19 『キャッチコピーは、『究極で完璧なアイドル』だよ』
「あなたたちも…神さまを冒涜しにきたのですか?」
袴姿の巫女の少女は、物憂げな表情を浮かべていた。
ワタシは、その巫女少女の口から出たその言葉に困惑を隠せなかった。
…神さまを、冒涜?
そんな背徳的なことが、ワタシのような小市民にできるはずもない。ワタシが冒涜できる神さまがいるとすれば、それはアルテナさまだけだ。なので、ワタシはその誤解を解きにかかる。
「あの…なんのことかは分かりませんけど、ワタシたちは神さまをバカにしたりはしませんよ」
「そう、ですよね…花子さんは、そんなお人ではありませんよね」
巫女の少女…シャンファさんは、憂鬱そうに静かな吐息を漏らした。明らかに疲れた様子のシャンファさんに、ワタシは問いかける。
「…何かあったんですか?」
でなければ、シャンファさんのこの疲弊した表情は説明ができない。以前のこの人は、もっと涼し気な表情をしていた。
「実は…」
シャンファさんは、重い口を開いた。
「最近、源神教という宗派の方々がこのお社を訪れることがあるのです…が」
「源神教…ですか」
その名が出てきたことに、ワタシは驚きを隠せなかった。その源神教の信徒たちは、『邪神』を神さまとして崇めている。しかも、彼らの間では、『邪神』がこの世界を救うという世迷言のような言い伝えが広まっている。
「その信徒の方々が、私たちに言ったのです…ここにいる神さまは神さまなどではない、と」
「ここの神さまが…神さまじゃない?」
何の捻りもないオウム返しで、ワタシはシャンファさんの言葉を繰り返した。
「私にもその意味はよく分かりませんでしたが、源神教の方々が言うにはこのお社の神さまはニセモノで、ホンモノではない…そうです」
「自分たちが崇めてる神さま…『邪神』以外の神さまは認めない、ということでしょうか」
ワタシは、自分なりにその言葉の意味を咀嚼してみた。
「…『邪神』?」
シャンファさんは、『邪神』という言葉に反応していた。その瞳の奥に、鈍い光が灯っているようでも、あった。そんなシャンファさんに気後れしながら、ワタシは続けた。
「ええと…源神教の人たちは『邪神』という神さまを信奉しているそうなんですけど」
「そうですか…あの方々は『邪神』を崇拝していたのですか」
「シャンファさん…『邪神』を知っているんですか?」
「この世界の住人なら、殆んどの人が知っていると思われますが」
シャンファさんのウサ耳型ヘアバンドが、そこで小さく揺れた。キュートなはずのそのシンボルが、やけに殺伐としているように見えた。
「そう…ですよね」
完全に気圧されていたワタシは、当たり障りのない相槌を打つことしかできなかった。
「ですが、このお社の神さまと『邪神』には関係がある…という話を、私も聞いたことがあります」
「それは、本当なんですか…シャンファさん」
想定もしていなかった言葉に、ワタシの声はかすれていた。
「この場所におわす神さまは、とある事情で名前も失われてしまいました…と、花子さんには前に話したことがありましたよね」
確かに、前にその話をシャンファさんから聞いたことがあった。なので、ワタシは黙って首肯する。
「そして、神さまの名前が失われる以前…このお社の神さまは、こう呼ばれていたそうです。『邪神さま』と」
「え、その…名前が失われる前は、ここの神さまが『邪神』って呼ばれていたんですか?え、ここの神さまも『邪神』だったんですか?」
唐突に出てきた『邪神』という言葉は、ワタシをひどく混乱させた。
…いや、そりゃするよ?
だって、『邪神』だよ?
「いえ、『邪神』ではなく『邪神さま』ですね。正式な名ではなく、あくまでも、そう呼ばれて親しまれていただけだそうです。現在では、あの『邪神』と混同されてしまいますので、もうその名で呼ばれることはありませんけれど」
この場所に祀られている神さまと『邪神』は同じではないと、シャンファさんはワタシの発言を訂正したが、それでワタシの溜飲が下がるはずもない。もやもやは、さらに加速した。
「『邪神さま』なのに…親しまれていたんですか?」
ワタシがいた元の世界でも、正式な名ではなく通称というか、通り名的な名で親しまれている神さまはいた。
…けど、『邪神さま』?
なのに親しまれていた?
「大昔、このお社の神さまは猛毒を撒き散らす魔獣を退治したり土地を浄化してくださいました。というか、そういう出来事があったからこそ、人々はその神さまをお祀りするようになったのです。後の時代でも親しまれていたのは当然だと思いますよ」
「確かに、自分たちを救ってくれた存在を神さまとして祀るのは当然かもしれませんが…」
問題なのは、名前の方だ。
親しまれていたとはいえ、なぜ『邪神さま』などと呼ばれていたのか。
神さまが自らをそう名乗ったのか?
