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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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21 『カイシャクしてやるからハイクを詠むのだ!』

『また大きく育ったんじゃないですかねぇ?』

「大きく育ったって…何が?」


 花子ちゃんの人望かな?

 いやあ、すみませんねぇ有望株で。


『無駄に大きなセンセーのお尻がですねぇ』

「カイシャクしてやるからハイクを詠むのだ!」


 慈悲(じひ)はないのだ!

 そもそも大きくなんてなってないからね、ワタシのお尻は!

 そりゃ、繭ちゃんとかと比べればやや分が悪いけどさ。

 …いや、繭ちゃんと比べてる時点でおかしいんだけど。


『今日はいい天気ですねぇ』

「そうだね、日差しがいい塩梅だよ。ちょっと風が吹いたら寒いけど」


 ワタシたちは、背の高い常緑樹や落葉樹が入り混じる木立の中を歩いていた。すがすがしい晴天の中、緩やかな坂道を歩いていると、ほぼピクニックみたいなものだった。


『こうして歩いているとお腹が空きますねぇ』

「そうだねぇ」


 ピクニックを連想したからだろうか、ワタシのお腹が小さく音を鳴らした。どうやら、空腹に対してストライキを起こしている。けっこう恥ずかしかったけど、まあ、聞こえてはないよね。


『センセーもおにぎり食べますか?』

「おにぎりなんて持ってきてたんだ…でも、美味しそうだね。ホントにもらっちゃってもいいの?」

『センセーがひもじそうにお腹を鳴らしてましたからねぇ』

「そこは聞こえないフリをするのが人情ってものじゃないかな!?」


 けど、差し出されたおにぎりを、ワタシは受け取った。おにぎりはキレイな三角形をしていた。リリスちゃんが握ったのかな。だとしたら大したものだ。ワタシが握ると形が歪になるんだよね、なぜか。


「おにぎりかぁ、こっちだとあんまり見ないんだよね」


 ワタシは、小さく呟いておにぎりを眺めた。

 過去の『転生者』が栽培に関わっていたようで、この王都でもお米は栽培されている。典型的なお米大好き日本人の花子ちゃんにとっては、まったくありがたいことである。ただ、おにぎりってあんまり売ってないんだよね。どちらかといえばパン派の方がマジョリティなのだ、王都では。となると、繭ちゃんを広告塔にしておにぎり派の復権(?)を狙うのもアリかもしれない。『おさ〇な天国』とか『団子三〇弟』みたいな歌を繭ちゃんに歌ってもらえばワンチャンありそうだよね。


「ところで、このおにぎりって具は何が入ってるの?」


 一口だけ(かじ)りついたところで、ワタシは中の具が気になった。何も入っていない塩おにぎりも好きだけど、唐揚げとかサーモンとか…あ、やっぱりツナマヨも好きなのだ。けど、返って来た答えはコレだった。


『え、イナゴの佃煮ですねぇ』

「う…いな、ご?」


 …そういえば、こういう子だった。


『ウイナゴじゃなくてイナゴですねぇ』

「それって…バッタだよね?」

『バッタと一括(ひとくく)りにしてはいけませんねぇ。いいですか、イナゴというのは…』


 そこで、イナゴの講釈が始まった。いかにイナゴという昆虫が栄養価が高いかとか色々と言われたが、どれだけご高説を垂れられても虫は苦手なのだ。

 …まあ、食べたけど。

 佃煮だったので、これはイカナゴの釘煮だと自分に言い聞かせたら何とか食べられた。『お残しは許しませんでえ!』という謎の幻聴もワタシの背中を押してくれていたからかもしれない。というか、二つ目のおにぎりも食べてしまった…ワタシの中で昆虫食のハードルが下がってしまうのではないだろうか。味はけっこうよかったんだよね。虫はホントに苦手なんだけど。


