、自身の身を隠し、他者から目視も認識もされなくなるというスキルだ。いや、よく考えたら普通にかなりヤバいよ、コレ。

 この異世界ソプラノでは、一定の経験を積むことで、さまざまなスキルを獲得することができる。といっても、戦闘用のスキルを獲得するための経験値は戦闘や訓練を行うことでしか手に入らず、金属を冶金(やきん)するための加工スキルは、鉱石などを精製し続けることでしか手に入らない。

 要するに、獲得したいスキルがある場合は、その分野で一定以上の修練を積まなければならない、ということだ。


「拙者のスキルが『隠形』だと、よく憶えておりましたな、花子殿」

「雪花さんちょくちょくその『隠形』を使って雲隠れしてたじゃないですか…掃除当番を忘れて怒られそうになった時とか、シャルカさんが隠してたおつまみをつまみ食いしたのがバレて怒られそうになった時とか、街の城壁に推しキャラの落書きして怒られそうになった時とか、ラウンジにどぎついBL本を放置してて怒られそうになった時とか、締め切りを守れなくて合同本を一緒に出すはずだった腐女子さんにガチギレされた時とか」


 …こんなろくでもないエピソードで怒られる成人女性いる?

 いねーよなぁ!?

 しかも、その尻拭いは大体ワタシにおはちが回ってくるのだ。


「ですが、今回はそのステルス…『隠形』のスキルのお陰で命拾いをしたのですよ。さすが、アルテナさまがくれたユニークスキルですなぁ」


 雪花さんは、誘拐犯のアジトから抜け出せたのはその『隠形』のお陰だと説明した。

 この異世界ソプラノに転生してくる際に、ワタシたちはユニークスキルと呼ばれる、この世界には存在しないはずのスキルを、アルテナさまから授かっていた。つまり、この世界で『隠形』のスキルを扱えるのは雪花さんだけということになる。


「でも、ユニークスキルがあったとはいえ、よくそんな犯罪組織のアジトみたいな場所から逃げ出せましたよね。前に腐女子さんたちに追い回された時は、その『隠形』があっても雪花さん捕まってたじゃないですか」


 いわゆる『BLの獄』の騒動の時だ。

 …いや、いわゆるじゃないわ。

 一般化していい事件じゃないんだわ、アレ。


「あの時はまだ、拙者の『隠形』のスキルもレベルが低かったでござるからなあ」


 スキルというのは使い込めば使い込むほどレベルが上がり、効果も上昇する。


「というか、あの腐女子たちの中に『探査』のスキル持ちがいたのでござるよ…しかも、ハイエンドクラスの。なので、ユニークとはいえ、レベルの低い『隠形』では見破られてしまったのでござりまする」

「漫画とかだと、そういうスキルの応酬って見応えがあるんでしょうけどね…」


 やってることが腐女子の勢力争いなんだよなぁ。

 ちなみに、その『探査』スキル持ちの腐女子さんとは、のちに雪花さんと合同でBL本を出す間柄になる。というか、雪花さんが締め切りに間に合わず、ブチキレていたのが彼女だ。


「けど、今なら拙者の『隠形』もハイエンドクラスまで育っておりますからな。もう誰にも負けないでござるよ」


 雪花さんは、軽く胸を張る。ちなみに、「さすがに今日は疲れたでござる」と言って、今はさらしは外していた。

 …つか、初めて見たけどノーブラ雪花さん、でかっ!説明不要かよ!

 膝枕してる繭ちゃんの顔とか見えてないだろ、それ!


