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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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17 『エンディングまで泣いたらダメだよ』

「アルテナさま!」


 ワタシは、目の前の光景に叫ぶことしかできなかった。ワタシの叫び声は、ひどく乾いていた。

 そこには、白いベッドに横たわる、見目麗しい女神さまがいた。

 けど、アルテナさまは生返事すら返してはくれない。瞳を閉じ、眉の一つも動かさない。

 …鼓動さえ、止まっているようだった。


「アルテナさま…アルテナさまぁ!」


 また、叫んだ。馬鹿の一つ覚えみたいに。

 ワタシの声は室内の四隅で律儀に反響し、少しの間だけ空中を彷徨(さまよ)い、すぐに霧散(むさん)してしまった。そして、後には何も残らない。それが嫌で、ワタシは、アルテナさまに声をかけ続ける。 


「ほら、つまらないドッキリなんかやめてくださいよ…というか、死んだフリのコントなんて今時は誰もやりませんよ?不謹慎だって、またSNSで怒られちゃいますよ?」


 アルテナさまの肩を、軽く揺さぶった。アルテナさまからの反応は、何もなう。人形でさえ、もう少し愛嬌(あいきょう)のあるリアクションをしてくれそうなものだというのに。


「ねえ、アルテナさま…アルテナさまあ」


 肩を揺さぶる手に、少しずつ力が入る。

 それなのに、アルテナさまは目を覚ましてくれなかった。ワタシの呼びかけは、届かなかった。ワタシは、そこで口を閉じてしまった。一切の音がなくなり、部屋の中は放射状の静謐(せいひつ)に包まれる。


『無駄だよ、花子…』


 いつの間にか背後にいたシャルカさんが、ワタシに声をかけてきた。


「無駄って…なんですか」


 シャルカさんに背を向けたまま、ワタシは呟く。心がささくれ立つのを感じながら。


『アルテナさまは、目覚めない』


 シャルカさんの言葉は、簡素だった。何の装飾も喜色もない、ただの記号としての声だった。 

 だからこそ、その声は高い浸透圧(しんとうあつ)を持っていて、全員の胸に、否応(いやおう)なく染み込んでくる。目の前の現実を突き付けてくる。


「そんなことあるわけないじゃないですか!」


 ワタシは、そこで声を荒げた。シャルカさんの言葉に、反発するために。

 …反発したところで、それが無為だと知りながら。


「だって、アルテナさま息をしてるじゃないですか!このおっきな胸だって上下してますよ!ただ眠ってるだけですよね!?」


 ワタシの声は雑多な感情が()い交ぜになり、不協和音(ふきょうわおん)を奏でていた。

 部屋の中には、慎吾も雪花さんも繭ちゃんもティアちゃんも白ちゃんもいたというのに。

 ワタシだけが、金切(かなき)(ごえ)(わめ)いていた。形振(なりふ)りなんてかまわずに。


『これはアルテナさまの本体じゃない』

「だから何なんですか!?」


 シャルカさんの説明に、ワタシは噛みついた。

 ごめんなさい…この人は、何も悪くなんてないのに。


『アルテナさまは今、この偽の体に精神を移している状態なんだが…その状態で活動をするためには、相応のエネルギーが必要となる』


 シャルカさんは、噛んで含めるように説明をしてくれた。

 それは、ワタシだけではなく、この場にいた全員に向けた言葉でもあった。


『しかし、今はそのエネルギーが、枯渇(こかつ)しかけている』


 シャルカさんの簡潔な言葉には、不純物は混じっていなかった。

 だからこそ、そこには緩衝材(かんしょうざい)も何もない。そのままの衝撃で、ワタシたちにぶつかってくる。


「…もし、そのエネルギーがなくなったら、アルテナさまはどうなるんですか?」


 …本当は、聞きたくなんてなかった。

 けど、ワタシはそう尋ねていた。


『消滅する』


 シャルカさんは、ただ、それだけを口にした。


「うそ…です、よね?」


 (すが)るような声で、ワタシはシャルカさんを見る。

 シャルカさんは、ワタシから瞳を逸らした。

 ワタシたちの視線は、交わらなかった。


「なん、で…そんなことに?」


 昨日までは、平穏だった。いや、おばあちゃんの記憶を奪われたりと、抜き差しならない事態ではあった。それでも、アルテナさまが消滅するなんて、微塵も考えていなかった。

 それなのに、なぜ、こうも見境(みさかい)のない事件が頻発する?

 …ワタシたち、悪いことなんて、何もしてないんだよ?