『そろそろ着きますねぇ』

「…そうだねぇ」


 ワタシたちは、歩調を合わせて歩いていた。

 同じ歩幅で同じ速度で、けれど、目的の場所に着くことを、二人とも心のどこかで躊躇(ためら)っているようでもあった。

 だけど、歩いている限り、目的の場所には辿り着く。そもそも、それほど遠く離れた場所というわけでもなかったからだ、この廃教会は。


『到着してしまいましたねぇ』

「…そうだね」


 廃教会の周囲には背の高い植物は植わってはいなかった。なので、日傘や(ひさし)の代わりとなるものなく、燦々(さんさん)と日の光が差し込む。

 ワタシの隣りを歩くこの子…リリスちゃんの横顔も、太陽の光に揚々と照らされていた。けれど、リリスちゃんの表情は、降り注ぐ日差しほど明るくはない。おそらく、ワタシはそれ以上に暗い表情をしていたはずだけれど。


『…………』

「…………」


 セシリアさんたちと別れた後、ワタシはリリスちゃんと出くわした。

 リリスちゃんには会いたいと思っていたはずなのに、いざ会ってしまうと、何を言っていいのか分からなかった。それでも、リリスちゃんの方から『少し、先生にお話したいことがあるんですけれどねぇ』と言い出され、ワタシたちはこの場所に向かった。二人きりで、静かに内緒話をするために。

 しかし、目的の場所に到着したはずなのに、ワタシたちは二人とも口を閉ざしてしまっていた。


「リリスちゃん…何か、ワタシに話があったんだよね?」


 しばしの時間が過ぎた後、朽ち果てそうな教会を視界の端に捉えながら、ワタシは切り出した。


『そういう先生こそ、リリスちゃんに言いたいことがあるんじゃないですかねぇ?』


 リリスちゃんはそう返してきた。確かに、ある。リリスちゃんに確認をしなければならないことが、ワタシにはある。だけど、ワタシはそこで二の足を踏んでいた。


「そうだね…じゃあ、じゃんけんで決めようか」


 リリスちゃんと意見が喰い違った時は、こんな風にじゃんけんで決めることが多かった。ただ、大抵はしょうもないことばかりだった。どっちの喫茶店に入るかとか、どこで日向ぼっこをするか、などの当たり(さわ)りのない牧歌(ぼっか)的な選択肢ばかりだった。