「ハイエンドクラスって、そんなにすごいんですか?」


 ワタシも、アルテナさまからユニークスキルをもらっていた。だが、レベルは低く、ハイエンドクラスとやらになるのはまだ先になりそうだ。


「なんというか…ハイエンドクラスに到達しますと、スキルが化けるのでござるよ」

「スキルが…化ける?」


 オウム返しにそのまま問いかけた。あまり意味が分からなかったからだ。


「ほら、テレビゲームなんかではよくあるではござらんか。同じスキルのはずなのに、レベルが上がると、特殊な効果が付与されたりするような…そんな感じでござるよ」

「ゲームはあまりやらなかったんですよね…」


 少しは遊んだことがある。ただ、ワタシはゲームが好きにはなれなかった。

 ゲームの主人公たちは、敵を倒せば確実に強くなった。レベルが上がれば体力が増えたり攻撃力が増加して、とんとん拍子で強くなった。

 …どれだけ頑張っても、ワタシの体は強くなんかならなかったのに。


「ええと、拙者の『隠形』の場合は、『遮断』の概念が『越権付与』されて…要するに、スキルが『開花』するのでござるよ」

「開花…そういえば、アルテナさまがそんなことを言っていましたね」


 ワタシたちに与えられたユニークスキルは、ハイエンドクラス…最高レベルまで育てれば、特別なことができるようになる、と。それが開花、か。

 …だから、ワタシは今のこのスキルを選んだのだ。


「この遮断はちょっとすごいですぞ?なにせ、文字通り遮断してくれるのですからなぁ…この世界と拙者を」

「世界と遮断…?」


 なんだか、雪花さんが中二病患者みたいなことを言い出した。まあ、その中二病患者が作った設定みたいなスキルやらなんやらが実在するのが、この世界なのだが。


「説明は難しいのでござるが…世界から遮断された拙者は、他者から認識されないのはもちろんのこと、物体からも認識されなくなるのですよ」

「…………?」


 本格的に、ちょっと何言ってか分からなくなってきた。


「例えば、拙者が檻などに閉じ込められたとしても、その檻が拙者のことを認識できなくなるのでござるよ。そして、拙者に対しては檻として機能しなくなるのですな」

「檻として機能しなくなるって…まさか」 

「そう、檻だろうが壁だろうが、拙者という存在を閉じ込めておくことができなくなるのでござるよ。檻だろうがなんだろうが、拙者はそれらをすり抜けられるのでござる。拙者のことを認識できないという概念が付与されるのでござるよ、この世界そのものに」

「世界の法則が乱れる…!」


 本物のチートじゃないですか…。


「ただ、弱点というか…誰かに見られていると、『隠形』スキルそのものが発動できないという欠点というか難点もあるのでござるが」

「なるほど…だから、逃げ出すのに時間がかかったんですね」

「連中が拙者から目を離す瞬間が中々なかったでござるからなぁ…あの根競べの時間は、本当に怖かったでござるよ」

「ワタシだって怖かったですよ…だって、ずっと雪花さんに『念話(ねんわ)』が届かなかったんですから」


 この『念話』が、ワタシがアルテナさまからもらったユニークスキルだ。簡単に言えばテレパシーで、話したい相手の心に直接、語りかけることができる。ある程度の距離があったとしても。

 ただ、この『念話』が、昨夜は雪花さんに届かなかった。


「たぶん、拙者を捕まえた袋とか、拙者を閉じ込めていたあの部屋には魔法やらスキルやらを通さない効果があったのでござろうな…」

「それでワタシの『念話』が雪花さんに届かなかったんですね。けど、『念話』が届かなかったから、ワタシ、雪花さんが、あの時もう…」


 その先は口にできなかったし、したくなかった。


「大丈夫でござるよ。拙者は不死身の月ヶ瀬ですから」

「…まあ、そんなスキルがあればそのセリフにも信憑性がありますけど」


 そこで、ふと気付いたワタシは雪花さんに問いかけた。


「ところで…その極めた『隠形』スキルで繭ちゃんのお風呂とか覗いてないですよね?」

「…君のような勘のいいガキは嫌いでござるよ」

「確保!ハンニン確保ー!」

「未遂!未遂でござりまする!」

 

 雪花さんは慌てて否定した。


「初めてハイエンドクラスになった時の高揚感で「カ、カラダが勝手に…」とか、やらかしそうにはなりましたが、ちゃんと踏みとどまりました!というか、ここのみんなには本気で嫌われたくないのでござるよ!拙者みたいなのを受け入れてくれたみんなには!」