「いやだよ、アルテナさま…消えるなんて駄目だよ、アルテナさまぁ」


 ワタシの頬を、熱を持った水が滴っていた。それが涙だと、すぐには気付かなかった。


『消えるといっても、今すぐというわけじゃない』


 シャルカさんはそう言ったが、その声からは余裕や猶予(ゆうよ)といったものは感じられなかった。それでも、シャルカさんは続ける。


『天界に戻れば、アルテナさまはすぐに復活する』

「じゃあ、今すぐ戻…れば」


 言いかけて、ワタシは気が付いた。

 アルテナさまがこのソプラノに残っていたのは、『帰れなかった』からだ。『世界に蓋がされた』とかいう、わけの分からない理由で。


『ああ、天界とこの世界は、今はつながっていない』


 シャルカさんが念押しの台詞を口にした。


『そもそも、天界とつながってさえいれば、アルテナさまはそこから『力』を受け取ることもできるんだが』

「でも、今は天界とはつながりがってないんだよね…それじゃあ、アルテナさま、このまま消えちゃうの?」


 そこで声を発したのは、繭ちゃんだった。

 繭ちゃんの声も、震えていた。

 唐突に語られたアルテナさまの消滅という未曽有(みぞう)の事態に、感情が追い付かないんだ。


「アルテナさまは、ボクに教えてくれたんだ。『二度目の人生くらいは、好きに生きたっていいんですよ』って…だから、ボクは、ずっと憧れていたアイドルに、なったんだ」


 繭ちゃんの頬にも、涙が伝っていた。

 それは、きらきらと(きら)めいていた。物悲しいけれど、奇麗だった。


「アルテナさまがそう言ってくれたから、ボク、吹っ切ることができたんだよ…そうじゃなかったら、こっちの世界に来ても、楽しいことなんて、何にもなかったはずなんだよ」


 繭ちゃんは、横臥(おうが)している女神さまの手を握った。それでも、繭ちゃんのその熱も、今のアルテナさまには、伝わらない。

 …そんなこと、あっていいはずがないのに。


「アルテナさまがね…ボクに、新しい世界をくれたんだよ?」


 伝わらなくても、聞こえていなくても、繭ちゃんはアルテナさまに語り続けた。手を握り続けて、想いを伝え続ける。


「ボク、まだアルテナさまにちゃんとお礼を言ってなかったんだよ…それなのに、アルテナさまが消えちゃうなんて、ボク、絶対に嫌だああぁ!」


 繭ちゃんは、アルテナさまに覆いかぶさって泣いていた。


「繭ちゃん…」


 ワタシは、泣き続ける繭ちゃんの背中を見守ることしかできなかった。

 …いや、見守るだけじゃあ、駄目なんだ。

 繭ちゃんだけじゃない。ワタシだって、アルテナさまに助けられた。たくさんたくさん、助けてもらっていたんだ。

 元の世界で命を落として、ワタシはこの異世界に来た。新しい命をもらったワタシだったけど、この世界に来る前には不安だらけだった。でも、その不安をアルテナさまが(やわ)らげてくれたんだ。アルテナさまとは、バカな話をたくさんした。箸にも棒にもかからないような与太話(よたばなし)話も、二人でたくさんした。そうやって、アルテナさまはワタシの不安を払拭(ふっしょく)してくれていたんだ。


「…………」


 それでも、こっちに来た最初の頃のワタシは、周囲に上手く馴染(なじ)めずにいた。その頃は、慎吾も雪花さんもまだいなかった。だから、泣いて過ごした夜も、いっぱいあったんだ。

 けど、時々だけどアルテナさまと話ができた。そこでもアルテナさまと色んな話をして、気分が晴れた。女神さまなのに、何の(おもね)りもなく話ができたアルテナさまに、どれだけ救われていたか。

 

「…………」


 平たく言えば、アルテナさまはワタシの恩人だ。

 新しい命をくれたお母さんであり、寂しい時に話し相手になってくれた、仲のいいお姉さんだった。

 そして、それはきっと、繭ちゃんも同じだ。いや、慎吾や雪花さんだってきっとそうだった。


「繭ちゃん…」


 ワタシは、繭ちゃんに声をかけた。


「花…ちゃん」


 顔を上げた繭ちゃんは、目を真っ赤に泣き()らしていた。アイドルとしてどれだけ辛い練習の時でも泣き言を言わなかったこの子が、今はこんなに辛そうにしている。

 だから、ワタシは繭ちゃんを抱きしめた。

 抱きしめながら、話を続ける。


「大丈夫だよ、繭ちゃん。アルテナさまは、ワタシたちみんなの、この異世界でのお母さんなんだ…だから、ワタシたちでアルテナさまを助けるよ」

「そんなこと…できるの?」


 繭ちゃんは、か細い声で問いかける。


「きっとできるよ…だって、ワタシたちは女神さまの子供たちなんだよ」

「花ちゃん…」

「だからね、繭ちゃんも女神さまの子供なんだから、そんな簡単に泣いてちゃダメだよ」


 言いながら、ワタシは繭ちゃんの涙をハンカチで拭いてあげた。

 そうしていると、自然と言葉が出てきた。


「それにね、ワタシのおばあちゃんが言っていたんだ…『エンディングまで泣いたらダメだよ』って」

「…花子殿のおばあちゃんはコピーライターでもしていたのござるか?」


 苦笑いを浮かべながらも、雪花さんがいつものようにツッコミを入れてくれた。胸がくすぐられるようでこそばゆかったけれど、そうだ、これがいつものワタシたちだった。幾許(いくばく)かの安心感を抱いたワタシに、慎吾が慌てて声をかけてきた。

 ん…なんでそんなに慌ててるの?


