18 『この気持ち、まさしく愛だったんだよ!』
『ナナさん、聞こえますか?』
ワタシは『念話』のスキルを発動させてナナさんに語りかけた。『念話』と呼ばれるこのスキルは、簡単に言えば遠く離れた相手とも心の中で会話ができる『テレパシー』だ。そして、この世界でワタシだけが扱えるユニークスキでもある。
『ナナさん…ナナさん?』
一度目の呼びかけではナナさんからの応答がなかったので、続けて声をかけたのだが反応はなかった…あれ、おかしいな?
『もしかしてナナさん、寝てるのかな…?』
もう日は沈んでいたけれど、まだ宵の口なのであの人が眠っているということはなさそうだが。
『あー、ごめんね、お花ちゃん!!』
『わ、ビックリした…』
不意にナナさんの大声(テレパシーでも声の大小はあるのだ)が聞こえてきて、ワタシは驚く。
『あー、すいません、ナナさん。何か用事とかしてました?』
だとしたら、申し訳ないことをしてしまったが。
『え、ううん…大丈夫だよ?ちょっとイイ感じのお兄さんがいたから後をつけていたとか、そんなことはなかったよ?』
『…王都の騎士団長さまがストーキングとか、シャレにならないゴシップはやめてくださいね?』
『ストーキングなんかじゃないよ。この気持ち、まさしく愛だったんだよ!』
『ストーカーはみんなそう言うんですよ…』
ホントになにしてんの、この人?結婚願望を拗らせ過ぎて最近は見境がなくなってる気がするし、そのうちご両親が泣きますよ?
と、いつものお茶目な茶番はこのくらいにしておいて、ワタシは本題に入った。
『ナナさんに聞きたいことがあったんですよ』
『何が聞きたいの?私のスリーサイズとかかな?』
『そんな不毛なこと聞きませんよ…』
そろそろこの茶番から抜け出さないと、時間が浪費され続けるだけだ。なので、なんとか舵取りを試みる。
『今日、アルテナさまが倒れたんですよ』
『え、そうなの…?』
そこで、ナナさんの声色も変わった。この人も、ワタシたちと同じく『転生者』だ。当然、アルテナさまとの面識もある。という経緯があったので、ワタシはこの話題を振ったんだ。けど、ナナさんから返ってきたのは驚きの声だった。
『ていうか…アルテナさまがこっちにいたの?』
『ああ、そうか…ナナさんは知らなかったんですね』
天界に戻れなくなったのは不測の事態だったし、基本的に、アルテナさまがこの街にいることは秘密にしていた。そう言い出したのもアルテナさま自身だ。
…けど、アルテナさまがこの街にいることは秘密のはずだったのに、ジン・センザキとは会っていた?
ふと、そのことが気になった。
『いや、けど…ただの偶然で出会ったって可能性もあるけど』
『『念話』で話しかけてきておいていきなり独り言とか、どうしたのお花ちゃん?』
『あ…いえ、何でもありません』
とりあえず、今はそこで考え込んでもしても仕方がない。当人たちが話を聞ける状態にないからだ。なので、ワタシはナナさんに尋ねた。
『それで、ナナさんに聞きたかったんですよ。センザキグループは知っていますよね?』
この王都で暮らしていて、その名を知らない者はほぼいない。魔石を使用した魔石器と呼ばれる商品(平たく言えば魔石を利用した家電だ)を手広く販売している最大手だからだ。
『うん、知ってるよ。その会社の人たちにも、何度か婚姻届けを渡そうとしたからね』
『…ホント、そろそろいい加減にしておかないと法が許してくれませんよ?』
嫌ですよ?