「…まあ、信じましょうか」


 みんなに嫌われたくないという気持ちは、理解できる。

 というか、この人は嘘が下手だからすぐ分かるんだよね。


「けど、本当にその『隠形』はすごいですよね…ワタシの『念話』が霞んでしまいますよ」 

『レア度でいえば、『念話』が最高クラスだぞ』


 そこで声をかけてきたのは、シャルカさんだ。


「お帰りなさい、シャルカさん」

「お帰りなさいでござるよ、シャルカさん」


 ワタシと雪花さんは、ほぼ同時にお帰りを言った。

 誰かが帰ったらお帰りなさいを言うのは、この家のルールだ。


『ただいま…とりあえず、憲兵やら各種ギルドやらに報告をしてきたし、雪花の絵も渡してきた。すぐにでも、方々に連絡がいくはずだ』


 シャルカさんは、雪花さんが誘拐された件を各所に伝えに行ってくれていた。

 これで、雪花さんの誘拐事件はこの王都中の人間が知ることになる。


『憲兵やらうちのギルドの冒険者たちが動けば、すぐに犯人も捕まるとは思うが…できれば、『無望(むぼう)の騎士団』あたりにも出張ってもらいたいところなんだが』

「その騎士団の人たちって、確か、この王都を守る特殊部隊…みたいな人たちでしたよね」


 ワタシは出会ったことがない。というか、この街に住む住人たちは、誰一人として彼らの素顔を見ていない。

 そこに所属する騎士たちは、名前や出身地、さらには家族まで捨て、顔を兜で隠してこの王都を陰から守ってくれているからだ。


『憲兵たちの反応を見るに、どうも、無望の騎士団が出てくれる案件ではないようだ…』

「大規模なテロとか凶悪な犯罪者相手じゃないと動けないんですよね、その騎士さんたちは」


 日本にも、そういった特殊部隊はあったはずだ。所属していることを秘匿しなければならないところも共通しているが、名前や家族まで捨てなければならないということはなかったはずだが。


「オレも、もっとみんなの役に立ちそうなスキルをもらっておけばよかったかな…」


 部屋の隅で、慎吾が小さく呟く。

 慎吾もこの部屋にいたのだが、会話には参加していなかった。


「慎吾のスキルは役立たずなんかじゃないよ。いっつもキレイにグラウンドを整えてたから、みんな楽しそうに野球してたじゃない。あのグラウンドで怪我をした人も、ほとんどいなかったでしょ」


 普段と違う声の慎吾に、ワタシは言葉をかける。


「けど、花子…」

「それに、慎吾のその土をならすスキルって、野菜を作るときにも役に立ってるんでしょ?慎吾の野菜おいしいからすぐに分かるよ」

「野菜を褒められるのはうれしいけど…オレの整地スキルじゃあ、こういう時、何の役にも立てない」


 口惜しそうに、慎吾は呟く。


『慎吾のスキルは『地鎮』だぞ』


 そこで、シャルカさんが言った。


「え、でも…アルテナさまがオレのは整地スキルって言ってたけど…」

『アルテナさまが適当にそう言ったんだろ。慎吾が欲しがるようなスキルで、他に該当するものがなかったから。ステータスは見てないのか?そっちなら『地鎮』って書いてあるはずだろ?』

「ええと、ステータス…?」


 慎吾は不思議がる。

 このソプラノでは、ワタシたちは自分のパラメーター…現在どれだけの体力や魔力があるのか、スキルのレベルがどの程度、上昇しているのか、どれくらいの経験値を獲得したのか、ということをステータスバーを開いて確認することができた。

 のだが、慎吾は今までそれを一度もそれを開いたことがなかったらしい。ワタシ以上にゲームには馴染みがなかったようだ。


「ああ、本当だ。ユニークスキルのところに『地鎮』って書いてある」


 初めてステータスバーを開いた慎吾は、ちょっと感動していた。まあ、気持ちは分からなくもないけれど。


「…っていうか、慎吾すごいよ!ユニークスキルの経験値めちゃくちゃたまってる!」


 横から慎吾のステータスを確認したワタシは、思わず驚きの声を上げた。

 雪花さんも、慎吾のステータスに興味を持ったようだ。


「拙者にも見せてもらえないでござるか?繭ちゃん殿が寝ているので、慎吾殿が隣に来てくださると助かるのでござるが…」

「無理です…今、オレが雪花さんの隣りに座ったら巨乳ノーブラの波動で死にます」


 …なんだよ、巨乳ノーブラの波動って。

 というかコイツ、本当は巨乳が嫌いなんじゃないのか?


