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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
Case 4 『駄女神転生』 1幕 『祭りの支度』
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16 『インチキスキルもいい加減にしやがれ!』

「アルテナさまがラブラブなデートとかしていたのでござるが!?」

「…定期的にIQの低いこと言い出すのやめてもらっていいですか?」


 雪花さんは、時折り頭の悪いことを叫ぶ傾向にある。これでも、雪花さんは元々はお嬢さま学校なんぞに通っていたらしいんだけど…どれだけ風変わりな花園だったんだろうね、その学校。マリア様も目を()らしてそうだよ。


「でもでも、花子殿…『見えるぞ。拙者にも逢瀬(おうせ)が見える』と、この目でしかと見たのですが」

「雪花さんの目って基本的に節穴じゃないですか」


 ニュータ〇プぶる資格なんかありませんからね?

 というか、あのアルテナさまが男の人とデート?

 お(へそ)がお茶を沸かす冗談なのだ。


「いや、でも、ホントに見たのでござるよ。なんかこう…立派なスーツを着た紳士と仲睦(なかむつ)まじく歩いているアルテナさまの姿を」

「えー…ホントにございますかぁ?」


 雪花さんの話を何の濾過(ろか)もせずに嚥下(えんか)するほど、ワタシは愚かではないのだ。この人のことだから、妙なフィルターがかかっていた可能性は高い。実際、雪花さんの言葉を真に受けてバカを見たことも一度や二度ではなかったのだ。この人、男の子が二人で並んで歩いてるだけでどこまでも妄想の翼を広げるからね。

 …というか、ワタシは考え事で忙しいんだけど。

 先ほどアンダルシアさんから聞いた言葉が、ワタシの中にずっと居座っていた。


「邪神もかわいそうなヤツだ」


 アンダルシアさんは、そんな言葉を口にしていた。(にわ)かには信じられる言葉ではない。『邪神』が、かわいそう?

 以前、シャルカさんも『邪神』について語っていた。過去に『邪神』は数え切れないほど多くの命を奪っている、と。それも、何度も何度も繰り返し復活をして。

 …それに何より、『邪神』こそがおばあちゃんの仇だ。

 勿論、おじいちゃんは『邪神』に対する怨嗟(えんさ)を忘れてはいなかった。その怨嗟がありながらも、『邪神』がかわいそうだと口にしたんだ。

 そして、おじいちゃんはワタシに語ってくれた。『邪神』という不可解な存在の、その根幹を。


「…………」


 元々、『邪神』とは、邪神などではなかったそうだ。

 たった一人の、お人好しの神さまだった。

 そして、その頃のソプラノでは種族間による争いが耐えなかった。人とエルフが殺し合い、エルフとオーガが命のやり取りをしていた。昼夜など問わずに。現在のように他種族間での和気あいあいとした交流などは一切なく、互いの生存圏を奪い合うという原初的で無垢(むく)な闘争が繰り広げられていた。

 その戦火の(わだち)は、際限なく広がっていった。当然、その争いでは命が際限なく浪費されていった。

 そんな時、停戦を呼びかけたのが『邪神』だった。

 いや、その頃は『邪神』などという不名誉な呼び名ではなかったけれど。


「…………」


 しかし、『邪神』の停戦の呼びかけに人間やエルフたちも賛同はしたくとも、戦火の渦は既に手遅れな領域にまで拡散していた。お互いに、血を流し過ぎてしまっていたんだ。相手を根絶やしにしなければならないほどの遺恨(いこん)を、全ての種族が飽和寸前まで抱え込んでいた。