 しかし、この時だけは、違っていた。

 このじゃんけんの結果次第で、ワタシとリリスちゃんの関係にも大きな変化が起こるという確信があった。

 そして、じゃんけんの結果…ワタシが先に話すことになった。


「…………」


 一つ、深く呼吸をした。

 よし、腹は括ったよ。じゃんけんをしている間に、心の準備は整った。

 丁が出るか、半が出るか…どっちに転ぶかは分からないけれど、世の中なんて結局は、転んでみないと分からないことばっかりだ。


「リリスちゃんも、ジン・センザキって人のことは知ってるよね…センザキグループの代表の人だよ」


 センザキグループの新作発表会には、なぜかリリスちゃんも顔を出していた。その時、この子もあの人の顔を見ている。


『勿論、知っていますねぇ』


 そう返答したリリスちゃんは、ワタシが知っている小さなリリスちゃんであり、ワタシが知らない小さなリリスちゃんだった。ワタシの背筋に、小さな怖気(おぞけ)が滴る。


「…そのセンザキさんが、二日前、大怪我を負わされたんだよ」


 そして、今もまだ、意識は戻っていない。その容体がどうなのかも、知らされてはいない。けど、重体なのは間違いない。


『それも知っていますねぇ』


 事も無げに、リリスちゃんはそう口にした。

 だから、ワタシも次の言葉を口にした。事も無げに、とはいかなかったけれど。


「リリスちゃん…センザキさんが襲われたその現場に、いたんだよね?」


 ワタシは、リリスちゃんの顔を見ていなかった。

 どんな表情をしていたのか、見ることができなかった。

 …背筋を伝わる怖気が、さらに、増した。


『い ま し た ね ぇ』


 リリスちゃんは、空疎(くうそ)な声だった。

 空白で伽藍洞(がらんどう)で、一切の色を切除したある意味では無垢(むく)な声。

 その無色の声が、半円状に広がる。リリスちゃんを中心に。


「やっぱり…あの場にいたんだね、リリスちゃんも」


 水鏡神社で、ワタシは巫女であるシャンファさんから聞いていた。センザキさんが襲われた時、ダレカの声がしていた、と。その声は、こう言っていた、と。


『こんなことは頼んでいませんですねぇ!』


 …その口調には、聞き覚えがあった。

 何度も何度も聞いて、耳慣れていた。

 だから、ワタシにはすぐに分かった。ワタシだから、すぐに理解した。

 センザキさんが襲われたというその現場に、リリスちゃんもいたのだ、と。


『先生のお話ってそれだけですか?』

「それだけって、リリスちゃん…」


 確信は持っていた。リリスちゃんが、その現場にいたことは。

 けど、いざ本人の口からそう言われて、ワタシはどうすることもできなかった。追及の手を強めることもできず、ただ静かに狼狽(ろうばい)していた。それでも、辛うじて次の言葉につなげようとした。


「あのね、リリスちゃん…」

『じゃあ、次はリリスちゃんのお話を聞いてもらう番ですねぇ』


 リリスちゃんは、ワタシに有無を言わせなかった。その声は冷ややかで、欠片の体温すら感じさせない。

 …こんなに、底の知れない子だっただろうか。


『この教会は、『悪魔』が建てたものなんですよねぇ』


 リリスちゃんの視線は、果てかけた教会に向けられていた。ただ、その瞳には何の感情も感傷もない。その何もない瞳孔に、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。


『一生懸命に、少しずつえっちらおっちら組み上げていったんですよねぇ。建築のイロハすら知らなかったのに…その結果、何が起こるかなんて、深く考えないままで』

「リリスちゃん…何の話をしているの?」


 なぜ、リリスちゃんが今になってそんな話を始めたのか、理解が追い付かなかった。

 …追い付いてはいけない、気がした。

 それでも、それはただの先延ばしにすぎなかったけれど。


『勿論、この教会を建てた『悪魔』の話ですねぇ』


 リリスちゃんは、(わら)っていた。

 その瞳が、上弦の月を、思わせた。


「でも、その『悪魔』って…教会を建てる代わりに、子供の生け贄を要求したんだよね?」

『していませんねぇ』

「…え?」

『この教会を建てた『悪魔』は、生け贄なんて要求していません。ただ…ちょっとだけ人間たちの仲間に、入れて欲しかっただけなんですねぇ』


 リリスちゃんの声が、虚空に(にじ)む。

 そこから、リリスちゃんの領域が広がる。

 …ワタシは、口を挟むことができなかった。


『そして、『悪魔』は教会を完成させましたけれど、『悪魔』の望みは叶えられませんでした』


 虚空が、リリスちゃんの領域として支配されていく。

 周囲の空気の質が、変わっていく。露骨に変色し、一足飛びに凝縮し、堂々と腐食する。


『裏切られたのです、『悪魔』は。人間たちに裏切られ、封印されてしまったのです』

「何を…言っているの?」


 ワタシの、歯の根が合わなかった。

 それでも、その言葉だけは、口にできた。

 小さな、けれど確信的な予感があった。

 …リリスちゃんとの、決別の予感が。

 その予感は、間を置かずにやってきた。


『リリスちゃんが、その『悪魔』だという話をしているのですねぇ』


 無機質な声で、リリスちゃんが告白した。

 自分こそが、その『悪魔』だと。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

暑かったり寒かったりで体調が不安定になりがちですよね。

皆さまもお体をご自愛下さい。病気になると何にも楽しくありませんしね。

それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m

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