差し入れを持って牢屋にナナさんの面会に行くとか。
『じゃあ、ナナさんはそこの代表のジン・センザキって人は知ってますか?』
『あ、もしかして、なんか事件に巻き込まれた人?』
『知ってるんですね!?』
よし、ビンゴだ。
今日、そのジン・センザキ氏はアルテナさまと一緒にいた。そのアルテナさまが休眠状態に陥った事情を知っているかもしれないし、センザキさんから話を聞きたかったのだが、センザキさんの方も、何やら面会謝絶クラスの大怪我を負っていたそうで、とてもではないが当人から話を聞ける状況にはなかった。
なので、騎士団長であるナナさんなら何かしらの情報を持っているかもしれないと、こうして『念話』を飛ばしたのだ。
けど、ナナさんが関わっていたとなると、やはり、アルテナさまたちが何らかの事件に巻き込まれた可能性が出てくる。この世界って、テレビやネットがないから情報が手に入りにくいんだよね。新聞はあるんだけど、どうも今回は箝口令っぽいのが敷かれていて、蚊帳の外のワタシたちでは何も分からない状態だった。
『直接、私が現場を見たわけじゃないし、まだ分からないことも多いみたいなんだけど…』
ナナさんは、そう前置きをしてから話し始めた。
『お花ちゃんは、この王都に『神社』があることは知ってるかな?』
『神社…ですか』
それは、ワタシたち日本人には馴染みのある施設だ。神さまが祀られていて、色々な神事が執り行われていて、時折り参拝するための場所だ。
けど、ここは異世界ソプラノだ。神さまはいても、神社は存在しない。
…と、少し前までのワタシは思っていた。
『その神社なら…ワタシも知っています』
『おや、お花ちゃんも知ってたんだね』
『はい…』
『その神社の傍で何者かに襲われたみたいだよ…そのジン・何とかって人』
『あの場所…で?』
ワタシも、その神社には何度か足を運んだことがあった。というか、あの場所で起こった騒動に巻き込まれたことがあった。
…そしてまた、あの神社で一悶着があったのか。
『それじゃあ、センザキさんがなぜそこにいたのか、ナナさんは、その理由とかは知りませんか?』
『いやあ、まだ具体的なことは聞いてないよ。なんか、その人って会社の偉い人だったんだよね?そんな人が盗賊?か何かに襲われたっていうんで大騒ぎなんだよ。騎士団や憲兵さんたちも総出で調べて回ってるみたいなんだけど、私には何も情報は来てないよ』
『そうなんですか…っていうか、ナナさんはその調査に参加しなくてもいいんですか?』
騎士団も総出でって言ったよね?
『お前は、調査に関しては足手纏いだから来なくていいって言われたんだよ』
『…ナナさん、また何かやらかしたんじゃないですか?』
少なくとも、騎士団長に対する扱いじゃないんだわ。
『別にやらかしてなんてないよ。調査とか聞き込みとかしながら買い食いとか逆ナンを堪能してただけだよ』
『…かなりやらかしてるじゃないですか』
地域清掃をサボってる高校生みたいなことしてますね…。
『じゃあ、ナナさんが知ってることってそれぐらいなんですね』
まあ、現場が分かっただけでも御の字とするべきか。
相手がVIPだけに、色々とひた隠しにされてる感じだったんだよね。センザキグループの本社に行っても、文字通りの門前払いだったし…そこで、ナナさんには適当にお礼を言って『念話』を閉じようとしたのだけれど、『情報料としてパンケーキを要求します』と言われた。くそ、こういうところだけ目敏いんだよね、ナナさんって。でも、この情報料を踏み倒したりしたらそれこそ何をされるか分からないので、そのうちパンケーキを奢ってあげよう。
「…………」
そして、その翌日、ワタシは繭ちゃんと白ちゃんと一緒に件の神社へと足を運んだ。今日がオフだった繭ちゃんが「ボクも絶対に行く!」と譲らなかったからだ。本当は何かあった時のために、『隠形』スキル持ちの雪花さんに来て欲しかったんだけど、あの人、頼まれてたイラスト描きの仕事の締め切りに追われてて今日は動けなかったんだよね。
「仕事なら仕方ないんだけどさ…」