 そこで、『邪神』は提案した。

 その怨讐(おんしゅう)の念を、全て自分が引き受ける、と。

 そして、『邪神』は全ての種族の憎悪の感情を、たったの一人で受け入れた。

 それは功を奏して、種族間の恨みつらみは軒並(のきな)み浄化された。

 そこで、ようやくその争いは幕を引くことができた。誰もが憎しみという(くびき)から、解き放たれたんだ。


「…………」


 本来ならそこで大団円(だいだんえん)を迎え、『邪神さま』もお役御免となるはずだった。

 それなのに、人も、エルフもオーガやオークも、それ以降も、『邪神』に負の感情を押し付けた。どこかの岩戸の中に『邪神』を封じ込め、そこに、自分たちにとって都合の悪い負の感情を注ぎ続けた。戦争が終わっても、いや、戦争が終わったからこそ新たな憎悪の火種が生まれ、新たな負の感情が燃え盛ったからだ。


「…………」


 神さまといえど、人の悪感情を無尽蔵に浄化できるはずもない。もしくは、人間たちに裏切られ、半封印のような形で()()めとして利用され続けたことで、人間たちを見限ったのかもしれない。

 そこで、『邪神』は『邪神』としての産声を上げた。

 それから先は、ワタシがシャルカさんなどから聞いた話とほぼ同じだった。

 生きとし生けるモノから命を吸い取る『邪神』として、何度も何度もこの異世界を滅亡の(ふち)に立たせた。あらゆる悪感情を注がれ続けた『邪神』には微塵(みじん)の理性も残っておらず、精神の全てが灰燼(かいじん)と帰していた。

 …確かに、かわいそうと言えるのかもしれない。

 明らかに、間違っていたのは人間たちだ。自分たちに手を差し伸べてくれた神さまにそんな不義理を働けば、その竹箆返(しっぺがえ)しが未曽有(みぞう)の災害を引き起こしても仕方がない。

 

「…………」


 そして、一時的とはいえ『邪神』に乗っ取られかけたワタシは、『邪神』の怒りの一端に触れた。

 あれは、憎悪の塊だった。怒りや憎しみ、悲しみや虚しさ、全ての悪感情の坩堝(るつぼ)だった。とてもではないが、あの中で自我を保つことなどできるはずもない。

 あんなモノを、『邪神』は注がれ続けたんだ。延々と、絶え間なく。裏切りの果てに。

 …とはいえ、ワタシにできることなんて、何もない。歯痒(はがゆい)いほどに、何もない。


「いや、アレは絶対にデートでござったよ」


 雪花さんの声で、ワタシの思考は中断された。

 思考回路も、そこで通常運転に戻る。


「でも、雪花さん、アルテナさまがデートっていったって…こっちには知り合いだって(ほと)んどいないんじゃないですか」


 しかも、アルテナさまがデートをしていたと言い出したのが、雪花さんだ。この人の証言ほど当てにならないものはない。「ちいさなおっさんの群れを見たでござるよ!」とか二日ほど徹夜した後に平気でのたまうんだよね。


「なら、明日、二人で確認しに行くでござるよ」


 などと雪花さんが譲らなかったので、ワタシたちはこの翌日、女神さまの尾行をする罰当たりな行為を実行することになってしまった。

 ワタシ、そんなに暇じゃないんですけど?

 …しかし、この翌日、ワタシはこれっぽっちも予期していなかった光景を目の当たりにすることになる。


「…嘘、でしょ?」

「ほら、ウソではなかったでござろう?」


 雪花さんは得意げに胸を張っていたが、ワタシの嘘と雪花さんのウソという言葉では、重みが違っていた。

 確かに、そこにはアルテナさまと並んで歩く男性の姿があった。

 けど、ワタシが、『嘘』と口にしたのは、そこにいたのがありえない人物だったからだ。

 アルテナさまと肩を並べて歩いていたのは、あの魔石商品の最大手センザキグループの代表を務めている、ジン・センザキ氏だった。


「どうして…あの人がアルテナさまと?」

 