しかし、自分でそんな名前を名乗るとも思えないのだけれど。
「シャンファさん…」
「なぜ『邪神さま』と呼ばれていたのかは、私も知りませんよ」
シャンファさんに先回りをされ、ワタシは「そうですか…」と軽く項垂れるしかなかった。
そんなワタシに声をかけてきたのは、繭ちゃんだった。
「ねえ、花ちゃん…ボクたち、アルテナさまのことを調べに来たんじゃないの?」
「あ、そう…だね」
繭ちゃんに言われ、ワタシは気が付いた。
この神社に来たのは、アルテナさまたちが昨日、この場所に来ていたからだ。確かに、『邪神』と『邪神さま』の符合は気になるが、今は気にするべきではない。
「花子さん、そちらの方々は…?」
「あ、ええと…繭ちゃんと白ちゃんです」
シャンファさんが繭ちゃんたちを気にしていたので、ワタシは二人をそう紹介した。というか、『邪神』やら何やらに気を取られ過ぎていた。繭ちゃんたちの紹介は、真っ先にするべきだったのに。そう思っていたワタシの脇から、繭ちゃんが自己紹介を始めた。アイドルをやっているだけあって、この子のコミュニケーション能力はかなり高いんだよね。
「こんにちは、アイドルをやってる繭ちゃんです。キャッチコピーは、『究極で完璧なアイドル』だよ」
「え、そんなキャッチコピー、ワタシ知らないんだけど!?」
いつの間にそのキャッチコピーになってたの!?
「こ、こんにちは…白です」
繭ちゃんとは対照的に、白ちゃんはたどたどしく自己紹介をする。
それを聞いたシャンファさんが、今度は自分の名前を名乗った。
「はい、こんにちは、繭ちゃんと白ちゃんですね。私はシャンファです。この『水鏡神社』で巫女…神さまのお手伝いをしています」
「ここって、『水鏡神社』って名前だったんですね…」
そういえば、ワタシ、この神社の名前を知らなかったんだよね。どこにも名前が書いてなかったから。
「ああ、花子さんにもまだお教えしていませんでしたか」
「まあ、ワタシも聞きそびれてましたけど」
そこで神社の名前の由来なども気になったが、さっきも繭ちゃんに言われたし本題に集中することにした。
「あの、シャンファさん。昨日、この神社の近くにアルテ…センザキグループの代表の人が来ていませんでしたか?」
「センザキグループ…ああ、暴漢に襲われたという方ですね」
「…知ってるんですね」
この神社の付近でセンザキさんが襲われたというナナさんからの情報は、正しかったようだ。
「あの、その時のことを具体的に教えて欲しいんですけど…いいですか?」
ワタシは、シャンファさんに問いかけた。
なぜ、センザキさんが襲われたのか。
なぜ、アルテナさまが倒れたのか。
なぜ、二人がこの場所を訪れていたのか。
そして、ダレが、二人を襲ったのか。
「ですが、私もその現場を見ていたわけではないので、あまり詳しいことは分からないのですけれど」
「些細なことでいいんです。その暴漢がどんな人だったとか…襲われた人たちが何をしていたのか、教えて欲しいんです」
ワタシは、シャンファさんに頼み込んだ。
ナナさんの話では、センザキさんを襲った犯人はまだ捕まっていない。犯人の目撃情報なども出ていない。箝口令が敷かれている節があるからだ。
「どうして、花子さんがそのような話を聞きたがるのですか?」
シャンファさんが、当然ともいえる疑問を口にした。
そりゃ、不審に思うよね。ワタシみたいな小娘が探偵の真似事みたいなことをしてたら。
「それは、ええと…」
ワタシはそこで口澱んでしまったが、シャンファさんは話をしてくれた。
「その暴漢という人の姿を、私は見ていません…騎士団の人たちにも同じことを聞かれましたけど」
「ああ、やっぱり騎士団の人たちも聞き込みに来てるんですね」
来ていないはずがない。騎士団の人たちは、全員が優秀だ。優秀じゃないのは騎士団長だけだ。
「その騎士団の方々にも言ったのですが…私は、その暴漢の姿を見てはいません。声を聞いただけです」
「…声?」
「その声だって、暴漢とは何の関係もないかもしれませんよ」
そう前置きをして、シャンファさんは口を開いた。
「昨日、境内の掃除をしていた時に、ダレカが争っているような声が聞こえてきたのです。そして、物が倒れたり、壁に何かがぶつかったような音も聞こえてきました」
シャンファさんの言葉に、ワタシたちは耳を傾けていた。
「その声や音が聞こえなくなってから、私はその場所に行きました…すると、そこには一組の男女が倒れていたのです。そして、男の人は、お腹から血を流していました」
「それが…ジン・センザキさんだったんですね」
致命傷と呼べるほどの大怪我を負い、センザキさんは今も、病院のベッドの上にいる。
「私は急いで人を呼びました…幸い、すぐに人が集まってくれて、刺された男性はすぐに病院にも運ばれました。その後、なんとかあの方が一命をとりとめたと聞いて、ホッとしましたよ」
シャンファさんは軽く胸を撫で下ろしていた。
「その、不躾な質問なんですけど…シャンファさんは、センザキさんを襲った相手を見ていませんか?逃げる時に後ろ姿を見た、とか」
「…いいえ、私があの方々の傍に駆け寄った時には、辺りには誰もいませんでした」
「そう…ですか」
ワタシは、小さくため息をついた。
どうやら、そう簡単に手がかりや足がかりが得られるものではないようだ。
しかし、シャンファさんの話は、それで終わらなかった。
「けど、すこしだけ、声は聞きました」
「…声?」
「最初はよく聞こえませんでしたし、他にも人がいたようでしたけれど…一人の少女の声は、聞こえました」
シャンファさんは、そこで軽く呼気を整えた。
そして、語る。
昨日、この場所で起こった出来事の、その断片となる言葉を。
「確かに、こう言っていたはずです…『こんなことは頼んでいませんですねぇ!』と」
「それ、は…」
ワタシの脳裏に、浮かんだ。
そんな口調の少女を、ワタシは一人だけ知っていた。
…けど、どうして?
あの子、が…関わって、いる?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
最近は投稿の頻度が落ちつつあるので、もう少し早く上げられるように頑張りたいです(希望的観測)
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m