「おい、花子…今、おばあちゃんのこと、思い出したのか?」

「え…?」


 …あれ?

 そうだ、よね?

 ワタシ、今、おばあちゃんのこと、思い出した?

 失くしたはずの、おばあちゃんの記憶を。


「…駄目、みたい」


 いや、思い出せては、いなかった。

 ワタシの脳裏に浮かんだのは、さっきの言葉だけだった。

 けど、そうだ。

 アンダルシアさん…おじいちゃんと話していた時にも、思い出せていた。欠片のような記憶だけど、それでも、思い出せていたんだ。


「他のことは、何も…おばあちゃんのこと、思い出せてないよ」

「けど、少しは思い出せた…なら、おばあちゃんの思い出が、完全になくなったってことじゃないんだろ!?」


 慎吾が、珍しく興奮しながら話していた。


「そう…なのかも、しれないね」

「きっとそうだ…花子の中のおばあちゃんの思い出は、完全に奪われたわけじゃなかったんだよ」


 慎吾の言葉は、ワタシを身震いさせた。

 そして、ワタシの体は熱を帯びる。

 そうだよね、ワタシの中から、おばあちゃんが完全に消えたわけじゃあ、ないんだ。


「じゃあ、ワタシ…おばあちゃんのこと、思い出せるの、かな?」

「ああ、きっと、思い出せる…花子とおばあちゃんの絆が、そんな簡単に断ち切れるはずなんてなかったんだ」

「そうなの、かな…ワタシ、取り戻せるのかな」


 繭ちゃんに『泣くんじゃない』と言っていたワタシが、また泣いていた。

 けど、泣いているはずなのに、胸の中が温かくなってくる。

 …きっと、そこにおばあちゃんが、いるからだ。

 おじいちゃんと話していた時にも、ワタシはおばあちゃんを感じた。

 そして、多分、慎吾や繭ちゃん、雪花さんだって、ワタシの中のおばあちゃんと同じ場所に、いてくれている。


「頑張るよ…おばあちゃんの記憶も取り戻して、アルテナさまだって、助けてみせるよ」


 何の根拠もない自信を、ワタシは口にした。

 けど、空回りだけはしないはずだ。

 ワタシの傍には、ワタシが大好きなみんながいる。


『しかし、花子に水を差すようで悪いが…どうやってアルテナさまを助けるんだ?』


 シャルカさんが、申し訳なさそうに問いかけてきた。


「シャルカさん…アルテナさまの『エネルギー』って、すぐにはなくならないはずだったんですよね?」

『ああ、天界とのつながりが断たれたとはいっても、アルテナさまだからな…当分の間はこっちで生活しても問題ないはずだったんだ。だから、花子たちにもこのことは伏せていた』


 シャルカさんは、軽く拳を握ってそれでおでこをトントンと叩いていた。

 そんなシャルカさんに、ワタシは問いかける。


「それなのに、今日、いきなりそのエネルギーが枯渇しそうになったわけですね」

『そうだ…だから、アルテナさまは休眠状態に入るしかなかったんだ』

「それはつまり、アルテナさまが『休眠状態』に入らなければいけないナニカが起こった…というわけですよね」


 そのナニカのせいで、アルテナさまの『エネルギー』が失われた。いや、その秘蔵のはずの『エネルギー』を使わなければならないナニカが起こったんだ。


『そういうことなんだろうが、けど、アルテナさまに起こったそのナニカが分からない…私も、アルテナさまが倒れていた、ということしか聞いていないんだ』


 俯き加減で呟いたシャルカさんに、ワタシは言った。


「手がかりならありますよ」

『ある…のか?』

「今日、アルテナさまはジン・センザキ…センザキグループの代表と会っていました」


 あの人は、ワタシたちの『転生者』の先輩だった。そして、アルテナさまと親し気に話していた。


「少なくとも、あの人から事情を聞けば、何らかの情報は得られるはずです」


 …最悪、あの人がそのナニカの黒幕という可能性も、無きにしも(あら)ずだったけれど。


 しかし、結論から先に言えば、ワタシたちは彼と会うことは、できなかった。

 ジン・センザキという人物も、面会謝絶の大怪我を、負っていたからだ。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

なんだかゴールデンウイークの疲れやらなにやらが抜けていない感じです…。

それなりにほっつき歩いたりしておりましたので><

それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m

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