 女神さまとセンザキグループの代表という組み合わせに、ワタシは動揺を隠せない。


「もしかして、花子殿はお相手の男性のことを知っているのでござるか?」


 ワタシの様子からそう察した雪花さんが問いかけてくる。

 その問いかけに、ワタシは軽く頷いてから答えた。


「あの人は…センザキグループの代表の人だよ」

「…おお、そうでござったのか」


 雪花さんも驚きのため息を漏らしていた。この世界で生きていて、センザキグループの名を知らない者はほぼいない。魔石を利用した商品を幅広く展開しているのが、そのセンザキグループだからだ。文明の利器を一手に担っているといっても過言ではない。


「けど、どうしてアルテナさまが…?」


 同じ疑問を、ワタシは繰り返し呟いた。


「ふむ…もう少し尾行を続けてみるでござるか?」

「そう…だね」


 雪花さんとワタシは、雪花さんの『隠形』のスキルで身を隠していた。この『隠形』は世界で雪花さんだけが扱える『ユニークスキル』で、使用している間はその姿を完全に消すことができる。それだけではなく、雪花さんが無視したいと思えば壁や障害物すらすり抜けることが可能という『インチキスキルもいい加減にしやがれ!』を()でいくトンデモスキルだ。

 その『隠形』で身を隠しながら、ワタシと雪花さんはアルテナさまの後をつけていた。二人の会話が盗み聞きできる距離まで、ワタシたちは肉薄(にくはく)する。


「今日はそんなに暑くないのに…なんか、花子殿の手汗、すごくないでござるか?」

「緊張してるからですよ!」


 けっして、ワタシが汗っかきというわけではないのだ!

 などという不毛なやり取りをそこそこの大声でしていても、『隠形』スキルのお陰で他の誰かに声を聞かれることはない。

 そして、アルテナさまたちに近づいたことで、二人の会話が聞こえてきた。


『本当に元気そうでよかったですよ、ジンさん』


 アルテナさまは、ジン・センザキのことを親し気にそう呼んでいた。

 …この二人、旧知の仲なのか?

 対するジン・センザキ氏もやや柔和な表情でアルテナさまと話していた。


「最近はそうでもないんですよ、アルテナさま…年を取ったからか、腰痛がひどくてね」

『それは大変ですね…バンテ〇ンとか作っていないのですか?』

「うちは魔石関連の商品しか製造していないですね…」


 なんだかおばあちゃんたちの会話のようだったけれど、それだけ二人の間に遠慮は感じられなかった。


『けど、ジンさんが『転生』してから二十年くらいですか…月日が経つのは早いですね』


 …アルテナさまの言葉に、ワタシと雪花さんが同時に驚き、顔を見合わせる。

 ジン・センザキ氏が、ワタシたちと同じ『転生者』?

 なるほど、この二人の接点はそこか。


「というか、そうですよね…」


 ワタシは、思わず呟いた。

 そうだ。『転生者』はワタシたちだけじゃない。他にも、何人もの人たちが、アルテナさまの手でこの世界に来ているんだ。


『二十年前と言えば、ワタクシももっと肌につやがありましたね』

「…いや、アルテナさまは二十年くらいじゃ何も変わらないですよね?」


 ジン・センザキ氏は、アルテナさまにツッコミを入れていた。確かに、これは雪花さんが仲睦まじかったと言うのも無理はないか。男女の付き合いというわけではなさそうだが、あの人にとってもアルテナさまは特別なんだ。

 …ちょっとだけ、ヤキモチを焼きそうになっているワタシがいた。

 だから、雪花さんに言った。


野暮天(やぼてん)はここまでにしましょうか、雪花さん」

「そうでござるな…」


 雪花さんも、この二人の邪魔をしてはいけないと悟ったようで、ワタシたちはここで尾行を切り上げることにした。

 帰りにアイスでも食べようか、なんて何気ない話をしながら。

 けれど、ここで帰宅を選択したことをワタシたちは後悔をする羽目になる。

 このほんの数時間後、ワタシたちの元に一報が入ったからだ。


 アルテナさまが、倒れた、と。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ゴールデンウイークも今日で終わりですね。

やっぱりあっという間に過ぎてしまいました。

皆さまは有意義に過ごされたのでしょうか。

それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m

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