『簡単に言うと、慎吾のその『地鎮』っていうのは、土地を鎮めることのできるスキルだ。邪気を払ったり土地を清めたりできるし、極めれば大地の神とも対話ができるらしいぞ』

「すごいんですか、これ?」


 今一つ把握しきれていない慎吾は、キョトンとしてシャルカさんに問いかける。


『ああ、『地鎮』自体がレア…というか、その『地鎮』スキルはレベルを上げるのが難しいらしいんだよ。適当に土いじりをしてるだけじゃあ、レベルが上がらない。たぶん、慎吾が初めてだぞ。そこまで『地鎮』の経験値を稼いだのは』

「すごいじゃん、慎吾」


 慎吾が褒められて、なんとなくワタシもうれしくなった。


『それと、さっきも言ったが花子の『念話』はレア度で言えば最高クラスだ』

「最高クラス…」


 そういえば、シャルカさんはそんなことも言っていた。


『ユニークスキルっていうのは、適性がないとそもそも覚えられないんだよ。で、その『念話』を獲得できたのは、転生者としては花子が初めてだ』


 シャルカさんの言葉に、軽く鳥肌が立った。


『元々、『念話』はこの世界にいた『名もなき魔女』だけのスキルだったらしいんだが…それ以降は、誰も獲得できなかった』


 …名もなき魔女。

 この異世界ソプラノに実在した、伝説の大魔法使いなのだそうだ。

 ギルドの噂話で聞きかじった程度だが。


『ただ、花子も分かっていると思うが…その『念話』がハイエンドにまで到達しても、迂闊に使うんじゃないぞ』

「…どういうことでござるか?」


 雪花さんが、そこで疑問を口にした。


『花子の『念話』は、ハイエンドクラスまで鍛えれば『超越』の概念が『越権付与』される…それは、世界さえ超えて『念話』が可能になる、ということだ…ただし、一度でも世界を超えてしまえば、花子は『念話』そのものを失ってしまう。それだけ負担がかかるということなんだよ、世界を超えるということは』

「分かってますよー。だから、使うのなら普通の『念話』だけにしておけってことですよね」

 

 ワタシは、あえて明るく言った。

 シャルカさんは、一度、軽く瞳を閉じた。そして、続ける。


『とにかく、ユニークスキルっていうのはそもそもが破格なんだ。だから、お前たちの誰かが役立たずだなんてことは、絶対にない』


 シャルカさんの言葉に、ワタシたちは頷いた。

 そして、少しだけ誇らしくなった。この家の、一員でいられることが。


『あとは…アルテナさまに連絡して天界のマジックアイテムの使用許可が欲しいところだな』


 シャルカさんは、繭ちゃんの寝顔を覗き込みながら、呟く。


『そろそろ魔法の鏡の魔力もたまっている頃だし、アルテナさまの謹慎も解けているはずだ』


 ワタシがアルテナさまと通信していたあの魔法の鏡は、いつでも使用できるものではない。一度、使用すればある程度の期間を置いて魔力をチャージしなければならないのだが今はそんなことを言っている場合ではなかった。


「女神さまが…謹慎?」


 またろくでもない言葉が聞こえてきた。せっかくいい雰囲気に浸っていたのに。


「SNSで炎上でもしたんですか、あの人(?)」

『よくわかったな、さすが花子だ』

「こっちは冗談のつもりだったんですけどね…」


 こんなことで『さす花』されてもうれしくも何ともない。

 …あと、女神さまがSNSって、なに?フォロワーとかいるの?


「で、何をやらかしたんですか?」


 アイスのショーケースにでも入ったんですか?

 金魚をトイレに流したんですか?


『SNSで呟いたんだよ。『バカとブスこそ異世界に行け!』って』

「暇を持て余しすぎた神々の遊びですね…」


 そりゃ炎上もするでしょうよ…。

 いてもいなくても無駄に存在感あるな、あの人(?)。


『とりあえず、アルテナさまに連絡して天界のマジックアイテムの使用許可をとれば…今できる対策としては、それくらいか』


 シャルカさんの言葉の後に、雪花さんが言った。


「あとは、拙者がこの家を出れば完璧、でござるね」

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