雪花さん、その依頼されてたイラストの仕事をほったらかして自分の原稿ばっかり描いてたんだよね。しかも、『繭ちゃんVS白ちゃん』っぽい内容の。事前に発覚したから即行で修正させたけど。
そして、慎吾も今日は他の農家さんたちと共同の仕事があるとかでこちらには来られなかった。ティアちゃんも、それほど長く慎吾からは離れられないので、今日はワタシと繭ちゃんと白ちゃんの三人だけだ。ワタシにこっちを調べさせるために、シャルカさんはギルドの方で頑張ってくれている。
「あ、もしかして花ちゃんボクと一緒だと頼りないとか思ってるでしょ?」
独り言を呟いていたワタシに、繭ちゃんがそんな声をかけてきた。
「ううん、そんなことないよ?ただ、美少女が三人で歩いてたら人が集まってきちゃって調べ物ができないかなーって思ってただけだよ」
「花ちゃんって妙なとこだけ自信過剰だよね…」
繭ちゃんは白い目でワタシを見ていたけれど、そこで手をつないできた。
「繭ちゃん…?」
少し驚いたけど、ワタシも繭ちゃんの手を握り返した。
そんなワタシたちの後ろを、白ちゃんがぽてぽてと歩いていた。なので、繭ちゃんとは違う方の手で、ワタシは白ちゃんとも手をつないだ。
『花子お姉さん…?』
「よーし、今日は両手に花だぞー」
困惑気味だった白ちゃんに、ワタシはあえて浮ついた声でそう言った。白ちゃんはそれでも戸惑ったような顔をしていたけれど、拒絶をしている様子はない。出会った頃に比べれば、白ちゃんともかなり打ち解けてきたようだ。
「で、花ちゃん…どこに行くの?」
「知らないでついて来たの?」
「だって、花ちゃんが言わなかったんじゃないか」
「ああ、そっか…」
本当は一人で行こうと思っていたところに繭ちゃんが「絶対に行く!」と駄々をこねたので目的地を話す機会を失くしていたんだ。
「繭ちゃんも知ってるでしょ、あの神社だよ」
「ああ、前に一緒に行ったあそこだね」
繭ちゃんが、ワタシの言葉に頷いた。
ワタシと繭ちゃん、白ちゃんの三人であの神社に訪れたのが最初だった。そういえば、ワタシ、まだあの神社の名前を知らないんだよね。鳥居なんかもあったんだけど、名前はどこにも書いてなかったし。
「あの神社の近くで、センザキさんが襲われたみたいなんだよ」
ワタシは、ナナさんから聞いた情報を繭ちゃんにも説明した。
…ワタシとしては、あまり繭ちゃんに深入りして欲しくはないのだけれど。
でも、繭ちゃんは言った。軽く考え込む素振りを見せながら。
「センザキさん、か…昨日、アルテナさまと一緒にいたっていう人だね」
「そう、そのセンザキさんだよ…そして、昨日、アルテナさまたちに何があったのか、ワタシたちはそれを知らないといけないんだよ」
二人の足取りを追うことで、見えてくるものもあるはずだ。
鬼が出るか蛇が出るか…まあ、どちらも出て欲しくはないんだけど。
「うさ…ぎ?」
ソレは、ワタシたちの前に唐突に現れた。
鬼でも蛇でもないソレは、ウサギさんだった。
…ただし、本物のウサギではなく、ウサ耳のヘアバンドをした袴姿の巫女さんだったけれど。
「シャンファさん…」
ワタシは、ウサ耳ヘアバンドスタイルの巫女さんの名を呼んだ。
この奇矯な格好の巫女さんとも、ワタシは面識があった。
けれど、その様子が、以前に会った時とは違っていた。妙に強張った表情をしている。
そして、強張った表情のまま、巫女の少女は言った。
「あなたたちも…神さまを冒涜しにきたのですか?」
「ぼうと…く?」
ワタシは、耳を疑った。
この巫女少女は、確かに口にした。『神さまを冒涜』と。
いや、ワタシ、アルテナさま以外の神さまを冒涜する勇気なんてありませんよ?
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
やっと、藤浪晋太郎がメジャーで勝ち星をあげられました。
阪神でもかなり苦労していましたし、なんとかこのまま勝ち星を伸ばして欲しいところです。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m